Re:START‐02(021)
「うん、目的のものを買う以外、どこへ寄り道していいかわかんなくて。町は何でも高くて、そんなにいっぱい見ていられないよ」
集落と比較すると、物価は町の方が倍以上高い。
そもそもミスティには大したものがないため、町ではありふれた日用品すら、ミスティでは手に入らない。キリムが一般的な金銭感覚を身に着けるのは当分先だろう。
ステアは自身が持っていたかばんを、キリムが買ってくれたカバンにそのまま押し込む。クラムは大雑把な者が多いのだろうか。
「汽車はしばらく来ないようだが、ここでずっと待つのか」
「えっと……19時出発? 今は15時過ぎ、か。ご飯は食べたし、買い物も終わったし……」
町での時間の潰し方など、ド田舎生まれの少年が思いつくはずもない……とは限らないようだ。
「あのさ、ワーフに装備を作り直してもらったじゃん」
「ああ」
「一応お店の人に言っておいた方がいいかなって、ちょっと思ってたんだ」
「そんな律儀な真似が必要とは思わんが」
ステアの言う通り、買ったら買った人の物であり、どうやって使おうが勝手だ。色を塗っても、要らない部分を外しても、それは誰が咎めるものでもない。
キリムはとにかく遠慮し過ぎなところがある。
「えっと……でも、次の装備を買いに行く時とかさ、勝手に鍛え直してたら気を悪くしないかな。その、出来が悪かったと言わんばかりに見せつけるのはちょっと」
「その気遣いが必要とは全く思わないが、時間もある。自分の正しいと思った事をしろ、余計な気回しならそう言われるだけだ」
ステアはどうしてもそうしたいのならと、キリムがしたいようにさせる。余計な事と思っても、やって悪い事ではないと考えたからだ。
「その前に、お前に武器を渡しておく。俺が以前使っていたものだ、今の剣よりは劣るが、買う金を考えるなら幾分ましだろう」
「ステアが使っていた剣!?」
クラムが使っているとなれば間違いなく一級品、いや、世界遺産級だ。
かつてワーフが作った祭事用の防具は、どこかの町で世界的な遺産として厳重な警備の下、入場料まで取って飾られているという。
「有難う! こんな贅沢していいのかな。父さんと母さんにも見せてあげたかった……」
「武器など取るに足らん。それを使いこなす己を見せるべきだろう」
「そう、だね。胸を張って村に帰れるよう、これから頑張るよ」
「お前にもう帰る家はない」
「いや……そういう事じゃなくて」
店に着くと、先日の女店主が帳簿を見ながらカウンターに座っていた。
「目玉商品」と書かれたブースがカウンター横に出来ており、数人が真剣な顔つきで品定めをしている。ワーフが目利きした商品を、適性ランクに落として販売しているのだ。
本来ならばランクを落とすなどという行為は、店にとって評判に関わる。
先日出会った旅人のマーゴが言っていたように、値段も信用のうち。そして1つ下げればそれより下のランクの物も、価格差を維持するために下げなければならない。
しかしそこは、タダでは絶対に起き上がらない商人魂の見せどころ。
「あ! ねえステア、あれって」
「ああ、ワーフだな。おだてられて呑気に写真まで撮られたか」
ブースにはちゃっかりとクラムワーフと一緒に写った手形付き写真が飾られ、紹介文にはクラムワーフにまつわる伝説が引用されている。クラムワーフが認める品を売る店であり、今特価以外のコーナーにあるものはランク相応であると主張したいのだろう。
『クラムワーフによるお墨付き!』という謳い文句は、「そのレベルの装備を買おうとする者にとっては」一級品である事を暗に示すことになる。
「それにしても……いっぱいあるね」
「あいつにとって目利きは趣味だからな。喜んで引き受けたことだろう」
目玉商品はかなりの数にのぼっている。一体、ワーフは何時頃まで装備を見て回ったのだろうか。店としては、ワーフが見れば見るほど、どっちに転んでもお墨付きになる。
