START-03(003)


 飄々と話すディンも、声にも顔にも感情が乗らないステアも、少し肩を落として「あの戦い」を振り返る。


 それは今年の2月にデルと呼ばれる魔法使いが起こした、魔物を使った襲撃事件の事を指していた。


 召喚能力は、遥か2千年前にあった祈祷師の村……つまり大昔のミスティ地区の住人の血を引いているかどうかで決まる。


 生まれつき持っていなければ発現せず、後天的に使えるようになった例はない。それにミスティ出身者に多いと言えど、全員が持っている訳でもない。


 また、血を引いていたとしても、必ず使える訳ではない。ミスティを除けば、召喚士の子であっても、強弱問わず能力を有する確率は3割を切ると言われている。


 そんな召喚能力を妬み、召喚士を根絶やしにしようとしたのがデルだ。


「召喚能力がないだけで、村1つ滅ぼそうとするかね普通」


「人の欲望と憎悪は際限がない。しかし召喚士とクラムに対抗するため、魔物の力を研究し、自分にその力を取り入れるとはな。それでクラムではなく魔物を操れたのなら、そこで満足すればいいものを」


「召喚士より上位に立ちたかったんだろうさ。上級の魔物が数体、雑魚が無数。旅人が殆ど居合わせず戦える村人は極僅か。村がまだ残っているだけで大したもんだぜ」


 強い召喚士は引く手あまたで、普段から村に残るのは召喚能力がない者や、あっても多少使える程度のものばかり。もしくはキリムのような未熟な若者だ。


 ミスティ地区はラージ大陸の北西の内陸に位置し、ゴツゴツとした石が一面に広がる荒野の中にある。一般的にはミスティ村と呼ばれ、いくつか集落が点在するが、デル戦の後、人口は現在合わせて700人程しかいない。


「俺もお前も分身ではなく実体で戦った。召喚主が死んだせいで、実体で戦っていた戦神筆頭格のグラディウスも消滅した。俺達もその可能性があった。デルを討てるなら討ちたいものだ」


「ああ、討ちたいね。召喚士と共に是非とも」


 デル戦による死者数は当時の人口の3分の1に及んだ。キリムの母親も亡くなり、父親は召喚士として戦ったが、負傷によって無理が出来ない体になった。


 冬の寒さをようやく乗り越え、これからという時を襲った戦いの傷は深く、今年旅人になったミスティ出身の召喚士は1人もいない。


「まあ、あの事件の後も健気に召喚してくれる若者がいるだけで有難い……って、どうした?」


 ディンが踵を返すステアに向かって不思議そうに声を掛ける。ステアは立ち止まり、振り向きもせずに答えた。


「グラディウスの墓参りを忘れた」


「墓、ね。グラディウスの核を埋めてんだったか」


 ミスティの墓地には、戦いで消滅したクラム「グラディウス」を弔う慰霊碑がある。クラムの核は宝石のような結晶になって残るため、村人がそれを丁重に埋葬したのだ。


 クラムに死者を悼む心が無い訳ではないが、墓標を立てるという感覚は持ち合わせていない。何故遺体を埋めるのかも理解していない。ステアの言う墓参りも、人の行動を真似しているだけだ。


