Re:START‐03(022)


「あんたが想定していた材料の質よりも悪いんだとさ。だから鍛えも足りない。あんたが躊躇った部分を、クラムワーフはしっかり薄く鍛え上げた」


 修正したのは鍛冶の神であり、新人が太刀打ちできるはずもない。けれどエンキは、何をどう変えられたのかくらいは理解していた。


「ここの角度、鎧のこのプレート。ほら見てくれ。綺麗に正確に作りたくて、新しくプレス機を借金して導入したんだ。何年がかりで返せるかわかんねえ額だ。それを薄くした上、元の形に戻しているなんて……全然歪みもない」


「数百年、数千年も鍛冶をやっているクラムと比べても、仕方ないと思うんですけど」


「いや、そうなんだけどさ! だからはい、こんなものしか作れませんって訳にはいかねーんだよ。俺が目指したい職人は、ここの店で棚を確保して安心してるベテラン連中じゃねえ」


 エンキはまだ若いからか、情熱は人一倍あった。勝手に手を加えられて怒るなどとんでもない。ワーフに改良されているとなれば、そこがどうなったのかを知りたくて仕方がない。


「ここまで思い切っていいのか……小手に肘のガードが付いてる。くっそ、縫いが悪かったのか? ここも布が張り直されてる。この構造は緩衝材の役目だな。交換を前提に、致命傷を防ぐためにわざと崩れながら衝撃を減らすつもりか」


 エンキは写真を撮り、手帳に各寸法や技法を書き込んでいく。キリムが少しでも勝手に動くと「そのまま」と言って止める。


「イサさんの店は勿論他に比べれば物もいい。でも俺はもっと上、このレベルを目指したい。客は俺の装備に命を預けてんだから」


「確かに、そういう考え方もありますね。ステア、えっと……他にもワーフが作ったのって持ってないの? せっかくだから見せてあげたら、今後の作品の為にもなると思うんだけど」


「クラムだからと言って色々くれる訳ではないからな。強いて言えば短剣と、その腕輪か」


「クラム? え、この兄ちゃんがクラムなのか?」


「兄ちゃんだと?」


「あ、えっと……クラムステアっていうんだ」


 クラムだと言われなければ分からない容姿をしておきながら、ステアは人と間違えられたことで眉間に皺を寄せ、エンキを睨む。


 エンキはそんなステアの表情を全く気にせず目を輝かせている。


「クラムワーフと仲はいいのか!? クラムワーフの工房知ってんのか!? あれ、つうことは一緒にいるのは、お前は召喚士?」


「俺の主にお前とはなんだ」


「あー……えっと、あんまり大きな声では言えないけど、召喚士です。単独で旅をするから、出来るだけ装備は防御性を優先したくて」


 そう告げるとキリムは短剣をエンキに渡し、そして腕輪を外す。奪うように受け取ったエンキは、その精巧さにまたもため息をついた。


「……」


「ステア、どうしたの?」


「ちょっと……いや、何でもないんだ」


 腕輪をエンキに渡そうとした時、ステアが急に胸を押さえた。


 キリムは心配そうに訊ねたが、ステアの表情からは何も窺えない。もしかすると、主として渡された腕輪を他人に触らせるのはまずかったのかもしれない。


「エンキ、ウチの職人は超一流なんだからね、店を落とすような事は言わないでおくれよ。それよりもクラムワーフの作品見せてくれるこの子に感謝しな。他の鍛冶師に奪われたくなけりゃ、まずあんたがここの店の1番になるんだね」


