CURSE-02(040)


 マルス達は装備が以前と違う。この3,4か月の間に新調しているのなら、旅人としてとても順調なのだろう。


「キリムくん、久しぶり! 相変わらず可愛い顔しちゃって、1人で食事? えっと……クラムは?」


「今は用があって、今日は俺1人なんだ。みんなはここで泊まるの?」


「そ。この北の海で、タコみたいな魔物に襲われて船が座礁してさ……ほんと最悪だよ。代わりの船もしばらく来ないなら油田村に寄って、どうせならベンガでちょっと休もうって話になって」


「でも、ちょっと肩身が狭い感じがするし、どうしようかって悩んでたとこなの。あ、一応ブリンクの故郷でもあるんだよ。ね?」


「ああ、と言っても俺は庶民だから。親は観光客向けの土産屋をしてるよ。俺は久しぶりだし、親のとこに顔をだして、1泊するつもりなんだ」


「そうなんだ……。俺はどうしようかなあ、今日着いたばかりなんだけど、もうやることもないから次の目的地を決めなくちゃって思ってたとこ」


 5人で1つの丸テーブルに移動し、そして仲良くおしゃべりを始めると店員がオーダーを聞きにやってくる。


 キリムは悩んだ挙句、牛肉の煮込み料理を、マルスが鳥の丸焼き、サンが魚のムニエル、リビイは今日のお勧めを訪ね、羊肉の煮込みを注文した。ブリンクは家で食べるから1杯だけ、とビールを頼む。


「ブリンクだけ18歳だから酒飲めるんだよ。同じ旅人とはいえ、この1歳の差は大きい」


「1年待てばみんな飲めるんだから、僻むなって。それよりもキリム、君は1人でこんな所まで何しに?」


「クラムの事まで詳しくないけど、実質1人旅だよな」


 マルスが以前キリムを誘った際は、村を離れられないという理由だった。けれど今はその理由も無く、1人で行動をしている。奇妙で無謀に思われても仕方がない。



「パーティーを組んで、ステアにも一緒に来てもらうってのはダメだったのか? 俺とブリンク、サン、リビィ、4人だから、あと1人キリムが入ってくれると頼もしいんだけど」


「ステアがね、ちょっと今不安定で……旅もペースを落としてるんだ。パーティーはしばらくやめとくよ、ごめん」


 肩を落とすマルスの前に頼んだ料理が運ばれてくる。5人はとりあえず再会を祝してと、乾杯を行った。


 これまでの旅の事、お互いの力量や苦手な魔物などの話をすると、とたんに盛り上がる。気づけばもう1時間が経過していて、ブリンクは3杯目のビールを飲み干したところだった。


「ごめん、俺そろそろ帰らなきゃ。明日俺の家においでよ、寛げるほどでもないけど、宿よりはマシだから」


 ブリンクは飲んだ分の金を置き、実家へと帰っていった。マルス達は明日、ブリンクの実家に行くという。キリムはステアの事が気になってハッキリとは返事をしなかった。


「ブリンクって育ちがいい、って感じするね」


「俺やキリムは辺境の村出身だから、俺達からすればブリンクは貴族並みだよな」


 庶民だとしても、裏通りまで綺麗に揃った町並みを見る限り、ゴーンやミスティの庶民とは全く異なる。キリムが感心して言うと、マルスは少し笑って出身の違いを口にした。


 それが当然だという事なのだろうし、確かに村の人達の行儀は比べて良いとは言えない。


「見習わなきゃなあ。美味しいものが目の前にあったら、ついがっつく癖を治さないと。育ちが悪いから仕方ないとか、行儀の悪さを貫かなくてもいいんだし」


「でも急いで食わなきゃいけない時もあるんだぜ? ブリンクはブリンクで、ちょっとのんびりし過ぎ」


「気をつけようとするのとしないのでは大違いだよ」


 キリムはそっとこぼしたソースなどをナプキンでふき取った。自分の食べ方の汚さを自覚したようだ。


「私の地元では、箸という2本のスティックで物を挟んで食べるんだ。勿論、主流はフォークやスプーンなんだけど……結構便利でさ。むしろ私はこんなフォークやナイフで食べるのが苦手」


「箸?」


「うん、あたしはこの大陸じゃなくて、東にあるジェランドって名前の火山島の出身だから。イーストウェイの北東かな。そこから留学というか、ゴーンの学校でリビィと出会ったの」


「サンの喋り方、最初面白かったんだから。ジェランドの人って、言葉のイントネーションが違うんだよね」


「あたしはみんなの喋り方が衝撃的だったし! とにかく、箸もいつか使ってみてよ。掴める、半分に分ける、色々楽だし、漆で塗ってるやつとか綺麗なんだから」


「わかった。いつかジェランドにも行ってみたいね」


 サンの話を聞き、キリムは旅人としてぜひ訪れたいと思った。文化の違う町は興味深い。このバンガも、来てみなければ分からないことがいっぱいあった。


 けれど地元に興味を持たれたサンは、困ったような顔をする。それに気づいたリビィがキリムをチラリと見て、そして残念そうにため息をついた。


「今、ジェランドには行けないの」


「うちの地元……というかジェランド全体なんだけど、今、召喚士は入島禁止なんだ」


「え? なんで?」


 キリムが驚いたように目をまるくする。言いにくそうにしているサンを見かねて、リビィとマルスが食べかけの肉が刺さったままのナイフを置き、その理由を説明しだした。


「ジェランドを地図で見たら、真北にエンシャント島があるんだよ。いちばん北の岬からなら、晴れた日には大陸が見えるわ」


「あの最悪最凶のデルが支配してるって大陸だ。そんな距離にあるから……その、ミスティみたいに襲われるのを警戒してるらしい」


 デルがどこに居城を置いているか、キリムはまだ情報の収集を開始していなかった。あまり旅人と交流がないキリムは、デルがどこにいるのか、ようやく知った事になる。


 同時に、デルを恐れ、召喚士を拒む土地がある事も初めて知った。


「私もジェランドには帰ってないんだ。旅人自体、今は目を付けられたくないからってあまり歓迎されてないの。召喚士が嫌いとかじゃないから、誤解はして欲しくないんだけど……召喚の能力ある子は、今殆ど島から出て疎開してる」


 召喚士と一緒にいるせいで、無関係な人が襲われるかもしれないという事実は、キリムにはなかなか堪えるものだった。


 今までそのような考えは全くなかった。スカイポートでは旅人の好感度をみんなで上げた感触すらある。行く先々の人々が温かいおかげで、旅人はどこでも歓迎されるのだと勘違いしていた。


「ジェランド以外にもそういう町があるかもしれない。他所の大陸の情報まではまだ仕入れてないから」


「俺、旅人ってどこにでも行けるって思ってた」


 キリムは田舎でその日暮らしをしていたせいで、世界情勢には疎い。そんな自分を情けなく思うとともに、これからは旅先で知るのではなく、行く先を調べてから行動するべきかもしれないと考えていた。


 3人は落ち込むキリムに気を使ってか、それ以上ジェランドについて話すのをやめた。特にマルスは俺の奢りだからもっと食えと、自分の頼んだ鳥の丸焼きを切り取って差し出し、キリムを励ます。


 久しぶりに同世代の仲間と楽しく食事をし、キリムはパーティーを組むこともいずれは考えるべきかもしれないと思い始めていた。もちろん、そこにステアも連れている前提だが。


「マルス、奢りじゃなくていいから。えっと、レバーを1……いや3人前追加で!」


「え、そんなに?」


「うん、ステアの為にも血を作らないとね。美味しくて飲み過ぎるから、我慢するって言ってるんだ」


「なあ、キリムの噂は色々聞いてるんだぜ。資質が凄く高いとか、クラムを何体も同時に召喚したとか! これまでの旅の事、色々教えてくれよ」


 リビィとサンも聞きたいと言ってニヤニヤしている。その笑みの意味は分からなかったが、キリムは父親が亡くなり、ステアが背中を押してくれたところから話し始めた。

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