TRANSIT‐04(009)


 

 3月、4月は専門の学校を卒業した新人が登録にやってくる。したがってその時期の勧誘やパーティー申請、協会への問い合わせが最も多い。


 協会に人が殺到してしまうため、協会は各町や村に確認をし、旅人登録をしたい者が数名以上いる場所に職員を派遣する。地元で旅人登録の手続きをしてくれるのだ。


 それに、新人が騙されたり、望まない形でパーティーを組む事がないよう、3月と4月は協会を通さない勧誘自体が禁止される。


 6月の登録自体、そもそも注目され易いというのに……。


「もう……召喚士になりたいだなんて、このロビーで一番駄目な発言ですよ!」


「す、すみません!」


「こうやって召喚士をパーティーに引き込みたい人が殺到するんだから! あーほら! 私達が防ぐから早くあっちに! 通路の突き当りが召喚士ギルドよ! ほら走って!」


 召喚士への勧誘は、とりわけ罰則が厳しいと言われている。召喚士の望まない強引な勧誘や引き抜きが後を絶たないからだ。


 だが、キリムはここで勧誘を招く大失態をおかしてしまった。


 この6月に召喚士「志望」であるキリムへの勧誘は、お咎めがないのだ。


 職員にハキハキと答えた声はロビーに響き渡り、協会の建物内外の者に知れ渡ってしまった。そうなれば召喚士が喉から手が出るほど欲しいパーティーが詰め寄るのは当然の結果だった。


