第二十六章:星の怪盗と月の魔女
「どう、してだ?」
血の流れ落ちる右腕を押さえつけながらアルマは苦悶の表情で問いただした。
しかし、それに〝月の魔女〟マーニは無言で『エリクサー』を構えて佇んでいるだけだった。そんな双子の妹にどう接すればいいのか分からないのか、〝太陽の魔女〟ソールはおろおろとアルマとマーニの顔を見やった。
「ソール、とりあえず、手当てしてくれ」
「あ、うんっ!」
アルマの元へ慌てて歩み寄りながらソールは治癒能力を付与させたシャボン玉を吹き付けた。徐々に傷口が癒えていくのを確かめながらアルマは真っ直ぐにマーニを見つめた。
「なぁ、お前、変な物でも食ったんじゃないか?」
「……」
「あのさぁ、せめて何か喋れよ」
「死んで」
「……おれ、何か悪いことしたか?」
困惑気味にマーニに問い続けるがまともな答えは返ってこなかった。
それどころかずっと「死んで」を繰り返すばかりでまるで人形のようだ。
(教祖の奴、だよな。……何をしたんだ?)
教祖の方はそんなアルマ達を眺めてニヤニヤと笑っているばかり。
たとえ問いただしたところで口を割ることはないだろう。だが、彼が何かをしたのは間違いないのだ。
(ほんと、どうしたんだよ、マーニ……)
さっきまで一緒にラグエルと戦ってたじゃんか。
さっきまで必死こいてあがいてじゃんか。
さっきまでソールと一緒に笑ってたじゃんかよ。
「おい」
だからアルマは先程から傍観してばかりの教祖へと言葉の矛先を変えた。
「くっくっく。なんだね? 我に答えられることならば応えよう?」
「じゃあマーニに何をしたか言え」
「はて。彼女は君を憎んでいる、そうじゃないのかね?」
「とぼけんなよ。――
怒号と共に鈴の音が響き渡る。銀色の靄がアルマを包み込み、その姿を隠蔽する。
「むっ?」
「らぁああああ!」
そして銀色の靄から飛び出してきたアルマの頭と腰には猫の耳と尻尾が。
身体強化の
「――
耳と尻尾がまるで幻であったかのように掻き消え、代わりにその右手に銀色の騎士剣が握りしめられる。そのままアルマはこちらを見上げてくる教祖の額へと切れ味を無力化した騎士剣を叩きつけようとする。――が。
「ねぇ、なんで逃げるの?」
「うっわ!?」
直後、下方から伸びてきた鞭に足首を絡め取られ床に叩きつけられる。
「~~~~~~っ!」
おもいっきし打ち付けた鼻を左手で押さえるアルマ。
よくみれば『エリクサー』が足に絡み付いているのだ。なら、次に来るのは――っ!
「アルマ、危ない!」
「っ!?」
ソールの声と同時、『エリクサー』が不気味に唸ったのを見てアルマは咄嗟に《キャンサー》を前へと突き出した。その直後、小さな紫色の弾丸が白銀色の刃を伴って飛び込んできた。
「く、お?」
飛び込んできたのはフランベルジェへと形状変化をさせた『エリクサー』を両手で握りしめたマーニだった。いくら彼女が小柄とはいえ、弾丸のような速度で飛んできたんじゃふんばれない。そのまま教祖の横を越えて金属の壁に叩きつけられるアルマにマーニは追撃の手を緩めない。
「お願い、アルマ。死んで。死んで私の――わたし、の?」
きょとん、と首を傾げるマーニだったが、その背後で教祖を笑顔と共に指を蠢かせた。
するとマーニはビクンッとまるで見えない何かに触れられたかのように身を強張らせると再びアルマを真っ直ぐに見据えた。
「ね、アルマ。私は……アルマに死んで欲しいの。ものすっごく」
いつものマーニの表情で、いつものマーニの口調で彼女は握りしめた『エリクサー』を変化させた。
「いっ!?」
その形状はいくつもの棒が連鎖したような武器。確か、三節棍とかいう武器だったはず。
しかし、その両端には鋭い円形刃が取り付けられている。右手の棒でこちらの騎士剣を押さえつけたマーニは左手に握りしめた棒でこちらの顔面を殴りつけようとしてくる。
