第二十二夜:サンタ娘と〝ミイラ男〟
ガンッ、キンッ……キィイイイイイン……ガッ、キンッ……ドッ!
「かふっ!」
赤い残像を残して少女が鋼鉄製の壁に叩きつけられた。
その衝撃でふわり、と雪が埃のように舞う。
「お、女の子に乱暴するなんて、さいてーね」
赤い残像を残した正体であるサンタ服をぼろぼろにしたリッカが口元から伝い落ちた血を手の甲で拭いながら苦笑した。
「いきなり氷の剣で襲い掛かってきたお嬢ちゃんに言われたくはないねぇ」
それに答えたのは黒と白の男。黒は僧服の色であり、白はその男の体を包み込む包帯の白だ。――〝ミイラ男〟。彼は布で包んだ得物を担ぎゆったりとした動作で近付いてきた。
「っ!」
「なぁ、お嬢ちゃんよ。そんなに嫌いかい、[教団]が?」
一歩。たった一歩で彼は遠く離れたリッカを見下ろし嗤った。
「近寄るな!」
「おっと」
氷の剣を突き出せば〝ミイラ男〟は先程のようにたった一歩で遠く距離を取った。
「ひゅ~」と口笛まで吹いてどこか楽しそうに嗤う〝ミイラ男〟。
「危ないじゃないか、お嬢ちゃん」
「どっちが」
よろよろと氷の剣を杖代わりにしながら立ち上がるリッカ。立ち上がった衝撃でスカートの裾がわずかだけ千切れ落ちる。
「なぁ、お嬢ちゃん。一体誰が狙いなわけ? デカ物か? ルージュか? それとも帽子野郎か? まさか教祖様なんてこたぁねーだろ」
「あんたよ」
「は? 覚えがねーけどなぁ。誰だい、お嬢ちゃん」
本気で分からないのか、〝ミイラ男〟は手を顎にやって考え込む仕草を取ったが、その顔面目掛けてリッカは氷の杭を飛ばした。それも呆気なく切り返される。
「やめとけって。オレの
ケラケラと冗談めかして嗤う〝ミイラ男〟だが、実際彼の言う通りだった。
彼の《有利な見地》は布で包み込んだ〈モノ〉に限定的な加速度領域を与える。周囲での一秒とはつまり、彼にとっての五分程度ということ。
彼の言うとおり、触れられないだろう。
「クリスマス・イヴ」
「あぁん?」
「私のお父さんやお母さんや弟はあんたに殺されたわ」
「父に、母……そして弟……んで、クリスマス・イヴ? 待てよ、待て……」
今度は心当たりがあったのか、〝ミイラ男〟は本気で考え込んでいるかのように得物を手に俯きだした。そしてぶつぶつと呟き始める。
(今なら……)
リッカはそれを見つめながらそっと自分の
それを勘付かれないようにしつつ、〝ミイラ男〟の死角へと回しこんだ。
(チャンスは――今しかない!)
