TRANSIT‐06(011)


 召喚士登録は出来たし、とりあえずそれで十分だ。そんなキリムに、職員はこれで分かって貰えなかったら諦めようと、もう一言だけ付け加えた。


「資質値70の私だと、クラムを呼び留めていられるのは長くて数時間です。あなたはそれを集中もせず当然のように続けていました」


「はあ……」


「あー、うん、どう説明しよう。例えば、私は素質値70なのでクラムの力を70%引き出せます。あなたに呼び出されたクラムは99%です。本来の力をほぼそのまま発揮出来ます」


「おお……」


 やっと自分が召喚士として類稀なる才能を持っていると気付いたのか、キリムは少し嬉しそうに微笑む。


「クラムステアを召喚した事がある召喚士は、把握している限りで資質値65以上の者ばかりです」


「そうなの? ステア」


「さあな。資質値とやらを自己紹介された覚えはない」


「無作為召喚でも資質値が65以上ないと呼び出せないと言い換える事も出来ます。その時点であなたが資質値65以上であると予想していたのですが」


「はあ……」


 力説がどうにも響かない。他人と比べなければ、己の力を客観的に見ることもできない。職員は何とかして己の凄さを自覚させようという努力を手放した。


「とにかく! これから旅人になるという新人にとって、クラムステアは己の至らなさを補い過ぎる存在です。どうか慢心なく謙虚に、自分自身を強くすることを心掛けて下さい。いいですね?」


「分かりました! 有難うございました」


 慢心なく謙虚に、自分が旅人として強くなることを考えるという姿勢は理解できた。キリムは深々と頭を下げ、カウンターの内側にいる職員たちに礼を述べた。


「パーティーの加入希望は……」


 職員の顔が苦笑いに変わる。その目線の先には部屋の扉。その先が今どうなっているか、キリムはそれを思い出し、察したように同じく苦笑いをした。


「まずはやらなくちゃいけない事があるので、今回はやめておきます」


「そうですか。それならそちらの職員用の通路を抜けて下さい。執務室の先の廊下から外に出られます」


 黒いロングのストレートヘアの女性職員が扉を開けてくれ、キリムとステアは案内されるがままに続く。裏口からコッソリ帰れという事だ。


 何事かと見てくる執務室の職員にペコペコと頭を下げながら、キリムはやっと協会を出ることが出来た。


「キリムさん。もしよければ時々でも顔を出して下さいね。元気な姿を見る事が出来れば、私たちも役に立っている実感が湧くもので」


「分かりました。色々とお世話になりました。これから宜しくお願いします」


「頑張ってね。油断はしない事。自分の命を大切に、そしてあなたがクラムステアを守ってね」


 キリム以外に特に気に入られようとも思っていないステアは、女性職員に対して特に何を言う訳でもない。


 キリムは女性職員に手を振りながら別れを告げ、大通りへと抜ける路地を歩き始めた。





 * * * * * * * * *





 昼近くにもなれば、商店が並ぶ大通りは想像以上に賑わっていた。幅6メルテ程の石畳の通りは、露店も入り混じって人の波が途切れない。


 野菜や魚を売る店からの威勢のよい声が飛び交い、買い物客が行き来し、工事をする作業員が重たい鋼材や木材を運んでいる。


 建設途中の建物は誰かの家なのか、それとも店なのか。鉄骨を使った建築物など殆ど無いミスティの田舎者にとって、3階部分を組み立てているその建物はとても立派に見えた。


「何かあったのか」


「いや、あんな風に建物を作っているんだなと思って」


「建物を作る者、その材料を作る工房や製鉄所もある。その材料となる鉱石を掘る鉱員がいて、その炭鉱を守る傭兵となる旅人がいる。暇な時には色々見て回ったが、物の成り立ちを知るのは面白い」


