Ⅵ【HAGANE】夢を追う少年、険しい修行旅

HAGANE‐01(049)


【HAGANE】夢を追う少年、険しい修行旅



 ゴーンは商人の町。ゴーンを知る人はよくそう呼んでいる。


 物を揃えるにはこの上ないマーケットがあり、内陸部最大の町であり鉄道の起終点駅だ。それ以外の観光名所がある訳でもなく、有力な貴族が居る訳でもない。


 だが活気があり、旅人も多く集まるため情報も早い。


 典型的な大陸性気候のため降水量は少なく気温差は大きいものの、周辺の魔物も強くはない。人が定住する場所の中でも比較的住みやすい所だ。


 しかし、その中で生計を立てるとなると、これがなかなか厳しい。どこを見ても商売人、とにかく腕や価格や宣伝面での競争が激しいのである。


「ちょっとエンキ、あんた先週までに鎧を仕上げるんじゃなかったの? あんたの作品が暫く欠品続きなの、分かってる?」


「分かってるよ、でも……納得いかねーんだ。自信持って置ける装備じゃないと旅人には渡せねえ」


「ったく、棚代はしっかり取るからね。あたしが1作品にかけてるマージンなんて安いもんなんだから、稼ぎたいんなら必死に作りな。あんまり納品が無いようだと他の奴に棚を譲るからね」


 女店主イサが経営する武器防具屋ジェインズは、そんなゴーンの数ある店の中でも目利きの良さを認められ、特に繁盛している店だ。


 けれどその人気店も、優秀な専属職人が居なくなればすぐに余所に負けてしまう。そして所属する職人もまた、良い条件で品物を置いて貰うための競争があった。


 以前キリムの防具を製作したエンキ・ヴォロス。今年19歳になる彼にとって、生き残りの厳しいこの大都市ゴーンは故郷であり、戦場である。


 そしてジェインズは唯一の納品先だった。幼少からの下積みを経験し、鍛冶師としてデビューしてからの評価はまずまずだった。


 しかし若くしてイサに認められ、ジェインズとの専属契約を勝ち取った彼は、このところスランプに陥っていた。


 このところ納めたのは、僅かに低・中レベル向けの鎧が2組、アクセサリーが3つ。上級のものは仕上がっていない。


 イサに謝りの電話を入れ、エンキは深いため息をつく。炉の前に立って作りかけの剣を水に浸けると、火を消して大きな革の茶色いカバンを背負った。


「はあ、俺はこんな素材で防具を作りたいわけじゃねーんだよ。品不足で材料が高いからって、こんなんで旅人の命を守ってやるなんて言えない」


 ゴーンのはるか南にある半島には、ヨジコという鉄鋼の生産が盛んな町がある。その町の東にある鉱山が魔物に襲われ、2か月間良質な鉄鉱石が取れない時期があった。


 その結果、ゴーンを含め各地の鍛冶屋・素材屋では、良質な材料の取り合いが起こっている。特に薄い鋼板や角鋼は、駆け出しで顔も広くないエンキのような若者のためには確保してもらえない。


 需要が高まり供給が滞れば、当然値段も上がってしまう。エンキの懐事情では、2倍、3倍にも跳ね上がった僅かな材料に手が出せなかった。


「素材をしっかり選んだ方がいいってクラムワーフ様が注意してくれたって言うけど、その素材が手に入らねーんだからなあ。俺も旅人になって貴重な材料集めて、細々とアクセサリー製作だけに専念するしかないのかな」


 そうつぶやくと、作りかけの防具に目をやる。


 なんとかかき集めた材料で作っては見たものの、鎧以外の小手や脚具などは仕上がらなかった。


 丈夫さには自信があるが、このまま店に持ち込んでもジャンク品扱いだ。自分の作品がジャンク品扱いされることはどうしても許せない。


 エンキは財布を手に取りもう一度ため息をつくと、工房を後にした。向かう先は鋼材を卸す問屋だ。


「すみませーん」


「はい? ああ、ヴォロスか。今日は生憎あまり端材が出てないぞ。一応見るかい」


「はい、いつもすみません」


「今は自分で屑鉄に持ち込む奴も多い。ただあっちは純度なんて度外視で、鉄なら鉄っていう扱いでしかないからな。こっちでもいいものは買い取ろうと声を掛けてるんだけどね」


