HAGANE-04(052)


 イサがすぐにショーケースの鍵を外し、ワーフへと手渡す。ワーフは表面や造りを注意深く観察しながら、ふとキリムの装備へと視線を向けた。


「アイアンじゃなくプリズム鋼だね。不錆鋼ふせいこうなら塗装が不要だけど、敢えて塗装してあるという事は」


「はい。装備の艶消しが目的です。目立てば魔物に狙われやすいので」


「それにこの造りはおいらがキリム君に渡した装備と同じ造りになっている。しかも狂いがないし、溶接個所がまるで鋼材から切り出したかのように綺麗だよ! 見事だ! 唯一この緩衝構造となっている内側の層が……」


 ワーフはその場で改善方法を伝え、エンキがすぐにメモを取り、簡単な構造変更のモデルを描いていく。


「キリム君、この軽鎧はおすすめだよ! おいらが前回伝えた事を忠実に守って作られている。等級3~4向けの中ではとびきりいい!」


 褒められたエンキは嬉しそうに、恥ずかしそうに頭を掻き、キリムをチラリと見た。


「分かりました。6万マーニ……買えなくはないから、それにします」


 エンキはホッと胸をなでおろし、そしてキリムに有難うと礼を述べた。この6万マーニのうち、エンキには8割5分が入って来る。それだけで暮らせはしないが、次の材料を買う資金に充てられる。


 胸、背中、そして腕を守る灰色のプレートは、縁を黒く塗られている。シンプルな構造で、薄いプリズム鋼の金属布が軽量化と胴回りの保護にちょうどいい。


「足具と小手はしばらくお預けかな。とりあえずはこれで頑張るよ」


「デザインは統一感出してるから、前に買ってくれたもので十分だ。その以前の軽鎧、良かったら下取りさせてくれないか? もっと研究したいんだ」


 1万マーニ出すと言って頼み込むエンキに、キリムは「お金は要らない」と告げ、着替えたら譲ると約束する。どうせなら足具か小手を1つオマケしてもらいたいところだが……。


「ちょっと、材料がここ最近手に入り辛くて。まともに作れたのはその軽鎧だけなんだ」


「材料が手に入らない?」


「ああ。ゴーンに入って来る鉱石や鋼板は殆ど南のヨジコって町から入って来てるんだ。そこの町の鉱山が壊滅してね、復旧しつつあるけどまだこっちに荷が届いてねえんだ」


「じゃあ、次に作って貰うのはもう少し先になりそうですね」


「それまでに食いつなげたらな」


 エンキは資金繰りが厳しい事、新人がベテランを押しのけて材料を買える状況ではない事を説明した。


 キリムが装備を買ってくれたものの、どうにか今月を乗り切れるというところまで追いつめられている。それを聞いたブリンクが、ひらめいたと言ってエンキに提案した。


「早い話、素材があればいいって事だよな」


「ん? ああ」


「俺達が指定された材料を確保して、ゴーンに送れば……」


 旅をしつつエンキの指定する物を入手していく。それをエンキからクエリとして受注しようというのだ。


 ヨジコに向かってもいいし、他に当てがあればそこに向かってもいい。船や鉄道の輸送費がそのまま上乗せされてしまうが、このままゴーンでじっとしているよりはマシだろう。


 けれど、それには重大な問題があった。


「私達、指定された材料なのかどうかとか、品質がいいか悪いかなんて判断できないよね」


「確かに……さっき聞いたプリズム鋼ってのも、実際本物と偽物の区別がつかない。というか何言われても素材の状態なんて分かんないよな」


 そう。目当てのものを手に入れても、実際にゴーンでエンキが確認するまで判断できないのだ。


 それでは効率も悪く、余計な金が掛かってしまう。違う物を持ってくる可能性、粗悪である可能性、それらを考えるならまだゴーンでエンキが地道に仕入れた方がマシだ。


「あ、あのさ」


「はい?」


 エンキは太い上腕を晒すようにしばらく腕組みして考えていた。ゴーンにいても満足な仕事は出来ない。ならばどこに居ても一緒だ。


「あのさ! 俺を……旅に連れて行ってくれねえか? もちろん、報酬は出す!」


「エンキさんを、ですか? でも鍛冶は」


「鍛冶をやろうにも材料がない。それなら自分で仕入れに行っても一緒だろ? 旅の途中で良いものがあったら手に入れておきたいし。あんたらの装備のメンテナンスもしてやる、どうかな。その素材でまっ先にみんなの装備を作ると約束してもいい」


