START-02(002)
「……お前の血は美味い。いい召喚士になる」
「嬉しい言葉を有難うございます。まだ駆け出し……いや、まだ旅人にもなれていなくて。いつかきっと立派な召喚士になって見せます!」
「ああ、達者で」
ステアは激励とも取れる言葉を掛けながら特に表情を変える事もなく、来た時と同じように空中へと塵のように消えていく。
無作為召喚で強いクラムが現れる事はまずない。今回が幸運だったに過ぎず、また会えるのは早くても数年後だろう。
「クラムステア……か」
血を美味いと言ってくれたことを、ステアが再会の時に覚えてくれていたらいいなと、キリムは1人心を躍らせた。
* * * * * * * * *
「キリムが旅人の資格を登録してくれていたらなあ」
「しょうがないじゃない。お父さんの事も、村の事もあるんでしょ?」
商業キャラバンからの僅かな報酬を受け取りながら、マルス達はキリムをパーティーに誘えない事を残念そうにしていた。
マルスとキリムは共にミスティで育ったが、マルスは4年前に家族で東にある町「ゴーン」へと引っ越してしまった。マルスはゴーンでリビィ、サン、ブリンクと出会ってパーティーを組み、対してキリムは旅人の登録をしなかった。
こうして一時的に手伝うことは出来ても、旅人でなければ報酬は貰えない。さっきの戦いは、キリムにとっては村の警備の一環でしかなかった。
「ごめん。村の近くに来た時はいつでも呼んでよ。暫くは村の復興も、父さんの看病もあるから」
キリムは3か月前にも同じ言葉を口にしていた。
キリムが旅人になりたくともなれなかったのは、決して能力不足が理由ではないし、旅人になるための資格を取らなかった訳でもなかった。
このミスティに2月にとある起きた事件によって、キリムはその道を諦めざるを得なかったのだ。
「俺達は少し休んだら、キャラバンと一緒に西へと向かう。山を越えて港までかな。またしばらくお別れだ」
「召喚魔法をもっと見たかったな。また今度是非!」
「うん、気を付けて」
旅人としての経験を着実に積んでいく友の背を見送りつつ、キリムは寂しそうにため息をつく。
旅人には明確な実力の線引きがある訳ではないが、旅人をまとめる「旅客協会」によって、おおよその等級区分が設けられている。
戦闘の慣れ、協会が定めたモンスターを倒す速度、その他貢献度などによって1から10までの段階がある。
マルス達は等級区分1ではあるものの、4月から積極的に協会に寄せられる依頼「クエリ」をこなしていて、今年中に区分2、つまりレベル2と判断されるだろう。
彼らは専門課程にも通っており、知識や技術もしっかり身についているおかげで上達も早い。
対して、キリムはまだレベル1にすらなった事がない。もちろん未だ旅人でもない。
しかも、辺境の貧しい村には一般的な基礎教養を習うだけの少年学校しかなく、キリムは村の大人から受け継いだ警備用の戦闘方法しか知らない。
「……早く戻ろう。あーあ、旅人になってたらどんなに楽しかっただろう」
若いうちの能力の伸びは天井知らず。この時期に専門的な学術や剣術を学ぶ訳でもなく、旅にも出ていない事は、のちの旅人人生に大きな痛手だ。
召喚能力は、補助能力だとよく言われる。剣、魔法などの素質にプラスしてもう1つおまけを持っているようなものだ。
たとえ召喚士がポンコツでも、クラムが強いためパーティーの戦力は格段に上がる。需要が高く、毎年召喚士での登録をする者が現れたら、奪い合いで協会事務所が乱闘場になるほどだ。
キリムはその素質と需要を持ちながら、旅に出ることができない。
旅客協会は、デルに対抗できる旅人を募るという噂も耳にしている。デル戦で亡くなった自分の母親の敵討ちだというのに、そこへ名乗り出る事もできない。
「魔人デルさえいなかったら、今もきっと……」