「学校で少し習った程度だと、全然想像がつかないよ。いずれは色々と見ることもあるだろうから楽しみだ」


「炭鉱で働きたいなどと言い出すなよ、俺は炭鉱を守るためのクラムではない」


「分かってるよ」


 道中でずいぶんと話すことに慣れたのか、キリムとステアは幾分親しげに見える。


 繁華街なのだからその他の場所よりも店の数は多い。目的の店だってある筈なのだが、所々に洋裁店があったり、工具を売る商人はいても、武器防具を扱う店は見当たらない。


「装備屋がないね」


「別の町では数件連なって経営されていたが」


「ゴーンでは売ってないのかも」


「そんな筈はなかろう」


 キリムは行き交う人々から、旅人を探そうとしていた。旅人ならどこで装備が売られているかを知っていると思ったからだ。


 しかし、協会の中で旅人が殺到した事を考えると、あまり召喚士である事を打ち明けたくはない。


 キリムの不安を察したのか、ステアは背に大剣と盾を背負った者を見つけて呼び止めた。


「おい。この辺りに旅人用の装備を売っている店はないか」


「ん? ああ、装備? それなら北に見える高い建物の中だ。この町ではあの塔の外で装備を売ることが禁止されているからね」


 キリムとステアの視線に先には、周囲の建物の倍ほどの高さの円形の建物がある。


「旅人以外に売らないためだな」


「その通り。あなたの装備かい?」


 男は短い銀髪に、色黒で彫の深い顔。30代だろうか、風貌はかなりのベテランに見える。


「我が主……いや、連れの装備が必要だ」


 男はキリムの姿を見て笑いをこらえ、「成る程ね」と言ってウインクして見せた。ステアが熟練者に見える事で、弟か親戚でも連れているように見えたのだろう。特にそれ以上を訊いては来ない。


 キリムは歯に衣着せないステアだけでなく、他の人から見ても装備が不恰好に見えるとようやく分かり、ため息をついた。


「ため息なんてつかずに堂々としていなよ。装備なんて金さえ払えば誰だって手に入る」


「それはそうなんですけど……それに魔法職なんで、かっこいい装備とは縁がないだろうなあって」


「そういうことか。確かに魔法使いはローブを好むし、かっこいいって方向には作られないな」


「あの建物の中には、初心者向けの装備も売っているだろうか」


 ステアは世間話を一切無視し、知りたい事だけを訊ねる。そんなステアに対し、男は特に不快そうなそぶりも見せずに親切に答えてくれる。


「ああ。あんたみたいなのが連れて行けば目利きは問題ないだろうけど、この町は鍛冶が盛んでね、武具を扱う店も態度が大きい。粗悪品は売らないが、値段も信用のうち。あまり値引きはしてくれない」


 いい物を安くすれば、それより劣るものは全部安くしないといけない。そうしなければ悪いものとの差もなくなってしまう。


 いいものは高く、悪いものは容赦なく安い。男はそう教えてくれた。


「もし掘り出し物に見えたらそれは見えない何かが欠けている。命を守る装備だから良い物は高い。変なのを掴まされないようにな、新米君。手持ちが寂しい時も背伸びして買うのを忘れないように」


「あ、有難うございます。アドバイスまで貰っちゃって」


「うん、強い旅人が増えるのはいいことさ。また次に会う機会があれば、もしかしたら俺が君を頼ることがあるかもしれないからね。俺はマーゴ、君は?」


「キリムです」


「そちらのお兄さんを頼っているなら、しっかり言う事を聞いて堅実に冒険しなよ」


 キリムが礼を言うとマーゴはにっこりと笑い、キリム達が目指す方角とは反対へと歩いていった。旅人同士は同業のライバルでもあり、時には嘘の情報を流したり邪魔をしたりする者もいる。


 しかし強い旅人ほど心にも仕事にも余裕があるのか、弱い者を見つけると特訓を組んでやるような者もいる。先ほどのマーゴは後者のようだ。


 賢い熟練者は、他の旅人と交流があるのとないのでは、物事の進み具合や情報量に差が出ることを良く知っているのだ。

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