人形の手に斧を作り上げる。そのまま、〝ミイラ男〟の後頭部目掛けその斧を振り下ろ――
「ああ、思い出した!」
――パキィイン……。〝ミイラ男〟が不意に持ち上げた得物によって氷人形が粉砕される。しかし〝ミイラ男〟はそれを気にした様子もなく、ケラケラと嗤っているばかり。
その笑顔にリッカはゾッとする寒気を覚えた。
「あぁ、思い出した。イヴね、イヴ。うん、確かにそんなことがあったなぁ。でも、まさか、お嬢ちゃんがその生き残りってわけかい? こりゃ傑作だ。てっきり三人かと思っていたからなぁ。なるほど、じゃあお嬢ちゃんはその家族の仇を討ちたいってわけだ」
「そうよ。悪い?」
「いや、けっこう。そりゃそうだよな。家族殺されて黙ってられねーよな。よし、決めた!」
そう言うと〝ミイラ男〟はバッと得物に巻きつけた布を剥がし始めた。
「うっ」
そして変化は起こった。徐々にだが、布が取り除かれる度に――こう、腹の中で何かが蠢いているかのような、吐き気を催す衝動が全身を駆け抜けてくる。
「あぁ、やっぱお嬢ちゃんも感じるわけか。あの怪盗君も感じてねぇ。ゾクゾクするだろ?」
「だ、れが。この……変態」
「ははは! 変態ときたか! いやはや、女ってのは怖いねぇ。せっかく人が死んだ家族に会わせてあげようっていうのによぉ」
「なん、ですって?」
「ほら」
そう言って〝ミイラ男〟は布を完全に取り払った。そこから現れたのは禍々しい剣だった。片刃の剣で美しく反りあがった、漆黒の刀身を持つ剣。
だが、何よりも特徴的なのは。
「――ほら、よーく耳を澄ましな、お嬢ちゃん。聞こえるだろう? 死んだ家族の声が」
その剣からは無数の声が轟いていた。
まるで泣くように、叫ぶように、嘆くように。蠢き、喰らいあうかのように声は不協和音を奏でていた。
「この剣はな、『怨嗟の剣』っていう代物で、ある剣豪が使っていたんだとよ。童子斬り、つったかな? 赤ん坊殺してその血で鍛え上げたもんなんで、その剣からは材料に使われた赤ん坊達の狂い泣き叫ぶ声が聞こえるって噂だ。――ま、噂でもなんでもなく、真実なんだけどな。ただし、この剣からは赤ん坊の声とは違うものが聞こえる」
「とう、さん?」
「そう。この剣で殺された者達の断末魔、だ」
〝ミイラ男〟が剣を横に構えながら嗤った。しかし、その笑い声をリッカは聞いていなかった。
ただ、いやいやと耳を塞ぎ、へたり込んだ。その目からはぼろぼろと涙が零れていた。
「懐かしいなー。確か、父親は切り刻まれる度に叫んでいた。母親はそんな夫が殺されていく様を前に叫んだ。それを斬ってさぁ、泣けたぜ。君の弟さんがさぁ、何度も泣きながら叫ぶんだよ。『おかあさん! おかあさん!』ってよ」
「さて」と続けて〝ミイラ男〟は長くも短い間合いを詰めると、その『怨嗟の剣』を振りかざした。
「じゃあ、お嬢ちゃんもその家族と一つになりな」
ヒュンッと小気味よく、音速を超える速度で〝ミイラ男〟は剣を振り下ろした。
「……いで」
「お?」
しかしそれをリッカは受け止めていた。幾重にも重ね合わせた氷の剣で『怨嗟の剣』に対抗していた。『怨嗟の剣』によって亀裂が走った氷の剣はさながら――袋。
「《メリー・クリスマス》!」
「!?」
凄まじい突風が〝ミイラ男〟を襲う。その風には無数の刃が生み出されており、直撃を受けた〝ミイラ男〟は恐らく串刺し。
「あぶねー」
「しぶといわねー」
おもわず舌を打つリッカ。〝ミイラ男〟は自身の手品で氷の刃を全て断ち切っていた。
本格的に彼には触れられないようだ。――速度では。
「良かった。吹雪は効くのねー」
うふふ。と笑いながらリッカは目の前の結果を見て頷いた。
「あー。めんどくせー」
そう言って僧服の裾を持ち上げる〝ミイラ男〟。パサリ、とその裾が崩れ落ちる。
「あんま長くなると服が凍って破れそーだな」
「そんなんで終わらせないわよ」
「どーも、失敗みたいだなー」
「当たり前よ」
リッカは先程と違い、力強く床を踏みしめた。その目には強い光が宿っていた。
絶対に負けられない。その目はそう語っていた。
「いいねぇ、その目。それじゃ、行くぜ?」
「こっちこそ。覚悟しなさいよ」
「はは。マジでいいわ。それじゃ――見せてもらおうかぁ!」
直後、一陣の風が吹き荒ぶ。常人には見えない速度だが、リッカには見えていた。
(後ろに回り込んで――左!?)
