CARSE-10(048)


「マルス、それでもいいかな。それでもパーティーに加入させてくれる?」


「もちろんいいさ! クラムステアがキリムの事をよく考えてくれる事も分かった。俺達が託されよう」


「……仲間を増やした方がいいって、助けてくれる人を増やせって。今がその時なのかもしれない。ステアも俺だけじゃない、ディンや他のクラムがいるし、大丈夫だよね」


「仲間、か。分かった。カーズについて、俺達クラムも完全に分かっている訳ではない。お前を助けてやれない間、俺は自分達の事を知るために動く。それが召喚士との未来にも繋がると願って」


 ステアはその場で去るのではなく、ふと考えた後、夕方に迎えに来ると告げてから消えた。迎えに来るとはどういう事なのかよくわからなかったが、これからはステアがいない旅が始まる。


 ステアが洞窟に数時間帰る事はあっても、これまで丸1日以上離れた事はない。不安な気持ちが襲って来るのを隠し、キリムは両手で頬を軽く叩いた。


「俺達は出来る事をしようぜ、キリム」


「そうだね。強くなって、そして俺から迎えに行くんだ」


 キリムはカーズについて、まだ真剣には考えていない。自分が今後どうなりたいかなんて考えられない。自分がクラムのように何千年も生きる事になると言われ、即座に判断できるような想像力もない。


 目の前にはステアの不調、そしてデルを倒すという目標がある。それを助けてくれる仲間がいる。そのために出来る事から始めようと皆で頷き、立ち上がる。


「よし!」


「じゃあ出発ね!」


「楽しみになって来たわ!」


 リビィとサンが満面の笑みで頷く。


「行きましょ!」


「いざ、観光へ!」


「ブリンク、よろしく!」





 * * * * * * * * *





 晴れ渡る澄み切った空の下、ベンガの町並みや優雅な広場、見晴らしの良い塔など様々な場所を訪れ、5人はめいっぱい観光を堪能した。


 もっとも、ブリンクは地元なので然程感動はないが、ベンガは日頃から旅人への扱いが悪く、旅人からの評判が良いとは言えない。そんな地元を良いと言ってくれる4人にとても上機嫌だった。


「塔の望遠鏡を覗いたら、森のずっと向こうに油田の煙突がみたいなのが見えたよね」


「あんなに遠くまで見えるもんなんだね、俺は立ち寄ってないけど機会があったら行きたいな」


「俺らは自由な旅人だぜ? 機会は自分で作るんだよ。行きたくても機会がないなら、ただ向かうだけでいい」


「そっか、そうだね」


 この星は公転面の垂線に対して、地軸が23.4度傾いている。そのため、高緯度に位置するベンガの夏は1日の殆どが太陽の方を向いている。夕方になってもまだ明るいせいか、人の通りもまだ多い。


 時間は19時。今日はブリンクも一緒に食事を済ませ、ひとまず宿に戻った5人は、食堂で迎えに来ると言ったステアを待った。



「待たせたか」


「あ、ステア! 迎えに来たって、どこかに行くってこと?」


「ああ」


 食堂にステアが現れ、そしてやはりキリム以外には目もくれず、そのままキリムに話しかけた。クラムに人と同じ礼儀や常識を求めても仕方がない。


「金は幾らある」


「え? えっと……8万マーニくらいかな」


 駆け出しの旅人が1人でクエリをこなして旅をしていれば、稼ぎは自分だけで自由に使える。それぞれの町で数日ずつ稼ぎ、村では必要とされたら協会を通さない依頼も受ける。そうしてコツコツと稼いできた結果だ。


「キリム君、意外と稼いでるね」


「あー……えっと、その、これからパーティーで一緒になるのに、クンを付けられるとなんか、恥ずかしい。呼び捨てでいいよ」


「分かったよ、キリム」


 他人行儀な感じがして、キリムは自分も呼び捨てにして欲しいと頼んだ。マルスはともかく、他の皆は知り合い程度だ。


 距離を少しでも縮めるため、まずは呼び方から変えてもらい、他人から見た時にパーティーで浮かないようにしたかった。


「キリムがそれだけ稼いでるってのはビックリだ。俺達も1人当たりで言えば3万マーニくらいか」


「それだけあれば問題ない。これからの旅をもっと効率的に行い、魔物の討伐をしていく必要がある。その装備では心許ないぞ」


 マルス達はキリム達と別れた後に一度装備を更新していた。もっとも、それは間に合わせの装備から着替えただけであり、質に拘った高級品を買ったわけではない。


 ただ装備の更新頻度が高いと、それだけ出費も嵩む。買い換えた方がいいとしても躊躇いは生まれるものだ。


「ねえ、それなら一度ゴーンに戻ろうよ。ジェインズのイサさんとの約束もあるし、戻って装備を選びたい。みんなも更新するかは任せる。でも俺はもっと上達して強い魔物も相手できるよう、装備を更新するよ」


「良い装備を探すところから、か。ん~どうしよう、俺達もとりあえずゴーンに向かおうとは思っていたんだけど」


 強くなりたいと願うキリムと行動するには、なるべく多くの魔物を倒し、クエリをこなし、金を稼ぐ必要がある。


 だが、ステアが共に来られないとなれば、南の山脈を超えるのは心細い。かといって北から航路で向かうとなれば何も出来ない時間が長すぎる。


「ゴーンへの近道は南の山脈を超える道になる。ちょうど俺とキリムがやって来た道だ。キリムは分かると思うが、あの道は俺がいなければ厳しい。だから全員を今からゴーンへ瞬間移動させる」


「瞬間移動!?」


 マルス達は瞬間移動を体験した事がない。少し心配そうな顔でキリムへと確認を取るも、キリムは大丈夫だからと笑った。同時に旅をステアの瞬間移動で楽々進めている訳ではないという念押しは忘れない。


「明日、ワーフにゴーンへ向かうように言ってある。アイツに装備を見て貰え、キリムの装備はともかく、貴様らの装備は俺の目にも不安だ」


「クラムワーフが? 凄く有難いよ! でもステア、瞬間移動で疲れない?」


「構わん」


「血は、最後に少しいる?」


「い……必要ない」


 ステアは澄ましているが、喉は確かに何かを飲み込んだ。キリムは少し可笑しくなって声に出さずに笑う。


「じゃあみんな、町の外に出たらゴーンまでお願いしよう。支度が出来たらロビーで」


「うん」


 宿代は既に払っている。勿体なくもあったが、旅人が少なく勝手も悪いベンガよりはゴーンの方が何かと都合がいい。5人は30分ほどで準備を済ませると、チェックアウトして町の外に向かい、瞬間移動を頼んだ。


 肌寒さを感じる風が森から吹き、狼か、もしくは何かの魔物の遠吠えが響く。もうじき20時だというのに、まだ空はゴーンの夕方程の明るさだ。


 時間の感覚が分からなくなりそうだと呟くマルスに、キリムは「ベンガとゴーンは時差がないから安心だよ」と、ズレた返事をする。


 キリムがそういう事じゃないと皆から突っ込まれてすぐ、5人は一瞬視界が暗くなったと思うとゴーンの西門の前に立っていた。

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