TRAVELER‐06(034)


「あー、心配すんな! 一応呼び出されたのはノームって事で、俺とサラマンダーはオマケだ。で、何で呼び出されたんだ?」


「いや、あの……町の結界が切れちゃって、魔物が入って来て……」


「お? って事は、見かけた魔物は手あたり次第倒していいんだな?」


「え、あ、はい……」


「よっしゃ! 暴れまわって来るぜ!」


「いや、あの……」


 キリムは町の住民の避難を手伝ってほしいと言おうとしたが、呼び止める声もむなしくディンが町の中に、サラマンダーが空へと向かっていく。


 サラマンダーとノームは自然のクラムであり、戦闘特化ではない。だが人の役に立つことならば、本心から喜んで戦う。


「ねえねえ。あとでおいらにちょっとだけ血をくれるかい?」


「えっ、あ、勿論です。今は取りあえず、魔物から住民を守りたいんです」


「やったね! それじゃあサハギンの足止めはおいらに任せておくれ」


「サハギン……あの魔物はサハギンっていうのか」


 どうやら呼び出されたノームはキリムの指示を聞いてくれるようだ。


 ノームは地に両手をついてブツブツと何かを唱え始める。すると土が盛り上がり、あっという間に砂浜を囲む壁がそびえ立った。砂浜から魔物が上がってくるのを防ぐつもりだ。


「ここはステアの分身に任せて大丈夫だよ。他にやることはあるかい」


「住民を襲う魔物を足止めして下さい……あっ!」


 キリムの視線の先には、魔物に追われる住民の姿があった。小さな子供の手を引き、母親が懸命に逃げている。


「追いつかれる!」


「任せて。蔦地獄アイビーウォール!」


 ノームがピョンピョンと跳ね、そして宙返りをすると、親子を追いかける魔物の足に植物のつたが絡んだ。


「おいらは攻撃らしい攻撃ができない。でも大地を利用した事ならお任せあれ!」


「有難うございます!」


 キリムは足を絡め取られて動けないサハギン目掛け、両手の短剣の刃を向ける。峰を自分の両肩に引き付け、そして思い切り押し出した。


「水平……斬り!」


「ギャッ!」


 力に速度を乗せた一撃はサハギンの肉と骨を断ち、体を真っ二つに切り裂いた。飛び散る鱗が街灯に照らされキラキラと舞う中、キリムは足がすくんだ親子に目配せをし、海沿いの岩をよじ登るサハギンを蹴り落した。


「あ、有難うございます!」


「クラムノーム! 護衛お願いできますか!」


「分かったよ! 行ってくる」


 1人で戦えるほどの経験は積んでいない。幸いにも滞在する旅人が多いため、魔物を倒す手が足りていない訳ではないが、まだ広場から孤児院まで続く海沿いの道は手薄だ。


「えっと……逆に斬る!」


 逆袈裟斬りなどという名前は知らず、キリムはとりあえず斬撃を思いついたまま口にした。腹から肩口まで斬り上げられ、サハギンが1体倒れると、今度は後ろから別の魔物が現れる。


「スチームボア……」


 人を見つけると頭から湯気が立つほど怒り狂う様子から、スチームボアと名付けられた猪型の魔物だ。鼻が硬く、突進は人の両手が回らないほどの木さえも薙ぎ倒す。


 その攻撃力の高さ以外に突出した点はないが、あいにくまっすぐで細い道は避ける場所がない。


「プギィィィ!」


「ウインドカッター!」


 キリムの周囲が淡い緑色に光り、細かい風の刃がスチームボアを襲う。だがスチームボアはひるまない。


「まっずい!」


 スチームボアは猛烈な突進であと数メルテに迫る。キリムはとっさに飛び上がってすぐ脇にあった海側の街灯の柱を掴んだ。


「うわわっ!」


 勢いよく掴んだことでキリムはしがみつくことが出来ず、体がぐるりと回る。足元に海が見え青ざめた顔をしながら、キリムは勢いのまま再び道に着地した。


 スチームボアはゆっくりと向きを変え、そして前足で道の土を掻く。また突進してくるつもりだ。


「避けるのは何とかなる……」


「誰か! 助けて!」


 スチームボアが駆けだすと同時に、キリムの背後から女性の叫び声が聞こえた。振り向く余裕はないが、別の魔物に追われてるのだろう。このまま避ければ、後ろから来る声の主が吹き飛ばされる。


