第二十夜:アルマと堕天使
「じゃあ、始めようか?」
そっとフードを外しながら問うラグエル。あらわになった顔はメア以上に整っていた。
「うっわ、すごいイケメン」「見た目は王子、頭脳は教徒!?」
「なんか、いろいろ勿体ねェ」
女性が苦手なメアと言い、目の前の腹黒のラグエルといい。なんでこう、イケメンとは性格が難しいのか。
「当たり前だろう。僕がお前達愚か者のように醜悪な顔をしていると思ったのかい?」
濡れ烏色の髪を掻きあげながら嘲笑うラグエルにやはりムカッとくるのはおれだけじゃないはずだ。マーニ達も握りしめたストローを咥えて臨戦態勢を整えている。
「さぁ、どこからでもかかってきたまえ」
「つっても、一対三って気が進まねーな」
とりあえず、相手の手品が分からない以上は様子見といくしかない。あの黒い闇……一体あれはなんだったのか?
「別にかまわないよ。一対一であろうと、一対三であろうと、一対百であろうとも、僕は君達のような者に負けない」
「すっげー自信だな」
なんでこう[教団]のメンバーは自分の手品を絶対的なまでに信じてるんだ。これが[教団]だというのか。
「自信? おかしいことを言うのだね」
「なんだと?」
鈴を構えるアルマにラグエルは右手をポケットに突っ込みながら悠然とした口調で語る。
「君は、宇宙というものにどれだけの軍勢で挑めば勝てるのか、そんなくだらないことを考えているのかい?」
そう笑いながら何かを放り投げてくる。それはアルマにも見覚えのある、硝子で作る、ラムネとかの――
「ビー玉?」「それともエー玉?」
「まぁ、纏めれば硝子玉だな。とりあえず放っておくのもやばそうだな。――
鈴を響かせ銀色の弓矢を生み出すアルマ。一体どのようにして使うつもりなのか分からないが、備えあれば憂いなしとばかりに《サジタリウス》を放つ。
あらゆる〈物〉を消滅させる銀の矢はしかし、
「――《混沌天体》」
「なっ!?」
「うひゃ!?」「うきゃ!?」
突如、硝子玉が弾けたかと思うと、黒い闇が溢れ出し、すべてを飲み込み始めた。
「お前ら、おれに掴まれ! ――
瞬時に《サジタリウス》から《キャンサー》へと組み替えると最大にまで研ぎ澄ました刃を床に突き刺す。そこに魔女達が飛びついてくる。
「さ、さすがに」「ふざけてる暇じゃないわね」
アルマに飛びつきながら魔女達が戦慄する。とりあえずシャボン玉を生み出し、その黒い闇に飲み込ませていくが、まったく効果はなかった。
「な、なんだ、今の?」
牢屋でも見たが、どんな手品なのか検討がつかない。対するラグエルは「ふふ」と微笑を浮かべるとバッと両手を広げ、彼は歌い上げるように言った。
「《混沌天体》。つまりはブラックホールさ。だから言ったろう? 人間がいくら束になっても
「何が宇宙だ。じゃあ勝ってやるさ。――はっ!」
《混沌天体》が消えたのを見計らってアルマは彼の懐へ飛び込んだ。さすがに懐でブラックホールを生み出したりはしないだろう。
「おっと」
それはどうやら正しかったらしく、ラグエルは眼前に迫ったアルマを見てため息を吐いた。それは諦観なのか、それとも呆れなのか。だが、これで決まった。
「な、に!?」
「ナイスタイミングだよ、ジャック」
『イーヒッヒッヒッヒ。そりャあァア暇だからなァア。つーか、テメエも司教ならァアアア、手加減はいらねェだろォオオ』
「あぁ、そうだね。つい癖で」
『イーヒッヒッヒッヒ。宇宙の自負ってのは恐ろしいなァアア』
どこからともなく響くジャックの声。そしてアルマの剣を受け止めたのは先端が槍のようになっている杖だった。杖の上方には黄金の珠が取り付けられている。
ナマクラレベルに切れ味を下げていた為に糸も容易く受け止められた《キャンサー》。アルマはすぐさま距離を取ってラグエルが懐から取り出した。直感的に感じた身の危険は正しかったらしく、先程アルマが立っていた場所には斧が叩きつけられていた。
