TRAVELER‐09(037)
ふと旅人からではなく、町民の中から疑問が湧き起こった。町の危機を救ってくれたというのに、賞金も何もなく感謝だけとなれば、来年以降の結界の張り替えの際、良くない噂によって人が集まらないかもしれない。
「えー……そう、ですね。しかし……」
そう、採点の基準となるものが何もないのだ。
いつもなら携帯用の結界を用意し、広場の中央の塔、陸側の門の上、港の灯台、それぞれの場所から審査員が各選手の動きをチェックする。だが今回は審査員などいない。
「と、とりあえず、今回頑張って下さった方、一度前に並んでいただけないかと」
自己申告という形で、魔物と戦った者が町長の前に並ぶ。町民、旅人、合わせて100名程いるだろうか。この中から数名、もしくは数パーティーを選ぶのは難しい。
「みんなで賞金を分けたらどうかしら! みんな頑張ってくれたんだもの」
「それだと、大会の時だってみんな頑張ってくれているんだぜ?」
「副賞の家は分けられねえぞ」
家はともかく、賞金を全員で割れば、ほんの数百マーニにしかならない。宿代で終わってしまう額だ。元々優勝しなければ貰えないのだから、それでも贅沢と言えるが……。
「私、あのパーティーに助けて貰ったの! 盾で私の前に……カッコよかったわ」
「俺はあっちの魔法使いさんに」
「あの女の人凄いの。クラムを召喚して私を守ってくれたの!」
「いやいや、それならシェリーが1番だろう。クラムを呼び出して、広場の手前で魔物を動けなくしてさ」
町民はそれぞれどの選手から助けて貰ったと主張し、やはり全く纏まらない。シェリーの名前まで挙がり、シェリーはとんでもないと顔の前で大げさに手を振る。
そんな中、選手の方から1人、発言する者が出た。
「あのー、誰が一番貢献したのか、俺は絶対にコイツだって奴を知ってる。けど、実際にそれでみんなが納得してくれるとは思えない。俺のパーティーはこの賞金レースを降りるから、1つ提案をさせてくれ」
声の主はメーガンだった。押し寄せる魔物を討伐した数なら、おそらくこの中で1番だろう。そんな彼が壇上に上がって拡声器を借り、町民に呼びかける。
「あー……、俺達は今の防衛にも参加したけど、技術部門に出場する予定だった。その時、もし優勝したら……賞金と家は、この町の孤児院に寄付しようと思っていた。とある少年の志に感銘を受けてね」
「孤児院に!?」
メーガンがキリムへとウインクをする間、町民は一斉にシェリーの方へと顔を向ける。急に注目され、シェリーは「私!? え、何?」と、戸惑いを隠せない。そんな中、ちょっと待ってくれと別の男が壇上に上がる。
「明日の対戦の部に出る予定だった、デビッドだ。俺も優勝したらその場で孤児院に寄付するつもりだった」
重鎧に大剣を担ぎ、明らかに熟練の旅人だ。メーガンよりも歳は上だろうか、伸びた顎髭は威圧感すら覚える。
そんなベテラン達を前に、同じことを考えていました! と出ていけないのがキリムだ。そして、そんな主がどれ程功績を上げたのか、自慢したいのがステアだ。
「おい、待て。俺の主も、討伐部門で優勝すれば賞金と家を渡すつもりでシェリーとチームを組んでいる。貴様らと我が主の奮闘は比べ物にならんぞ」
「ちょ、ちょっとステア!」
気後れや遠慮など欠片もないステアは、当然のようにキリムの手をひき、壇上に連れ出す。困ったような目で見上げるキリムに、ステアは顎だけで群衆を指し、後は自分で言えとけしかけた。
ステアは自分の主であるキリムの手柄が横取りされるような気持ちで、我慢ならなかったのだろう。
「あ、あの……えっと、き、キリム・ジジといいます。その……えっと、俺は明日シェリーさんと組んで戦う予定で、あの……優勝できたら、家と賞金を渡すって事で」
「あんなガキが?」
「おいちょっと待て! キリム、キリム・ジジ! お前召喚士のキリムだろ!」
「召喚士の……あの末恐ろしいガキか! 横にいるのはクラムステアだな!」