突然の方向転換、まっすぐに自分の下へと突っ込んできた。剣は突き出すように構えている。これでは氷の重ね合わせでは防ぎきれない。リッカは足元から氷の棒を突き出すようにして上空へとかわした。
その直後、真下で氷が砕け散る破砕音が響き渡る。もしかしたらそのまま飛び上がってくるかも。と思いさらに氷の塊を足場代わりにして跳躍したが追撃はなかった。
(――いや、違うわね。奴の狙いは……)
次に来るだろう攻撃を考えながらリッカは着地した。
「ひゃっはあ!」
(来た!)
思ったとおり、〝ミイラ男〟は着地の瞬間を狙ってきた。
今度は胴体から両断するつもりなのか、横一文字に剣を振り払ってきた。
「お見通しよん♪」
右手に冷気を纏って振り下ろす。何十にも氷を貼って作り出したのは巨大な腕。
鮫のような歯が並んだ氷の腕で〝ミイラ男〟を抱きしめようとする。
「面白いねぇ!」
それを〝ミイラ男〟は『怨嗟の剣』の一振りで粉砕する。
そこにリッカは立て続けに足裏を突きつけ、先程のように氷の杭を生み出して射出した。
しかしこれも両断。反動を利用して距離を取ったリッカだが、攻撃はそれで終わらない。
「《メリー・クリスマス》!」
腰から下げた袋から吹雪を生み出す。さらにその吹雪をまるごと巨大な杭に変えて飛ばす。こればかりは断ち切れないと判断したのか、〝ミイラ男〟はそれを飛んでかわすと
「嘘でしょ」
リッカはおもわず笑ってしまった。何故なら〝ミイラ男〟はリッカが放った氷の杭の上を疾走してきたからだ。そしてその勢いを殺さずリッカの顔面へと膝蹴りをかます。
その顔に笑みを浮かばせ、彼は口笛を吹いた。
「ひゅー。やるねぇ」
「うふふ。ヤるでしょ?」
「こりゃ、
一体いつの間に入れ替わっていたのか、砕け散ったリッカの顔、氷の人形がニンマリと笑うのを見もせず、〝ミイラ男〟はそれを踏み砕くと周囲に視線を向けた。
「さーて。思った以上に面倒だな」
吹雪からは逃れようがない。恐らくリッカは安全な場所で氷の人形を操っているのだろう。時間が経てば〝ミイラ男〟を殺せないとしても、手品道具である〈布〉を壊す事ぐらいはできるかもしれない。そう踏んだのだろう。
(『怨嗟の剣』も逆効果だったしなぁ)
一応、今も彼女の家族の断末魔をリピートさせているのだが……どうも聞かせる前より威勢がいい。下手をすると本当に殺されるのは自分の方かもしれない。
「いいねぇ。ほんっと、いいよ」
叫び続ける剣を撫でながら呟く〝ミイラ男〟。まるでそれに呼応するかのように『怨嗟の剣』の悲鳴が高く鳴り響く。
「あぁ、お嬢さんにしては上出来だな。でも――」
スッと腰を落とし、脇腹に剣を構える。まるで、見えない鞘に刃を収めるように。
「逃げるとしたら、前だろ? オレが飛んできて、オレの後ろにいるはずがねぇ」
口元から笑みが消え、剣士のそれを眼光に宿し〝ミイラ男〟は息を吐いた。
「――甘い」
一閃。腰に構えた『怨嗟の剣』を一気に抜刀した。その一撃には《有利な見地》による加速が加えられている。その一振りは一陣の暴風と化し、不可視の刃を生んで吹雪を引き裂いた。
「っ!」
「みーつーけたー」
そして、引き裂かれた吹雪の合間に驚愕に目を見開くリッカを捕らえ、〝ミイラ男〟は跳躍した。
「さぁ、今度こそおねんねしようぜ」
氷の剣を頭上に掲げるリッカを一瞥し、〝ミイラ男〟は『怨嗟の剣』を振り下ろした。
神速の一撃を氷なんかで防げるわけがない。その氷の柱ごと、まっ二つに引き裂いてやる。
心中で嗤う〝ミイラ男〟にリッカは潰えることを知らない輝きを瞳に宿し、そんな〝ミイラ男〟を見上げた。そして、拮抗。
――氷の剣は、砕けない。
「あ?」
不服そうに〝ミイラ男〟が唸る。圧縮された神速の斬撃を、氷ごときで?