「な、なんだ……そりゃ」
「あぁ、これ?」
そう言って斧と化した杖を持ち上げるラグエル。それは音も立てずに元の杖へと戻った。
「これはね、僕が昔[夜明けの黄金団]とかいう随分と偉そうな連中から頂いた物だよ。これの名は魔道具『エリクサー』。黄金団の団長で、自称魔術師とか言っていた男の者さ。あんなただの人間には勿体無い代物さ。この杖はいかなる武具にでも変化する」
そう言って杖を一閃。今度は巨大な鎌へと変化した。見るからに重そうな武器を手に
「じゃあ、今度は僕からいかせてもらう」
ラグエルはもう片方で作り上げたライフルから銃弾を――いや、硝子玉を発砲した。
その銃弾はアルマのはるか後方で弾けると
「《混沌天体》」
「っ!」
《キャンサー》を慌てて床に突き刺す。後方からアルマを飲み込もうと超重量の圧力が襲い掛かってくる。メキメキと体がきしむような錯覚がアルマを襲う。
そして、ラグエルの攻撃はそれだけでは終わらない。
「甘いね。見せてくれるんだろう? 宇宙に人間が勝つところを」
「なっ―――」
ブラックホールを利用し、高速で懐に潜り込んできたラグエルが『エリクサー』を《キャンサー》へと叩き付けた。その銃弾のような速度と鋼鉄の一撃に刃が揺れ、《混沌天体》に吸い寄せられる力で抜けた。
「あ」
そこからアルマはすさまじい速度でブラックホールへと吸い寄せられる。
「アルマ!」「《マジック・アワー》!」
それをすかさず別の場所で見守っていた魔女達が浮遊シャボンに似たシャボン玉を飛ばしてきた。それはアルマの体を受け止めると、まるでゴムのようにアルマの体を弾き飛ばした。
「よし、成功!」「名付けてスーパーボールシャボン!」
「た、助かったぜ!」
魔女達にお礼を言ってアルマはその勢いを利用してラグエルへと飛び掛った。今度は杖を狙った、鉄をも切り裂く刃に変えている。
「今度こそ――ぬ、ぐぐぐ……」
「だから、甘いと言っているだろう?」
ラグエルは瞬時に剣へと姿を変形させた『エリクサー』でそれを受け止めた。杖にはかすり傷一つつかない。
「くっそ!」
おもわず悪態を吐くアルマ。それをラグエルは鼻で笑うと杖の先端――槍のような部分を左手で掴むとアルマの足へと放り投げた。瞬時に鎖につながれた、フレイルみたいなモノになった部分がアルマの足に絡みつき、そして
「あ、ぐ!?」
獣を捕らえるための、トラバサミのような形態に変化してアルマの足を刺した。激痛に悶えるアルマを、ラグエルは槍へと戻した先端を突きつけて嗤った。
「さて、それじゃ愚かな君に死を」
「くっ」
ラグエルが杖を振り下ろす。先端がアルマの胸を貫こうと迫り――
「アルマに」「触れるなぁ!」
「なっ!」
そこへソールとマーニが体当たりをかました。軌道がズレ、アルマの眼前に突き刺さった杖。アルマが足の痛みに顔をしかめながらも立ち上がった時には魔女達を振り払ったラグエルが《混沌天体》で後方へ退いたところだった。
「アルマ、大丈夫?」
「大丈夫だけど、足をやられた」
「うっわ……ちょっと待ってて、手当てするから」
そう言うとマーニはアルマの患部にシャボン玉を吹き付けた。治癒系のシャボン玉なのか、それはアルマの傷口を塞いでくれた。
「言っとくけど、ほんとうに応急手当だから、頼りにしないでよね」
「分かった。サンキュー」
「……う、うん」
ぽん、とマーニの頭に手を置いて答えると何故かマーニは顔をうつむかせてしまった。ここが蒸し暑いのだろうか、顔まで赤い。それを教祖がじっと見ていたことには気付かず、アルマは《キャンサー》をラグエルへと突きつけると鈴を響かせた。
「
「何度やっても同じことだよ」
ラグエルが硝子玉を発砲する。しかも今度は三発同時。そして等間隔で分かれる硝子玉は時間差をつけて炸裂する。
「《混沌天体》」
「ぐぅ!?」
