TRAVELER‐10(038)



 18時頃から討伐をはじめ、そろそろ時間は21時。


 小さい子供達はご飯を食べておらず、腹を空かせている。町民は守って貰えた事で十分だ。もう後の報酬など誰が受け取ってもいいと考えていた。


そんな様子を見て、メーガンが再度拡声器を受け取り、1つ咳払いをして喋り始めた。


「旅人諸君、新しい孤児院の記念碑を立てて、そこに全員の名前を彫って貰うのはどうだろうか。俺達が人の役に立った証となり、旅人等級の査定にもプラスだ」


「成る程……それはいい! 旅人として、その土地に名を残せるのは名誉な事だ」


「この町に名を残す……いいわね、賛成よ! あんたいい事言うじゃない」


 メーガンの提案に、おおよその旅人が賛同する。町民は元から優勝できるつもりがない者ばかりなので不満も出ていない。


 旅人は本来、自分の力を稼ぎに変える自由な職業だが、同時にどこかで自分の存在意義を求めている。自分という旅人が旅をした証、その地を訪れた証が欲しい。痕跡を残して語り継がれたい。そう思っている旅人は多い。


 役に立つ存在になれた事、それは旅人等級として形になる。いくら武勲を上げようと、魔物を倒す能力が高いだけでは駄目なのだ。旅人だったデルの所業がそれを裏付けている。


「決まりだな。えっとシェリーさんだったか、いいよな」


「あ……有難うございます! 旅の方にこんなにも良くして貰えるなんて。孤児院の名前を夢の家から旅人の家に変えようかしら! うふふっ、あらやだ、私ったら」


 シェリーは慌てて深々と頭を下げた。ノア達は呑気に「おうち貰えるの?」と喜んでいる。この調子なら建設予定地には3棟ではなく、1棟の大きな家が建つのだろう。


「キリム、お前はこれでよかったのか」


「うん、皆考えは一緒だったんだ。優勝を持っていかれないようになんて、考える必要なかった。みんな優しいね」


「メーガンが先手を打った事で、皆も自分の物にしたいと言い出せなくなったのだろう。ならば後はいかに好印象を植え付けるかだ」


「そうかもしれない。でも、みんなきっとあの子達に同じような苦しみを経験させたくなかったんだよ。帰る家を失って旅に出る人も少なくはないんだ」


「そうか。お前は誰かの役に立つことが出来たのだな」


 亡くした両親を思い出すキリムに、ステアはそれ以上何も言わず肩を2度優しく叩いた。失ってばかりではない。得たものものあり、与えたものもある。ステアはそれを伝えたかった。


「ではみなさん! 諸々は明日にするとして、今日はお開きにしましょう!」


 町長の掛け声で、皆が安堵の表情を浮かべて戻っていく。明日の試合は名誉だけの戦いになる事だろう。キリムに挑もうという旅人は今のところ現れない。


「あの、キリムくん!」


「シェリーさん。なんだか、旅人みんなで贈り物って話になっちゃいましたね」


「本当に感謝しているわ。キリム君と出会っていなかったら……この結果は無かったかも。だって、ふふっ。包丁とまな板で子供達を守れたとは思えないでしょ? 旅人は旅先の町を守る責任なんてないし」


「旅人って、必要とされたいって気持ちがあるんです。俺は旅人として誇らしい人生を送れたって、胸を張れる自分を探してるんです、きっと。お金を稼ぐだけなら、クエリをこなせばいいんだし」


「子供達に旅人や漁師になっちゃ駄目だって教えてきたけど、ノアや年上の子達は明日から旅人になりたいって言い出しそう。その時はあなたを目指すように言おうかしら」


 シェリーはそう言って眠そうに目をこするポーラを抱っこし、何度も振り向いては頭を下げて戻っていった。子供達の夕食は終わっていたが、いつもの就寝時間はとっくに過ぎている。