「ねぇ、知ってる?」
「っ!」
白い冷気が立ち上り、それに包まれた『怨嗟の剣』が氷の鞘に覆われる。たまらず飛び退いた〝ミイラ男〟にリッカは不敵な笑みを浮かべ喋り始めた。
「良い子にはサンタクロースが素敵なプレゼントをくれるの。でもね」
リッカの全身から冷気が立ち上る。それらは足元の機械製の床を崩壊させ、割れることのない氷の床を作り出していく。あきらかに冷気が増している。
しかしリッカは当然とばかりに氷の剣を手に、ずれたサンタ帽を直した。
「悪い子には黒サンタが地獄巡りをさせてくれるのよ」
「へぇ。オレは悪い、に入るだろうな。なぁ? 黒サンタさん?」
「もちろんよ。じゃあ、お仕置きの時間よ」
「そりゃお手柔らかに」
恭しくお辞儀をして〝ミイラ男〟。それに対しリッカは堂々と構えた。
「じゃあ、レディファースト」
様子見ということだろう。〝ミイラ男〟は『怨嗟の剣』を手に待った。
(襲ってくればゾクゾクさせちゃうのに)
それを残念に思いながら、リッカは自らの
「――それじゃ、いくわよ」
氷の剣を前に突き立てる。そして両手を差し出す。その手に手品を意識し、形を成して想像し、そして――
(解放、させる!)
「ほぉ」
リッカの両手に生まれたそれに〝ミイラ男〟は息を呑んだ。
「スノー・ドロップか。懐かしいねぇ」
両手に生み出されたのは氷で出来た美しい花の彫像。かつて、〝ミイラ男〟が彼女の家族を殺して強奪した宝、『雪花』のモチーフとなっている花。手の中に咲く蒼氷の蕾をリッカは―
「さぁ、散りなさい!」
投げ飛ばした。一体、何をするつもりなのか、といぶかしむ〝ミイラ男〟の目の前で蒼氷の蕾が咲き誇った。鋭い花弁が〝ミイラ男〟へと降りかかる。
「おっと」
それを〝ミイラ男〟は軽々と切り裂いていく。砕け散った氷の破片が床に四散する。
「……おっ?」
そこで〝ミイラ男〟の表情が変わった。リッカに警戒しつつも足元のそれを見つめる。
「こりゃ……傑作だ!」
「でしょ?」
〝ミイラ男〟の足元、砕け散った欠片が冷気を発していた。しかしそれはリッカを中心に展開する絶対零度領域とは異なり、床を崩壊させるには至らない。
ただ、そこから新しい蒼氷の花弁が咲き誇る以外は。
「おっと」
さらにリッカが放った蒼氷の蕾を後方に飛んでかわす〝ミイラ男〟は彼女の目論見に気付き、けらけらと嗤った。
「おいおい。中々にしゃれてるねぇ」
前方には彼が砕き、そして咲き誇る無数の花。それらは留まることを知らず、そして減る事はありえない。
「でも、まぁ」
のんびりと、まだ温い、と言いたげな様子で〝ミイラ男〟は剣を振りかぶった。
「さっきも見ただろ? 風の刃」
すでに吹雪が勢いを取り戻し始めたが、〝ミイラ男〟にとってなんら障害はなかった。
生まれるというのならば、それ以上を殺すまで。
「《有利な見地》」
力が躍動する。体内で力が渦を巻き、心臓が高鳴り、加速していく。あぁ、この感覚だ。
この、疾走感。誰も自分に追いつけはしない。止められやしない。
「あぁ、誰も」
誰も。誰一人として。
「オレの殺戮劇は――止められねぇぞ!」
神速。先程の速度など遊びに過ぎないと今度の加速は語っていた。
今、彼が駆け抜ける時間は数十年分の速度へと匹敵した。
