HAGANE-06(054)


 1人になる時間が少なかったキリムは、心細さも相まって前向きな思考になれない。だが、今更怖いからマルス達との旅をやめるとは言えない。


「マルス達とベンガで出会えたのは偶然じゃないのかも、俺を救ってくれるのかも。そう、だよね、俺は出会った皆に助けられてきたじゃないか。ステアは父さんの時とは違うんだ、助けられる。俺が強くなれば助けられるんだ」


 キリムは無理矢理良い前兆であると自分に言い聞かせる。寂しさを紛らわせる手段も乏しく、商店街を少しぶらりと歩いた後、回復薬と着替えの下着を3組買って宿に向かった。




 * * * * * * * *






 翌日、キリム達は協会の近くにある資料館へと向かっていた。ノウイの場所を確認し、魔物の出現情報や自分達に適したルートを確認するためだ。


 2階建てで四角く白いコンクリートの建物は、1階が受付や展示品室、2階が資料室だ。ゴーンの資料館には歴史的な品々や太古の遺跡の復元模型などの展示のほか、一般の書物から貴重な書物まで揃っている。


 遺跡の発見や珍しい動物の目撃情報は、殆どが旅人に頼らざるをえない。そのためか遺跡の発掘、動物や魔物の生態分布を専門的に調査する旅人もいるのだという。


 木板の床を軋ませながら1時間ほど見て回った後、背丈の倍ほどもある本棚が並ぶ資料室の外のテーブルで、キリム達は一度それぞれが集めた資料を広げた。


「ノウイ……北緯62度の港町。へえ、もう250年前には鉱山と冶金やきんの町として有名だったのか」


「南のヨジコよりも良質な鉱石が手に入るのね。でもこんなに北にあるんじゃ、冬の間は港が凍っちゃうかも。鉄の輸送手段がなさそう」


「暑いのは苦手だし、ノウイ行きは大賛成!」


「リビィ、気温見てみろよ。俺達が着く予定の10月は平均気温が3℃だぜ」


「えっ!」


 皆は場所、人口、気候、産業、周辺の魔物情報など様々な記述を確認し、これから寒くなるのなら急ぐべきだという意見で一致する。


 だが調べてみると航路はあるものの、月に2便、それも直行ではないため各地に数日ずつ停泊しながらの船旅になる事が分かった。


 イーストウェイから3週間以上。今は強くなるため、そんなに長い間無戦闘でじっとしてはいられない。


「ああ、航路は無理だ、ジェランドに寄港する。キリムを危険に晒せない」


 召喚士の立ち入りを禁止するジェランドを経由するとなれば、どのみち船で向かうことはできない。鉄道と馬車を乗り継ぎ、陸路で行くしかなさそうだ。


「陸路なら、山脈の合間を縫うように作られたな険しい道しかないみたい」


「この道は魔物の情報が少ないな。そんなに使われていない可能性もある」


「ノウイにこだわるか、用心して南に向かうか。南の街ならジェランドを経由しない定期便もあるみたいだよ」


「んー、でもノウイの材料の方が高品質って言われちゃうと、南に行くのはエンキさんに申し訳ない気もする」


 5人はチラリとエンキの方を見る。エンキの目的を考えるならノウイに行くべきだ。だが見知らぬ土地、更にはあまり人が通らない山道を通るとなれば、護衛できると言い切ることが出来ない。


「エンキさんじゃねえ、エンキだ」


「あっそうだ、そうだった」


「ノウイに行こう。護衛出来ないと判断したらおとなしく別ルートを探すか、ジェランドに寄った後の港まで陸路で移動。どうだい」


 ブリンクの提案に頷き、それぞれが広げていた資料を片付け、棚にしまう。そして地図に必要事項を書き込むと、駅に向かって歩き始めた。


「イーストウェイの3つ手前の駅で乗り換えて汽車で1000キルテ北上。そこからこの距離だと……3日馬車に乗って山麓の小さな村までだな。山を越えるのに1週間、そこから麓の村まで1日……そこから馬車に乗れたら3日だ」


