HAGANE-09(057)


 * * * * * * * *





「おいお前ら、今から山越えか?」


「あ、はい。ノウイまで向かう所です」


「そうか、俺達も遭遇した訳じゃないが、北の麓に村でウーガが出たと騒ぐ旅人がいたから気をつけろ」


「え、ウーガ? 分かりました、有難うございます」


 4日後。


 山の天気は変わりやすいと言われるが、このところ晴天続きで6人の歩みは順調だ。岩ばかりの山肌でも空気は澄んで清々しい。その清々しさの一部は、先ほど魔物への注意を怠らないようにして岩場の窪みに水を張り、水浴びをしたせいでもある。


 そうして意気揚々と歩いていたところで、キリム達はベテランの3人組とすれ違った。


 情報を聞いて表情を曇らせる6人の中で、キリムは唯一ウーガと戦った経験がある。その時の戦力と今の戦力には大きすぎる差を感じていた。


「現れる可能性は書かれていたけど、キリムは山脈の西の方からベンガまで抜けたんだよな? どうだった?」


「ウーガとは遭遇しなかったよ。イーストウェイの南にあるスカイポートって町でウーガと戦ったことはあるんだ。ベテランでも1撃で仕留められる相手じゃなかった」


「そう聞くと私達には危なすぎる魔物よね。ん~、強くなるために魔窟(魔物が好んで巣食う洞窟や廃墟のこと)籠りでもして、戦う回数を増やすべき頃かも」


「ノウイの西にある魔窟にも行ってみるか。そうすれば定期的にノウイに戻ってエンキに武器の新調や補修をお願いできるし、手に入れた素材は全部渡すことが出来る」


「そうしよう。じゃあ、この山はさっさと抜けますか」


 両側を山で挟まれた谷間の道を進み、いつからか道は下り始めていた。視界を斜面が遮っていた時とは違い、随分と先まで見通すことが出来る。


 魔物とも殆ど遭遇せず、危険だという認識は薄れ始めていた。遠くに北部の森が見え始めたところで、6人はもう歩けば着くくらいの軽い気持ちになっていた。


「ねえ、麓の村に着いたら流石に1日くらいはお休みにしない? 疲れるし洗濯もしたいし」


「疲れなら私がヒールとケアで癒してあげてるじゃない」


「ダメダメ! このままだと癒し殺されちゃう! ちゃんとぐっすり眠りたい!」


「分かった分かった、麓に着いたら1日だけな」


 郊外への遠足となんら変わらないテンションのリビィは、もう道中の心配など頭にない。山を越え始めて4日以上、流石にもう緊張感など続かない。


 それからおよそ1時間経っただろうか。


 呑気な発言も仕方ないと足取りも軽く山道を下る中、異変に気付いたのはブリンクだった。


「今、何か聞こえたよな」


「え?」


「何かが吠えた……」


 ブリンクが右手を耳にあて、左手の平を向け、皆を前に行かせまいとする。途端に緊張が走る中、今度はマルスが僅かな地面の揺れを察知した。


「今ズシンって……なあ、何か魔物が来てるぞ」


「1本道、両側は斜面。岩をよじ登ってもリビィやサンは無理だ。相手は分からないけど、危なそうなら引き返すか」


「このまま向かって行って、走って逃げるのは駄目かな」


 あまりにも強い魔物は縄張り意識が強く、広範囲を移動しない事が多い。サンは逃げ切る事は出来るのではないか、そう提案する。だが、キリムはスカイポートまで追って来たウーガを思い出し、首を横に振った。


 もし他の旅人とすれ違えば巻き込む事にもなる。村が結界に守られていたとしても、魔物を引き連れてきたなどと言われたくはない。


「岩陰に隠れて様子を見るぞ。エンキとブリンクとサンは後方の岩に、俺とキリムとリビィはそこだ」


「分かった」


 岩陰に隠れていると、前方から二本足で歩く魔物が現れた。キリム達の倍ほどもある背丈、豚のような顔。赤黒い肌で手には太い木の棒を持っている。


「ウーガだ……」


「本当か? 俺達が相手にするには強すぎる」


 試しにブリンクが飛び道具などで誘導をするも効果がない。ウーガはこちらに気づいていないはずだが、逃げ道がない。逃げ惑う間に他の魔物と遭遇すれば、より一層討伐の難易度が上がってしまう。


