HAGANE‐02(050)
「それと、4人のお子様たち。あんた達の旅人等級も聞かなきゃね。あたしは商売人だけど、金に魂までは売っていないからね。初見さんに何でも売るような悪魔じゃない」
「でも、脅して売りそうな店主さんだよな」
「何だって?」
「いえ! 何でもないです! 旅人等級は先月2になりました!」
マルス達は揃って2本の指を立て、2だと主張する。イサは怪しむつもりではない。しかし「それにしては」と呟いて、軽い説教を始めた。
「新人かい? それにしてはまあ早い方か。でもね、旅人等級が上がって、真っ先にする事って何だと思う? ほら、言ってみなさい」
「え? 真っ先にやる事……」
マルス達はお互いの顔を見ながら考える。キリムは嫌な予感がし、俯いたまま顔を上げない。ステアは考えるつもりがないのか、腕組みをしたままイサを見下ろしている。
「ハァ。即答するところでしょ? 装備の更新でしょ? 自分は強いんですって、これから強敵に挑むんだっていう気概でしょ? その為には装備! 何を差し置いても装備!」
「あ、はい……」
「まったく。いい所の坊ちゃん嬢ちゃんみたいな顔して。観光旅がしたいんだったら文句は言わないけどね。旅人の間で、武器商の間で、噂になってるキリム君を招いたって事は、戦いに明け暮れる覚悟があるってことでしょ!」
「は、はい……」
「え、俺そんな事までは言って……あ、ごめんなさい」
イサは装備を買わせたいという思いもある。けれど装備で身を守って欲しいという思いもあった。
魔物に絶対にやられない、けれど装備の性能で自身の実力を勘違いし、無謀な魔物に向かっていかない。そんな絶妙なバランスの装備が必要だ。イサはそう考えていた。
「何だいその2等級にそぐわない貧相な装備は。あたしだったらそんな装備、駆け出しにも売らないね。ほら、2等級の棚から選んできな! 鎧も剣も盾もローブも杖もある、魔術書は無いけど、全部自信を持って薦める装備だよ」
イサはニッと笑い、マルス達に首で合図する。ここまで言われて買わないなどとは言えず、4人はやや落ち込みながら棚へと向かっていった。
「さて、キリム君。あんたは? 噂によれば、スカイポートで旅人総出の防衛戦をして、孤児院に寄付をして、クラムを4体同時召喚して、他の町でもクエリを1日で7つも8つもこなして旅をしていたんだって?」
「あー……なんか聞こえのいいように伝わってるみたいですけど、間違ってはないです」
「フン。我が主の偉業を知っているなら、もう少し敬え」
「どんな貴族が来たって媚びて売ったりはしないよ。たとえクラムだろうと……あーでもあんた達はクラムワーフを連れてきてくれたっていう史上最大級の恩が……いや、いや駄目! あたしには旅人を守る使命があるの、甘やかせない」
ステアに感謝はしていても、やはりキリムを甘やかす気はないらしい。
勿論ステアが毛嫌いせずにここに連れてきたのは、だからこそ信頼できると思ったからだ。そうでなければワーフをこの店に今日も連れてくるなどあり得ない。
「それで? 等級はいくつなんだい。10段階でいくつなんだい。まさか上がってないなんて言わないだろうね」
イサの中で等級が幾つであれば合格なのかは分からない。キリムは自信無さげに指を3本立てた。
「3!? まあ、この半年足らずで3に上がったのかい! やっぱりあたしは見る目があった。3等級なら1つ上の階だよ。仲間と差は出るけど、それをずるいだの何だの言って、己の未熟さを悔しがらないならそれまでの子達さ」
そう言って、イサがキリムとステアを上の階に案内しようとする。そこで入り口の扉が開き、見た事のある黄色い帽子、ずんぐりむっくりな体、それに長くピンと立った耳が特徴以外の何物でもない生き物が入って来た。
「やあ。ちょっと早過ぎたかい」
