TRAVELER‐05(033)


「いえ、習得していません」


「典型的な物理攻撃型か。この辺は魔物も強くないが、洞窟や遺跡に潜る時はせめてフリーを雇うなりした方がいい、経験上ね」


「無理をするつもりは無いので、そうします」


 ステアが戻ってくる気配はない。きっと明日の朝まで戻ってこないのだろう。そうして皆で和やかに食事を楽しみ、そろそろ部屋に戻ろうかと席を立った時、急にけたたましいサイレンが鳴り響いた。


「なんだろう、外ですよね」


「警報……まずいな、大波でも押し寄せたか」


 窓の外を見るが、夕暮れの町の空は晴れている。何事かと耳を澄ましていると外で悲鳴が上がり、同時に放送が始まった。


『緊急事態発生、緊急事態発生! 町の結界が誤操作により消滅! 結界の消滅に伴い、魔物が町に入り込む恐れあり! 広場に結界を張ります、旅人の方々、手を貸して下さい! 繰り返します……』


「ちょっと、結界を切った!? 何してるの、大変!」


「この町の結界が幾つか分からないが、1つで全体を守っているなら……張り直すのに数時間は掛かる。明日の大会時ならともかく、これから暗くなるってのに」


「行こう!」


 酒を飲んではいるが、メーガン達は部屋へと装備を取りに戻る。キリムは海沿いのボロボロな孤児院に住む皆の事が気になっていた。


「お、俺、先に町の人の誘導に行きます!」


「キリムくん!? ちょっと!」


 キリムは食後に走り出したことで脇腹を押さえつつ、ステアの名を呼んだ。


「ステア! すぐ来て!」


 キリムが叫ぶと、数秒でステアが現れた。立ち止まらずに走るキリムに驚くも、すぐに追いついて並走を始める。海沿いの通りから見れば、もう夕日が丘に隠れようとしていた。モタモタしていると真っ暗になり、避難に危険が増す。


「どうした」


「町の結界が切れたんだ! 孤児院のみんなが危ない!」


「浜の近くは魔物も上陸しやすい。お前は浜の近くで魔物を食い止めろ、俺が孤児院に行ってやる」


「広場に臨時の結界を張るって放送があった、あの広場くらいなら10分くらいで張れるはず! そこまでみんなを連れて行きたい!」


 ステアは案の定、手に装備を抱えていた。シェリーに渡す気だろう。キリムに頷き、そして瞬間移動をすると告げる。キリムは息を切らしながらそれを止め、1つステアに許可を取った。


「俺が固有術を唱えたら、ステアはそのままで、意識体も来てくれないかな! 俺だけじゃ守れない、ついでに許してくれるなら無作為召喚もさせて欲しい!」


「ならばいったん俺の召喚を解いて、腕輪に触れずに固有術を唱えろ。無作為はその後だ。お前の血を他のクラムにやるのは惜しいが……止むを得ん」


 複数体のクラムを呼び出せるのは上級者だ。だがキリムは無理かどうか、やってみようと考えていた。駄目なら意識体のステアと浜で防衛戦をすればいい。


「我が主ながら末恐ろしい。……早めに合流する」


「ステア!」


「……何だ」


「みんなを、お願い」


 ステアはキリムが滅多にしない命令……いや頼み事に、口角だけを上げて微笑む。そして今度こそ瞬間移動をし、孤児院へと飛んだ。


 キリムは走り続け、もうすぐ浜辺に差し掛かる。慌てて広場に向かう町民とすれ違いながら、ふと砂浜へと目をやると、恐れていた事態が起こっていた。


「変な魔物が海から出て来てる……」


 魔物の正体はサハギンだ。俗称半魚人、手には漁師が落としたもりや、船の破片を持っている。


 キリムはまだサハギンを見た事がなく、どのような魔物かが分からない。しかしながら生憎この付近に宿や食事処はなく、他に加勢してくれる旅人の姿が見当たらない。


「みんな! 浜辺の前の道は通らないで! 魔物が来てます!」


 キリムは大きな声でこれから逃げようとしている町民へと呼びかける。そして深呼吸をすると、まずは固有術を唱えた。


「疾風の如く駆け、双のつるぎで無双する刃のクラム、ステア……」


 唱え終わると、目の前には黒い塵が集まり、そしてクラムステアの形になっていく。数秒もせずにステアの実体と全く同じ意識体が現れ、チラリとキリムを見下ろした。


 基本的に固有術は声を発しない。おまけにステアは意識体が5割増しで不愛想らしい。


「浜から上がって来る魔物を……殲滅!」


 ステアの意識体は無表情のまま頷き、そして風のような速さで駆けて砂浜に飛び降りた。その動きはステアの実体とさほど変わらない。キリムの資質の高さがステアの本来の力を完全に近い状態で再現しているのだ。


