夜明け
そして夜が明けた。ただの瓦礫の山と化した移動要塞をはるか頭上の丘で見下ろす一団があった。
「まじでよかったのかね? 教祖様は」
「あぁ。そういう君は毒蛇を連れ戻そうと思っているのかい?」
「はは。まさか。オレをこんなのにしたかもしれない奴を誰が救いたいと思うよ。この力には感謝してるけどね」
くっくと笑う〝ミイラ男〟。その体には引き裂かれた法衣が巻かれていた。
どうやら法衣を引き裂くことで包帯を作ったらしい。
「……わたしも、同じ、です」
そのすぐ隣でルージュがこくこくと頷きながら答えた。
「それで、貴殿は何故、こちらへ? 勝者はあちらだ。お主の言が正しければ、お主はここにいるべきではないのでは?」
〝帽子の男〟はそんな一同を少し離れたところで眺めていた肌黒の女、レパードへと向けた。そのレパードはそれを笑って受け流しながら
「確かにそうかもしれんな。しかし、これから[教団]は変わるのだろう? なら、その結末を見させてもらうだけさ」
「そうかい。じゃあ、ジャックのことは残念だけど、行こうか。みんなも早くここから離れたいだろう? 騎士の脅威もある。……負ける気はしないけどね」
「それは全員同じだろうぜ。で? どこに行くよ」
「どこへでも。とりあえず、被害者に救済を。そのために[教団]はあるのだからね」
「りょーかい」
ラグエルに笑いかけながら〝ミイラ男〟はかったるそうに背筋を伸ばした。
その手に『怨嗟の剣』はない。自分で捨てたのか、それとも拾い損ねたのか。
かくして、[教団]はすべてが終わった場所から立ち去るのだった。
***
「あ、起きたか」
しばらくして、身柄を拘束されていた教祖が目を覚ました。教祖は虚ろな目でアルマ達の顔を眺め回すとぽつりと
「殺さないのか」
「なんでそこまでしなきゃいけねーんだよ」
アルマはにこりと笑いかける。それを心から不思議そうに見つめ返しながら教祖はこう返した。
「我は、お主達を害してきた者だぞ」
「だな。確かにそうだろうな。でも、だからこそ、かな」
「だから、こそ、だと?」
「あぁ。だから、ちゃんと償ってもらう。あ、なぁ、ニコル。こいつの罪ってどうなんのかな?」
「うーん、そうだね。まだ脱獄しただけで、テロ活動は未遂に終わってるからね。ダニーはどう思う?」
「死刑だな」
「ダニー」
ダニーらしいね。そう苦笑しながらニコルは困ったように肩をすくめた。
それにシンシア姫がため息を吐きながら答えた。
「死刑の確率は低いわね。でも、ずっと牢屋の中にはなるでしょうね」
「あ、そうなんだ。まぁ、つーことだから、さ。ちゃんと生きて償ってくれよ」
「……なぜ」
「は?」
アルマの言葉が理解できないとばかりに教祖は首を振った。
「なぜ、そんなことが言える? 我は、我は」
「だーかーらー。生きて償ってもらいたいからなんだけど……まぁ、そうだな。だって、人生を操るってことは、それぐらい辛い目にあってきたんだろ? じゃあ、なんていうか、仕方ない、とは違うけど……あぁ! とにかく、死ぬのは反則!」
自分でもうまく考えがまとまらないのか、アルマは髪をがしがしと掻きながらぶっきらぼうに言った。
「もしおれとかマーニとかみたいな手品ならさ、同じことをしても死刑にはならないだろうし、とにかく、死んでもらいたくないんだ」
「そう、か」
仕方ない、か。そうか、仕方ない。
教祖は一人考える。そうか、仕方ないのか。ならば、自分の答えは決まっている。
「――それは受け入れられんな」
「なっ」
教祖の返答にアルマが目を見開く。そんな彼に、教祖は言う。蛇のような笑みを浮かべながら。
「我の悲劇。それはすなわち――この世に生まれたこと。我が生まれたとき、異端狩りが始まった。つまり、我の力は[王室]によるもの。ならば、[王室]で余生を過ごすことは屈辱でしかあるまい。故」
教祖は最期まで笑みを崩さない。最期まで己の力に縋って指示を下す。
――自分は次の瞬間、なんらかの死を迎える、と。
「っ、がっ!」
「なっ。お前、まさか!」
「は、は。残念、だったな」
アルマが慌てて鈴を打ち鳴らす。しかし、もう遅い。遅すぎる。
「さらばだ、少年。もし、もし――」
生まれ変われるならば。その時は。
「――仲間、か」
それも、いいかもしれない。
そう想いながら、教祖はここに命を絶った。
***
――そして、教祖の死から一年後。
[王室]は国内にて[教団]の壊滅を大々的に発表した。
しかし、教祖の力については語られることはなく、世界は何事もなかったかのように過ぎ去った。
いや、ほんのわずかにだが、変化はあった。
かつて、軍事工業区域として活躍していたアーケストラテスは現在、国内中の手品師への救済地域に認定されていた。