「俺が先にウーガの前に出る。みんな、頼むぞ」


 周囲に魔物が他におらず、強制的に戦闘に入るよりは勝算がある。マルスは意を決し、ウーガの前に立ちはだかった。


「ウゥゥ……」


 ウーガがマルスの姿を捉えた。鼻を鳴らしながら歩行速度を上げ、そして頭を低くして突進を始める。


「サン、見えるか! 補助魔法ありったけ頼む!」


「分かった! フェザーもプロテクトもリジェネも万端! いいよ、ブリンクはあいてる右脇狙いおすすめ!」


 ウーガの突進に対し、マルスが盾に体を押し付けるように構え、姿勢を低くして足を踏ん張る。程なくして鈍い衝撃音が響き、マルスが数メルテも吹き飛んだ。


「マルス! リビィは俺の後に攻撃を始めて! サンはマルスの手当!」


「キリム! 俺が後ろに回るまで時間稼いでくれるか!?」


「やってみる!」


 マルスが目の前にいなければ、次は誰が狙われるか分からない。ウーガの行動を邪魔すれば、ウーガは自分を狙う。キリムはそう考えた。


「ウゥゥ……」


 太い木の棒で地面を何度も叩きながら、ウーガは向かって来るキリムへと狙いを変える。


「攻撃は任せる! ブリンク、リビィ、頼んだ! でも畳みかけるのはまずい、狙いが変わってしまう!」


 キリムはウーガの動きを見つつ、まずは振り下ろされた棒を右に避け、両手の剣をウーガの左肩に突き立てた。


「双突剣! ……ファイア!」


 キリムが使うのはステアが以前使っていた双剣だ。切れ味自体は申し分なく、赤黒い皮膚は肉までしっかりと切り裂かれた。


 攻撃を畳みかけた事で、ウーガの注意はキリムに向けられている。


「いくわ! トルネード! ちょっと再詠唱時間かかるから時間稼いで!」


「双刃斬! からの……薙ぎ払い! 毒瓶投げるから避けろ!」


 一撃で倒せるとは思っていない。少しずつ弱らせて仕留めるつもりなのだ。ブリンクが投げた小瓶がウーガの足元で砕け、中からは黒い気体があふれ出した。


「覚えたての……ストーン!」


「ウーガが立ち上がる! みんな素早く動けるようフェザー掛けるから、攻撃注意して!」


「復活! 盾役は任せろ……シールドバッシュ! 構えた!」


 盾となる者に一切の受け身を任せ、風や土属性の魔法とアイテムを使用し、攻撃職が襲い掛かる。サンが周囲を警戒しながら補助魔法を掛ける。


 経験1年未満とは思えない、優秀なパーティーだ。このパーティーは戦い方を知らなかっただけ、少し強い魔物と戦う機会がなかっただけなのだ。


「くそ、硬いな……でも多少弱って来たぞ。おっとキリム、腕の振り回し来るぞ!」


「シールドガードォォ!」


「あっぶ……有難う!」


 そのパーティーに全く未知数なキリムが加わって戦闘を開始し、そろそろ5分が経過する。


「もうちょっとで山を抜けるのに、ここでウーガに遭遇なんて……ちょっと任せていい? 魔力回復追いつかない! 補充する!」


「リビィが終わったら私も補充する、リビィとブリンクは攻撃よりトラップ系で暫くお願い!」


「頼むぜ……体力が厳しい、くっそ、こんな長い戦闘初めてだよ」


 皆の息が上がっている。マルスもサンの回復が切れたなら、たちまちウーガの攻撃を耐えられなくなる。


「くっそ、防ぎきれねえ……ぐあっ!」


「マルス!」


 戦闘を継続するための力、つまり体力を回復する隙が無かったマルスが、とうとうウーガの力に負け、吹き飛ばされる。慌ててリビィが足止めの術を唱えるが、威力が足りず1度では掛からない。


「マルス、立たなくていい、転がって右に逃げろ!」


「煙幕投げる! リビィ、サン! マルスが体力を回復する間は術を止めろ! そっちに行ってしまう! ウーガめ、こっちだ!」


「ブリンク、無茶だよ!」

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