第二十五夜:二人の海賊


 メアがルージュとの対決にて引き分けていたのと時同じくして、この移動要塞の〝心臓〟とでも言うべき司教ジャックはもはや異形の肉体と化した姿で、無機質に輝く機械仕掛けの瞳を音もなく現れた男へと向けた。

「久しぶりだな、ジャック」

 その男、海賊服を着、両手首には枷をはめ、その鎖の先には二振りのカットラスを取り付けた男、キャプテン=ジョン・ラカムは殺戮兵器と化した〈元〉副船長を見据えた。

「イーッヒッヒッヒ。お前は何も変わッてないなァアアア、ジョォオオオオオオン?」

「それはお前もだろ、下衆」

「イッヒッヒッヒッヒ。怖いねェエエ。そうピリピリしてんじャねェエエよ」

「船を沈められて笑っていられる奴がどこにいる」

「そりャァアア、そうだァアアア。イッヒッヒッヒ」

 ギシギシと金属が擦れ合う音が響く。その騒音に顔を顰めながらジョン・ラカムは両手のカットラスをしならせた。キンッと刃が金属の床を叩きつける。

「あァ。それでェエエ? 船長殿はァアアア、なァアアアにォオオオオ、しに来たのかなァアアァ?」

「決まっているだろう」

 短くそう返しながらジョン船長はカットラスを構えた。

 そうしながら、己が矜持を紡ぎだす。

「――百人の人間が死んで終わる悲劇なら、俺が百回死んでその悲劇を終わらせてやる。それが俺の、決して変わることのない矜持だ。貴様には悪いがな、[教団]を野放しにしておくわけにはいかんのだよ」

「あァ? なァアアアにを今更ァア、ヒーローぶッてるんだァアア、船長殿ォオオ?」

「別にヒーローぶってはないさ。恩人に恩を返すのは当然のことだろう?」

「あァ? 誰のことォオオ、言ッてやがんだァア?」

「お前には分からんだろうな」

 「まぁいい」と会話を断ち切りながらジョン船長は駆けた。その年齢からは想像の出来ない身のこなしでジャックの懐へと飛び込むとカットラスを投げ飛ばした。

「おッとォォオオ」

 しかしそのカットラスは突如床から生えた金属の細腕に弾かれた。

 すかさずカットラスを握りしめようとする細腕からカットラスを引き戻し、ジョン船長は立ち止まった。

 その直後細腕が爆発するように膨張し、無数の金属杭を突き出した。もし、あのまま走っていれば串刺しになっていただろう。

「ちっ。相変わらず面倒だな、お前は」

「イーッヒッヒッヒッヒ」

 悪態を吐くジョン船長にジャックが下卑た笑い声を響かせる。

「オレのォオオオ、《キリングマシン》を忘れてはいなかッたのかァァァアアア。じャあ、これはァアアア、どうだァァァアア?」

「っ」

 次の瞬間、床が水のように波立ったかと思った瞬間、ノコギリのような刃が回転しながら向かってきた。

「ちっ!」

 それを横とびに回避するジョン船長に今度は頭上から不穏な音が。それをろくに見上げもせずにジョン船長はさらに背後へと跳躍した。

「イッヒッヒッヒ! びびッたかァアァ?」

「全然だな」

 落ちたきたのはギロチン。しかしそれは落下した衝撃を感じさせず、ゆっくりと波打つ金属に飲み込まれていった。

 彼の手品キリングマシンは金属を変質させる手品だ。

 さらに、ジャック自身の肉体とも融合させることが可能であるため、この移動要塞はまさしく彼の〈体〉だ。この要塞に使われたアーケストラテスの街には多くの重火器工場もあった。その重火器が、今彼が手中に収める武器なのだ。

