TRANSIT‐14(019)
ステアは目を丸くして驚いていた。
この期に及んで、キリムはステアの真意が分かっていなかった。
普通の召喚士なら、厚かましくも腕輪を貰ってもいいかと訊ね、これからも頼っていいかと確認するものだ。腕輪を渡された自分だけの特別なクラム。誰もがそれを手放すことを惜しいと感じる。
しかし、キリムはそこに線を引いた。ステアは酷く落ち込み、そして怒りさえ覚えていた。
「もう俺は必要ないという事か」
「えっ」
「俺は用済みなのかと訊いている」
ステアの責めるような口調に、キリムは驚き、怯えていた。今まで不機嫌そうに見えても、ステアが怒りを表したことはない。
「よ、用済みだなんて! お願いした事を全てやってもらったのだから、こうしてお礼を……」
キリムは慌てて腕を差し出し、ついでに鞄の中から片手で稼いだお金を掴む。だがステアが言いたいのはそういう事ではない。
「お前はこの俺が主と認めたというのに、俺に帰れと言うのか。父の仇を討つため旅に出る、だから腕輪は返さない、これから力を貸せくらい言わんのか!」
「そ、そんな大それた事……」
キリムはやはりステアの気持ちを理解していなかった。
ステアは人に遠慮したり配慮する性格ではない。キリムはその逆で、遠慮や配慮をし過ぎ、結果相手の気持ちを蔑ろにしてしまう。
父親の思いを汲めずに後悔したばかりだというのに、それが悪い方へ働き、いっそう遠慮に拍車がかかってしまった。
「主と認める事が、どれだけ重い忠誠か分かっていないのか? それとも知っていてこの仕打ちか? 俺はお前に仕える事で消滅してもいい、その覚悟でその腕輪を渡した。その俺に、用が済んだから帰れだと?」
「そ、そうじゃありません! そんなつもりじゃないんです! そんな……だって、これからも頼りにしていいんですか? 父さんとの約束は、旅人にすることだって……」
「そこにお前の意思はないのか。俺の主となったのはお前だぞ、キリム。俺と行動を共にしている間、お前は俺に一度たりとも命令を下さなかった。俺が勝手に世話を焼いただけだ」
「そう言われると、確かに……」
キリムはステアの言葉に衝撃を受けていたが、同時に自分の行動も振り返っていた。厚意に甘えてはいたが、自分からは何も指示をしていない。
クラムにとって、それはクラムの存在意義を否定されているに等しく、召喚士としてあるべき姿でもない。
「慕っていた親を亡くして悲しまぬ人など、居て欲しいとは思わん。だがお前は生きるんだ。お前は父親に送り出された、家を持たぬ旅人だろう」
つまりステアは、旅をするなら一緒に行ってやると言っている。いや、元々そのつもりだった。
キリムは鈍く、腰が重い。キリムが暫く考えたところで、手持ちが尽きるまで結論は出ないだろう。旅に出ると決める頃には、きっとまた極貧状態に陥っている。
「旅に……」
「人の一生は短い。ゆっくりと考える時間などない。時間が必要なら、旅をしながら考えればいい。それに……」
ステアは言葉をため、キリムが顔を向けるまで待った。
「俺達クラムにとって一番大切な召喚士を、デル本人が戦ってすらいないのに守れなかった。奴はただ後ろで魔物を操り、薄ら笑いを崩さなかった」
「……」
「俺達クラムの無念が分からないか。クラムにだって……時には願いくらい湧くんだ」
キリムは召喚士であり、クラムに存在意義を与える立場にいる。そしてステアはキリムに自分の存在意義を求めている、キリムはそれに気づいた。
気を使い、感謝をするだけが正しい行いではないと理解したのか、キリムは少し時間をおいて、自分がしたい事を告げた。
「父さんやみんなの仇、そしてこれからの被害を防ぐためにも、デルを……捕まえたい。本当は復讐したいくらいだけど、罪を償わせる方法はみんなで決めます」
「その旅に俺は必要か」
「……はい。俺を、手伝って下さい。助けになって下さい、クラムステア。俺が……ステアの願いを、クラムの悲願を達成します」
月明かりの下だが、ステアは乏しい表情の変化の中でも、はっきりと分かるくらいに笑みを浮かべていた。
「いいだろう。さっさと腕輪をはめろ」
「改めてよろしく、ステア」
「ああ」
キリムはもう一度墓に手を合わせ、そして小手の手の平で顔をゴシゴシと擦ってから家に戻っていく。塞ぎ込むためではない。旅立ちの準備のためだ。
ステアはほんの少しだけ成長したキリムに安心し、その後に続いた。
「誓いは確かに守ったぞ」
ステアは立ち止まり、振り返る事もなくつぶやく。
そして忍び寄ってキリムを脇に抱えると、キリムの家まで風のような速度で駆けだした。
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