HAGANE‐05(053)
「えっ、エンキさんに霊力!?」
「ああ。初めて会った日の後、色々とワーフ様に会えるように色々調べてみた。そしたら召喚士ギルドでそういうのを調べてくれると聞いて、霊力を測られたんだ」
エンキは嬉しそうに召喚呪文を唱える真似をする。
「という事は、クラムワーフを呼び出せるってことだ!」
「ああ、そうなんだ! ……呪文が分からねえけど」
召喚士の家系でもなく、自身に霊力がある事を最近まで知らなかったのなら、当然召喚術の基本である無作為召喚も知らない。固有術など以ての外だ。
おまけに召喚士になるつもりが全くないのか、クラムを呼ぼうとしたこともないという。
「凄いわ! エンキさん召喚士になれるんですね!」
「あ? 俺は召喚士にはならねえよ。俺の肩書きは生涯鍛冶師だ」
「大丈夫だよ! おいらを呼ぶ術式を教えてあげる! 呼ばれたらおいらが本体で向かうよ」
「えっ!?」
「ん?」
エンキは嬉しそうに術を教えようとしてくるワーフに驚き、恐れ多いとでも言うように両手を振って全力で断る。
「ワーフ様を呼べるなら、エンキさんにとっても良い事じゃないですか」
「あ、もしかして血をあげるのが怖いとか」
「ば、馬鹿! そんなんじゃねえよ!」
「じゃあどうして嫌なんですか?」
ワーフに会えて感激のあまり泣き出す程のエンキが、何故ワーフの召喚を嫌がるのかが分からない。ワーフすらショックなのか悲しそうな目をしている。
皆は不思議そうに首を傾げる。エンキの答えは予想外のものだった。
「俺にとって最高の崇拝の対象だぞ? そんなワーフ様を呼び出すなんてありえねえよ! 霊力があればいいなら俺が会いに行く! 俺が会いに行ける術を教えていただきたいのです!」
* * * * * * * * *
弟子が出来たと大喜びするワーフも住処の工房へと帰り、6人の若者は旅立ちのため店を後にする。エンキは会いに行ける術はないと分かり、結局ワーフを呼び出す事に了承した。ワーフから教えてもらった固有術をノートに書き留め、嬉しそうに目で追っている。
リビィとサンは、エンキが工房にある試作のアクセサリーをやると言ったせいか浮足立っており、ブリンクは今までと全く切れ味が異なる双剣にうっとりだ。
マルスは盾の性能を試したくて、今からでも魔物を倒しに行きたいと呟いている。
「キリム君!」
「はい?」
最後尾のキリムを、イサが呼び止める。手招きされて駆け寄ると、イサは小声でキリムに1つだけ話を伝えた。
「……あんただけには言っとく。エンキの父親は倒れたんじゃなくて、買い付けの帰りにキャラバンが魔物に襲われて亡くなった。そりゃあいい鍛冶師だったよ、エンキにも指導を始めて、ようやく1人立ち出来るって時だった」
「そんな過去が……でもどうして倒れたなんて嘘を」
「キャラバンの護衛は当然旅人だ。あんた達には旅人のせいだなんて思って欲しくないんだよ、気を遣わせないためさ。エンキにとって、これは相当な覚悟がいる旅になる。守ってやって、必ず」
「分かりました」
自信満々に見えるエンキの姿はきっと偽りではない。けれどキリムと同じく、エンキの肩にはとても重い荷が乗っていた。
自分だけではないという安堵は不謹慎だが、キリムはエンキと知り合えて、役に立つことが出来る事を嬉しく思っていた。
「……どうしたんだい?」
「いや、俺の周囲には優しい嘘つきが多いんです」
「優しい嘘、か。あんたはそれを分かってくれると思ったんだ。その嘘が必要なくなるくらい仲良くなってきな、これ以上はもう嘘が必要ないとエンキが思えるよう」
「はい。じゃあ、行ってきます」
イサに軽く頭を下げ、キリムは駆け足で皆に追いつく。初めてのステアが隣にいない旅も、もう心細さはなかった。
「じゃあ明日、9時に工房に迎えに行きますね。支度をお願いします」
「場所は地図でいうとここだ。この先の西側に鍛冶屋街があって、そこの一番奥」
「マルスとリビィはゴーン出身だから、その辺りも分かると思います」