「みんな、誰かの憧れになりたいんだ。旅人として特別な誰かになれたら最高だよ」


「お前は誰の憧れになりたいんだ」


「そうだなあ。みんなの、かな」


「その中に俺は含まれているのか」


「え? 含まれてないよ、ステアが俺の憧れだから」





 * * * * * * * * *





「技術部門、優勝はアデルゲイト・カイト!」


「フフン、派手さだけじゃなくて正確さ、威力、全て兼ね備えなきゃ駄目なのよん」


「くっそ! アデルゲイトに持っていかれるとは……屈辱! あんな大見栄切って、俺からの贈り物にならないとは」


 翌日。対戦部門、技術部門が夕方まで行われ、夕方には表彰が行われていた。


 対戦部門は昨日壇に上がったデビット、技術部門は豪快で正確な弓術を披露したアデルゲイト。討伐部門はシェリーが壇に上がっている。メーガンは負けてしまったようだ。


 試合が終わった者は出店で酒を頼み、飯を食べながら、もう勝ち負けのしがらみなどどうでもいいと言わんばかりに拍手を送っていた。


「よっ、キリム君」


 キリムが微笑みながら壇上に拍手を送っていると、すっかり酔っ払ったと見られる昨日の召喚士の女性が近寄って来た。


「昨日の……」


「ケイナよ、ケイナ・ジュネス。あなた来年は技術部門に出なさいよ! クラムを4体召喚すれば、優勝間違いなしじゃない」


「いや、そんな……クラムのみんなを見世物にするのは悪いですし、俺は色々とやってみたい事がいっぱいあるから。お姉さんこそ、どうですか?」


「駄目。あたしの資質、43なの。平均値もいいとこ。私も孤児でね、召喚の才能が無かったらどうなっていたか……。あの子たちの事、私も放っておけなかったんだ」


「俺も、両親は亡くなりました。俺も召喚の能力に、ステアに救われたんです。いつかは誰かを救って……俺を救ってくれた人達に、救って良かったって思われたいなって」


「旅人って、多かれ少なかれ、そうやって何かを背負っているものよね。だから、誰かの役に立ったり、必要とされたい……旅でその不安を隠す。フフッ、ちょっと酔い過ぎたかしら」


 旅人の荷物は軽い方がいいと言われる。それは身軽で動きやすいからだとする者もいる。けれど、本当の意味は少し違う。


 旅人は訳アリで旅立つ者が多い。最初から背負う物が大きく、それ以上の物を持てないのだ。


 そして手放す怖さと悲しみを知っているから、最初から荷物を持たない。


「私もクラムに救われた。私はクラムとこの町を救う事ができた。私はクラムの力を借りれる事を光栄に、誇りに思ってる。キリム君とクラムステアのように、いつか人とクラムが当たり前に生活する世の中になったらって思うわ」


 ケイナは手を振り、自分のパーティーの許へと戻っていく。壇上に視線を戻すと、シェリーがキリムに手を振っていた。


「キリム君! 私と討伐戦で組んでくれた心優しい彼にも、そして支援して下さった皆様にも感謝を! 新しい孤児院の名前は旅立ちの家にするわ! 是非皆さんまた立ち寄って!」


 キリムは恥ずかしそうに俯き、そしてステアを連れて広場を後にした。旅人として自分が誰かの役に立ったのなら、それだけでいい。


「お前は噂だけではなく認められた。お前を認めてくれる者を増やせ、それが必ずデルを追う上で役立つ」


「うん」


 認めて貰えたことは嬉しい。だが長居すればキリムへの誘いや、クラムを召喚してくれなどという者が殺到しそうだ。


「次はどこへ行く」


「そうだなあ。ん~、旅をしながら考えればいいんじゃないかな」


「言うようになったな。俺も旅のクラムを名乗ってみるか」


「その旅に俺は必要?」


「フン、引き摺ってでも連れて行く」


 キリムはメーガン達やシェリー達へと簡単に挨拶を済ませ、夕方だというのに町の門から出ていく。


 クラムを連れて町から町へ、人助けをして旅している……そんな噂話が追加され、キリムはより一層注目されてしまうのだが……。


 それを知るのはきっと次の町に着く頃だろう。

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