「遅い。貴様が遅いせいでこの女から煩く言われたところだ」
ワーフだ。
「ワーフ様! ああ、いらっしゃいませ! 今日はどのようなご用件で?」
「キリム君とお友達さんの装備を選びに来たのさ! 今日はキリム君の装備を作った鍛冶師はいないのかい?」
「ああ、エンキですね! 電話をしてみますから、さあゆっくりと」
イサはキリム達には見せなかったとてもにこやかな表情で、丁寧に腰を折って挨拶をし、エンキの工房に電話を掛けかけ始めた。
「あーエンキ? あたしだよ、イサだ。あんたが崇拝しているクラムワーフ様がお見えだよ、会いたければ犬のように早く走って来な」
イサは言うだけ言うと電話を切り、またにこやかにワーフへと歩み寄った。キリムはヴォロスレーベルの装備を買うつもりやって来たので、それならエンキが来てから買った方がいい。
先にマルス達の装備を選ぼうと、ワーフを連れて等級2の装備がある棚に向かった。
「リビィ、どう?」
「え? うーん、私今度は黒のローブじゃなくてもうちょっとお洒落なのがいいかなって……そちらのウサギ……さんは?」
「おいらワーフ! ローブが欲しいのなら、そこの丈が少し短いデニム製の青いローブがお薦めだね。それは魔力がある人が魔力を込めた念糸の中でも、かなり魔力がしっかり残っているよ。熱から身を守ってくれるはずだ。丈が短い分、ブーツ型のしっかりとした足具を買おう」
「暑そうにも思えるけど、絹製みたいなデリケートな素材だと、手入れも大変だし耐久性がないもんね。結果、分厚い層構造になるし……じゃあ、これにするわ」
リビィが選んだローブは、長袖のワンピースに近い。胸元には重ねられた生地の間に薄いプレートが挟んである。
リビィは別の通路にいたサンを呼ぶ。2人でワーフに目利きを頼みながら青いローブ、白いローブ、それに軽い金属板が縫い付けられた黒い合皮製のブーツを選んだ。
その後はマルスの剣と盾、ブリンクの双剣、それに2人の軽鎧を決めていく。ワーフが目利きをしてから品質が安定したのか、ワーフが首を縦に振らない装備は殆どなかった。
「4人はそれで決まったね。俺は出来れば同じレーベルの装備が欲しいんだ。ヴォロスっていう名前の」
「キリムが着てる奴だよな、確か。カッコイイとは思ってたんだ」
「エンキはもう少しで来ると思う、工房はそんなに遠くじゃないからね」
「志の高い鍛冶師は大好きだ! おいらも一度会ってみたいと思っていたのさ」
ワーフは目を輝かせ、エンキが扉を開けて入って来るのを待っている。
「クラムワーフに期待される鍛冶師って、すげえよな」
「熱意が凄かったよ。もう鍛冶の為に生きてるって感じの人だった」
そう語るキリムの横で、ステアは呆れたような視線を送っている。キリムがその視線に気づくも、ステアの表情の真意が分からない。
「何? どうかした?」
「いや。旅立ちにも道中の手柄への欲も、全てにおいて熱意の足りんお前が、熱意を語るのが滑稽でな」
「なっ、俺だって熱意くらいあるよ。例えば……」
キリムはやる気がない訳ではないが、欲がない。自分が熱意を持って取り組んだことを何か思い出そうとするも、ぼんやりとしか思い浮かばない。
強いて言えばデル討伐を掲げた事、ステアの為に強くなろうと考えている事くらいだ。
「例えば、何だ」
「えっと……」
「無い過去を思い出そうとしても無駄だ。まったく、多少誇張してでも、俺を使役できる日の為、なりふり構わないくらい言えんのか」
「……それを今言おうとしたとこ」
キリムに熱血は似合わない。想像したマルス達が思わず吹き出して笑うと、ふいに金具で補強された重々しい木製の扉の向こうで音がし、壊れるのではないかと心配になる勢いで扉が内側に開いた。
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