TRANSIT‐07(012)
「親切な人だったね」
「そうだな。しかし装備選びの注意点か。俺は誕生した後、ワーフが作ってくれたから気にしたこともなかった」
「ワーフって、鍛冶の神のクラムワーフだよね。俺もクラムワーフに頼みたいな」
「あいつに希望の品を作らせるのは至難の業だぞ。特級品しか作らないせいで、1作品に最低でも数ヶ月かける」
「あ、無理だ」
「それに希望の品を集めるのが大変だ。キリムの今の強さに見合った物と言えば、簡単に作ってくれるとは思うが」
「が、って事は何かあるんだね」
「ああ。その間にかかる材料は全部面倒をみてやらないといけないんだが、その指示がまったくもって分からん。土蛇の髭、溶岩の鱗、泡雪の羽毛、風の雫……などと言われて理解できるか? 俺の短剣は材料探しだけで4年掛かった」
「うん、無理。何の事か全然わかんないや」
勿論、楽して手に入れたかったのではなく、純粋に強い装備に憧れていただけだ。
けれどステアですら4年掛かりで揃えるような思いをするのだから、キリムに対してパパッと作ってくれるとは思えない。
しかし、ステアは少し考えるような仕草をし、そしてキリムに待っていろと告げると瞬間移動でその場から消えた。
* * * * * * * * *
「ワーフ、いるか」
ステアは洞窟の中にあるクラムの住処に戻ると、鍛冶師ワーフの家を訪れた。家の周りには価値があるのか無いのか、無機物なのか有機物なのかも分からないものが山のように積まれている。
鋼鉄の扉を押して中に入ると、すぐ工房がある。そこには人の握りこぶし程もある、大きくて青くキラキラと輝く鉱石を眺めるワーフがいた。
大きな頭はウサギ、二本足で立ち、やや小太りだ。そして黄色いつなぎを身に着けており、上機嫌なのだろうか、鼻歌を歌っている。
「ワーフ」
「ふんふ~ん、あ、ステア! いい所に来たね、これを見てよ! 流星の残り火が手に入ったんだ!」
「流星の残り火? 一体何なのかさっぱり分からんが、綺麗な事だけは分かる」
「幸せだよ! サラちゃんに精霊杖を頼まれた時にこれをお願いしたんだ、やっと持って来てくれた!」
「サラマンダーか。そうだワーフ、ちょっと外の世界を散歩しないか。俺の主の装備を選びたい」
「ステアの主さん? 主さんだね! そっか、ステアにも主さんが出来たのか! あ~るじさん、いいね、会いたいね」
腕の確かな鍛冶の神と言われると、岩のような巨体の頑固親父をイメージしがちだ。だが実際はふわふわとして不思議な思考を持ち、大らかな印象のウサギ男である。
鍛冶の神の誕生を祈った古代の誰かが、ウサギをイメージしてしまったのだろう。鍛冶が出来るよう、手だけは人のように5本の指がついている。
「製作はいいのか」
「うん、まだ完成形が浮かんでこないんだ」
先程の流星の残り火とは、いわゆるサファイアの事を指している。ワーフは材料を名前ではなく、頭に浮かんだイメージで伝えてくる。
基本的には純度が高く、そして大きいものが最低条件で、ワーフが指すものを理解できるかが最大の関門だ。
「ならば主の装備に助言をしてやって欲しい」
「装備! いいね、人の作る装備は久しぶりに見るよ、よし行こう!」
「今から行けるか」
「会いに行こう、今行こう!」
「その鉱石はどうするんだ」
「明日加工するんだ。大丈夫! さあ行こう!」
ワーフは汚れたツナギを汚れていないツナギに着替え、耳の部分だけ穴を開けたお気に入りの帽子を被る。
お気に入りの黒いブーツを履き、そして小銭ばかりが大量に入った巾着を首からぶら下げると、笑顔でステアに向けて「瞬間移動!」と催促した。
「主さんはどんな人だい?」
「ヒュウ族の子供だ」
* * * * * * * * *