元々、【
そんな、アーケストラテスに立つホテルの一室で、彼らはのんびりとくつろいでいた。
「ねー、アルマ」
「ん? なんだよ?」
「最近さ、ここに入り浸ってばっかだけど、どうして?」
窓際の椅子に腰掛け、夜の風景を眺めていたアルマにマーニが近寄ってきた。
たった今シャワーを浴びてきたのか、ほんのりと石鹸の香りがする。
「なんとなく。でも、もうちょいしたらここを出るかもな」
「やっと整理がついたの?」
「へ? なんで?」
「やっぱり、教祖のこと、だよね?」
ばれていたのか。いや、まぁ、それしか思い当たる事はないのかもしれないけど。
マーニの言うとおり、アルマがここから離れることができなかったのは教祖のことがあったからだ。
教祖は自ら命を絶った。自身の《
彼は「この世に生まれたこと」が最大の悲劇だと言っていた。
確かに、だからこそ人生を弄ぶ手品を手に入れたのかもしれない。
だが、だからこそアルマは心から思うのだ。
(死ぬことなんかないだろ)
あいつは最初っから最期まで独りだった。だから、生きていて欲しかった。
(そうしたら、色々変わってたかもしれない)
独りよがりの奇跡に縋ってはいなかったかもしれない。
もしかしたら、おれ達が仲間になれたかもしれないじゃないか。
「アルマっ!」
「ん? ――って、どゅわ!?」
マーニの一際大きな声に意識を引き戻され、マーニの方へと視線を向ける。――と突き飛ばされた。そのままの勢いで椅子からぶっ倒れる。頭を打つ。
「い、いってぇ……な!?」
「アルマ」
「な、なんだよ!? つか、降りろ!」
一体何を考えているのか、マーニはひょいっと自分の上にまたがってきた。
「そ、ソールとかサンデーが見たら誤解されるだろ!」
「二人ならまだお風呂だから大丈夫」
「あ、そう。――って、そうじゃねえ!」
どう言えばマーニを説得できるだろうか。そう考えていたら不意にマーニの顔がぐっと近付いてきた。あまりに突然のことにドキリとする。
(うっ)
まずい。非常にまずい。ちょうど一年前、あの決戦の最中で重ねた唇の感触が急に蘇ってきた。いやいや、あれはマーニを教祖の手品から救うためで、でもキスはキスで、いやでも!?
「アルマ。ちゃんと聞いて」
「お、おう」
吐息のかかる距離で囁かれてしどろもどろに頷くアルマにマーニは「よし」と頷く。
その拍子にさらり、と彼女の金色の髪がアルマの頬をくすぐる。
「アルマはね、アルマでいればいいの。オッケー?」
「はぁ? おれが、おれで?」
「そっ。くよくよしてるアルマはアルマらしくなくてかっこ悪いし、やっぱ、こう、パッとフラッとお金持ちからお宝盗んで孤児院に寄付して子供達を笑顔にして欲しいの。そうやって、教祖みたいな悲しい人が生まれないようにするの。たぶん、それがアルマだけが出来ることだもん」
「そっか。なるほどな」
なるほど。自分だけにしか出来ないこと、か。
確かに、そうかもしれない。
過去は取り返せない。自己完結で自ら死を迎え入れた教祖には言ってやりたいことが山ほどある。でも、それはもう叶わないから。
せめて、これ以上彼のように悲しく、寂しい人間が生まれないように。
悲劇を生まないように自分が
「分かったよ。じゃ、ある程度目処はついてるから、明日行くか?」
「そうでなくっちゃ♪」
「はいはい。で、早く降りてくれねーかな?」
「ん? あー、はいはい――っと」
「はっ?」
マーニは頷くやアルマの胸板に両手を添えた。てっきりアルマはそのまま手に力を込めて立ち上がるのかと思ったのだが、違った。
マーニの体は起き上がることはなく、逆に倒れこんできた。
しかも、アルマの唇に自分のそれを重ねながら。
「あー!? ちょっ、アルマ!?」
「にゃ、にゃにしてるの!?」
「へ? いや、ち、違うぞ!?」
今風呂から上がったのか、ソールとサンデーがこちらを見て驚いた様子で突っ立っていた。み、見られた? 今の、見られた?
「えへへ♪ じゃ、お楽しみはここまでね♪」
「ほほ~~う? アルマ?」
「にゃにがあったのか、教えてくれるかにゃ? もちろん、たい焼きを食べながら」
「は―――」
するり、と猫のように自分の体から起き上がり微笑むマーニ。
いやいや、笑ってる場合じゃない。これじゃ、おれ、マジで大変なことになるぞ!?
「に」
「「ん?」」
「逃げるが勝ち!」
「「ちょっ、待てーーーーーー!」」
窓から飛び降り、アルマは夜のアーケストラテスを駆ける。
その頭上を、一筋の流れ星が流れ落ち、どこかで、誰かが、この平穏を願った。
~END~
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