「頼むステア、消えないでよ……! 万物より我の力と……」


 召喚を維持したまま、別の召喚を試したことなどない。とりわけ無作為召喚は現れるクラムの強さが詠唱に大きく影響する。いつまで経っても来ない場合は、失敗かとてつもなく強いかだ。


 今はとてつもなく強いクラムを2体も維持できる自信がない。キリムは初心者にも親しみのある土の精霊ノームや、炎の精霊サラマンダーが来てくれることを願っていた。


 ステアは浜に上がって来る魔物を、カマイタチのように目にも留まらぬ速さで斬り刻んでいく。片方の双剣で水平に斬ったかと思えば、もう片手は弧を描き、着地した右でくるりと回転しながら次の標的へと狙いを定める。


「凄い……早く俺も駆け付けないと!」


 キリムは詠唱を続け、そしてついに足元から淡く白い光が立ち上り始めた。召喚は成功ということだ。


「お願い、力を貸してくれるクラムなら……」


 キリムは早く詠唱を終え、ステアがカバーできない範囲の魔物の討伐に取り掛かりたいと焦る。そんな中、淡く光っていたはずの足元の光がふっと消えてしまった。


「うそっ、ここまで来て失敗!? まさか、霊力が足りない……でもステアは消えてない」


 薄暗くなり始めた周囲に不安を覚えつつ、キリムはこうなったら自分の双剣と魔法を頼りに時間を稼ぐしかないと息をのむ。そうして1歩を踏み出した時、その足元がぐにゃりと凹んだ。


「ちょ、俺が行くって言ってるだろうが!」


「おいらの番! 今度こそおいらの番だってば!」


「テメーは出番が多いんだから譲れよ! あーお前ら退いてくれ!」


 キリムが慌てて飛び退くと、地面はボコボコとうねりはじめ、それと共に複数の声も聞こえてきた。何事かと思わず双剣を握りしめていると、その不穏なうねりから何かが飛び出した。


「ふわっ!?」


「狭いんだよ! あーお前らも一緒に出て来……やあ! 君がステアの主だね」


「ステアが片時も離れねえっつう、期待の新人召喚士だな!」


「おいらの番なのに、今度こそおいらの番なのに……」


「あー……え? え?」


 目の前に現れたのは3体のクラム。キリムの頭の中には、ノームの名が浮かぶ。知っているかは別として、残りの2体の名が浮かばないという事は、キリムが召喚した訳ではないという事だ。


「クラムノーム、クラムサラマンダー……と? え、何で? 俺、無作為召喚を」


 キリムはまだクラムディンを知らない。デル戦で見かけた気はしたが、名前までは分からないようだ。


「初めましてかな、クラムディンだ、お見知りおきを」


 無作為召喚はくじびきのようにクラムを1体のみ召喚するものだ。3体呼び出すなどという離れ業をした覚えもなければ、3回繰り返し唱えた訳でもない。


「いやあ、ステアが現れて『我が主のキリムが無作為召喚をする、詠唱に気づいたらさっさと出てこい』って言うからさ、ステアの主を拝む好機だって」


「確かに俺がキリムです。けど……え? 拝む?」


「そしたらノームが抜け駆けしやがるから、押し退けようとしたらみんなで出ちまった、ははは!」


 ステアの声掛けのお陰で(余計な分も)詠唱が成功したということ。それは1つ納得できた。ただ、自分を見る為に3体同時に現れるともなれば、何と言っていいか分からなくなる。


 無作為召喚で呼び出すのはクラムの実体。つまりこのやかましい面々はクラム本体そのものだ。キリムにとって、クラムとは神にも等しく崇める対象である。そのクラムがキリムを拝みに来るとは……。

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