「行ったところで何がある訳でもないが、俺達の不甲斐なさで召喚士も多く死んだ。墓参りはするべき行為だろう」


「そうだな。ところでいつになったらグラディウスは芽を出すのかね」


「さあな。グラディウスが幾つか実ったなら人も喜ぶ」


 どうやら理解していないどころか、ステアとディンは完全に誤解している。


 核を土に埋めたのだから、作物の種のように芽が出るに違いない、と思っているようだ。


「ステア。お前はついでに固有術を渡すか、主でも見つけてこい。出番のないクラムは忘れ去られて消えちまうぞ」


「……今はその時ではない、それだけだ」


 ステアは挨拶をする訳でもなくその場から消えた。クラムには挨拶という概念もないのだろう。





 * * * * * * * * *





「父さん、1人で大丈夫?」


「ああ、もう慣れた。目は見えなくとも大体の場所は分かる。お前は友達の墓に手を合わせてやりなさい」


 ミスティ村では、キリムが失明して足も悪い父親に付き添い、母親の墓参りをしていた。そろそろ日も西へと傾き、東の空が青黒く染まり始めている。


 キリムの背格好からして、まだ父親の年齢は40歳を過ぎた程と思われるが、ずいぶんと老けて見える。2人はキリムの母の墓前に手を合わせると、それぞれが別の墓に向かう。


 キリムの父親が向かっているのはグラディウスの墓だ。この村は神であるクラムを死なせてしまった懺悔として誰もが必ず手を合わせる。


 キリムの父親はグラディウスの墓の前で視力の無い目を閉じた時、ふと背後の気配を感じた。


「聞きなれない足具が大地を踏みしめる音がする。この地にはない匂いもする。旅の方ですかな」


「……邪魔をしたか。出直そう」


「いえ、偉大なるクラムの弔いに来て下さるのは有難い事です」


 キリムの父親が声のする方へと振り変える。そこにいたのはステアだった。


 しかし目が見えないせいか、ステアの事を旅人だと思っているようだ。顔の位置が分からず、視線はステアの首元へと向けられている。


「目が見えていないようだな」


「ええ。2月のデル戦で負傷し、この有り様です。妻も亡くなり、息子に支えられてなんとか」


 力なく答える姿を見て、ステアはわざわざ名乗る必要もないと思い、話を合わせた。


「1人で来たのか」


「息子がその辺りに。わたしのために村に残り、母親を失っても気丈に振舞ってくれるいい息子です。皆が可哀想だ、気の毒だと言ってくれますが、この村では珍しい事ではないんですよ」


「息子の悲しみを、普遍的だと言って切り捨てたいのならそうしろ。感情は環境に合わせるものか」


「……心に刺さるお言葉。我々は前を向くのではなく、過去を見捨てていただけなのかもしれません。わたしがキリムを支え、背を押さなければ」


「今、誰と言った」


「キリム、息子の名です。若いうちに旅立たなければ、旅人として不利だと分かっているのに……わたしは優しいあの子に甘え過ぎた」


 ステアは聞き覚えのある名前に首を傾げたまま、息子の姿はどこにあるのかと辺りを見回す。


 そこに1人の少年が駆けてきた。


「父さん、風が強くなってきたから帰ろう……あれっ」


 少年、いやキリムは父親の目の前にいる男に驚き、口を開いたまま固まった。帰ったはずのステアが父親と共にいる状況を全く理解できていない。


 ステアは唇に人差し指をあて、キリムがそれ以上を口にするのを止めた。


「旅の者だ」


「あ、えっと、どうも……」


 キリムはステアが素性を隠そうとしているのだと分かり、よそよそしい返事をした。そんなキリムの心を知ってか知らずか、キリムの父親はステアへと顔を向ける。


「旅の方」


「なんだ」


「あなた様の素性も事情も……何も存じ上げませんが、キリムを町まで連れて行って下さいませんか。わたしは旅人になりたいという息子の夢のかせになりたくはないのです」


「父さん!」


「お願いです旅人様。わたしはもう長くない。人生最後の望みを託されるのは迷惑だと承知の上で、どうかこの子を町まで」


「父さんってば! あ、あの……失礼します!」


 突然ステアへと頼み込む父親を慌てて制止し、キリムはぺこりと頭を下げた。そして軽く礼を言うと、父親を支えながら家へと帰っていく。


「……呼び出された際に旅人ではないと言った理由は、これか」


 ステアは呟いて少し考え込んだ後、遠ざかっていくキリムへと声を掛けた。


「旅人になる覚悟はあるのか」


 背後から突然声を掛けられ、キリムは反射的に振り返った。ステアはじっとキリムの顔を見つめ、答えを待っている。


「今は無理でも……いつか、きっと」



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