V【CURSE】ステアの異変と現実、仲間たち
CURSE-01(039)
【CURSE】ステアの異変と現実、仲間たち
2人は夏から秋にかけてのみ道が開かれる北の山脈を越え、雪解けの湖が美しい内陸の都市、ベンガを訪れていた。
キリムは未だパーティーを組む事もなく、結局ステアと2人……いや、ステアがクラムである事を考えると、実質1人で旅をしている。
立ち寄った町でクエリをこなし、戦闘経験を積んで、唱えられる魔法の回数もその威力も上がってきた。短剣の性能だけに頼っていた斬撃も、今は腕の力や気力が乗り、攻撃手段としてずいぶん役立っている。
キリムは旅人用の宿に着くと、いつものように手に入れた素材を整理し、取り扱ってくれそうな店を探していた。
「そろそろ倒した魔物の牙を集める作業をせずとも、稼げるようになったと思うが」
「ん~、目の前にあると、やっぱり勿体なくて。必要としている人もいるし」
「貧乏は性分か。まあいい、誰もタダで金はくれんからな」
白く塗られたレンガの建物が並び、高い空の下に広がる町並みが美しい。屋根と軒先だけが橙や赤や青に塗られ、他の町よりも整然と、そして清潔感がある。
ベンガは観光地として人気があり、道中は危険が多くても、護衛を引き連れた観光客がひっきりなしに訪れるという。
「なんだか、町って言ってもいろいろあるね。ゴーンは商人の町! って感じでさ、活気や人の往来が凄かったけど、ベンガは貴族の町って感じ。毛皮とか牙を持ち歩いてる自分が恥ずかしくなるよ」
「北に油田があるらしい。その利益で栄えているのだろうな。おまけにこの湖や周囲の自然が観光客にも人気だ。生活の要所であるゴーンとは違い、外向きの顔ともいえる町づくりが必要なのだろう」
「ステア、良く知ってるね」
「そこに書いてある」
白い石畳の上を歩くと足具の音が響く。ステアが立ち止まった視線の先には、町の案内板が立っていた。
「なるほどね。あー、でも雪解けで土の道じゃぬかるむし、石畳はおしゃれだからじゃないのか」
「わざわざ白く塗られている所を見ると、見た目も気にしていそうだがな」
道を行く人々もそれなりに綺麗な格好をし、こちらを怪訝そうに見ている。
油田の利権で暮らす者や関係者は収入も良く、そして石油によってこの都市に入る金も多い。従って皆が裕福な暮らしをしているのだ。
地面は石畳で舗装され、庭付きの家の土はすべて芝生が覆っている。土地柄涼しいために虫も少なく、冬を除けば実に清々しい。旅人の装いがいささか場違いに思えるほどだ。
「油田って見たことがないけど、北に行けば油田のためだけに村が作られているんだね」
「通える距離ではないからな。町の景観を考えてもその方が都合も良いのだろう」
油田で働く者は、月に1週間街に帰ってくる。油田には隣接して発展した村があり、そこで寝泊まりするため、この町に仕事の環境を持ち込むことが無い。
つまり、この町は裕福である理由の部分を隔離し、美しさだけを見せている。
それに観光客相手の店や、綺麗に整備された市場、それに荷物の運び屋以外で、特に汗水たらして働いている者の姿がない。油田関係者や役所勤めの者がどれ程多いかが分かる。
町並みを眺めながら、キリムは牙がどっさり入った袋を、ステアは綺麗に剥いだブラックベアー(熊型の魔物の一種)の皮を担いで歩き続ける。すると後方から2人を呼ぶ男の大声がした。
「おーい! あんた達! 何てもんを持ち歩いとるんだ! 町長さんに見つかったら大変だぞ!」
「えっ?」
「旅人用の区域からそんなもんを持ち出しちゃいかん! 血痕でも垂らしちまえば罰金だぞ」
「罰金!?」
半そでのカッターシャツにチェックのベスト、黒く裾が広いズボンに真っ赤な木靴。細身で白髪交じりの男性は、この町でよく見かけるつばの短いキャップを脱いで額の汗を拭った。
「その恰好は旅人じゃろ、それも違反じゃて。この町は景観に力を入れ取るでね、そういったもんは区域から出しちゃいかんの。説明ば受けたじゃろうもん。はよ戻りなさい」