それぞれが明日の準備をするため、いったん今日は解散することに決まった。ゴーンに詳しくないキリムは、随分と年季の入った地図を見ながら、マルスに場所の確認をしてもらう。
「ああ、この辺は分かるかも。じゃあ明日迎えに行きますよ、エンキさん」
「宜しく頼む。あと……俺の事は呼び捨てでいいし、年上だけど敬語とか苦手なんだ、普通に話してくれよ」
「分かった」
エンキが右手を上げて別れを告げ、5人もそれぞれ実家だったり宿だったり、泊まる場所はバラバラだ。マルスとリビィはそれぞれ実家に泊まるのだという。
石畳を真新しい装備の踵で鳴らしながら歩いていると、旅客協会の近くでこちらに向かって大きく手を振る中年の男女が見えた。
「オリビア!」
「……オリビア? なんか、あの人たちこっちに向かって手を振ってるよね」
「あー……あれ私の両親。恥ずかしいから手とか振らないで欲しいわ」
「オリビア? ってリビィの事?」
「ええ、リビィは魔法使いのしきたりの名前。魔法使いは自身の名を隠すことで魔力が高まるっていう言い伝えを知ってるよね。本当はリビィじゃなくてオリビア。オリビア・ストライトが本当の名前よ」
マルス達は知っていたのだろう。キリムはもしかしてサンも本名ではないのかと気になって振り返る。キリムの考えが分かったのか、サンは首を横に振った。
「ジェランドにはそういう習慣ないんだ。本名のままツキヨ・サンなの、ジェランドは苗字が先で名前が後だから」
「へえ……」
イーストウェイで出会ったアビィも、アビゲイルという本名があった。名を隠すという慣習は一部の地域に限られるものの、旅人として攻撃術、治癒術のギルドのみ愛称での登録が認められている。
キリムは今まで通りリビィと呼ぶ事にし、また明日と言って両親に駆け寄るリビィに手を振った。
「私も一緒に泊まることになってるの、また明日ね」
「サンも一緒なのか。うん、また明日」
リビィからは想像できない太めの両親が、リビィに続いてサンを大げさにハグして歓迎する姿が目に映る。ベンガでは笑みを絶やさず優しいブリンクの母親にも会った。
めったに会えない我が子の帰還がどれ程嬉しいものか、よく分かる。
「うちに泊まれって言いたいところだけど、姉ちゃんが出産で帰ってきてるから部屋がなくてさ」
「いいよ、大丈夫。まさかブリンクも……どこかに当てが?」
「あー……当てはないけど、ちょっと行くところが」
「ブリンクはゴーンに彼女がいるんだよ」
「彼女! いいなあ!」
ブリンクはマルス達と出会う前、ゴーンに滞在していた間に知り合った女性と交際しているのだという。
優しい物腰、真面目な性格、それに痩せ過ぎにも見えるが見た目も爽やかで悪くない。その気があれば、彼女がいて当然と思われた。
「いいなと言われても、俺はほとんどゴーンにいない訳だからね。理解してくれてるとはいえ、いつ別れを切り出されるか気が気じゃないよ」
苦笑いしつつも、ブリンクは幸せそうだ。その背を見送りながら、キリムはマルスにも手を振り、宿へと歩き出した。
「帰る場所って、今更ながら大切だったな。会いたい時に会えない、二度と会えない。どっちがマシとかないよ、どっちも嫌だな」
いつもならそんなつぶやきに、ステアが必ず一言優しい言葉をぶっきらぼうに放ってくれる。今日からはそれもない。
「父さんの為に旅立ったはずが、父さんとは二度と会えなくなった。次はステアの為の旅が始まる。会えなくなるのはもう嫌だ」
キリムの決意は決して前向きな理由とは言えないものが多かった。そして、どれも決意せざるを得ない状況で必要に迫られてこなしてきた。
まるでその全てが運命のように、絶妙なタイミングで訪れた。運が良かった、そうとしか思えない場面もあった。
「これがもし運命なら、マルス達とベンガで出会えたのは偶然じゃないのかも。俺、この旅立ちでステアに会えなくなるのかも」
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