三方からのブラックホールは思った以上の破壊力を持っていた。別の方角から自分を飲み込もうとする超重力の渦はアルマに体が引き裂かれるほどの苦痛を与えた。しかし、このままでは終われない。アルマはそれぞれが引っ張り合おうとする力を上手く利用して駆け抜けるとその渦から脱出。そのまま耳と尻尾を銀色の霧にしながら次の手品を紡ぐ。
「射手座の軌跡!」
《サジタリウス》を構え、アルマはラグエルの『エリクサー』目掛けて矢を放った。
「ん?」
《サジタリウス》の効力を知らないからだろう。ラグエルは何の迷いもなく『エリクサー』で矢を払い落とした。これで杖は消える。
「――っ!? なんでだ!?」
しかし、いつになっても杖は消えなかった。ラグエルの方はその態度で何かを察したのか、「あぁ」と嘲笑を浮かべた。
「この『エリクサー』はね、不老不死こそ与えられないけれど、もう一つの性能はあるのさ」
「もう一つの、性能? それって、錬金術か?」
『エリクサー』、またの名を『賢者の石』と言う伝説上の物質は不老不死を与えたり、貴金属を金に変えたりすることが出来るという。しかし、貴金属を金に変えるだけの能力では何の脅威にもならない。それに、《キャンサー》や《サジタリウス》で壊せない理由になっていない。
「君は何故人が黄金に焦がれるか知っているかい?」
「は?」
「黄金というのは完全なんだよ。だから人は完全を生み出す錬金術に狂っていく。そして、この魔道具『エリクサー』はその人が求める完全の権化。つまり、あらゆる面において完璧なんだよ」
それを聞いてアルマはなるほど。と頷いた。
完全と呼ばれる魔道具『エリクサー』。完全だからこそ鉄をも両断する《キャンサー》を以ってしても切断できず、あらゆる〈物〉を消滅させる《サジタリウス》すら効かない。
きっとあらゆる武具への変化もその完全とかの象徴なのだろう。
「さて。完全たる魔道具と完全なる僕、それにたかが一介の手品師がどうするっていうのかな?」
「ちっ。面倒な道具だな」
「ははは。それは褒め言葉だね」
そう言ってラグエルは『エリクサー』を一閃。あらゆる形状に変化できる武器はそこで今度は鞭へと変化して飛び掛ってきた。きっと先程のように体に巻きつけ刃物へ変える魂胆なのだろう。アルマは横薙ぎに振るわれたそれをしゃがんでかわすとそのまま床を蹴り付けて一息に間合いを詰めた。
「よっ! はっ! とっ!」
手首、続けて反転し回し蹴り、そしてこめかみへと一閃。しかしラグエルは手首を護るように『エリクサー』を変化、十字剣のようになった鍔で蹴りを受け止め、こめかみへの一閃をそれらの攻撃を跳ね返し、アルマの体勢を崩すことで難なく回避してのけた。
「おわっと!」
床に倒れそうになる寸前でアルマはバク宙。そして両手をついてさらに後ろへ跳躍。
しなやかな動きで間合いを取り、再び発砲された硝子玉を真横へ飛んで回避。
「《混沌天体》」
しかしそこでラグエルはブラックホールを生み出した。しかしそれはアルマを飲み込むために発動したのではなく、間合いを詰めるために使った物だったようだ。瞬時にブラックホールで移動するとそこで《混沌天体》を中止して硝子玉をキャッチ。さらにブラックホールに吸い寄せられた硝子玉を全て回収した。その一つを『エリクサー』の先端にはめこませ、鞭を振るって投げ飛ばす。
「おっと!」
それをしゃがんで回避。硝子玉はブラックホールになることもなくアルマの頭上を通過した。
「?」
そこになんとも言えない違和感を覚えたが、ラグエルの攻撃はそれで終わりじゃなかった。さらに数発の硝子玉が飛んでくる。それをアルマは再度横に飛んで回避。だがそれを見計らってアルマの頭を狙って硝子玉が飛んでくる。それをついアルマは《キャンサー》で両断してしまった。
「って、あ?」
そこでまた違和感。今のはハッキリと違和感として感じた。今の硝子玉、ブラックホールにされていたら確実に死んでいた。
(なんで、使わなかった?)