「す、すみません」
入門の際、町の注意事項について説明は受けたのだが、途中からは多過ぎて思考が停止していた。
シークはこの町が旅人に課す47の禁則のうち、第16条にある「他所から来た旅人は装備のまま旅人区域の外に出ない」および、第39条にある「旅の荷物は、旅人区域の外に持ち出さない」の2つを破っているのだ。
他所から来たと書かれているのは、この町出身の旅人が家に帰るのはセーフ、という事らしい。
「旅人としての用事は区域内で済ませろという事か。戻りに見つかっては困る、瞬間移動をするぞ」
キリムが男性に謝ると、せっかちなステアのせいで頭を上げないうちに消える。何が起こったのか分からず、男性はしばらく口をポカンと開けたままだった。
* * * * * * * * *
「外に出る時は服を考えなくちゃならないね」
「旅人の立ち寄り自体が少ない町なのかもしれん。観光地で、金もある。そんな所に血生臭い旅人が現れ、目につくように歩かれても困る、といったところか」
「どんなに凄い発見があったり素敵な景色があっても、もうちょっと旅人に寛容な町がいいな。えっと……ステア、血はどうする?」
「いや、必要ない」
「でも、もう2週間は血を飲んでないよね?」
「必要な時はお前が干からびる程飲んでやる」
「いや、干からびたくないから程々で言ってよ」
ステアはキリムの血を飲むことを我慢するようになった。1か月ほど前から、ステアはキリムの血を飲み始めると失神寸前まで止められず、旅にも支障が出始めていた。
ステアはそれを気にしてキリムの血を飲まなくなり、代わりに人の血の成分に近い錠剤を持ち歩いている。見かねたキリムが前の町の薬局で買ったものだ。
ステアは錠剤を飲むというよりは食べるように、ボリボリと口に頬張る。それも尋常ではない量を。時々クラムの住処に戻ってニキータから血を買っているが、間に合っていないのだろう。
幾ら頑固でも、そのうち我慢の限界が来るだろうと放っておいたら、とうとう2週間経ってしまったのだ。
「ステア、ちょっと俺買い物に行ってくるね。ステアは?」
「一度洞窟の家に戻る。そうだな、明日の昼まで、それまで絶対に町から出るな。旅人用の区域から出るなら、メモか何かを残しておいてくれ」
「分かった。じゃあ、また明日の昼ね、そこの東門で」
キリムが別れを告げると、ステアはキリムの頭をポンっと優しく叩き、そして一瞬で洞窟へと戻って行った。夕方でもまだ外は明るく、夕食を摂るには少し早い。
キリムは残り少なくなったポーションと、回復薬の錠剤を買うため、私服に着替え、毛皮と牙を売った金を財布に入れた。
旅人用の区域は、町の東の端の3区画だけである。
割高で品ぞろえの悪い店を覗いて回っても心惹かれるものなどない。仕方なく入った食堂で、明日は血を飲ませるぞと肉のメニューから眺める。
「名物は羊の肉……か。羊と言えばあの羊を思い出すんだよなあ。どうしようかな……羊は、やめとこう」
自分が力を付けなければ、ステアに我慢を続けさせることになる。とにかく血を作るためのものを食べなければとメニューを1つ捲ったところで、背後から思いがけない声がした。
「あれ? キリム?」
「ん……え、マルス!? どうしてここに?」
「やっぱりキリムだよな! まさかこんな所で会うなんて。旅人になったのは聞いてたけど……他に誰もいないのか?」
「いや、今はえっと、2人パーティーなんだけど、一応」
「2人!? あ、やっぱりクラムと一緒に行動してるって噂は本当だったのか!」
そこにいたのはミスティで別れて以来、ずっと連絡を取っていなかったマルスだった。後ろにはサン、リビイ、ブリンクがいる。
ミスティでは反対方向に行った彼らだが、別のルートからこのベンガに辿り着いていた。
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