「り、
慌てて《リブラ》を生み出す。急に質量を増したアルマの手品にマーニが突き飛ばされる。その一瞬の間を使ってアルマは《レオ》の能力で距離を取った。
「逃げないでよ、アルマ」
「くそっ!」
迫り来る『エリクサー』を飛んでかわしながらアルマは考え続けた。
(教祖のやつは何を媒介にしてやがんだ? さっき、指動かしてたよな)
きっとその指の動きに秘密があるのだ。
(〝帽子の男〟みたいにヒモを媒介にしてんのか? でも、そんな物どこにもないだろ)
「ねえ、聞いてるのアルマ? きーいーてーるーのー?」
「聞いてるって! ちょっと黙ってろ!」
「わっ、ひっどーい」
頬を膨らませるマーニ。しかしアルマはそれに構っている暇はなかった。
なんとしても教祖がマーニに施した何か――彼の手品を暴かないと。
「むーっ。じゃあ、こーしてやるんだからね!」
「なっ」
「《マジック・アワー》!」
サッとストローを取り出すや精一杯息を吹き込むマーニ。
ストローから次から次へとシャボン玉が生まれてくる。それがなんなのか、長い間仲間をやってきたアルマは直感で理解する。
「爆弾!?」
目前に漂ってきたシャボン玉を《サジタリウス》で消滅させる。
「アルマ!」
「なんだ、ソール!?」
際限なく生み出されていくシャボン玉に戦慄するアルマにソールがマーニを指差しながら
「逆にチャンスじゃない!? これじゃマーニも動けないし!」
「あ、あぁ、なるほどな!」
確かに、爆弾シャボンを無力化できない『エリクサー』ではマーニ自身も下手に動けないだろう。これなら、《サジタリウス》を使える分、自分の方が有利――
「アールマ♪」
「なっ!?」
しかしマーニは何の躊躇もなく『エリクサー』を振るった。鞭状に変化した『エリクサー』は当然の如く、その軌道上にあるシャボン玉を破裂させていく。そして、立て続けに巻き起こるのは――
――強烈な閃光。
「っ!?」
突然の光に完全に目潰しを食らったアルマ。しかし直前にみた『エリクサー』の軌道を考え、その一撃を受けないように床へ身を伏せる。
「あーあ。避けられちゃった」
ぶーっと不満げに唇を尖らせるマーニ。アルマの頭上すれすれを掠めた『エリクサー』は再び収納され形状を変えていく。
「次は――これ♪」
ふわふわと漂うシャボン玉を従え、マーニはくすくすと悪戯っぽく笑いながら『エリクサー』の形状を変化させていった。次の形態は見るからに重そうな形状をした杖。
先端が球状になっていてそのいたるところに大量の鋭いトゲがついている。
「モーニングスター、だっけ、これ」
その禍々しい武具を前に呟くアルマにマーニは「うん♪」と満面の笑みを浮かべながら頷いた。彼女の細腕に握りしめられたモーニングスータ形態の『エリクサー』は危なっかしく左右にゆらゆらと揺れながら獲物を求めていた。
「そんな物騒なもんを……つーかお前、力ないんだからさ、選べよ」
「やだ♪ だってこれじゃないとアルマの力には勝てないもん」
「それじゃ余計おれには勝てないって」
《キャンサー》を生み出しながらアルマはマーニの動きを見極めようと目を細めた。緋色の瞳に見据えられてマーニは照れたように『エリクサー』を持ち上げた。
そうしながら器用に咥えたストローで《マジック・アワー》を生成していく。
「来て、アルマ。私とやろう?」
「やだね」
「なんで? やっぱり、私じゃ釣りあわないの?」
「違うね。仲間を傷つけるなんて怪盗失格だっての」
「じゃあ、こうしよう? 私達はずっと前からの敵なの。ルパンとホームズみたいな、ライバル? みたいな関係。だから、私達はダンスを踊るように傷つけあうの♪ ね? 最高のシナリオでしょ?」
「最悪なシナリオだな。お前、脚本家の才能もないな」
「むー。じゃあ、せめて――敵としての才能は認めてね♪」
「うお!?」
一瞬にして鎖鎌へと変化した『エリクサー』を《キャンサー》で受け止めるアルマ。しかし《キャンサー》に絡みついた『エリクサー』が膨張するのを見て騎士剣を手放し後退。
「惜しいな~」
そう呟くマーニ。その姿を隠すように《キャンサー》に巻きついた鎖鎌が無数の杭を生やした。もし、手放すのが数瞬遅ければ串刺しだったに違いない。
「でも、恋は正攻法だから、これは返すね♪」
「っ!?」
そこから『エリクサー』が圧縮し、まるで銃弾のように《キャンサー》がこちらに切っ先を突きつけて撃ち放たれた。
「獅子座の軌跡!」
それを咄嗟に《レオ》の発動で霧散させたアルマだったが、その隙を突くようにまた鎖鎌が飛んできた。
「?」
しかしそれはアルマからかなりずれて後方へと飛んでいった。まるで狙ったかのような外れっぷりにアルマがその意図を探るよりも早く、この戦いを静観していたソールが叫んだ。
「アルマ、爆弾!」
「マジかよ!?」
その直後、背後で鎖鎌に射抜かれた爆弾シャボンが弾けた。爆風に吹き飛ばされマーニの方へと転がるアルマへとマーニは疾駆。その手に握りしめた『エリクサー』を斧に変えて振り下ろす。
「ぐぅ!?」
それを《キャンサー》で即座に受け止めるアルマ。
しかし体勢がまずかった。地面に倒れている形の自分に振り下ろされた斧は重量だけでこちらを押しつぶそうとする。あまりの重さに受け止める両腕が震えてきた。
「ねぇ、アルマー」
驚異的な重力に歯を食いしばって抵抗するアルマにマーニはずいっと顔を近づけて微笑んだ。
「おとなしく死んでよー」
「やだ、ね!」
そう答えるので精一杯だったが、言いたい事はそれだけだった。
そんなアルマにマーニは不満そうに眉をしかめ、そして
「なら、彼女を殺したまえよ」
「なっ!? くぅ!」
遠くでその会話を聞いていた教祖がくつくつと笑いながら囁いた。
それに言い返そうとして斧の重量に腕が耐えられなくなった。
まるで押さえつけられるようにしてアルマは身動きを封じられてしまった。
「そうであろう? お主は死にたくない。ならば彼女を殺すしかない。簡単なことであろう? あぁ、それとも、なにか出来ない理由が? 彼女は先程自らを敵と称した。ならば敵を斬る事に躊躇はあるまい?」
「お前が何か仕組んでなければそうだったかもしれないけどな。でも、それとは別に……マーニは殺せない。絶対に」
押しつぶされそうになりながらもアルマは必死に言い返した。
そんな彼をマーニが愛おしそうに見つめていた。斧を押し付けながら。
「あぁ、つまり、我のせいで彼女がおかしくなったと思っておるのだな? だが、その答えは否、ともその通りだ、とも言えるな」
「どういう、ことだ?」
「あぁ、知らぬならば答えよう。くくく、無垢な者に享受することもまた至高なものだと思わぬかね?」
「どうでもいいね」
「そうか。では、お主の疑問に答えよう。我が御技、その名は《
「人生傀儡劇?」
『エリクサー』の重量に掠れる声でおうむ返しに呟くと教祖は「あぁ」と頷いた。
そしてくつくつと笑いながら
「そして、我が傀儡劇の媒介となる神器、それは〈人生〉」
「〈人生〉って、マジかよ」
人生って、人が生きるって書いて人生、だよな? つまり、人の人生を媒介にする手品ってことか? それってつまり――
「我が御技、それは他者の人生、そのシナリオを書き換えること。そちらの彼女ではあるまいが、素晴らしいシナリオを用意できたと自負しておるよ」
「やっぱお前の手品かよ!」
「だが、勘違いしてくれるなよ。我は彼女に対し、君を恨むような人生を与えただけだ。別に君を殺す、という人生は与えておらんよ」
「どっちも同じだ」
「それはお主の考えであろう? あと、何故我がそれを享受してやったと思う?」
「あぁ?」
直後、自分に掛かる負荷が消えた。突然のことに呆然とするアルマの瞳に移ったのはアルマの《キャンサー》によく似た騎士剣を抱えたマーニの微笑。
「しまっ――」
「アルマ!」
「――た……あ?」
オレンジ色の少女が紫色の少女に体当たりを決める。
しかし、マーニに体はわずかに揺らいだだけ。そのおかげで『エリクサー』の直撃を免れたアルマだったが、その眼前で攻守が逆転した。
「マーニ! もうやめて!」
「ソール? なんで? ソールだってアルマのこと、好きでしょ?」
「ふぇ!?」
不意を突かれて赤面するソールにマーニは『エリクサー』を振るう様子もなく、今までと変わりなく会話をしている。
「好きだから殺しちゃうの。間違ってる?」
「ま」
「ソール?」
「間違ってるわよ! そんな、好きなのに殺しちゃうなんて! ねぇ、戻ってよマーニ!」
「戻る? なんのこと、ソール?」
本当に困惑した様子でソールに言葉をかけるマーニ。それをソールは苦しげに見つめるが、それはさらにマーニを混乱させただけのようだった。
「ねぇ、ソール? どうしたの? ソール、なんだかおかしいよ?」
「マーニ……」
そしてアルマはその様子を眺める事しかできなかった。
しかし、だからこそだろう。[太陽と月の魔女]のはるか向こう側で笑みを浮かべた教祖がその指を動かしたのに気付けたのは。
「ソール、よけろ!」
「へ?」
「ソール……うん、ソールは大事なお姉ちゃんだもん。――アルマと同じくらい愛(ころ)したいよ」
「獅子座の軌跡!」
「ふわぁ!?」
間一髪、ソールに向けて放たれた騎士剣をアルマはソールを抱きかかえる事で回避した。
「あっぶねぇ」
「そんな、マーニ……」
ゆっくりと抱きかかえたソールを降ろしてやるとソールは苦しそうに片割れを見つめた。
その視線の先で、《人生傀儡劇》に操られたマーニがマーニらしい笑みを浮かべながらマーニにはありえない笑顔を向けてきた。
「ね、二人ともと~~~~~っても大好きだから、死んじゃってよ♪」
「そんなこと……できるわけ、ないじゃない」
「だな。……なぁ、マーニのシャボン玉を無効果できるシャボン玉、作れるか?」
「え? あ、うん。それぐらいなら……」
「じゃあ頼む」
「待って」
それだけ言って《キャンサー》を握りしめるアルマをソールが呼び止めた。
「どうするつもりなの? 殺しちゃったり、しないよね?」
ソールは怯えたように答えを待った。それに対する答えは一つしかない。
アルマは二カッと笑みを浮かべながらそれに応えた。
「大丈夫。それは怪盗失格だって言ったろ?」
「……うん」
それだけ頷いてソールはストローを咥えた。そしてマーニのシャボン玉を無力化するシャボン玉を生成していく。
「待ってろよ、マーニ。すぐに助けてやるからな」
「優しいね、アルマは。ますます好きになっちゃった」
えへへ。と笑うマーニにアルマは覚悟を決めて走り出した。
それを迎え撃つようにマーニも駆けてきた。
「えへへ。死んでね、アルマ♪」
「だからさっきから嫌だつってんだろ!」
拮抗。アルマの《キャンサー》とマーニの『エリクサー』が火花を散らす。
「むっ。やっぱこれじゃだめ? じゃあ、今度はこれ♪」
「うお!?」
くすくすと笑うマーニ。その手にあるのは拷問鎖。その初撃をかわしたアルマへとマーニはさらに鞭のように振るった。
「つぉ!?」
横殴りに振るわれた鎖の質量が圧縮される。その果てに生まれたのは三日月のような形状をした鎌。
「くっ」
その質量にアルマは吹き飛ばされ、床に膝を着いた。
それを見た教祖がアルマを選んではいけない選択肢へと誘う。
「助かりたければ、道は一つではあるまいかな?」
「……そうだな」
「アルマ!」
ゆらり、と立ち上がったアルマの背にソールが非難めいた悲鳴を上げたが、アルマはそれにかまわずマーニを真っ直ぐに見つめた。
「――お前の敗因は三つ」
その瞳に微笑みを浮かべたマーニを映してアルマは真っ直ぐに駆け抜けた。
「まず一つ、お前はおれの仲間だってこと」
「だから、私と戦ってくれるんだよね?」
蛇腹剣へと変化させた『エリクサー』を振るうマーニ。その刃を受け流しながらアルマは続ける。
「二つ。おれは怪盗のプライドにかけてお前を殺しはしない」
「そうなんだー。つまんなーい。でも、アルマらしくて好き♪」
微笑んだままマーニは『エリクサー』を振るう。しかしその軌道は読めている。
それを弾こうとアルマが騎士剣を振り上げた直後、予期せぬ事態が起こった。
――機械仕掛けの要塞が不気味な唸り声をあげて崩壊を始めたのだ。
「やべっ!」
足元が傾き騎士剣の角度がずれる。
しかし、それは幸運にも《キャンサー》の切っ先に絡みついた。
「……ラッキー♪」
得意げな笑みを浮かべながらアルマは《キャンサー》に絡みついた『エリクサー』を力の限り引っ張った。
「きゃっ!?」
要塞の崩壊で足場が悪くなってしまったからか、『エリクサー』を握りしめるマーニはその力に抗いきれずに倒れこんできた。その体を受け止めながらアルマは『エリクサー』を投げ捨てた。そうしながらマーニの顎を優しく自分の方へと傾ける。
「三つ目は――」
そこでアルマは目を伏せ、ぼそりと、マーニにだけ聞こえる囁き声で言った。
「――ごめんな、マーニ」
そうしながらアルマは鈴の音を響かせながらマーニの唇に自分のそれを口付けた。
***
とにかくアルマが好きで好きで、私はアルマを殺したくなっていた。
でも、アルマもソールも悲しそうな顔を浮かべていたのが辛かった。
だから、かな。
アルマに抱きしめられて。アルマに顎を押さえられて。
「――ごめんな、マーニ」
私とアルマの唇が重なる直後、私の耳にまるでそれを祝福するように鈴の音が聞こえて、私の瞳から涙が零れてきた。
「
そして、私の心を縛り付ける何かから、大好きな人の声が私を助けてくれた。
***
――乙女座の軌跡、《ヴァーゴ》は最初で最後の軌跡の手品(ファーストキス)だ。
他者と口付けをかわすことで、相手の抱く記憶や感情、それらに伴う痛みを自分の物にする、他者のために苦しむ力。
あらゆる概念も〈奪ってしまう〉この手品を、出来ることなら誰にも使いたくはなかったけど、マーニを助ける為に仕方なかった。
おれはいつの間にかマーニの瞳から流れていた涙をそっと拭ってやった。
それでもマーニの涙は止まらない。
「なによ、ごめんって」
泣きじゃくりながらマーニはこちらの胸に頭を埋めてきた。
それにおれは素直に答えた。だって、女の子にとって大事なファーストを奪ってしまったのだから。
「ファーストキスだろ? こんなんじゃ嫌だろ?」
「ばか。アルマのばか。なんにも分かってない。ば~か」
「ばかばっかだな」
「当たり前でしょ」
ぐしぐしと涙を拭いながら、マーニはドキリとするほど愛らしい笑顔を浮かべながら言った。
「大好きな人(アルマ)が相手ならどんな時でも幸せだもん」
「っ! じゃあ、それがわかんなかったばかが謝罪するな。ごめん」
「ううん。許さない」
「はぁ!?」
「だって、まだ終わってないもん」
「だな。まだ終わってないよな」
「うん。まだ大人のキスもしてないし下のおく」
「それ以上は女が口にすることじゃねーって。つーかそーいう意味じゃないっての」
「てへ、冗談」
「ったく。――それで、分かってるよな?」
アルマはマーニの体を抱き寄せながら《キャンサー》を教祖へと突きつけた。
その教祖はいつの間にか『エリクサー』を手にして、笑い返した。
「あぁ。では、始めようか。終わりの始まりを」
そして、ここに[教団]最後の男による最終幕が開催される。
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