キリムが名乗った事で、その正体を知る者が現れる。ベテランはともかく、ライバルを意識するような中堅手前の旅人は、噂になるような旅人がいないか常にチェックしているものだ。
1人で旅する召喚士少年の話は随分と広まっている。
「あーあの、その……俺、お昼に子供達が紅貝のアクセサリーを手作りして売っている所を見たんです。1つ買わせてもらったけど、みんなお金が貯まったら家を買うんだって」
キリムは泳ぐ視線の先に入ったノアとポーラに手を振る。
「もちろん、本当に家やお金が欲しい人もいるはずです。でも……家もお金も自分ではどうにもならない子供達を、シェリーさんはずっと引き受けてくれています。旅人が出来る事って、これくらいだから……シェリーさんと約束しました」
キリムはそれだけを言うと1歩……いや、2歩下がった。きっと少しでも賞金が欲しいと思っていた者には迷惑な宣言だったはずだ。
寄付しようという呼びかけに対し、たとえ嫌だと言うのが正当な権利であっても、悪者に聞こえてしまう。
「ま、俺が言った一番貢献したというのはこの少年だ。俺が推す優勝者だ」
メーガンにニッコリ微笑まれ、キリムは恥ずかしそうに俯く。そんな中、女性が1人、キリムを優勝者に選ぶことに賛成すると声を上げた。
「ノームとサラマンダーと……あと1体知らないクラムを従えていたのはあなたね。私が固有術で召喚したサラマンダーと別に1体見かけたから、他にも召喚士がいるのは分かってた。そのあなたがさっき3体といて、そして横にクラムステアを連れていた」
「えっと……はい、そうです。あ、でもサラマンダーとディンは俺を見に来ただけで、呼び出したわけじゃないです!」
「……ディン!? クラムディン! ハァ、お見事ね」
自身も召喚士だと言う女性は、大きなため息をつき、降参とでも言いたそうに両手を上げた。
「完敗よ。みんな! 召喚士の事は分からないと思うけど、クラムを複数召喚するなんて超上級者がやることよ。少なくとも10年やってきて、未だに私は出来ない。ノームとサラマンダーという初心者に優しいクラムであってもね」
「でも、さっきあの子はサラマンダーと……ディン? は勝手に来ただけと」
「馬鹿ねあなた。あの不愛想なお兄さんもクラムなの。クラムステア、彼は常にクラムを呼び出したままなの。そこに追加でノームを呼び、そんな少年を呼びもしないクラムが見に来たのよ、どういう事か分かるでしょ」
女性は侮蔑とも言える眼差しで、隣にいた男を睨んだ。召喚士なら、それがどれほどあり得ない事なのか分かっているのだろう。
同時に、そんな少年が大したことないと言われたなら、それが出来ない大勢の召喚士は立場が無くなる。
「という訳で、私はあの子の優勝を推すわ。文句がある奴は明日あの子と勝負してみなさい、絶対に勝てないから」
女性はキリムに手を振ってニッコリと笑う。女性にとって、つまりは援護のつもりだった。
「お、俺も実は……あの子達から貝殻のペンダントを1つ買ったんだ、そういう事情だったなら文句はねえ」
「私も、コッソリ賞金は孤児院にって」
どうやら、同じことを考えていた者が壇上以外にもいるようだ。ノアに向かって貝殻のネックレスを見せるパーティ、ペンダントを高く掲げるパーティーもいる。
見たところノア、ポーラ、スカーレットの3人は、無自覚に支援者を増やしていたらしい。
「シェリー、あんたはどうなんだい」
話を振られ、シェリーは周囲をキョロキョロと見渡す。壇上の町長に手招きされて恐る恐る拡声器を手に取るも、この展開は予想外だったのだろう。
「わ、私は……もちろん有難いけど、本当に皆さんいいんですか?」
「少なくともいいって奴が大勢いるぜ。あんたも戦ったんだからな」
「もう、さっき私が言ったでしょ! 異議ある奴はそこの召喚士の少年に勝ってみなさいって。私は異議なんてないから戦わないわ」
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