「暇なら物理攻撃しろ」と、双剣を渡されて旅立つ召喚士の少年の物語~【召喚士の旅】Summoner's Journey
桜良 壽ノ丞
Ⅰ【START】召喚士の旅立つ決意、精霊を添えて
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【START】召喚士の旅立つ決意、精霊を添えて
太陽は空で輝き大地を照らす。
雨雲が雫を垂らし、肥沃な大地や清流は、変わる事のない営みを約束してくれる。
そんな豊かな自然、あるいは荒廃した大地の中で、生き物ならざる邪念体「魔物」は人や動物の住処を嗅ぎつけ襲い掛かる。
「俺が剣で仕留める! リビィは足止めを!」
「分かった! サン、マルスが仕留める前に私の詠唱を強化して!」
動物は素早く危険を察知し、逃げたり身を隠したりできるが……人は定住を求めるがゆえにそうもいかない。
生きていくためには魔物を退けて安全を確保し、自然の中で必要な資源を手に入れなければならない。
「ちょっと待って! ブリンクの敏捷性高めてから! ああ~ちょっと待って! 次は失敗しないわ。サン、私は出来る子、出来るわきっと……あなたは出来る、詠唱は失敗しない」
「落ち着け、俺の方はいい! リビィを先に補助してやってくれ!」
魔物を狩るのは「旅人」の仕事の1つである。目の前で行われている魔物討伐も、旅人のパーティー(通常は3~5人で構成されるグループを指す)によるものだ。
この若いパーティーが戦闘を行っているのは、ミスティ地区と呼ばれる辺境の地。すぐ先には一目散に村へと走る馬車の列が見える。彼らはその商業キャラバンの護衛として戦っていた。
「馬車が村に着いた! この群れを討伐したら退却だ!」
肥沃とは言い難い
馬車が走り去った後には砂埃が煙幕のように立ち上る。内陸性気候とはいえ雨が幾分多くなるこの6月に、しばらく地面が濡れていない事を物語っていた。
村や町、それに郊外に住む人々の家には、弱い魔物なら寄せ付けない結界が張られている。馬車の無事を確認してホッとしながらも、まだパーティーの戦闘が終わったわけではない。
「まだなのキリム!」
襲い掛かる黒い狼「ダークウルフ」の噛みつきをかわし、マルスと呼ばれた重鎧の少年が盾で抑え込んでいる。ダークウルフの数はおよそ20頭。戦いに慣れていないのか、上手く対処出来ているようには見えない。
そんな激しい戦闘を行う4人の少し後方で、キリムと呼ばれた5人目の若者は目を閉じ、魔法詠唱に集中していた。
「待って! もうちょっと……多分もうちょっと!」
栗色の髪、汚れているのか日焼けしているのか分からない顔、開いた目は赤みを帯びている。不格好なつぎはぎの革鎧を着て、手には何も持っていない。
魔法使いであれば、普通は魔力を縫い込んだ糸で作るローブを着る。それに発動を安定させたり、能力を増幅させる魔導書や杖を持つのが定番だが……。
「キリム、まだなの!?」
「何でもいい、何でもいいから早く呼び出してくれ!」
「数が多過ぎる、ああまずいまずい! 助けてくれるクラムなら何でもいいから!」
追い回され、噛みつかれ、仲間は大ピンチだ。しかしキリムは明らかに戦いに慣れていなかった。詠唱時間が長いのは慣れていない証拠だ。
召喚、何かを呼び出すという事は、キリムはつまり召喚士。
召喚士は
「もうちょっと待って! あ、今……来る!」
駆け出しの召喚士が唱えられるのはただ1つ、
失敗するかもしれないし、弱いクラムが来るかもしれない。強いクラムが来るかもしれないし、状況に全くそぐわないクラムが来ることもある。
固有術……特定のクラムを呼び出す術式を授かっていない彼に、クラムを選り好みする資格はない。
「召喚!」
キリムが澄んだ声で叫ぶと、体の周囲が淡く緑に光った。何らかのクラムが召喚に応じたという事だ。
一瞬ふわりと風が広がり、淡い光が収まらないうちに、1人の長身の男が塵から造り出されたように現れた。