キリムは大きくため息をついた後、日課である母の墓参りに行こうと、思いを振り切るように歩き始めた。
* * * * * * * * *
クラムが住んでいるのは、地底にある大きな洞窟である。人里離れた洞窟の入り口から、丸一日程もかかってようやくたどり着くような場所だ。
その入り口を知る人はおらず、クラムは異界から来ていると思われている。
クラムは「召喚士に呼び出される」か、「目に見えている場所」か、もしくは「一度訪れた場所」であれば、瞬間移動をすることが出来る。
ステアがキリムの前に現れ、そして消えたのは、瞬間移動をしたからだ。
「やれやれ。手応えのない戦闘だった」
クラムが住む洞窟の最深部はとても広く、明かりも灯されている。風、水、地、火、光などを司る各種クラムがいるおかげで環境も良い。
鍛冶や料理の神とされるクラムワーフは探究心も強く、商売の神とされるクラムニキータは人間界から様々なものをもたらす。人からの干渉なく住むのに不自由はない。
「ようステア、お前が呼び出されるとは珍しいな」
「ディンか。ノームに出番を譲って貰った。俺を呼び出せる召喚士を待っていたら、いつまで経っても順番が回って来ない」
「熟練の召喚士は無作為召喚なんかしないからな。お前はさっさと固有術を誰かに教えるべきだ」
「俺は俺が認める召喚士にしか操られるつもりはない」
ステアの前に現れたのはクラムディン。ステアより僅かに背が高く、大きな黒い剣を持ち、黒い髪に黒い軽鎧、色黒というよりは灰色に近い肌を持つ。
ディンは戦神の1人である。もちろん、ステアも戦神に含まれる。
固有術は、それぞれのクラムの分身を呼び出すものだ。
無作為召喚の場合、多くはクラム本体が呼び出される。無作為召喚で呼び出した際にクラムに認められたら、召喚士はそのクラムの固有術を教えて貰うことが出来るという。
「で? 今日はどんな奴が相手だった?」
「狼モドキが20体ほどだ」
「じゃなくて、どんな奴に呼び出されたんだっての」
「新米召喚士だ、とびきり弱そうな」
「お前、仮にも血を与えてくれる召喚士サマだぞ? そんな態度じゃ必要とされずに消えちまうからな」
「崇められるのは俺達の方だ」
元々は神でしかなかったクラムは、人の信仰心によって実体を手に入れた。願いの具象化であり、人が必要とするからこそ存在している。
目に見える神と意思疎通を図る事ができ、目の前で奇跡を起こしてくれる。人は喜び、クラムもまた必要とされる喜びを感じていた。
だがそれは決して良い面ばかりではなかった。
しばらくすると人は、クラムの力を巡って頻繁に争いを起こすようになった。
味方に付ければ敵は到底敵わないのだから、勢力に取り込もうとする者が現れるのは必然だったのかもしれない。
「俺達戦神が今より必要とされる世の中など、望んではいない」
「まあ、言いたい事は分かるけどな」
クラムは人を守るために存在するのであって、傷つける為に存在している訳ではない。そう告げ、クラムはかつて人の前から姿を消した。
けれど人の世を気にし、憂う心は捨てていなかった。
クラムはもしも安寧が訪れた時には再び力を貸せるよう、唯一中立を守っていた祈祷師の村に存在の語り継ぎと交信を託していた。それが今から約2千年前のことである。
その末裔が今の召喚士だ。
ミスティ地区とはその村の事であり、今もなお血を濃く受け継ぐ者が多い。
「それで? 倒すだけ倒してさっさと帰って来た、と」
「勿論血は貰ったさ。美味かった」
「いいね、血が美味い召喚士はいい。特にミスティ辺りの召喚士は最高だ」
「今日はそのミスティのすぐ脇で戦った。恐らくは村の出身だろう」
「出身……っつう事は、あの戦いにもいたんだろうな」
「ああ、おそらくな」
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