 エンキはイサに確認を取る。イサも町の今の状況で新たな納品は無理だと分かっていたのか、渋々頷いた。


 エンキの上達は明らかで、他所の店に取られたくはない人材だ。棚とショーケースは撤去するが、戻って来た時にはまた確保してやると約束をした。


「護衛……か。この人数ならなんとかなるよね」


「行こうぜ! 面白そうじゃん」


 パーティーの決断はマルスの意思が尊重されるようだ。リーダー役として今まで引っ張って来たのか、ブリンク、リビィ、サンの3人も頷く。


「というか、鎧と盾の分を考えると、材料を一番多く使うのは俺だよな。俺が一番得する旅になりそうだけど」


「その分働いてくれるだろ?」


 ブリンクがニッと笑い、マルスが頭を掻く。ブリンクはリーダーではないが、1つ年上としてうまくサポートしてくれる。なかなか良い役割分担が出来ていた。


「じゃあみんな、宜しく頼む。材料がないなら、自分で集めに行けばいいんだよな。焦る必要なんかなかったんだ。という訳で、イサさん、しばらく留守にします」


「ああ。しっかり良いもん見つけておいで。どうせ行くなら北東の山越えた先にあるノウイに向かうと良い。鉱山もあるし、北廻りの航路の中継基地だから物も集まる」


「有難う、イサさん!」


 それぞれが装備を着替え、下取り出来るものをイサに引き取ってもらう。キリムの軽鎧はエンキに渡し、下取り代金は丁重に断った。


「今後の方針が決まったようだな。ならば俺は帰るとする」


「そうだった、ステアとはいったんお別れだね」


「さっさと成長して……連絡しろ」


 ステアは決断を意識させない為か、カーズという言葉を出さなかった。


 身体的にも心情的にも、これ以上キリムの負担になりたくはなかった。自分がキリムにとって真の従者なら、要求しなくても必ず迎えに来てくれる。今はそう信じるしかない。


「ステアと離れている間、腕輪は外さない。他のクラムにも頼らない。安心して」


「……ああ」


 ほんの数か月だが常に一緒だった戦友同士、キリムとステアは互いに右手を差し出して固く握手をする。



 キリムが行ってらっしゃいと言うと、ステアはその場からワープで消えて行った。


「ステアって、あっさりしてるな」


「ううん。言葉や身振りで表現しないだけだよ、優しいんだ。消滅したグラディウスのお墓参りをしてくれるくらい、仲間の事も大事にする。成長してカーズになる事を約束しろって、言えないんだと思う」


 キリムはステアが言わない部分をしっかり把握していた。それに、実際に愛想やお世辞などがなく、考え方も人とは異なっているとしても、出来ればステアの本当の姿を皆にも知って欲しいと考えていた。


「そういう所器用じゃないけど、一緒にいると頼もしいんだ。やっぱり寂しいね」


「カーズの件、キリムがどうしたいかはキリムに任せる。俺達が口出しできることじゃねえし。でも、今は目の前の事をやるしかねえよ」


「うん」


 マルスはキリムの背を強めに叩き、励ましてからエンキへと振り向いた。善は急げ、すぐに出発の準備をしたかった。


「ワーフ様。それではこれで失礼します。また……お会い出来ますか?」


「勿論だよ! キリム君に言って、ステアから話を聞けばすぐに……ああ、しまった。ステアはしばらく休むんだった」


 ワーフはあからさまにガッカリし、耳を垂らして帽子のつばを両手で下げて見せた。そんなワーフに対し、エンキが申し出る。


「ワーフ様、俺に召喚のえっと、術? を教えて頂けませんか」

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