ステアがキリムの元へと戻ると、キリムは野良猫をなでている所だった。色も模様も混ざりまくったその猫は、ステアがいなくなってすぐに食べ物が欲しくて擦り寄ってきたのだ。
キリムが村から出てくる際に持ってきたパンの残りをあげると、知っていたと言うようにすぐに食べ始め、そのままキリムの傍でくつろぎ始めてしまった。
「待たせた。ワーフを連れて来たぞ」
「あ、お帰り……え? ワーフ?」
キリムがステアの左に目をやると、背はキリムより少し低く、頭は大きめ、そして二本足で立つウサギのようなものが見えた。キリムはステアとそのウサギを交互に見ながら首を傾げる。
猫はウサギ人にビックリしたのか、その場からスーっと逃げてしまった。
「く、クラムワーフ!? は、初めまして、き、キリム・ジジです」
「おいらワーフ! ステアの主さんはキリム! ふんふん、よろしくキリムちゃん」
「キリムはヒュウ族の男だぞ、ちゃんはよせ」
「こりゃ失礼! ヒュウのキリムくん、うんうん。ヒュウの綺麗な顔の子が、そんな貧弱で不恰好な装備は勿体無い」
「ワーフ、一緒に装備を見てやってくれ。俺にはさっぱりわからん」
ステアにも言われたが、流石にクラムワーフにまで貧相で不恰好と言われたら恥ずかしい。その道のプロから断定されてしまい、キリムはその場ですぐにでも装備を着替えたくなった。
「優秀な召喚士には優秀な装備を、これ当たり前だからね。うん、さあ行こう、すぐ行こう! 人の装備を早く見たい! で、どこなんだい?」
「あの建物の中だ」
「ワーフさんは、人用の装備も作るんですか?」
「1000年くらい前までは作っていたけど、誰も着てくれないんだもの。もう今は作っていないよ」
「え、どうして?」
「鍛冶のお祭りをするっていうから、毎年プレゼントしてあげてたんだ。なのに有難い品だとか言って飾るだけで、ちっとも着てくれないから」
「着たい人はいっぱいいると思いますけど。でも実際に作っちゃうと、他の鍛冶職人さんは商売あがったりだ」
ワーフはとにかく鍛冶が好きだ。自分の作る方が高品質だろうに、お祭りにでも行くかのように目を輝かせる。キリムは鍛冶の神と言われている所以は、その腕前だけではないのだと納得した。
「人は人の為につくる。だから人にいい仕様がいっぱい詰まってる。そういうのを見るのは好きなんだ、おいらは」
周囲の者は、今まで見たことがない種族……つまりウサギ男をジロジロと見ている。その中に召喚士はいないのか、クラムワーフだと気付いている様子はない。
「おいワーフ、見られても手を振り返すな。おとなしくしろ、目立つな」
「とても控えめな恰好をしてきたから大丈夫さ。帽子も被っているし顔は見えない」
「耳見えてますし、そもそも……いや、何でもないです」
3頭身のウサギ男をどうやっても変装させられる自信はない。ここで目立っているか否かを話してもどうしようもない。
窓の数からして10階建の塔は、コンクリートと石のブロックで建てられ、間近で見上げると要塞と見間違えるほど無骨だった。
「なんだか怖い雰囲気だね」
「目当てのものが手に入るなら雰囲気などどうでもいい」
「おいらも装備のためならどこへだって行ける」
「そう、ですか」
人の感覚を押し付けても仕方がないので、キリムはあまり構わずに中に入っていく。
天井は建物の3階程もあり、壁の
案内受付が入って左手、フロアの中心にあるテーブルと椅子は休憩スペースという事らしい。それにお預かり所という表示も見える。重い装備を帰るまで預かってくれるところだろう。
軽食屋、トイレなどの場所も示されていて、雰囲気はともかく旅人の憩いの場なのかもしれない。
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