Ⅲ【Re:START】旅人、あるべき主従、悲しい人助け
Re:START‐01(020)
【Re:START】旅人、あるべき主従、悲しい人助け
翌日の昼過ぎ、キリムは生まれ育った家の不要な物を処分し、オリガに家の鍵を渡した。
宿からそれほど距離がないため、素泊まり客用に使って貰おうと思ったのだ。粗末だが村の中で家を探している人に渡してもいい。
「気をつけてね。立ち寄る事があれば、今度はしっかりお腹一杯頼んで貰うからね」
「はい。オリガさん、色々有難うございました」
オリガに見送られながら、キリムとステアは村を後にする。村の門をくぐった後は、もちろん瞬間移動だ。
ゴーンに着いたキリム達は、ひとまず地図を買いに行き、町の広場のベンチで腰かけて、行き先を決める事にした。
「まずどこに向かおうか……」
「戦闘に慣れるという意味ではこの周辺で金を稼いでもいいが、旅人等級を上げるならこんな所で戦っていても実績とは認められんだろうな」
「知らない土地に行かないと駄目だね。ステアが行った事のある場所に瞬間移動っていうのは違うと思うんだ。どこに向かうか決まるまで、東を目指すのはどうかな」
キリムは地図の上からゴーンから真東へと伸びる線路を指でなぞっていく。
鍛冶など工業が発達したゴーンは、内陸の要所でもある。周囲には小さな村や小規模な町があり、東へは海まで1500キルテにも及ぶ鉄道が伸びている。
その鉄道の保守のため、沿線には小規模ながら村や町が点在している。旅そのものを目的とする物好きな旅人は、街道を踏破するのだという。
「東を目指そうと思った理由を訊こう」
「マルス……俺の友達ね。あいつらは東のイーストウェイって港町の南の村で護衛の仕事をしていた。どこかに移動するとして、イーストウェイ方面は駆け出しでもあまり危険じゃない」
「ゴーンの真南にある湿地は魔物が強い。北の山脈越えも、西の荒野も途中で寄れる場所がない。人の往来があればそれだけ魔物の危険は減る。賢明な判断だ」
「まあ、行きやすいって事は強くなるのには向いてないって事なんだけど。でもゴーンの協会は俺の顔を知ってる人も多いから、移動はしたいんだ。旅人は旅をしなくちゃ」
キリムは苦笑いをし、召喚士として猛烈な勧誘を受けることを想像した。いくら自分の意思で入らなければ無効とは言っても、付きまとわれたり、勧誘じゃなければ脅迫はセーフと思っている者すらいる。
このゴーンでは既にキリムの情報が閲覧可能な状態にある。他の町では名前くらいしか広まらないとして、なるべく知らない土地で活動したいところだ。
「お前は短剣を扱える。装備で召喚士ではなく、双剣士を装う事もできる。どうだ、旅がしやすいだろう」
「うん、今となっては勧めて貰ってよかったと思ってる」
召喚士を含む魔法使いは、物理攻撃を想定せず、攻撃も受けない戦闘が大前提だ。魔力増幅に特化したローブを着るなら、よほどの熟練者でもなければ攻撃を受けた時点で終わる。
治癒魔法を習得する
つまり、キリムは非常に珍しい魔法使いの1人旅になる。防御力特化の装備は必須だ。
「長旅になるから、着替えとかポーションとか色々揃えなくちゃ。かばんも……ちゃんとしたのを買いたい」
「ならば、俺のかばんも1つ買っておいてくれ。一度住処に戻って準備をしてくる」
「あ……うん。今日は準備の日になるかな。夕方にこの町の駅に集合でどうかな。17時」
「分かった」
石畳の上で、ステアは音も立てずに消える。1人で歩く事になったキリムは、慣れない人込みに苦労しながら雑貨屋を目指した。
* * * * * * * * *
「ワーフ、何か短剣がないか」
ステアはクラムの住処に戻ると、自分の家で適当に衣類を掴み、ワーフの家を訪ねた。
ワーフの工房兼住居は、相変わらず外も中も散らかっている。鋼板や丸鋼、何か分からない鉱石も転がっていて、作りかけなのか放棄したのか分からない防具が山積みになっていた。
整理整頓は天才に必要ないのだろうか。
「ステア! 人の装備を見てから意欲が止まらなくてね!」