「じャあァアア。そんな船長殿をォオオ、楽しませてやろうじャないかァアアアア。イーッヒッヒッヒッヒッヒ」

 下卑た笑声をあげながらジャックが《キリングマシン》と囁く。

 すると先程のように床が波打ち、白銀色の柱が吹き上がる。さらにその周囲に金属の柱が渦を巻き中央の柱へと絡み付いていく。

「なっ!?」

『イッヒッヒッヒ。ドオシタ? 驚イタカ?』

 渦から生まれてきたのは懐かしい人間の姿だった。常に下卑た笑みを貼り付け、だらしなく背を曲げ、腕をだらん、と垂らした姿は―─

「若いな」

『イッヒッヒッヒ。褒メテモ何モ出ネェゼ?』

 その姿はまだジャックがまともだった時の姿だった。

「イーヒッヒッヒ。オレはァアアア、この要塞のォオオオ〝心臓〟だからァァァア、動けないがなァアア。安心しろォオオ、ジョン。オレの記憶をォオオ、プログラミングしてあるぜェエエ」

「なるほど、な」

『マァ、コレデコッチニ比喩ナシノ『心臓』ヲ移セタラ最高ナンダケドナァ』

 機械人形のジャックが笑う。これは厄介なことになった、と悪態を吐くジョン船長にお構いなく、人形が哂った。

『ジャア、『オレ』ニ変ワッテ、オレガ相手ヲシテヤルゼ』

 そう言って人形が飛び込んでくる。しかし、ジョン船長はそれを見てもいなかった。

「相手にしていられないな。〝心臓〟を壊せば早いだろう。悪いが、お前の悪趣味には付き合っていられんな」

『――マァ、ソウ言ワズニサ♪』

「なっ!」

 機械人形がニンマリと哂う。その腕がガシャガチャと律動しながら伸びてきた。

「くっ!」

 カットラスへと変じた腕を同じくカットラスで受け止めるジョン船長。

 しかし、ジャックの《キリングマシン》の性質を思い出し即座に飛び離れる。

『イッヒッヒ。ドーシタンダイ、船長?』

「白々しいな」

『ソウカ? ジャア、次ハ――《№12》』

「っく!?」

 ガシッと床に両手を突いた機械人形に注意を奪われたその一瞬のうちに床が波打ち、鮫の歯のように鋭い金属片を備えた壁が迫ってきた。

 その、鋼鉄の処女アイアンメイデンのような壁にジョン船長の体が飲み込まれた。

『イッヒッヒッヒ。サァ、カカッテ来イヨ。ソレデ終ワリジャナインダロ?』

「――あぁ、その通りだ」

 閉ざされた《№12》に真っ直ぐに切れ目が走る。そして瓦解する殺戮機械の中からジョン船長が飛び出すや否や眼前の人形に切りかかった。

『オット。サスガ船長。死ナナイッテ得ダヨナァ?』

「貴様に何が分かる」

『分カルサ。『オレ』ダッテ鋼鉄ノ肉体ヲ持ッテイルオカゲデ死ナナイ』

「くだらんな」

『グ、ギッ!?』

 ため息と共に零れる閃光。それは殺戮人形の胸に迸ると火花を散らしながら人形を両断した。

「さて。直る前に決着をつけんとな」

 呆気なく人形を破壊したジョン船長がジャックへ歩み寄ろうとした、その直後。

『――《№9》』

 哂い声と共に揺らめく水面。ジョン船長がそれに気付くのと同時、鋼鉄の杭――いや、槍と言った方が正確なほどの物が生え、ジョン船長の腹を貫いた。

「が、っはっ!!」

 ジョン船長の口から鮮血が溢れ出す。その間にも次から次へと床から生まれ出る槍が彼の体を貫いていく。

『イッヒッヒッ。甘イゼ、船長。言ッタロ? オレモ死ナナインダ。無敵ダカラ、ナ』

 物言わぬ彫像と化したジョン船長へと人形が笑いかける。すでに切断された部位は修復され、さらに鎧のような物に覆われていた。

「……ろ。……れ……は…………ぞ」

『アァ? モウ生キ返ッタノカ』

「わる、いか。……れは、しぶと……ぞ」

 弱々しくカットラスを握る腕を振り上げるジョン船長。その体から流れ続ける血が止まる。虚ろだった瞳に生気が宿る。