アルマは声に出さず、答えを見極めるべくラグエルを見据えた。彼の方はあいかわらず嘲笑を浮かべたままだったが、やはり何かおかしい。そう思ったところでラグエルが口をつぐんだ。その直後、背後へ飛んでいった硝子玉が弾けた。
「おっとっと……っ!」
「アルマ!」「前!」
ソール達が叫ぶ。そして言うまでもなくアルマもラグエルが硝子玉を投げたのを見た。
彼の投げた硝子玉は後ろで炸裂するブラックホールに吸い寄せられ物凄い勢いでアルマの元へと飛んできた。そして、アルマの眼前でブラックホールへと変貌を遂げる。
「死ね」
ラグエルの声が響き、そしてアルマの視界は白く染まった。
「がふっ!」
そして周囲に轟く爆発音。その爆風に吹き飛ばされてアルマは迫り来るブラックホールから一命を取り留めた。
「あ、危なかった」「アルマ、大丈夫だった?」
「や、やっぱお前らか、今の」
どうやら自分は爆弾シャボンで助けられたらしい。まぁ、今回ばかりは文句は言わない。
「ねぇ、今回ばかりは分が悪くない?」「ブラックホールって反則じゃない」
「あぁ。でも、なんか引っ掛かるんだよな」
「「ひっかかる?」」
声を揃えてこちらを見つめる魔女達にアルマは「あぁ」と頷いて、なんとも言えない違和感について話した。
「あいつ、硝子玉を媒介にブラックホールを作るだろ? なら、鞭で投げ飛ばした時は一番のチャンスだったんだ。あの時おれはしゃがんで回避したんだから」
「まぁ、そうねぇ……」「ただの凡ミス?」
「あと、おれがおもわず《キャンサー》で硝子玉を斬った時。こっちは凡ミスとか言ってられないだろ。貴重な手品道具を壊されたんだから」
「あ、確かに」「そうね。でも、なんで?」
「ちょっとお前らにやってもらいたいことがある」
「「?」」
首を傾げるソールとマーニにアルマはぼそっとそのやってもらいたいことを告げるのだった。
***
「次はどんな算段を立てたのかな? まぁ、どんな手段を使っても僕には勝てないだろうけどね」
「うっせーな。そんなに完璧とか宇宙が好きなら天文学者にでもなってろ」
「嫌だね。誰があんな職業に着くものか。僕の両親とか言っていた奴はそんなことも勧めてきたがね、いいかい? 僕は宇宙。見上げるのではなく、見下ろす側なんだよ!」
そう叫ぶとラグエルは『エリクサー』の側面に無数の銃口を生み出すと一斉に硝子玉を発砲した。それは時間差をつけることも無く、横一列にアルマへと襲い掛かってくる。
きっとしゃがんでもダメだし、横に避けてもこの範囲は回避不可能。
アルマは回避が無理だと判断するや否や、ギリギリまで硝子玉を引き寄せ、前方へと大きく跳躍した。
「やっぱりそうなるか……甘い。何度言わせる気なんだ、君は?」
軽蔑のため息を吐き、ラグエルは『エリクサー』を変化させた。その形状は鞭に似ているが鞭じゃなかった。ところどころに刃を取り付けた――蛇腹剣、に近い鞭がアルマを刺し貫くべく舞った。
「――だぁ!」
そしてその攻撃を予測していたアルマも手にした銀色の騎士剣で打ち払った。やはり『エリクサー』には傷一つつかない。
「まだまだ。これならどうかな?」
そう言って蛇腹剣を再び元の杖に戻したラグエルは槍のような切っ先を突きつけた。
