Re:START‐05(024)


「さっきの女の人、この依頼を見てたね。なにかあったのかな」


「等級区分で言うと3以上のパーティー推奨だ。北の廃神殿横にある旧墓地への護衛……報酬は2000マーニと特産品の布生地」


「人数と等級の割に、他よりいいとは言えないね。墓地までの護衛で等級指定って、墓地に何があるんだろう」


「魔物が巣食っているのかもしれん」


「でも、旧墓地だよ? 魔物が巣食ってるからって……今は使ってないんだよね? あんな心配そうな顔でため息をつくなんて、何があったんだろう、気になる」


 先ほどの女性が職員と話しながら、うなだれる様にして立っていた。掲示板のあるこちらを見ては、視線を受付に戻し、再度何かを言っているようだ。


「あの人、このクエリを依頼した人かも」


「護衛くらい俺がいれば無理な内容ではない。だが弱い魔物も大群なら、お前と依頼者を同時に守れるとは言い切れん。回復職がいればよいが、俺だけで受けてやってもいい」


「え、それはダメだよ! 自分がやらないで勝手に倒してもらうなんて考えてない。ちょっと受付の話、盗み聞きしてくる」


 キリムはそう告げ、不自然ではないように努めて受付に近づいた。


 必要の無いテーブル上の依頼手順書を見たり、パンフレットを広げてみたりと、明らかに不自然なのだが、幸い悩める女性には気付かれていないようだ。


「明日までに受注するパーティーが現れないと、また依頼は出し直しですよね……」


「そうなりますね。正直、等級3以上のパーティーを丸1日拘束し、報酬2000マーニと特産品の布地では、受注の申出は期待できないと思います。緊急性があれば協会も働きかけますが」


「問い合せも、来ていないんでしょうか。どんな内容かを確認したいというパーティーは?」


「ありませんね。旅人も生活がかかっていますから、報酬の良いものが選ばれます。報酬を上げる事は出来ないんですか? 目に付きやすくもなると思います」


「報酬ですか。分かりました、明日までに申し出がなければ、またお金を工面して再依頼させていただきます」


 女性は気落ちしたように去っていく。どうやら何かに困っているようだ。キリムは見ていられず、自身の等級区分が1であることも忘れ、咄嗟に声をかけた。


「あの!」


「……はい?」


 突然声をかけたからか、女性は怪訝そうな顔で返事をした。綺麗な顔立ちだが、どこか少し気弱そうな印象を受ける。長い赤毛は少しカールしていて、キリムよりも少し背が高い。


 僅かに汚れた赤いエプロンは調理用なのだろうか、胸元にコーヒーカップのマークが付いている。護衛という事は自らも赴くという事になるはずだが、とてもそのような事をする女性には見えない。