「駄目だ避けられない! 絶対防げないけど、避けるわけには……いかない!」


 スチームボアが土を蹴る規則的な足音が迫る。


 キリムは姿勢を低くし、両手の刃をスチームボアに向ける。そして小手を胸の前で交差させた。防御態勢を取り、小手、そして胴鎧の緩衝効果を信じて受け止めるつもりだ。


「ファイア!」


 せめて少しでもスチームボアが怯めばと、キリムは直前で炎を生み出した。そして衝撃に備え、きつく目を瞑る。


 だが、1秒、2秒経っても衝撃は訪れない。


 波が砕ける音で足音は掻き消され、4つ数えても何も起きない。キリムはさすがにおかしいと思い、ゆっくり目を開けた。


「いつまで目を瞑っている」


「えっ!? ステア!?」


「気をつけろ。後ろからダークウルフが来る」


 キリムの目の前にはステアの赤いマントがある。キリムの僅か数メルテ手前で、ステアはスチームボアの首を刎ね飛ばしていた。


「あ、有難う、でもみんなは? みんなをお願いって」


「俺が受け取った『みんな』の中にはお前も含まれる」


 そう言うと、ステアはキリムにダークウルフを任せ、岸をよじ登るサハギンを斬り捨てる。ダークウルフならばキリムにとって恐れる魔物ではない。キリムは走って来る女性を保護し、ダークウルフに飛び掛かった。


双刃斬そうはざん!」


 ダークウルフの正面で跳び上がり、両手に持った短剣でダークウルフの鬣にそって刃を突き立てる。勢いを殺しきれず、キリムはそのまま前方宙返りをする格好になった。


 深く刃を突き刺されたダークウルフは、キリムと互いに回り合うように投げ飛ばされ、地面に叩きつけられたまま息絶えた。


「ほう」


「ハァ、ハァ……勢い付け過ぎたら、なんか変な攻撃になっちゃった」


「上出来だ。孤児院の連中は心配ない、他の旅人が来たら場所を移すぞ」


「え、孤児院は誰が?」


「シェリーがシルフの召喚に成功した。シルフが風の結界を張り、魔物を混乱させる」


「シェリーさん、霊力があったんだ!」


 クラムシルフ。土のノーム、火のサラマンダー、水のウンディーネと並び、風を司る。手の平に乗るほどの背丈、背に羽があり、少女のような姿をしていることから妖精とも言われ、おとぎ話を通じて人に最も馴染みがあるクラムである。


「クラムシルフだけで大丈夫なの?」


「クラムの力を甘く見るな。シェリーの資質がどうであろうと、並の魔物に負けはしない」


 ステアは僅かに口角を上げ、自慢のように語る。そしてキリムの肩を抱くと恐怖で青ざめている女性へと振り向き、声を掛けた。


「我が主と出会い、命を救われた事を幸せに思うがいい。これから世界に名を轟かせる召喚士の姿だ」


「ちょ……あ、ノーム!」


「やあ、広場では無事に結界が張られたようだよ。こちらの人も送っていくかい」


「はい、お願いします!」


 ノームは好き放題暴れているディンとサラマンダーに呼びかけ、逃げ遅れた人々の誘導を引き受けてくれた。ようやく旅人の姿も見え始め、海沿いから襲って来る魔物は水際で倒されていく。


「良かった……」


「もう俺の意識体を解放していい。手薄な場所を守りに行くぞ」


「え、どこが手薄かなんて分からな……いっ!?」


 ステアはキリムを毎度ながら軽々と脇に抱え、近くの家の屋根に飛び乗った。家の屋根から屋根へと飛び移り、町全体が見渡せる役場の屋根までやって来ると、魔物が入り放題な1か所を指さした。


「……陸側の門の脇から侵入している」


「大変だ、ステア、瞬間移動を!」


「任せろ」

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