なるほど、考えたな……と苦笑いをしつつ、キリムは女性に声をかけた。
「こんにちは、あの」
「いらっしゃい。悪いね、ウチは装備選びまで付きあわな……ああ、この前の! 確か……」
「キリムです」
「ごめん、キリムくんだったね。今日は何用だい? まさか返品じゃないだろうね」
店主は仏頂面から急に花のように微笑み、それからまたムスッとした表情になった。
「違います! あの、ワーフがちょっと改良するって言って、預けたらこうなってしまって」
そう言うと、キリムは自分が着ている装備を見せた。デザインに面影はあるものの、加工により色が変わり、パーツも細かい所まで改造されている。
その軽鎧を見て、女店主は少し考えるようなしかめっ面をした後、キリムに装備一式を脱いでくれといい、どこかに電話を掛けた後で装備を近くのテーブルに広げた。
「なるほどね。圧倒的に薄く軽くなってる。凝縮させて、延びた部分は削って、なおかつ元の形に成型しているね。脱炭しているってことは、一度塗装も剥いだ? 強度は倍、重さは3分の2って感じか」
店主はまず表面、重量などを調べ、それから更に細かい部分のチェックに入る。
「パーツをいくつか更に分けたのは、着易さ度外視で機能性重視。これは、一度縫い目を解いて裏から充てたのか。ん~、これは衝撃吸収のため……? エンキにここまで拘らせるはまだ酷か」
「はぁ……。なんだか、そのエンキさんに申し訳ないくらい変わっちゃってるんで、一応報告をと思って」
「あの子の事だから、自分の作った作品は全部覚えてるはず。最初は安っぽかったんだけど、デザインに統一性を出しなって言ったら、いい具合にそうなったわけ。幸いデザインには手を加えられてないようだね」
「製作したエンキさんは気を悪くしないでしょうか」
キリムが心配そうに訊ねたことで、店主はようやくキリムがここに来た理由を把握した。まさか「こんなに改良されましたよ、参考までにどうぞ」ではなく、「勝手に改造してしまって、製作者の人が怒らないかな」だとは思っていなかったようだ。
「大丈夫だよ。悔しかったら良い物を作って唸らせるのが職人だろ? 実力がない奴にプライドを持つ資格はないのさ」
「厳しい世界なんですね」
「旅人もそうだろ?」
「キリム、用件は済んだか」
「あ、うん、大丈夫なら良かった、安心しました」
「ああ、ちょっと待ってくれ!」
店主は慌てて2人を引き留めた。キリムは装備を着はじめ、ステアがもう用はないとばかりに店を出ようとしている。
「この装備を作ったエンキに連絡を入れたんだ。もう少しで来るはずだから」
「あ、えっと……少しならまだ時間があります」
キリムがそう答えていると、店の扉が開き、ステアを押し退けるように1人の青年が入ってきた。
「イサさん! クラムワーフはどこ!?」
青年は作業用のエプロンをし、頭にはバンダナとゴーグルをつけている。鋭い眉と鋭い目つきで、背はキリムより若干高く一見細身だが、半袖のシャツからのぞく腕はしっかりと太い。
歳はキリムより2,3個上だろうか。青年は飾られたパネルを食い入るように見た後で周囲を確認している。
「イサさん?」
「ああ、あたしのことだよ。イサ・ジェインズだ。悪いけどクラムワーフはいないよ、エンキ。この子が買ってくれた軽鎧をクラムワーフが改造したのさ。よく見せてもらいな。特に焼なましと脱炭はあんたの弱いところだよ」
「え、あっ! その軽鎧、俺が作ったやつじゃねえか! ちょっと見せてくれよ!」
「うわ、ちょ、ちょっと」
エンキはキリムが着たままの状態で、軽鎧の表面やその裏、修正されたパーツを定規のようなもので計って驚く。もう一度脱ぎましょうかと言う声も聞こえていない。
目の前にある装備や鍛冶の事しか考えていないところは、ワーフとよく似ている。
「デザインが大幅に変わらない修正で、こんなにも変わるのか……」
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