「――らぁ!」
一閃。ただ一振りで風の刃が牙を剥き、その風に巻き込まれた空気が爆音を轟かせ、音の凶器と化して空間を襲う。
「……あぁ?」
そして、〝ミイラ男〟は見た。宙に舞う、無数の蒼氷の花を。
「――あんたの敗因は三つ」
その言葉と同時、風と音の凶器にさらされた花がばらばらに砕け散る。
そしてそれはたちまちのうちに鋭い花へと開花し、再び吹き荒れる吹雪に乗って暴れ狂う。
「まず一つ♪ あんた、スノードロップの花言葉、知らないでしょ? 女の子ってね、気になるもんなのよ」
「……ざけんな」
リッカの言葉よりも、過去に自分から逃げ延び、言い尽くせない屈辱を与えた怪盗のような口調で語る少女に〝ミイラ男〟は殺意を剣に乗せて再度振るう。
しかし、蒼氷の花は散るほどに咲き誇る。咲き誇り、冷たい刃となり舞い踊る。彼の手品道具たる〈布〉を引き裂いていく。
「スノードロップの花言葉は逆境の中の希望。初めてよ。化け物みたいなのを相手にしたの」
そう言いながらリッカが吹雪の中、微笑んだのが見えそうだ。そして、指を一本折りたたむ姿も。
「二つ目♪ あんたにこの花を贈るわ」
「贈るだ? てめぇ、これしきでオレが逆境の中だとでも思ってやがるわけか?」
《有利な見地》の影響により動悸が早くなる。怒りに頭が染められていく。今、彼は追い詰められていた。もうすぐで、彼女の力が己の速度を上回る。
「自惚れないでくれる? この花はね、相手に贈る時はあなたの死を望みます。って花言葉になるのよ?」
「オレの死を望む。だとしても、テメェがオレを殺すだと!?」
「当然♪」
「っ」
徐々に面積を失っていく衣服すら、〝ミイラ男〟を飲み込む憤怒が忘れさせてしまう。
そこにリッカの誇らしげな声が続く。勝利を確信した者の、勝利宣言を。
「三つ目♪ あたしは過去を乗り越えていく」
「ふ っ ざ っ け ん なぁ !」
〝ミイラ男〟が吼えた。まるで己は過去に縛られているとでも言われたようだった。
「《有利な見地》ぉぉぉぉおおおおおおお!」
絶叫と共に〝ミイラ男〟が飛び掛った。その咆哮に応えるように『怨嗟の剣』が狂い泣き叫ぶ。もはや飛び交う蒼氷の花に肉が裂けるのも気にしていない。
「――死ね」
吹雪の中から切っ先を突きつけた〝ミイラ男〟が飛び掛った。――が。
「つーかまーえた」
ぺろっと舌を出して微笑むリッカ。その手には氷の盾。姿見鏡のようにでかい氷の盾の中ほどまで『怨嗟の剣』が突き刺さっていた。その箇所から侵食するように冷気が纏わりつき、剣を飲み込んでいった。
「あ、ああ、ああ」
しかし〝ミイラ男〟はそれを見ていなかった。
『怨嗟の剣』から手を離し、自分の顔を――焼けただれた己の顔を押さえつけた。
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
彼の瞳が見つめるのは、遠い遠い過去。
***
昔、ある街のある場所に、ある家族が住んでいた。
しかし、その家族は貧しく、着の身着のまま、という生活が常だった。
それが、少年時代の〝ミイラ男〟の家庭であった。
そして、ある日事件は起こった。
『おい! 火事だ!』
