Re:START‐04(023)
「新米の旅人さんかい? 汽車酔いしたんだね」
「俺、まだ18歳じゃないです……お酒は飲んでいません」
「ん? ああ、違うんだ。揺れや流れる景色を見る事によって気分が悪くなることを、汽車酔いと言うんだ」
「そうか分かった。では治せ」
ステアは腕組みをし、駅員の男を見下ろす。治療するか、薬を出すか、治癒魔法のケアを掛けろという無言の圧力だ。ステアには静養するという概念もないらしい。
ゴーンを夕方に出発する汽車は、スパイトン駅の手前まで朝を迎えない。深夜の利用者はあまりいないのか、駅員は焦ることなくキリムを看病してくれた。
ステアはその様子を見て、治癒士か何かと勘違いしたのだろう。キリムとステア、どちらが世間知らずか分かったものではない。
「ステア、
「なぜ飲まない」
「も、勿体なくて」
「使うべき時に使わずなぜ買った。荷物にするのが趣味か」
2人がどういう間柄なのかを分かりかねる職員は、不愛想なステアを宥めつつ、キリムにアドバイスをくれた。
「もしも進行方向に背を向けて座っているなら、背を最後尾側に向けて、前の方の景色を見て下さい。まあ……今は夜ですが。それと、寝台車じゃないのなら鞄を枕にするとか、頭を揺らさないように。空腹と満腹を避ける事」
「分かりました、有難うございます」
「そうすれば、案外快適でゆったりとした時間を過ごせるよ」
30分ほど横になったキリムは、駅員に頭を下げてお礼を言い、幾分マシになった顔色で汽車へと戻っていく。大きな木造の駅舎を出発する頃には、キリムはすっかり深い眠りについていた。
* * * * * * * * *
日が昇り、車内が明るくなってくると、停車駅で乗り込んで来る人の数も増えてきた。キリムは売店車両でベーコンを挟んだパンと瓶入りの牛乳を買い、呑気に朝食を摂っている。揺れには慣れたようだ。
「ステアは何か食べたいなってものはないの?」
「別に食物から栄養を摂るわけではないのに、なぜ食べる必要がある」
「んー、味わうとか。いつも血をあげられるわけじゃないし」
そっけなく、淡々としている……不愛想をこれでもかと凝縮したステアとのやり取りにも慣れたのか、キリムはステアの受け答えに特に不満を漏らすわけでもない。
弾んではいないし楽しそうとも言えないが、キリムはどんなどうでもいい話でも聞いてくれるステアとの旅を気に入っていた。
「これから旅先で食堂とかに入った時、俺だけ食べてステアだけ腕組みして座ってるって、なんだかなあって思って。食べたらお腹壊す?」
「どうだろうな。試したことはない」
表情は相変わらずで、見る人によっては不機嫌なのかと思ってしまう佇まいでも、キリムとの会話が面倒だとか、話が嫌いという訳ではないらしい。
ステアはキリムの問いかけに、短いながらもしっかりと自分の意見を返し、どうでもいいなどとは言わない。
もちろん、それは召喚主であるキリムだけに許す態度かもしれないが。
「えっと……食べるのが駄目だったら、ビールとか、珈琲とか」
「見た事はある。では今度試すとしよう」
窓の外はいつのまにか爽やかな草原が広がっていた。停車する駅では車窓の外で物売りが必死に売り物をアピールする。
得体の知れない饅頭、得体の知れない人形、得体の知れない本……売れたら何でもいいと言わんばかりに必要ないものを掲げている。
旅人に余計な買い物は厳禁だ。中には興味をひく土産物もあったが、キリムは結局何も買わなかった。正確に言うなら散々迷った挙句買うタイミングを逃した。そんな事を何度か繰り返し、夕方には終点の町「イーストウェイ」に到着した。
「うわー、何か不思議なにおいがする」
「海の香りだな」
「汽車でソルトフラッツの横を通った時と同じにおいだ」
塩の平原を通過する際に嗅いだ香りを思い出し、キリムは海に匂いがある事を知った。内陸部の川も湖もないド田舎の少年が知っている事などそう多くはない。