「そのようだな。何か手軽な短剣はないか。出来れば双剣がいいんだが」
「キリムくんの武器だね! うーん、片手用ならあるよ、どうだい?」
「今も片手だからな、当面問題ない。暇な時に双剣を作ってくれ、代金は……その時に払う」
ステアが要らないから持って行っていいよと渡されたのは、やや刃渡りが長めの短剣だった。素材が何かは分からないが、とにかく軽い。
キリムの負担にならない事に安心しつつ、ステアは休憩のつもりか近くの椅子に腰かけた。
工房内に、ワーフが金槌を振る音が響く。薄く叩いて伸ばしているのは鉄だろうか。ステアはこれから何を作るのかと、しばらくワーフの邪魔をする訳でもなく見守っている。
とても楽しそうに、鼻歌交じりで鍛冶に勤しむゆるふわウサギを見て、クラム以外の誰が鍛冶の神だと思うだろうか。
「おいらも弟子が欲しいな。おいらにも主さんが欲しいな」
「召喚能力を持っていて旅人でないのは、ミスティの住民くらいだ。もしくは旅人を辞めたか。召喚士が鍛冶をしているとは思えんな」
「うーん、それは困った。キリムくんの手が空いたら100年ほど貸しておくれよ」
「100年もあれば人の寿命は尽きる。俺の主を渡す気もない」
クラムにとって、時間などあってないようなもの。100年が長いかどうかは、人の寿命との比較くらいしか判断が付かない。
そうでもなくてもステアは、この数日は主がいるという安心感がある。それを他人に渡す気など毛頭ない。
世界中を探せばいるかもしれないが、召喚士との出会いは殆どが戦闘型のクラムの特権だ。
鍛冶の神であるワーフが、自身と波長の合う召喚士と出会うチャンスはそうそうない。
「あ、そういえば! ステアが昔使っていた双剣がまだあるかもしれない!」
ワーフは金槌を置き、工房の奥に入っていった。時折何かが落ちる音、崩れる音が聞こえるが……。
「あった! ほら、懐かしいね!」
「懐かしいと言ってもたかが150年前だ」
ワーフに渡されたのは刀身に赤みを帯びた双剣だった。
持ち手は黒く、鍔の部分は殆どない。両刃ではないため、いざと言った時、小手で峰の部分を受けて支えたりと防御に役立つ。初心者に持たせるにはちょうどいい。
「この片手剣は返すぞ」
「おや、もう行くのかい? おいらの主さんになってくれそうな人がいたら声を掛けておくれよ!」
「……考えておく」
ステアは立ち上がると、特に手を振るわけでも振り向くわけでもなく出ていく。戸締りやプライベートの概念がないのか、誰が入ってこようと出ていこうと自由らしい。
特にする事もないステアは、そのままゴーンへと瞬間移動をし、キリムとの待ち合わせ場所に向かった。
付近の店の時計を覗き込むと、まだ時間は15時。
ステアは瞬間移動でキリムの傍に向かう際、まずい時もあるとキリムに言われていたため(特にキリムがトイレに入っている時はとても怒られた)大人しく待つことにした。
ゴーンの空は、ミスティ同様からりと晴れて雲がない。遠くの山から流れる川の水量は十分だが、石畳が敷かれていない道の土はひび割れを起こしている。
「今年は雨量が少ないようだ。バアルとウンディーネの奴は何をしている」
雨神と水神の名を口にしつつ、ステアは特に何をする訳でもなく駅の壁にもたれ掛かった。
石のブロックとコンクリートで造られた大きな駅舎は、北へ1日1本、東へ1日2本の便がある起終点駅だというのに閑散としている。ここ1、2時間のうちは、汽車は到着も出発もしないのだろう。
屋根が付いたコンクリートの長いホームには、ベンチに座ってのんびりと本を読む客が数人、改札の周囲にも人はまばらだ。忙しなく動き回る者もおらず、のんびりとキリムを待つにはちょうどいい。
けれど、そのキリムも10分も経たずして現れてしまった。
「ステア! ごめん、待たせちゃった。はい、かばん」
「まだ着いたばかりだ。もう用事は終わったのか」
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