そして変容していくのはライフルのような形態。ご丁寧に彼の人差し指の場所には引き金が出来ている。今度は硝子玉を直接打ち込むらしい。
「マーニ!」
「はいは~い」
アルマの呼びかけにマーニはシャボン玉を吹いて答える。下方の《混沌天体》に飲み込まれるよりも早く、アルマは手にした騎士剣を投げ飛ばしてそのシャボン玉を割った。
そして巻き起こる爆風。アルマはその爆風を利用して真横へと飛ぶと《混沌天体》の効果が及ばない安全圏へと着地した。この間、一分。
しかしそれに助かったと思う間もなく矢継ぎ早に硝子玉が撃ち込まれる。
「おわ!?」
飛ぶ、走る、転がる。慌しく逃げ惑いながらアルマは次々に放たれる硝子玉から逃げた。
アルマの逃げた軌道を示すかのように次々に《混沌天体》が炸裂する。
「え、ちょっ!」「こっちこないで!」
「とにかく逃げろ!」
そしてぐるりと回りながらアルマは魔女達の元へ。そのまま魔女と共に走って逃げる。
「で、どうだった? おれは一分だと思うけど」
「うん。アルマの言う通り」「一分ね」
「やっぱりか。で、気になるのはそのあとなんだけど……」
そう言ってアルマは地面に転がる硝子玉を見つめた。
「なぁ、あの上空のブラックホールにさ、ペイント系のシャボン玉出してくれ」
「ん? オッケー」
ソールがピンク色のシャボン玉を吹く。それはふよふよと漂いながら《混沌天体》へと吸い込まれていった。そして完全に飲まれる前に《サジタリウス》で撃ち落とす。
「よし。これで準備は出来たな。あとは――逃げるだけだ!」
「ちょっ、だから」「私達から離れて! 死んじゃう!」
そしてアルマ達は勝つために逃げ続けた。
***
魔女達から離れ、アルマは再びラグエルに斬りかかった。しかし効果は変わらない。
「愚かだね、君も」
そう言ってラグエルは自分の後ろへと硝子玉を投げつけた。そして「《混沌天体》」と呟く。二人の体を引き寄せるブラックホール。しかしラグエルはアルマをそれから遠ざけるようにして蹴飛ばした。しかしそれは逆に新しく作るつもりでいる《混沌天体》へ近付けたに過ぎない。後方のブラックホールに吸い寄せられ、ピンク色に染められていた硝子玉がアルマ目掛けて飛び掛る。
「おっと!」
しかしそれを目聡く回避してアルマは《混沌天体》の向こう側へと消えてしまう。
「ちっ」
ラグエルは害虫のようにしぶとい奴だ。と悪態を吐きながら《混沌天体》を消した。
そして、消えた《混沌天体》の向こう側にいる怪盗は――指を三本立てていた。
「お前の敗因は三つ」
「敗因? 面白いことを言うんだね。何度も言っているだろう? 人間は宇宙に勝てない」
「いいや。お前は宇宙じゃなくて人だからな。勝てる」
「へぇ、そうかい」
『エリクサー』を剣に変えながら身構えるラグエル。そんな彼にアルマは指を一つ折りたたみながら
「まず一つ。さっき言ったけど、お前は宇宙じゃない。おれ達と同じ人ってこと」
「だが、君は事実逃げ回っていたばかりだったじゃないか」
アルマの宣布にラグエルは鼻で笑い飛ばして言い放った。それにはアルマも頷かざるを得ない。途中はあることを確かめるために逃げていたとは言え、確かに自分は逃げることしかできなかったのだから。だが、