「あ、えっと……護衛依頼、出してますよね? 見かけてちょっと気になったので」


 キリムがそう伝えると、女性は穏やかな顔でため息をついた。誰も応じてくれない焦りで気を張り詰めていたのだろうか、安堵と同時に落胆も伺い見える。


「もしかして、依頼を受けて頂けるんですか?」


「あ、えっと……ちょっと事情もあって、内容を確認したいなと思って。受けてから出来ませんでしたって破棄するのも申し訳ないし」


「有難う、気にかけてくれただけでも嬉しいわ。でも、お若いわね。失礼だけど歳はお幾つ? 推奨等級は足りているのかしら」


「あ~……えっと、もうすぐ17歳です。旅人等級は……」


 キリムが言い難そうにしていると、見かねたステアが隣にやってきた。女性はステアを見て何事かと驚きつつ、パーティーなのだろうと認識した。


「すまない、どこか場所を移して話をさせてもらえないだろうか。俺達は2人で行動しているんだが、キリムは……召喚士なんだ」


 ステアは「召喚士」の部分を小声で伝える。女性は召喚士が置かれている状況が分かるのか、腰の短剣と軽鎧という組み合わせに首をかしげながらも察してくれた。


「では宜しければ、私のお店まで来ていただけますか?」


「はい」


 キリムとステアは女性に連れられ、賑やかな通りの1つ裏の通りにある喫茶店へと入っていった。





 * * * * * * * *





 女性が案内してくれた喫茶店は、木造でこじんまりとした店だった。あまり客を多く呼び込むつもりもないのか、狭い割にテーブルや椅子の配置に余裕がある。


 カウンターやテーブル、そして壁の色などが全て焼きを入れた木材で統一されていて、とてもお洒落に見えた。


 香ばしさが漂う店内のカウンターに2人が座ると、女性はサービスと言って珈琲を提供してくれる。キリムはその場にあったミルクに手を伸ばし少し入れて、熱そうに啜った。


「久しぶりに飲んだ、やっぱり苦いね」


 ステアはカップを見て、それからキリムが珈琲を飲む様子を観察していた。


 そして真似をするか悩んだ後、まるで水でも飲むかのように、熱い珈琲を一気に飲み干す。もちろん女性は目を真ん丸にして驚いた。


「えっ、だ、大丈夫?」


「何がだ」


「何がって……熱く、なかったですか?」


「大したことはない」


 どうやらクラムは、舌が火傷する事もないらしい。


「さて、先程の続きなんだが、召喚士が1人旅をしているとなれば、色々と騒がれるのでな。口外しないと誓ってくれるだろうか」


「え、ええ……1人旅?」


 ステアの問いかけに対し、女性はあからさまに戸惑っていた。ステアは関係者ではないのかと思ったからだろうか、それとも熱い珈琲を一気に飲み干したからか……もしくはそのどちらともか。


 そんな女性の様子を見た後、ステアはキリムに念を押すように確認する。


「キリム、内容が遂行可能だと思えるものだったら、やるか?」


「そうだね、俺達で出来るようだったら受けさせてもらうよ」


 ステアはほんの僅か、口角の端の端だけで笑い、自分達の素性を明かし始めた。


「キリムは俺の召喚主だ」


「あ、あの……つまり、こちらのステアはクラムなんです」


「クラム!?」


 人と見た目が変わらないクラムの存在を知らず、女性はカウンターから乗り出すようにステアを凝視する。こんな調子ではいつまで経っても本題に入れそうにない。


「先ほどは我が主を召喚士だと紹介した時、周りに誰もいない所で話すことをすぐに了承したな。召喚士が激しい勧誘に遭う事を知っているようだ」


「ええ。まあ……毎年あの状況を見ていれば」


「俺はキリム、召喚士です。旅を始めたのは1週間くらい前からなんです。ミスティから出てきたばかりのヒヨッコなんで……本来なら依頼を受けたいなどと言える資格が無いんですけど」


「え、1週間前!?」


「お話を聞かせて下さいと言ったのは、等級区分が1だからです」


 旅人等級を白状したことで、女性は驚きを一層大きくする。まさか旅人になって1週間の2人組に志願されるとは思ってもいなかっただろう。


「ステアはとても強いし、詠唱がなくても一緒に戦ってくれます。内容によってはお役に立てると思うんです。正直、色々と経験を積みたいし、お金も欲しいし」


「キリムは召喚士の適正がとても高い。短剣を使いながら魔法詠唱もこなせる。俺は等級区分3ごときのパーティーに劣りはせん」


 女性は少し悩む素振りを見せたが、覚悟を決めた。


「そこまで仰るなら……というか、他に頼むあてもないのでお願いするしか無さそうですね。依頼は、旧墓地までの護衛です」


「護衛って、旧墓地までただ守るだけでいいんですか? その、行き来するだけで3等級のパーティーを必要とするなんて、ちょっと不思議に思っていたんで」


「旧墓地はここから北へ、歩いて2時間程の距離にあります。道中は別に強い魔物がいる訳でもありません。ですが、旧墓地にはアンデッドが湧くんです」


「アンデッド……」


「生きる屍だな」

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