『悪クハナイサ。タダ、マダマダ楽シメソウダナァ』

「楽しい、か。このクズが」

 一閃。己の胸を貫く槍を切断し、さらに立て続けに槍を薙いでいく。たちまちにして切断されていく槍をニヤニヤと眺めながら

『[プライベーティア]ハクズノ集マリジャナイカ、船長。イッヒッヒ』

「お前はそのクズの集まり以下だと言ってるんだ」

 突き刺さったままの槍を引き抜き、わずかな苦痛を浮かべながらジョン船長はカットラスを突きつけた。

「お前だけは許さんぞ」

『許シテ貰ウツモリモナイケドナァ?』

 ケラケラとおどけながら人形が哂う。――いや、その仕草、所作、どこをとってもはるか前方の〝鉄塊〟と同じなのだからジャック本人と言っても間違ってはいない、か。

「覚悟しておくんだな。俺はただのゴミにも容赦はせんぞ」

『イッヒッヒ。怖イネェ』

 カットラスを構えるジョン船長に人形ジャックは体を左右に揺らしながら哂った。

そうしながらもその口元は残忍な笑みの形へとつりあがっていく。

「行くぞ!」

『――アァ。――《№5》』

 疾駆するジョン船長へと狙いを定め、人形ジャックの後方に円形の砲台が姿を現す。

 それはさながら巨大なバレット。そのすべての銃砲に不穏な音と共に光が収束していくのを見てジョン船長は身を屈め、左右へと狙いを定められないように疾走した。

『チッ。面倒ナ船長ダナァ、オイ』

「それはお前もだろう」

「マァ、イイヤ。死ネ」

 直後、正確さも何もない光線が乱れ飛んだ。てきとう故に軌道が読めない殺戮の連射撃にジョン船長の表情が強張る。

「ちっ」

 それでも最低限のルート――消失してもすぐさま回復できる部位――を犠牲にしながらも確実に人形ジャックへと近付いていった。

『オッ』

「邪魔だ。退け」

 ズズッとカットラスの刃が人形の胸に埋まる。しかしこれしきでは人形を両断することはできない。それを理解しているからか、人形はジョン船長をせせら笑った。

『ナァ船長。アンタハ部下ニ優シイナァ。オレニプレゼントナンテナカセルジャナイカ』

 ガッシと己の胸を貫くカットラスを掴み取る。その腕の中でカットラスが《キリングマシン》によって変化させられていく。

「勘違いするなよ」

 ぼそりと呟きながらジョン船長は人形の腹を蹴飛ばした。しかし、人形はびくともしない。人形はただそれを見てせせら笑う。

『イーッヒッヒッヒ! 無駄ダゼ船長ォオ! ソンナ力ジャオレハビクトモシネエゼ!』

「だから勘違いをするなと言っているだろう」

 カットラスが変化するのも気にも留めず、ジョン船長は腕を伸ばした。――足首にはめられた枷の、ショットガンの引き金へと。

『ガァ!』

 腹部に強い衝撃と共に銃弾を浴びて仰け反る人形。その胸から変形途中でのこぎりとも鎌とも言えない形状の刃になってしまったカットラスが抜け出てくる。

「言ったろう。勘違いするなと。それがお前へのプレゼントだ」

 そう告げながらジョン船長は人形によって変化途中だったカットラスを振るった。

 鎖に繋がったカットラスはその様相にふさわしく、鎖鎌のように変化した刃で人形の頭部を切断した。その残骸を見もせずにジョン船長は前方のジャックへと足早に近付いてく。

 そして、床からせりあがってきた巨大な腕を軽々とかわす。

「そう何度も俺が人形を無視すると思っているのか?」

『シナイダロウネェ。イッヒッヒッヒ』

 頭部だけが哂い声をあげる、などという見るものが見ればそれだけでトラウマ間違いなしの人形に巨大な鉄腕がにじり寄る。そして巨大な指は手足へと変わっていき、そこに再び殺戮人形を作り上げた。