街は大騒ぎとなった。火事は〝ミイラ男〟の自宅。この時、彼の両親は外出していた。
――彼を殺す為に。
だが〝ミイラ男〟は一命を取りとめ、病院へと搬送された。
しかし、全身に酷い火傷を負い、全身の肉は醜く焼けただれてしまった。
『金が欲しかった』
彼の両親の動機はそれだった。金欲しさに実の息子を火事に見せかけ殺し、政府の掲げる慰安金、と呼ばれる金を手に入れる。それだけのことで、〝ミイラ男〟はあまりにも残酷な傷を与えられてしまったのだ。
『ねぇ、包帯、まだ外しちゃ駄目だの?』
『あ、あぁ。まだ、まだ駄目だよ』
幼い彼の問いに、医者はいつもそう答えるだけだった。しかしそれも数ヶ月と経つうちに我慢が出来なくなってしまった。早く包帯を外したい。そして、包帯の檻から解放された彼が見たのは。
『え?』
鏡に映る、焼けただれた自分の顔。あまりにも醜く、そして、気持ちが悪かった。
『お、おええええええ!』
それが、彼の悲劇。そして、彼は目覚めた。
生死を彷徨い、走馬灯を味わった彼は、壊れた心で自分は特別なのだと諭し続けた。
自分は特別。普通の人間はあんなに早い人生を送ったことはない。
その、誰も味わったことのない加速領域が、己の
――有利な見地。
***
「は、はあああああああああああああ!」
突如、壊れたように狂い泣き叫ぶ〝ミイラ男〟にリッカは何が起きたのか分からなかった。しかし、彼が蒼氷の花で自らの首を掻ききろうとしたのを見て、その顎を氷の棒で突き上げることは出来た。どうっと後ろ向きに倒れる〝ミイラ男〟。
「もー、なに?」
もしかしてやりすぎたのだろうか? そんなことを考えながらもリッカは傍らで叫び続ける『怨嗟の剣』へと視線を向けた。
「まぁ、今はこっちを――っと♪」
絶対零度の手品を剣に向け、氷の彫像へと作り変えてしまう。これで、すべて終わった。
「ふぅー。やっぱあたしには無理。ぜったい無理」
あの怪盗みたいに「敗因は三つ」なんてかっこつけちゃったけど、彼のようにかっこよくはいかない。実際、声、震えてたし。
「それに、傷つけないとかあたしには無理よね」
事実、目の前で伸びている男は全身傷だらけだ。つーかほぼ全裸に近い。
「とりあえず……」
きょろきょろと周囲に目を配るリッカ。しかし周囲に何もないと分かるや、ため息を吐きながらその手に氷の短刀を作り出す。
「えいっ」
そしてそれを勢いよく自分のスカートへと突き立て、引き裂いた。
ただでさえ短いスカートが余計短くなった。いや、もうほぼその下の縞模様が見えてしまっている。
「とりあえず、こうこうこうして……っと」
〝ミイラ男〟をうつぶせにし、その両腕を後ろ手に縛り付けるリッカ。足も縛った方が良さそうだが、そうなると自分もほぼ全裸状態になってしまう。
そればかりは避けたい。どうしても。
(だって、このあと怪盗君と勝利のハイタッチ予定だし?)
いや、どさくさに抱きしめた方が威力は高いだろうか?
リッカは〝ミイラ男〟が目覚めても動けないよう(それと自分の下着を見られないよう)彼の背中に腰掛けた。
「とりあえず、怪盗君、がんばー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます