第二十七章:アルマ達と教祖


「終わらせようぜ、こんなバカらしいこと」

「同感だ。ただ、我の悲願はここで終わりなどしない。あぁ、そうとも。ここで、これしきのことでは終わりはしない」

 くつくつと蛇のように笑いながら教祖はアルマを迎え入れるかのようにその両腕を広げた。腕に巻きついた彼の黒い長髪がさらさらと零れ蛇のようにしなる。

「何がしたいんだよ、こんなたくさんの人間を殺しかねない城を作り上げてさ」

「今お主が言ったことをだよ、少年。我は人間を殺すつもりでいる」

「はぁ!?」

 移動城砦が瓦解していく中、もはやそれは不可能となったが、ますます[教団]について分からなくなった。

「それ、何が目的なんだ?」

「俗に復讐と呼ばれるそれは、すべて我が子のためであるよ、少年。無論、邪魔をしないと言うのであれば、お主もその一人なのだがね」

「我が子って、お前の人生をいじくるとか言う手品のことか?」

「あぁ。愛しき我が子、我が人生に手を加え、愛を捧げ、人をも超越した天子。家族のためを想うのは父として当然であろう?」

「ふざけんなよ、お前」

 本当にこいつが幾人かの手品師のきっかけを作ったのだとしたら、それは誇れることじゃない。誇ってはいけない。

 アルマは知っている。

 その悲劇によって与えられた力を忌避した少女のことを。

 その悲劇によって異性にまったく関われない友人のことを。

 その悲劇がなんであるか分からないが、幼いながらに親のいない双子のことを。

 数多くの人間はそれを望んでなどいなかったことを。

 だから、アルマはそれを断ち切るために剣を手に取る。

「お前ら、準備はいいよな?」

「とーぜん♪」

「で、私達どうすればいいわけ?」

「そーだなー。とりあえず、足場に出来るシャボン玉を出来るだけ作ってくれ。それでこれの崩壊に巻き込まれないようにする」

「「オッケー♪」」

 ソールとマーニにそれだけを頼み込み、アルマは踏み込んだ。教祖の手には破壊不可能の万能の武具『エリクサー』が握られている。その形状はいまだ杖のままだが、油断はできない。

「――はっ!」

 思いっきり剣を振り下ろす。教祖はそれを見てすらいない。ただ、虚空を見つめながら――笑った。

「つぅっ!?」

 剣は鈍い音を立てながら当たった。金属製の床に。外れた。しかもまるでそれを分かっていたかのように教祖が振るった杖が腹を叩き返す。その衝撃に吹き飛ばされ床を転がるアルマへと教祖がゆっくりと歩み寄りながら笑った。

「お主が先程加えた力は他者への奇跡の付与を封じるものだったみたいだな、少年。だが、見誤ったな。我の奇跡は我に与えることも出来ることを考えもしなかったのか?」

「マジかよっ!」

「信じられんかね? 奇跡を前にしても」

「っ!」

 また外れた。しかも今度は完璧な空振りだ。そして腰を『エリクサー』で殴られる。

「いっ、てぇっ!」

「はっきりと言っておこうか。お主達は我には勝てぬ。我が奇跡によりお主達は我には触れられぬ。また、我の一振りは必ずやお主達を捕らえよう。あぁ、まだ信じられぬのなら証拠を見せようか」

 そう言って教祖は崩壊を続ける不安定な床を歩き出した。躊躇もなく、恐れもなく、まるで何も起きないと分かっているように。

「さぁ、お分かりいただけたかな?」

「っ!」

 アルマの眼前まで歩み寄ってきた教祖がほくそ笑む。その手に握りしめた『エリクサー』を一振りの刀に変えて。

「「アルマ!」」

「やべ――」

 アルマの瞳に回避不可能の刃が迫り来る。そして、彼の瞳に吸い込まれるようにして――

「にゃっ!」

「さ」

「「サンデー!?」」

 聞きなれた声と共に翻る黒いミニスカートと真っ白な足。背後からの奇襲にしかし教祖は応じない。ただまるでそのタイミングを計ったかのように天井を形成する鉄筋が盾のように突き刺さりサンデーの蹴りを防いだ。

「に、なう~~~~~」

 涙目でうずくまるサンデーには悪いが、おかげで『エリクサー』をかわす時間は手に入った。素早い身のこなしで教祖から離れるとアルマは浮遊シャボンに飛び移った。

 が、その直後シャボン玉へと放たれた鉄片によって床に落っこちる。

「でっ!? ま、またか!?」

 しかしその視界の上を鞭へと形状変化した『エリクサー』が掠めた。

 もしや今のは助かったんじゃないか?

「……どういうつもりだね、獣人」

「ただ、わたしはあるままに動いただけ。獣にルールはないのでな」

 教祖が睨みつける視線の先、先程天井から落ちてきた鉄骨の頂にいつの間にか肌黒い女が立っていた。至るところから血が流れているが、もしやサンデーを追ってきたのだろうか。しかし、今の会話はどっちかというと……

「わたしは元々[教団]の人間ではないからな。ただ行く末を見守らせていただこう」

「邪魔はしない、と。笑わせるな、獣人よ。我を裏切ることこそ最大の邪魔だと分かっているのか?」

「実質の害はないのだから、それを無害と呼ぶのだろう?」

「よかろう。我が彼らに裁きを加えた後は、お主の守りたいモノを裁くとしよう」

「それが運命なら、わたしはそれに従おう」

 黒豹の獣人レパードは一人頷くとアルマへと視線を投げかけてきた。その瞳に映る意志を受けてアルマは強く頷く。

「させないさ、そんなこと。おれがさせない。全部おれが守ってみせる」

「出来ぬことを口にするのは良いが……これも若さゆえ、なのか」

 教祖は笑いながら『エリクサー』を構えた。彼に考えるなんて行為は不必要。

 振るえば当たる奇跡。それが彼の《人生傀儡劇ストーリーズ・マリオネット》なのだから。

「さぁ――」

「――行くぜ!」

 そして、再びアルマ達は拮抗する。蛇に縛られた世界を救うために。


***


「――ル! ―――ニコル!」

「お、姫、さま?」

 一体、どれほどの間意識を失っていたのだろうか。ニコラウスは重い瞼をゆっくりと開けてはるか頭上で涙を流しながらこちらを見下ろすお姫様を見上げる。

「[王室]の騎士たる者が、守らねばならん主君を泣かすとは……反吐が出るな、ニコル」

「だ、ダニー」

 自分を抱きかかえているのは紅蓮の甲冑に身を包んだ男、ダニエルだった。

 ニコルは彼が《Der Freischütz》で操る溶鉱炉の端に拘束されている男を見て全てを悟った。

「ダニーが助けてくれたんだね」

「勘違いをするな。犯罪者を拘束するのは騎士として当然のこと。貴様も騎士ならそれぐらい弁えろ。これしきの手品師にこうも追い詰められるとは。無様だよニコル」

「はは、ごめんね」

「謝罪はあとだ。貴様が逃がした犯罪者どもはどこだ?」

「それならば、恐らく教祖のところであろうな」

 ダニエルの言及に〝帽子の男〟が炎に支えられた鉄の檻を興味深そうに眺めながら答えた。そんな彼にダニエルが刃物のように鋭い視線を投げかける。

「教祖? それが貴様ら虫けら風情が崇めるクズか? どこにいるか吐け。嫌とは言わせんぞ」

「恐らく、神殿であろう。そこの騎士殿は分かるはずだ」

「吐け、ニコル」

「言われなくても連れて行くよ。ただ、一つ約束をしてくれるかな」

「貴様、今指図できる立場だと思っているのか?」

 轟と彼の心情を表すかのように溶鉱炉の火が唸る。そこから生まれてくる風に髪をたなびかせながらニコルは笑った。

「ボク達、友達だからね」

「ほざくな。騎士だと何度言えば」

「アルマ達に協力して欲しい」

「死にたいか、ニコル?」

 ダニエルの目に殺意が煌く。いつ炎が自分を包んでもおかしくない。

 しかしそれでもニコルは目を逸らさず訴えかけた。

「今は[教団]を優先させないと。騎士なら」

「……よかろう。だが、ちんけな虫けら集団を潰した後は捕まえる。文句は無いな?」

「ない」

「じゃあ案内しろ」

 ダニエルから自分の手品道具である騎士剣を受け取りながらニコルは頷いた。

 神殿の場所ははるか頭上。剣を手に《英雄譚ベーオウルフ》を使役するニコルなら崩壊しつつある要塞であってもそこを流れる風を頼りに探ることが出来る。

「じゃあ、真っ直ぐ進むよ」

「指図するな、ニコル」

 そして風と炎は渦を巻きながら天へと、頂きにて嘲笑する蛇へと牙を向く。


***


「ちっ、むっかつくな!?」

「にゃう~~!」

「無駄だと言っておろう。無意味なことはやめるがいい」

 浮遊シャボンを使って左右から挟み撃ちを加えようとしたのだが、教祖は槍に変化させた『エリクサー』の刃と柄の部分でそれを阻止していた。

 さらにそこから槍を振るう。本人も何に変化するか分からない絶対命中の武具が牙を向く。

「今度は三節棍か!?」

「にゃうっ!」

 《人生傀儡劇》の支配を受けていたマーニが使っていたあれだ。

 しかし今度のこれには刃がついていない。本当にただ殴るだけのようだ。しかし、急所へと放たれたその一撃は重く、

「ぐぅっ!?」

「に、うっ!」

 それぞれ鳩尾と腹を蹴られたアルマとサンデーが床に叩き落される。

 そこにさらに追撃の手が迫る。アルマに向けて巨大な斧が振り下ろされる。

蟹座の軌跡キャンサー=エトワール!」

 その超重量の斧を《キャンサー》で受け止める。しかしのんびりしてはいられない。

 ここから無数の杭を生み出されたら一貫の終わりだ。アルマは斧を弾き返すとその勢いで立ち上がり距離を取る。サンデーの方はいまの時間で十分な距離を稼いでいた。

「アルマ!」「伏せて!」

 後ろから双子魔女の声が聞こえアルマは反射的に身を屈めた。

 その頭上を手に平サイズの石が放物線を飛んでいきシャボン玉を破裂させる。

「「《マジック・アワー》!」」

 炸裂する爆弾シャボン。その直撃を受ければさすがの教祖も命がないのでは……そう不安に思うアルマだったが、どうやら相手はその気でいかないと止められないらしい。

 白煙の向こうからゆらり、と人影が蠢いたからだ。

「無駄だという事が分からんかね」

「「マジっすか!?」」

 煙の中から超然とした嘲笑が響き渡る。そして、『エリクサー』の影が膨らむ。

「っ! お前ら、逃げろ!」

「遅い」

 教祖が嘲笑う。『エリクサー』が鞭へと変化し、まるで生きているかのようにはるか後方の魔女達へと迫る。

 だが、その直後。

「――《Der Freischütz》」

 凛然とした声が響き、業火が吹き荒れる。幾度と無く響き渡る爆発の独奏曲がさらなる白煙を立ち上らせ、さらにその爆発の規模を広げていく。

「っ! この手品は……!」

「虫けらどもが。このまま焼き殺しても構わんが……そうか。そう言えばもう一匹、蛇が逃げ出していたのだったな」

「遅くなってごめんね、みんな。ちょっと手間取ったよ」

「ダニエル!? んでニコル、無事だったのか!?」

 炎の騎士ダニエル・フォン・カスパールと風の騎士ニコラウス。

 その二人の騎士は力強く、そして軽やかに地面に着地するとそれぞれ風を纏った騎士剣と炎を纏った腕を構えた。

「おやおや。これはまた。騎士が二人、か。で? どうするつもりかね?」

「決まっている。害虫は駆除するに限る。焼き払ってくれる」

 教祖の笑みにダニエルが冷笑で答え、指を打ち鳴らす。

 咥えた煙草から吹き上がる煙を媒介に小規模な爆発が起こる。

 さらにそこから生まれた煙を使って大規模な爆発を。それは教祖を一直線に狙って吹き荒れる。しかし教祖は取り乱した様子もなく『エリクサー』を地面に突き立てた。

 一体何をするつもりなんだ、とアルマが目を凝らした後にはダニエルが操る炎が視界を埋め尽くし教祖を包み込んだ。

「っ!? 危ない、よけろ!」

 炎から伸び上がる巨大な何かに気付きアルマは声の限り叫んだ。

 その直後、炎の中からさらに炎の塊が飛び込んできた。その炎はダニエルが操っていなかったのか、ダニエルの顔に驚愕の色が浮かぶ。

「くっ!? お、のれ、虫けらがぁぁぁあああああああああ!」

 しかしそれも一瞬。その目に怒気を輝かせダニエルが吼える。それに応じるように彼がまだ身に纏っていた炎を放った。

 ぶつかりあう炎と炎。そしてニコルが操る風によって吹き散らされた後には先程と打って変わらぬ教祖の姿がそこにあった。

「無駄だよ。我に触れられるとでも思っておるのか? 無意味だ。実に無意味だよ、お主も。さぁ、準備はよいか?」

「虫けらが」

 教祖が杖を握りしめる。その先端に絡まるのは二匹の蛇。その二匹の蛇は伸縮し、鞭のようにしなる。その鞭をダニエルへと振りかざす。

「そんな単調なものでワタシを殺せると思っているのか?」

 自分の首を狙う鞭へとダニエルは嘲笑を投げかけた。その体は一瞬で炎にかわり鞭を受け付けない。だが。

「散れ、我が子よ」

 直後、鞭から爆発が巻き起こる。吹き散らされるダニエル。

「お、おいおい! マジかよ!?」

 いくら炎になるといっても、それを拡散されたら不味いんじゃないか!?

 最悪な展開を想像し血の気が失せるアルマにしかしニコルが笑って答える。

「ボクの風を使えばすぐに復活するよ。でも、すぐに動くのは無理かもね」

 そういいながら風で炎を一箇所にまとめるニコル。それを肯定するように炎は人型を取りダニエルの輪郭を象っていく。

「風、か。これはまた面倒だが――よろしいのかな?」

「え?」

 直後、鎖鎌に変化していた『エリクサー』がニコルの首を狙う。それを慌てて騎士剣で弾くニコルだったが、鎖はニコルの腕に巻きつき、その腕に深々と鎌をつきたてる。

「いたっ!」

 そしてその痛みにニコルはおもわず騎士剣を取りこぼしてしまった。そこにもう一房の鞭が絡みつき騎士剣を奪い取る。

「騎士ならば、潔く敗北を認めたまえよ」

 くつくつと笑う教祖。その直後、おもむろに振り向き杖の柄を突き出す。

 拮抗する刃。これには背後からの攻撃を仕掛けたアルマは舌打ちを禁じえなかった。

「くそ、惜しい!」

「何を言っておるのだね? これは必然。当然の結果だ」

 鞭で絡め取ったニコルの騎士剣を矢の代わりにしてクロスボウへと変化した『エリクサー』を発砲する教祖。その騎士剣を弾きながらアルマは言い返す。

「じゃあ、なんで今のがおれに当たらねーんだ?」

「……ほぅ」

「おかしいよな。だってお前はその手品で絶対に攻撃が当たるようにしてるって言ってた。なのに、今の攻撃はおれに当たらなかった。おれ、なんとなく分かったぜ、その理由カラクリが」

「何を根拠に語るのかね」

 『エリクサー』を鞭に変えながら振るう教祖にアルマは確信を得て笑みを浮かべる。

 あぁ、今ので推測が確信に変わった。

「――天秤座の軌跡リブラ=エトワール!」

 《キャンサー》が銀色の霧へと変じ、直後代わりに姿を現した巨大な円盾が『エリクサー』を弾いた。

「――お前の敗因は三つ」

「マジで!? アルマほんとに!?」

「なんだか分かんないけどいっけ~~~~!」

「にゃうっ!」

 背後でソールとマーニ、サンデーが歓声を上げるのが聞こえる。

 そんな中、おれは突きつけた三本の指の一つを折りたたんだ。

「一つ。お前の手品人生傀儡劇には限度があること。その理由はお前の行動。最初は本当にただ武器を振ったりするだけだったのに、今は自分で意識的に武器を使ってる時がある。身を守る時も同じ」

「だが、それが我の敗因となりうるか?」

「なるさ。人生なんてのは誰かが好き勝手していいもんじゃないんだ。そして、人生にはいろいろあるもんなんだぜ。たとえば、そう、奇跡とか」

「奇跡? ふふ。くはは。くははははははははははは! 奇跡、奇跡と! あぁ、お主は面白いな。奇跡とは。笑わせる!」

 教祖が『エリクサー』を蛇腹剣に変えて振り下ろす。その切っ先は狙い違わずアルマの胸へと吸い込まれていく。

「これが、必然の結果。我が力!」

「……二つ目」

 教祖の笑声をかき消すようにアルマの口から言葉が零れる。

 その教祖の見上げる先で、アルマの体がゆっくりと掻き消えた。それを己の目で見て、教祖が手品だと理解すると同時、上空から声が降りかかってくる。

「メアも、おれと同じぐらいつえーんだよ」

 《リブラ》を使った理由は実体を持つ自分の幻覚を生み出すため。

 教祖の目に《幻世界ワンダーランド》の輝きが灯っているのに気付いたアルマの咄嗟の判断だった。


***


「なぜ、協力したんだ?」

 身体中から血を流しながらメアは自分を支える少女――ルージュに問いただした。

 それに少女は首を傾げながら

「彼の敵は、わたしの敵」

「彼?」

「はっ。なに人のせいにしてんだか。これだから女って奴はこえーな」

「っ! お前!?」

 いつの間に背後に居たのか、そこにはフードで身を覆った男が立っていた。

 その声は間違い無い。〝ミイラ男〟の声だ。そして、彼に遅れてやってきたサンタ娘。

「人の人生を好き勝手に弄って、もしかしたら死なないで済んだかもしれない誰かを殺してるんだし、裏切られても仕方ないわよねー」

 教祖の被害者である一人、リッカは目に見えていないにも関わらず、教祖を睨みつけるようにしていた。

「とにかく、助かったよ」

「……そう」

 教祖に《幻世界》を与えられた理由は、彼女が《涙のプール》で手助けしてくれたからだ。

 そして、それに気付いたらしいアルマは咄嗟の判断で自分の幻覚を実体化させることを考えた。そして、見事作戦は成功した。

(あとは、お前しだいだぞ、アルマ。……ボクの分も、あいつをぶん殴ってくれ)


***


 そして。

「っ! 貴様ァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 教祖が初めて叫んだ。その手に握りしめた『エリクサー』を上空のアルマへと振るう。