町を眺めると、先日まで滞在していたゴーンとは異なり木造の家が多い。建物もせいぜい2階建てまでだ。
お世辞にも都会と言える町並ではない。けれど、汽車や船が出る貿易の拠点となっていることから人の往来は多い。桟橋には漁船もたくさん繋がれている。
護岸工事がなされた防波堤の先には大きな商船が見え、北の小高い丘には畑が見える。こう見ると、都会ではなくとも田舎ではない。
「同じ町って呼び名でも、こんなに違うんだね。ほら、ちゃんと庭がある家が多いよ」
「庭なのか空き地なのか分からんが、ゴーンよりは落ち着きがあるな。海の近くとなれば、お前が食べたいと言っていた魚も豊富だろう」
「うん、楽しみ」
観光に来たわけではないが、観光して悪いことはない。旅の途中で立ち寄っただけとしても、やはりキリムの目には全てが新しく見え、色々と見て回りたくなる。
更に、キリムは今まで海を見たことがない。食べた事のない魚料理を出す店が並び、キリムの好奇心は高まる一方だ。
「あ、ゴーンよりも物が安い」
「輸送の手間や、裕福な人が多いことを考えると、ゴーンの方が物価は高いのだろう。1つ勉強になったな」
「そうだね。結局アイテムもここまで使わなかったし、無理して買う必要はなかったかな、あー損した!」
「どこで買っても、お前は勿体ぶって使わないだろう。無駄に変わりはない」
このイーストウェイの品々はミスティよりも高いが、それでもミスティの倍まではしない。ゴーンより安いだけでお買い得に見えてしまうから不思議だ。
カバンの中には封の開いていない瓶や錠剤の回復薬がそのまま入っている。強敵に挑まないのなら強くなればなるほど回復薬の出番は減っていく。
緊急時以外は都会で買い込むのは控えようとキリムは強く思った。
「今日は少し血を貰ってもいいか」
「そうだね、大丈夫だよ。宿で休むだけだし……夜でいい?」
「ああ」
クラムは医療に用いる輸血用の血液を手に入れ、小腹が空いた時に飲む事もある。味の良し悪しはさておき、クラムニキータが仕入れ、クラムたちに売っているのだ。
本来ならば戦闘型のクラムも、新鮮な召喚士の血を1週~2週に1度飲んでいれば十分活動できる。その効果は劣るが、本体ではなく意識体が召喚士から報酬として血を貰う事もできる。
そう考えると、実は今、ステアは物凄く贅沢な事をしている。これが目的でキリムについてきたのかは定かではないが、資質が高い召喚士の血を独り占めとは、さぞ気分もいいだろう。
表情からは全くうかがえないとしても。
「ステア、あそこ! 旅客協会がある」
キリムが指し示す先には、木造の家屋の中に1つだけ石とコンクリートで作られた、神殿のような建物があった。大きさこそ異なるが、造りはどこも同じらしい。
ゴーンで居合わせた旅人がいなけければ、すぐにキリムだとバレる事はない。ロビーで大きな声で自己紹介しない限り、平穏な旅を送れるだろう。
「クエリを見てみるよ、お金を貯めて旅費にしなくちゃ」
「好きな物を選べ。戦いがあるものであれば何でもな」
「うん」
この港町を拠点にするとしても、次の目的地を決めるにしても、少し手持ちは増やしておきたい。だが、新人も慣れてきた6月に、初心者用のクエリは残らない。
「ない……。等級を上げたら戦闘クエリもあるけどこれ、4等級のパーティー向けだって。ウーガって何?」
「キリムの背の2倍弱、3メルテ程ある豚のような亜人だ。俺がいれば大したことはない」
「多分受けさせてくれないよ。他に……」
その時、キリムはふと隣に1人の女性が立っていることに気付いた。年齢は30歳程だろうか、装備ではなくエプロンをしていて、どこかの店の従業員のようだ。
女性はしばらく1つのクエリを眺めていたが、やがてため息をつき、受付に何かを聞きに行った。
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