「分かってるって! なぁ、次はいつクラムワーフに会う? その時は俺も会わせて欲しいんだ、頼む!」


「いや、俺は決められません。ステア、どうかな?」


「あいつをここに連れてくるとなると気まぐれだからな。今は創作意欲があふれている。貴様に召喚能力があれば、暇な時に話くらいは出来るだろう」


「召喚? 少なくとも魔法の勉強はしてねえんだ。そっか、ちょっとはクラムワーフに会うためにその辺調べてもらって勉強するか」


 エンキは自分の腕について悩みがあるのか、それとも単純な探求心なのか、クラムワーフに会うことを当面の目標としたようだ。


「それ以上にエンキ、あんたの渾身の品を作って持っていかないと、手ぶらで教えてくださいって訳にはいかないんじゃないのかい? テメーの実力を審査してもらうくらいのつもりで行かなきゃ、誠意が伝わんないよ」


「分かった。2人とも次はいつに立ち寄る? その時までに1つ、えっと……」


 キリムはエンキの視線に気づき、慌てて名乗る。


「キリムです。キリム・ジジ」


「エンキ・ヴォロスだ。キリムに渾身の一品を用意しておく。旅人としての等級が幾つであろうと関係ないくらいの。金は要らない、だからそれを……あんたの伝手でクラムワーフにまた審査してもらいたいんだ」


「タダではいただけません、俺が凄い事するわけじゃないんだし。ステア、いいよね」


「ああ。あいつも直接慕ってくれる人に飢えている節があるからな。それだけの努力を無駄にはしないだろう」


「ほんとか、有難う! じゃあもう少しこの鎧を調べさせて貰えるか? イサさん、お礼に俺がこの前作った首飾りあげたいんだけど」


「構わないよ。代金はあんたへの報酬から引くからね」


 エンキはその後も1時間ほど改造された軽鎧を調べ、メモを取りながら簡単な図を描き、礼を言って帰っていった。


「そろそろ駅に向かってもいい時間だろう」


「あ、もうこんな時間か。ではイサさん、失礼します」


「ああ、本当に有難うね。あんたのおかげで職人に目標が出来たよ。ベテランに埋もれそうで、最近は元気もなかった。エンキのあんなに嬉しそうな顔は久しぶりなんだ」


 イサは2人に小さく手を振りながらウインクをし、店内を振り返って「そろそろ閉めるよ!」と客たちを急かす。


 次に会える日が楽しみだと笑いながら、キリムは建物を後にした。





 * * * * * * * * *





「一体何があった」


「んー……駄目だ、気分が悪い」


「病気なのか? なんだ、さっぱり分からん」


 ゴーンを出発したディーゼル機関車は、全長1500キルテの線路の上を、最高時速80キロメルテで運航していた。


 途中で停まる駅は10か所。各駅では30分程の停車時間があって、ゴーンから約500キルテ地点にあるエネシ町、1000キルテ地点にあるスパイトン村では、それぞれ3時間の休憩をはさむ。


 ではキリム達は今、どの地点にいるのだろうか。


「駅に着く度に死にそうな顔を窓の外に出して、お前は一体何がしたんだ」


「汽車が動くと……気持ち悪くて。小さい頃に馬車に乗ったんだけど、その時も気分が悪くなった」


 キリムは汽車の走行中、ずっとボックス式のクロスシートに横になっていた。


 飾り気がなく鉄板に色が塗られただけの車内に、赤い革のシートが張られただけの硬い座席。快適とは程遠い空間にも、今は不平不満を言う余裕がない。


「嫌な思い出でも蘇ったのか? よくそれで旅人を志したものだ。まだ3つ目の駅だぞ、先は長い」


 キリムは今、停車時間を含め7時間で到着するエネシ町の駅のホームの端に座り込んでいた。


 要するに乗り物酔いしたのだ。


 ひんやりとした真夜中のホームのコンクリートが気持ちよく、とりあえず吐き気は止まっている。当然の事ながら、ステアに乗り物酔いの概念はない。


 キリム自身も良く分かっていないが、ステアもキリムの具合の原因は全く分かっていなかった。我が物顔で駅舎の駅員室の扉を開け、「我が主の様子が変だ、お前ら一体何をした」などと言ったのがその証拠だ。


 怯えながらもステアの後に続いた宿直の駅員は、柱の陰でぐったりしているキリムを見つけ、救護室に運んでくれた。

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