 それをアルマは《キャンサー》で弾き――声はすぐ傍から。

「――三つ目。これが、おれ達の――きせきだ!」

「なっ―――」

 上空のアルマも偽装フェイク。本物は魔女達の《マジック・アワー》で姿を消していたのだ。

 アルマの渾身の一撃が教祖の顎を捉え、跳ね上げる。

「がっ」

 そして。教祖は糸の切れたマリオネットのようにくずおれた。

「うっしゃ!」

 ついに、[教団]との戦いは幕を閉じたのだ。

「とりあえず、彼を拘束して、すぐに逃げよう。いいよね、ダニー」

「ふんっ。優先順位というやつだな。おい、虫けらども。死にたくなければ大人しく従え」

 やっと回復したらしいダニエルが自身の炎で床を構成する鉄を溶かし、枷を形作る。

 それを風で冷やし、完成したそれを教祖の両手、両足に嵌めながらニコルがこちらを振り返る。

「えっと、ボク達はまだ他の場所にいるみんなを助けてくるから、君達はシャボン玉に乗って逃げて。外まではぼくが風を送るから」

「――ははは。残念ながらオレ達はお断りするぜ。ま、逃げるついでにこっちの嬢ちゃんと坊ちゃんも脱出させといてやるぜ」

「声!?」

「わたしの。手品。音を、反響させてる」

 神殿に〝ミイラ男〟、ルージュの声が響き渡る。そしてさらに、壁の亀裂から蜘蛛の糸のようにピアノ線が噴き出した。その手品に真っ先に反応したのはニコルだ。

「〝帽子の男〟!? お、お姫様は!?」

「――心配は無用。某の言も同志と同じ。某は自分で脱出する故、そちらも脱出のみを優先するがよい。そして、勝者に敬意を称し、姫殿の安全は某が保障しよう」

「ニコル、たぶん、大丈夫だ」

「……じゃあ、彼を信じることにするよ。戦ってる時、彼は卑怯じゃないってことはなんとなく分かってるからね」

「ニコル、貴様! それでも騎士か!?」

「うん、ダニーの言いたいことも分かってるよ。でも、ここも持ちそうにないし――しまった!?」

 ダニエルの方を振り返ったニコルが何かに気付き表情を強張らせた。

そちらへアルマ達も視線を向けた瞬間、ライフル状に姿を変えた『エリクサー』から射出された。


「――》――」


 そして炸裂するブラックホール。ニコルが風を操り、ダニエルが爆発を使ってブラックホールに吸い込まれないようにする。

「つ、つかまれ!」

「きゃあ!?」「死ぬぅうう!」「にゃうっ!」

 アルマも慌てて《キャンサー》を地面に突き立てる。

 しかし、皆が身構えていた脅威は訪れなかった。

「「「「え?」」」」

 ブラックホールははるか頭上で黒く輝いていた。そして、自らの重量に耐えれなくなり雨のように降ってくる鉄塊が飲み込まれていった。

「もしかして、助けてくれたのか?」

 ラグエルの方を見つめるとラグエルは『エリクサー』を手に後ろへと下がっていった。

 その背後に広がるのは、虚空。飛び出せばそこは空。どう考えても助からない。

「勘違いをするな。僕の目的は変わりはしない。[教団]は朽ちたりはしない。何度でも、再生してみせる」

「教祖を二度も脱獄させると思う?」

「何度でも来るがいい、虫けら。その時は心置きなく消し炭にしてやろう」

 ダニエルの眼光に貫かれながらもラグエルは怯む様子も見せず、それどころか微笑を浮かべて見せた。

「その男はどうでもいいさ。そいつが僕達のキッカケなら、そんな奴に従おうなんて思わない」

「お前、聞いてたのか?」

「もちろん。いいか、僕達[教団]は手品師の為の、手品師の救済者たる組織だ。あぁ、そうさ。始まりは不幸な子羊達の新しい家族になる組織だったはずだ。だから」

 一旦言葉を切ってラグエルがダニエルとニコルをにらみつけた。

「だからこそ、かつて行われた異端狩りが手品師に向けられないように、僕らは[王室]の抑止力となる。じゃあな」

「待っ―――」

 アルマが手を伸ばすのも間に合わず、ラグエルは後ろへと飛び込んだ。

 宙に浮くラグエル。その口元がさらに大きくつりあがり、

「《混沌天体》!」

 空中に放り投げた硝子玉の一つをブラックホールに変えて自分の体を引き寄せる。

 そしてすぐにそれを消滅させ、また新しい硝子玉をブラックホールへと変えていく。

 それを延々と繰り返しながらその姿が夜空へと掻き消えていった。それを見送ってニコルが肩をすくめる。

「あの調子だと、難なく脱出できそうだね。じゃあ、ボクらも早く逃げよう!」

「マーニ、ソール!」

「「分かってるってば!」」

 アルマの求めに応じて魔女達が浮遊シャボンを生み出す。それにアルマ達が飛び移ったのを見てニコルが剣を構えた。

「じゃ、行くよ。――《英雄譚》」

 直後、凄まじい突風が吹き荒び。

「うおー、すっげー!」

「「きれー」」

「にゃー」

 外に広がるのは満天の星空。頂に君臨する白光の月がアルマ達を祝福するように輝いていた。


――本当に、すべてが終わったのだ。



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