「二つ。途中からはあることを確かめるために逃げてたってこと」
「あること? 僕は完全だ。欠点なんてない」
「あったんだよ。その欠点」
その言葉にラグエルの頬がぴくり、と引きつる。そこには強い怒りと、緊張が滲んでいた。それにさらなる確信を得てアルマは最後の言葉を放った。
「最後の三つ。おれはお前の手品の欠点を知ったこと」
「欠点など……存在しない! 僕は完全なんだぞ!?」
まるで何かを誤魔化そうとするかのようにラグエルが硝子玉を発砲した。それをアルマはかわさない。代わりにあらかじめ用意されていた爆弾シャボンが《混沌天体》の発動よりも早く硝子玉を爆発に巻き込んで消える。
「っ! いつの間に!?」
そしてその爆煙に困惑したラグエルが《混沌天体》で煙を消していく気配がする。
「命拾いしたじゃないか」
爆煙を利用して奇襲を仕掛けると思っていたのか、ラグエルはそう言ってアルマを見据えた。彼らを阻むように《混沌天体》が渦を巻く。
しかし、アルマは止まらなかった。一歩、また一歩、《混沌天体》へと近付いていく。
「? 血迷ったのかい? まぁ、自殺願望者に僕は寛容だからね。好きにするがいい」
「――お前の手品の欠点は」
「っ」
「そのブラックホールはいつまでも続かないってことだ」
アルマは《混沌天体》へと近付きながら喋った。いつの間にその頭と腰には銀色の猫耳と尻尾が生えていた。
「最大で一分間。自分の意思で消せるけど、一分が限界。だろ?」
「だとして、意味はないさ。また使うだけだ」
ラグエルの指摘にアルマは答えず、話の続きを口にした。
「無理さ。同じ硝子玉を使うなら、最低でも三分、使えない状態になる。そして――」
アルマが駆け出す。《混沌天体》の、あらゆるモノを吸い寄せる圧力によってさらにその速度は跳ね上がっていく。そして、
ふっと《混沌天体》は制限時間を失い、掻き消えた。そしてアルマが跳躍。さらに速度を助長させるために、アルマの背後で爆発が巻き起こった。魔女達の爆弾シャボンだ。
「な――」
「おっしゃらぁああ!」
音速をも超えて懐へ潜り込んだアルマ。その正拳突きは『エリクサー』で直撃を免れたラグエルの体をはるか後方の、鉄製の壁へと叩き飛ばした。
「がっ!」
そして背を強打したラグエルは苦しげに呻くと床に崩れ落ちた。
「「アルマ!」」
「おう。勝ったぜ」
自分の下へ駆けてくる魔女達にピースサインをして、アルマは残る一人――[教団]のリーダーである男へと指を突きつけた。
「もうこれまでだぞ、教祖!」
「……これで、だと? くくく。くははははは! あぁ、あぁ。実に、実に面白かったぞ少年。だが」
「っ!? ぐぅ!」
「え?」
アルマは視界の隅で動く影に気付き回避。しかしそれは完全には間に合わず右腕を刺し貫いた。右腕に激痛が走り、血が滴り落ちる。
「ま、マーニ?」
アルマは自分の右腕を刺した少女の名を呼んだ。
「アル、マ」
そして少女――マーニはアルマの右腕から『エリクサー』を抜き――その際にまたアルマに激痛を与えながら――言ったのだった。
「死んで」
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