「これじゃいたちごっこだな」

『嫌ナラ諦メテ帰リナ、船長』

「残念だが、お前を片付けないと帰るに帰れんのでね」

『ジャア、諦メルマデ殺シ続ケテヤルヨ』

「上等だ。何度でも殺せばいい。それで悲劇が終わるなら――本望!」

 言葉と同時、ジョン船長が走り出す。それを迎え撃つようにして人形も鳥のように両腕を広げながら駆けてくる。

『《№13》』

 その笑声に答えるように人形の腕が変化する。

 まるで蛇の鱗のような鉄片が無数に折り重なった双腕。これに触れようものなら肉と言わず骨まで削られるだろう。

 さらに変化は止まらない。腰からは鞭のような細長い鋼鉄製の刃が生まれる。

 蛇のような刃物に全身を覆った人形の姿はかつて[プライベーティア]の海賊旗に記されていた海の怪物の如き様相を呈していた。

 しかし、それを見てジョン船長は

「ただの鎧か」

 と、失笑を禁じえなかった。そしてさらに続ける。

「今までの攻撃の中で最もくだらない」と。

『オオオオオオオオオオオオ!』

 拮抗。人形が振るった鎌のような五本の刃を鎌のように変化したカットラスで受け止める。そのまま流れるような動作で振るわれた右腕を床に叩きつけるとその中でも最も脆い、急所とでも言うべき点を蹴りつけ、ショットガンを放つ。

『ウ、グ、ゴガァアアアアアア!』

 そして長大な右腕を切断されバランスを崩した人形へと今度は《キリングマシン》の影響を受けなかったカットラスを突き刺した。そしてそのまま逆袈裟切りに左腕も切断する。

『ナ、メルナァアアアア!』

 怒号と共に人形が振り返る。そして腰から伸びた鋼鉄の鞭がジョン船長の顔面目掛けてしなった。

「くっ!?」

 それを顔を逸らして回避したジョン船長だったが、わずかに間に合わず喉を掻ききられる。喉から鮮血が霧のように噴き出し、それに体を濡らした人形が愉悦の形に表情を歪ませる。

「げほっ! がはっ!」

『イーッヒッヒッヒ。モット苦シメ! イーッヒッヒッヒッヒッヒ』

「残念だが、ご希望には沿えんな」

『ナッ』

 ジョン船長が軽く手首を返す。それだけの所作で鎖鎌は鋼鉄の尾へと絡みついた。

「ゴミ掃除といこうか。――受け取れ、ジャック!」

『ガ、オオオウウッ!?』

 ありったけの力を込めて人形を放り投げる。人形は放物線を描きながらこの要塞の〝心臓〟へ――ジャックへと襲い掛かる。

「――イーッヒッヒッヒッヒッ。そォォオオ吼えてんじャァアア、ねェエエよォオ、ジョョォォオンオオン」

『ギィッ!?』

 ザザザザザザザッと人形の比にならない量の槍が床から飛び出し、人形を串刺しにする。

 さらにその槍は形状を変えて回転刃に。

 若き頃のジャックの姿をした人形はろくに断末魔をあげることもできずにただの鉄塊と化してしまった。

「むごいことを」

「お前だッて似たようなことをォォオオ、やッたばッかじャァアア、ねェえかァアア」

 イーッヒッヒッヒッヒ。と下卑た笑い声を溢れさせながら言い返すジャックにジョン船長は唾を吐き捨てた。

「お前と一緒にするな。俺はお前のように壊す事を楽しんでなどいない」

 ガシャッとただの鉄となってしまった人形の残骸を踏みしめながらジョン船長はジャックへと歩み寄っていった。

「イッヒッヒッヒ。楽しまなけりャアァア、人生損ばッかだぜェエエエ」

「歪んだ楽しみ方だな。だが、それも今日までだ、ジャック」

「イッヒッヒッヒ。オレをォオオ、殺すッてかァアアア?」

「あぁ、そうさ」

「イーッヒッヒッヒッヒッヒ! 出来るわけェエエエ、ねェェエだろォオオがァアァア。オレはァアアァ、無敵なんだぞォォオオ」

「どうかな」

「イヒッ。気に食わねェ。お前は何度殺しても気に入ることはァアア、ねェだろォオオなァアア」

「お互い様だろう」

「イッヒッヒッヒ。じャあ、何度でも死んでェエエエ、もらおォオオオかァァアアァア」

「さっきも言ったろう。俺が死んで終わる悲劇なら、本望だと。――決着と行こうか、ジャック」

「決着はつかねェだろォオオ。お前はァアアア、オレにィイイ、永劫ォォオ、殺され続けるんだからよォオォオオ」

 《キリング・マシーン》。

 ジャックの重厚な言葉に要塞が歓喜に打ち震えるかのように律動する。

 ギチギチと。ガチガチと。ガシャガシャガチャガチャガチガチギチギチと。

 二人のいる空間は一瞬にして金属と金属が噛み合う音、擦れ合う音、繋がり合う音、離脱する音、回転する音、気圧の下がる音、錆びた音に満たされていった。

 そして。

「――イーッヒッヒッヒッヒ。それじャアアア、来れるもんならァアアア、来てみろォオオ、ジョォオォオオオン」

「……化け物が」

 おもわずジョン船長が愚痴った視線の先には、先と変わらずジャックが居座っていた。

 しかし、ただ一つ違うものがあった。

 それは道。何もなかった床には密林の如く無数の金属がアーチを描いて視界を塞いでいた。

 それは天井。まるで獲物を値踏みするかのように様々な機械道具が不穏な音を響かせ息を潜めていた。

 それは壁。四方の壁には隠蔽する気がないのだろう、大小さまざまな重火器がその砲塔を覗かせていた。

 それは影。それら圧倒的な質量と実感を持って存在を主張する殺戮機械の陰に隠れて視界のあちこちで殺人道具と化した作業道具が蠢いていた。

「どォオオしたァア? 動かねェェェェエエとォオオオ、死ぬぜェエェエ。イーッヒッヒッヒッヒッヒ」

 それでもジャックの姿は見えているのだから彼の残忍性を知ることが出来る。

 彼は楽しみにしているのだ。

 〈元〉[プライベーティア]の海賊船長が空間を支配する、冷酷無慈悲のアーチを血に塗れながら駆けることを。

 頭上から降りかかってくる数多くの凶器に戦慄するのを。

 四方の壁から放たれる弾雨に蜂の巣にされるのを。

 逃げ惑う先に立ちはだかる、殺傷能力が低いが、だからこそいたぶるのには最適な凶器から肉を削がれることを。

「……クズが」

 もう一度眼前の敵へと悪態を吐きながらジョン船長は走った。

 それが開戦の号砲だった。

「イーヒッヒッヒッヒ。逃げろ逃げろォオオオ!」

 頭上から回転刃が降りかかってくる。しかも人形のようにただ落とすのではなく、ジョン船長が〔どこにかわすのか〕を、己のデータに照らし合わせて落としていく。

 しかもその回避先では人形が作り出していた《№12》と呼ばれていたアイアンメイデンが待ち構える。

「くっ、邪魔だ!」

 自分を抱きしめるように閉じていく殺戮のあぎとに鎖鎌を振り下ろして両断する。

 その片割れに自分の腕を叩きつけ、頭上、そして側方から飛来する弾雨を弾き返す。

「く……っそ!」

 そして弾雨が止み、頭上からの凶器をしのげる金属アーチの影に飛び込むやアイアンメイデンを引き剥がす。

「ちっ」

 再生する自分の腕を利用した盾だったが、どうも考えが甘かったらしい。

 ジャックはその可能性を配慮してアイアンメイデンに熱を持たせていた。

 おかげで皮膚は焼け爛れ、肉体の再生を阻害する。

「安易に呪いに頼ることもできんか」

 ならば、とジョン船長は頷いた。ジャックとの距離を船長としての眼で測っていく。

 そして、「これなら……いけるか」と頷いた。

「イーッヒッヒッヒッヒ! 出て来いよォオオオ、船長ォォオオオ!」

「っ!」

 直後、背後から生まれてきたのは監視カメラと――電気ノコギリ。ジョン船長はそれを認めるや金属アーチから飛び出した。直後、四方から弾雨が降り注ぐ。

「くぉ、のぉ!」

 腕を貫かれる。脚の関節が外れる。死角から飛び出してきた切断機に左腕を切断されながらもジョン船長は走った。

「特攻とはらしくねェなァアアアァアア、船長ォオオオ」

「誰のせいだと思ってやがる!」

 ジャックに叫び返しながらジョン船長は真っ直ぐに駆けた。眼前を塞ぐ金属アーチに鎖鎌を絡ませ、次々と飛来する弾雨をかわしながらよじ登る。

「おッとォオオ、落ちろォオオオ」

「おおおおおおおおお!」

 しかし、ジャックは嘲笑と共に鎖を断ち切ろうと電動カッターを生み出してきた。

「させるか!」

 左手のカットラスを投げ飛ばす。それは金属アーチに深く突き刺さり電動カッターの侵攻を防いだ。

 そのわずかな時間を使って上り詰めるとジョン船長はさらに頭上の金属アーチへと鎖を巻きつかせると跳躍した。

「ジョォオオオン。お前ェェエエ、死にてェのかァアア?」

「誰が。言ったろう、決着を着けると」

 そう告げながら反転する。右足に鎖を巻きつけるようにしながら逆さまに吊り下がったジョン船長はそのまま足にくくりつけたショットガンの引き金を引いた。

 鎖は容易く砕け散る。そしてジョン船長はくるくると身を回転させながらも器用に次の狙いを定めた。

「終わりだ、ジャック」

「それはァァアア、オレの台詞だぜェェエエ」

 《キリング・マシーン》と告げるジャックとジョンのショットガンが音を奏でたのは同時だった。

「「ちぃっ!」」

 そして両者とも満足のいかない結果に舌を打った。

 ジャックが放った鋼鉄の刃はジャックの胸を狙ったショットガンに弾かれた。

しかし、両者の次の行動も迅速だった。

「「はああああああああああああああああああ!」」

 ジョン船長は残ったカットラスを突き出し。

 ジャックは己の胸部から長大な剣を生み出し。


 鳴り響く二つの残響。そして、終わりを告げる――哄笑。


「イヒッ。イーヒッヒッヒッヒッヒ。イーーヒャッヒャッヒャッヒャアアアアアア!」

 ジャック。

 その口にカットラスを突き立てられてもなお、彼は生きていた。生き残って、笑い続けていた。

「確かに、決着はァアアア、着いたなァアアア」

 体を貫かれ、ぴくりとも動かないジョン船長にジャックは笑い続けた。

《キリング・マシーン》で口に突き立てられたカットラスを取り込みながらジャックはジョン船長が蘇り、無駄に足掻かないように幾重にも金属の牢で捕縛した。

 今、監獄と化したジャックは己が勝利を確信していた。

 ――そう、確信していた、だけだった。

「馬鹿か、お前は」

「おォ? 意外とォオオ、早かったなァアアア!」

 再び息を吹き返した船長にジャックは下卑た笑いを響かせようと口を開いて――何かに気付いて口を閉ざした。

「何故、笑ッてやがるゥウウウ、ジョォオオオン」

「いや、あまりにもおかしくてな、お前が」

 「ん、だと」と零すジャックにキャプテン=ジョン・ラカムは己の勝利を前に叫んだ。

「無敵と不死身の違いってやつを見せてやるよ、ジャック」

「お前、何をォオオ?」

 困惑するジャックの体内でジョン船長は大口を開けて笑った。その口の中に輝くのは――怪しげな物体。それが分からないジャックではなかった。

「言ったろう? おれが死んで終わる悲劇なら、本望だと」

「待ッ―――――」

 ジャックの言葉を最後まで聞かず、ジョン船長はそれを――小型爆弾を起爆させた。


――そして、[教団]の〝心臓〟は瓦解していく。――すべての終わりに向けて。


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