「そうっスか、まいったな」


 エンキが訪れたのは問屋の大きな倉庫だ。中は大型の骨物や鋼板の加工品があり、重量物を運ぶ天井クレーンがチェーンをぶら下げている。


 特殊な金属も扱うこの店は、工房を持たない職人、もしくは自前では加工できない職人達の、共同の作業場がある。昨年まではエンキも時々お世話になっていた。


 板の切れ端などが出れば買い取り、格安で譲ってくれるのだが……鋼材の値段が跳ね上がってからは、その端材すらも出なくなった。


「これを使うかい。一度溶かすなら問題ないはずだ」


「うちの炉で溶けるかな、ダメなら作りかけと一緒にここの炉使わせてもらうよ。貰ってもいい?」


「ああ、それくらいならタダでやるよ。しかし、うちもこのままの価格で推移されると困るな。最近は余裕のある職人まで買い控えしてやがる」


「だろうな。はー、あと1か月くらいはこのままなんだろうな。おっちゃん、ありがとよ」


「あいよ」


 良質の素材が無いから作れなかった、で、はいそうですかと言ってくれるイサではない。時価で仕入れるほどの余力があればいいが、駆け出しの職人の懐は寂しい。


 それでもこうしてなんとかかき集めて1作品作らなければ、来月からヴォロスブランドの棚は撤去されてしまうだろう。


 エンキは持ち帰った端材を綺麗に仕分け、品質が良く使えるものを選んでいく。毎日がこんな状況で、製作のスピードはいつもの半分にも満たない。


「低レベルの入門者向けなら手持ちでもなんとかやれる。でもそれじゃあ昔に逆戻りだ。ハァ、俺こんな所で躓いてちゃ、あのキリムって客に約束した物なんて作れねえよ……。ワーフ様、あなたならこんな時、どうなさいますか」





 * * * * * * * *





「ごめん下さい……」


 キリム達は翌日の朝から管理所でパーティー登録をし、早速ジェインズに来ていた。ステアはキリムの装備を見届けた後で離脱する事になる。


「はいいらっしゃい。って、久しぶりじゃないか! どうだい、稼いでるかい? 相変わらず控えめな事、もうちょっと元気よく入って来れないのかい」


 少し髪が伸びたイサは、綺麗な顔も台無しに、髪をおでこの上で角のように束ねている。装備を選ぶ目利きは抜群なのに、どうして自分の事になると無頓着なのだろうか。


「あの、装備を……更新したいんです」


「え? もう? あと……そちらの4人はあんたの仲間かい」


「そうです」


「どもー」


「それは良かった。1人で旅する召喚士の噂は聞いているよ、でもやっぱり心配でね。まさか4人とも冷やかしじゃないだろうね」


 イサは初めて見る4人の顔をチェックし、そしてすぐに着ている装備を睨んだ。


 勿論イサが売った装備ではない。他の店の馴染み客なら、ただ見に来ただけの可能性もある。


「あ、えっと……みんなで装備を更新しようかなって。その、気に入った装備があれば」


「あたしの店で気に入った装備が見つからないとでも?」


「あ、そういう訳では……」


「おい、我が主に凄むとはいい度胸だ」


「あーもう! ややこしくなるのでお喋りはこれくらいにしよう!」


 キリムはマルス達に装備を見て回ろうと告げ、ステアの背を押してカウンターから逃げようとする。だが、イサがそれを引き留めた。


「ちょい待ち! 前回は旅人になってホヤホヤだったけど、旅人等級は幾つになったんだい? あんたが贔屓の客でどれだけ有名でも、実力に見合わない装備は売れないよ」


 キリムはそうだったと頭を掻く。金さえ払えば何でも売ってくれるわけではない。プライドの無い店は品物の質を疑われる。


 殺人鬼にだって売るような店があれば世間に何と言われるか。店には少なからず責任が生じるのだ。

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