「スパイトン村から休憩や宿泊を入れると3週間か。まあこれならヨジコに向かうのと1週間変わるかどうかだね」


 夕方になると駅にはイーストウェイ行きの汽車が準備万端で入って来る。まだ汽車酔いを克服してはいないのか、キリムはため息をついてから最後に車両に乗り込んだ。





 * * * * * * * * *





「どうだ、ステア」


「変わらん」


 ゴーンを旅立ってから1週間。キリム達は周囲に草原が広がる長閑なスパイトン村から北上し、山麓の村を目指していた。


 一方、ステアはクラムが住む洞窟にあるアスラの家で、薬や術を用いた治療を試みていた。ディンやワーフ達が様子を見に来るも、残念ながら効果が出ているとは言い難い。


 ステアの家と造りの変わらないアスラの家は、室内の壁中に術符の札が貼られていた。天井からは香草と薬草が幾つも吊り下げられている。


 正体不明の魔法陣が描かれた紙が層になって置かれ、毒々しい色の薬品が棚に入りきらず、床の上にまで並べられている。


 アスラはワーフのように、とても探究心が強いようだ。


「残念ながらと言うべきか、この血の結びつきというものは毒素ではなく単なる呪いでもない。カーズが指す『縁』というものは、強くも恐ろしいものよ」


「じゃあ、打つ手は無いってことなのか」


「知らん」


 ステアはディンの問いかけに対し、自分の事だというのにそっけない返事をする。しかし、その表情にははっきりと「とても気落ちしています」と書いてある。


 アスラはステアの代わりに状況を説明し始めた。


「回復によって体力は維持できる。クラムにとっても癒しは幾分効果があるものだ。しかしあるべき主の力を絶たなければならぬ今、このまま弱まればステアの存在の維持が難しくなる。私には互いが距離を取ることになんら良い点はないと思うが」


 そう告げ、アスラは寝台に横たわるステアに目を向ける。ステアは、アスラが改善の見込みがないならば一緒に居るべきだ、と言いたいのだと理解しつつ言い返す。


「共に行動していると、キリムの霊力や気力、体力を吸い取っているような気がするんだ。俺の為だけを考えるならあいつに仕えていたいさ。そうしないのは少しでもキリムに無理をさせず、人としての成長を人同士で謳歌してほしいからだ」


「そなたが傍にいると、人の子は自分の成長を犠牲にし、その分をそなたにまわす、と」


「ああ。キリムは攻撃の威力や筋力が各段に上がっている。しかし体力は上がっていないと感じる場面が何度かあった」


「憶測に過ぎない。そもそも私は不思議に思っている。我々クラムが人の役に立つどころか邪魔になるなど、あり得ない話なのだから」


 ステアは体を起こし、腕組みをして考える。確かにキリムの為になっていない現状は、キリムから求められている姿ではない。


「俺は、何かを見落としている気がする」


「見落とす?」


「ああ、俺とキリムは……そもそも本当に俺はあるべき主と出会ったせいでこうなっているのだろうか」


 成長するかクラムを手放すか。そのような2択自体が間違っているのではないか。


 キリムが望むのなら、ステアの在り方もキリムの在り方ももっと良い状態になるはずだ。カーズにならないのなら、ステアがカーズを望む事を説明できない。


「出逢うのが早過ぎたな、そなたらは」


「ああ。だがあの初対面の時、俺がノームを押しのけて召喚に応じなかったら……恐らく俺が呼ばれることは一生無かった」


「なに? ちょっと待て、キリム君は召喚士の道を諦めていたかもしれないってことか?」


 ディンが驚いたようにステアとアスラの会話の間に入る。


「そうだ。キリムの家は旅に出る装備を揃える金もない、頼るあてもない状態だった。デルが魔物に襲わせたせいで、村に残っている召喚士も少ない」

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