「俺を呼んだのはお前だな」
「えっ!? えっと……」
それはキリムが想定していないクラムだった。頭の中に「クラムステア」という名前が響くも、キリムはまだ見た事がないクラムだ。
赤いマントがついた
ステアの見た目はヒュウ族(一般的な人間。猫や犬のような祖先を持たない者)と変わらない。黄金色の髪、精悍だが不愛想な表情をしている。
「カッコいい……」
キリムは思わず口から素直な感想が出る。しかし聞こえているはずだがステアは表情一つ変えない。召喚主に対しクラムは媚びへつらう訳ではないらしい。
愛想も何もなく、ただ明らかに強そうなクラムを前に、キリムはたじろいでいた。
「呼んだのはお前で間違いないかと訊いている」
「は、はいっ」
「若いな、新米か? まあいい、呼び出されてやる事は1つ。見たところあの雑魚の群れを片付ければいいのだな」
「あ、はい……」
「ふう、この俺が狼もどきの退治とは。暇つぶしにもならんが仕方ない。クラムステア……参る」
クラムステアの双剣が赤く光り、駆け出す速度のせいで切っ先が空中に残像の線を描く。
マルスが抑えていたダークウルフが最初に首を刎ねられ、ブリンクが足を斬りつけた個体は背中から真っ二つになった。キラリと光っていた刃は血に濡れて赤い飛沫を撒き散らし、次のターゲットへと振り下ろされる。
「ファイア! ……えっ!?」
その俊敏な動きは目で追うのもやっとだ。リビィが発動させた炎の魔法は、寸前に死骸となった個体を焼くだけに終わった。
その後もクラムステアは踊っているかのように、次々と双剣で赤い半円や水平な一直線を見事に描いていく。赤いマントが翻り、長い足による蹴りと斬撃が畳みかけられ、ダークウルフが襲い掛かる隙も、躊躇う隙もない。
結局ステアたった1体によって、20頭ほどが1分も経たずして一掃されてしまった。
召喚したキリムが呼吸を忘れていた事に気づいた時、その場にはもう息のあるダークウルフは1頭もいなかった。
「終わったぞ」
ステアが最後の1頭から剣を引き抜き、キリムへとそう告げる。呆気に取られていた他の仲間も恐る恐るキリムへと寄ってきて、互いの無事を確認し合った。
「助かった。キリム、このクラムは一体……」
「ステア、双剣を扱うとっても強いクラムだよ。来てもらったのは……初めてなんだ」
「クラムステア……って、知らない名前だな」
召喚士でもなければ、鼻が高く足が大きい小人のような精霊「ノーム」か、炎を自在に操る半身が人、半身が竜の「サラマンダー」くらいしか分からない。
クラムだと名乗らなければ、マルス達は突如現れたステアをヒュウ族の青年だと思った事だろう。
「召喚士以外に無理に知って貰おうとは思わん。用事はこれで済んだな」
「あ、はい。有難うございました。みんなは先にキャラバンに合流して、俺もすぐに行く」
キリムは顔の前で右手の拳を握り、一礼をする。そして皆を先に村へと行かせた。
通常、クラムは戦闘がひと段落したら帰ることになる。キリムはせめて村に着くまで一緒に来て欲しいと言いたかったが、あまりにも強いクラムを呼び出してしまったという動揺から、もうこの場で召喚を解いてしまうようだ。
「あの、お金とか物とか……持ってないんです。血でいいですか」
「その方が有難い」
キリムが袖をまくって細い腕を差し出すと、ステアが顔を近づける。犬歯が肌を突き破り、ステアは赤い血を
自然などを司るクラムは人の祈りや感謝の思いも糧にできるが、戦闘だけに特化したステアのようなクラムは、召喚士の血以外に糧がない。
たまに金銭も渡されることがあるが、それはおまけの供物でしかない。見るからに裕福とは言えない身なりのキリムから、そのようなものを受け取ろうとはステアも思っていなかった。
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