「なんだコイツ、押してもビクともしねえ!」


「おいお前、何者だ! まさか俺たちよりも先にソイツとパーティーを組むってのか!」


「金はあるぞ、装備も一流のものを揃えてやる! うちのパーティーに入ってくれ」


 ステアはもみくちゃになっている旅人の群れからキリムを守っている。頑丈な石壁のように全く動じることなく、旅人がいくら押してもよろける素振りすらない。


 もちろん、愛想もなければ言葉を返す気もない。


 愛想がないのはいつものことだが、つまりはキリムにパーティー加入を勧めるつもりもないという事だ。


 そこまで面倒を見るつもりがないのか、それともステアの基準でキリムを任せられるパーティーがないのか。


「と、通して下さい! 痛っ、ちょっと足! 足を踏まないで下さい!」


 キリムも加入したいような素振りはなく、むしろ怯えているようにも見える。


「行くぞ、こうやっていても何も変わらん」


 職員とステアが壁になってくれたお陰で、キリムはなんとか召喚士の登録所まで逃げることができた。


 ギルドの扉を閉めた後、キリムは戦闘終了後よりも深いため息をつき、カウンターの職員に声をかけた。


「あの、すみません……」


「はい? 何か」


 ギルドの中は白色の電球で照らされ、3メルテ四方程しかない待合スペースの壁は本棚となっている。


 床も天井も背の高いカウンターも、すべて焦げ茶色の木材が使われ、外の騒々しさとは違いとても落ち着きがあった。


 受付の奥にも本棚が並んでおり、入りきらない本が乱雑に積み重ねられていた。優しい口調で応対してくれる若い男性職員は、いかにも召喚士らしい緑色のローブを着ている。


「あの、召喚士としての登録をしたくて来ました」


「道理で外が騒がしいはずだ。どうぞこちらへ、そこの椅子に掛けて」


 職員はキリムをカウンターの足が付かないほど高い椅子に座らせ、20セルテ程の黒い立方体の蓋を開けた。


「えっと、お名前は? 受付で登録用紙は貰いましたか?」


「人が押し寄せてきちゃったので、貰えませんでした……」


「ははは。では、ここで書いて貰いましょう。そこの用紙に記入を」


 キリムが用紙に記入している間、職員が箱の中から顕微鏡のような道具を取り出す。レンズを覗き込みながらつまみや歯車を回して調整し、キリムが書き終わるのを待っていた。


「俺は扉の前にいる。終わったら声を掛けろ」


「うん」


 ステアは自分の出番がない事を察し、扉に背を預けて腕組みをする。扉を背中で押さえ、廊下にいる者達が扉を強引に開けて入らないようにしているのだ。


「あ、そちらの方は?」


「あー……えっと、親戚です」


「今回はいいですが、召喚士以外を連れて来ないで下さいね。ところでその装備は? 入ってきた時、部屋を間違えたのかと思ったよ」


「あー、装備はまだ買ってないんです。これは村で使っていた革鎧なので」


 キリムが書き終わった用紙を受け取り、職員は書かれた内容をチェックする。


「村……キリム・ジジくんね。へえ、ミスティから来たのかい。ウシ集落ってことは、古代の祈祷師の直系にあたるじゃないか。これは期待できるね、さあ」


 キリムは指示通りに機械の台座に指をあてる。幼い頃、村にやって来た職員に資質の有無だけは計測して貰った事があったため、勝手は分かる。自身に召喚能力がある事も、その時に分かった。


「少しチクっとするよ、指先に集中して」


 職員がキリムをギルドとして登録するため、能力値の測定を始める。召喚士ギルドでは体内に流れる霊力を測定する。霊力が一定以上なければ召喚士にはなれない。


 召喚能力を有するものとそうでない者の見分けは、2000年前から既に研究がなされていた。


 800年前に魔力、気力の測定方法が確立された後も、研究者たちは召喚能力がある者をひたすら調べ、400年前にようやく霊力の存在を突き止めた。


 魔力、気力のように霊力にも個人差があり、測定後は数値として表される。


「……あれ? 霊力の値がおかしい」


「え? 俺って才能無いですか?」


「いや、霊力の値が数値化されないんです。無ければ値は0となります」


「……あ、もしかしたら召喚中は測れないんでしょうか」


 キリムはふと、ステアを召喚した状態である事に気づいた。扉の前にはまさに召喚中のステアがいる。だが、召喚中と言われても職員は何の事か分かっていなかった。


「測定中は詠唱をしている必要はありませんよ」


「いや、そうじゃなくて、ステアを呼び出したままだったので」


「ステア? 旅人等級区分で7になろうかというベテランでも固有術を知らない、あのクラムステアの事ですか?」


「あの……というか、そこのステアです」


「えっ!?」


 キリムが扉へと振り向く。ステアは視線に気づきながらも手を振り返す訳でも、表情を変える訳でもない。


 親戚という言葉を信じきっていたのだろう。職員はステアを実際に見た事がなく、慌てて近くの書物を漁り始めた。


「なんだ。何か問題があったのか」


「あー……えっと、ステアを呼び出したままだから測定がおかしくなっちゃったんだって」


「では召喚を解け。腕輪に念じたらそれでいい。心配しなくとも俺はここにいる」


 キリムは言われたとおりにし、ステアは一度召喚を解かれた状態になった。


「確かに特徴は一致します、けれど……」


 職員はもうキリムの測定などそっちのけだ。目の前にいるのが本当にクラムステアなのか、慌てて何やら眼鏡のような器具を使って確認し始める。


 キリムはまさかステアがステアでない可能性など考えた事もない。


「疑われるのは構わんが、協会にはヘルメスが出入りしているだろう。奴か、ニキータに訊け」


「あ、言われてみればそうですね……。実体の方を呼んでみます」


 職員は成る程、と1度手を叩き、すぐに固有術でクラムヘルメスを召喚する。固有術のヘルメス……つまり意識体に事情を伝えると、暫くしてヘルメス本体が現れた。


「おっと、配達の途中だったけれど、何か忘れ物かい」


 ヘルメスは鷲の姿をした商業、使者、そして旅人の神とされるクラムだ。見上げるほど大きなヘルメスは茶、白、黒の混ざったフカフカの羽を持ち、首には大きな革のカバンをぶら下げていた。


「実は、そこにいるのが本当にクラムなのか、それを確認して頂きたくて呼びました」

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