第十二夜:アルマとミイラ男


 メアと別れ、アルマ達は今、アーケストラテスに滞在していた。

 ここ、アーケストラテスは【翠玉地域エメラルド・エリア】で唯一の工場施設が立ち並んでいる。

「工場よりも~~」「遊園地がいい~~」

「ゆーえんち?」

 『?』と首を傾げるサンデー。その両手には本日十個目のたい焼きが握り締められている。

 実は宿で出た魚を見たサンデーが

「そういえばアルマ、たい焼き百個はっ!?」

 とあのダニエルとの戦いの後に交わした約束を思い出したのだ。おかげで今日からおれはサンデーにたい焼きを毎日十個ずつ買っていかないといけない。

「くそ、これじゃなんのためにお宝盗んでんのか分かんねーよ」

「え? 私のためでしょ?」「デート代じゃないの?」

「ボクのたい焼きじゃないの?」

「……」

 こ、こいつらぁ~~~~~~っ! しばし腕をぷるぷると震わせていたアルマだったが呆れたようにため息を吐くとずんずんと歩き出した。

「もういい。ちゃっちゃとターゲット見つけるぞ」

「「は~~い」」

「んむっ。もうたい焼き終わり?」

「終わり!」

 ぺろぺろと名残惜しそうにカスタードのついた指を舐めながら物欲しげに近くのたい焼き屋に視線を向けるサンデーを引き摺ってアルマはたい焼き屋のない場所へと向かう。


***


 そいつは海岸に居た。手首に巻きついた白い布を風にはためかせながらそれは鼻で笑った。

「あーあー。派手に戦ったねー。つーかよぉ、どこにいんだ?」

 きっとあの下には気に入らない笑い声を発するデカ物に殺された哀れな獲物がいるに違いないが……奴はどこだ?

「ここからだと、あっちか……まぁ、あいつに知能があればの話だが……」

 そいつは崩壊した鍾乳洞を越えた先にある道を見つめながらぼやいた。

 そして――その姿は初めから無かったかのように掻き消えた。

 何かが、アルマに迫ろうとしていた。


***


「あーあー、つまんねー」

 ごろごろごろごろ。

「たい焼き買っただけじゃんかー」

 ごーろごろごろ。

「ねぇ、アルマ?」

「おー?」

「お宝がなくて残念なのは分かるけど、転がるのやめない?」

「サンデーがつらそうなんだけど?」

 マーニは部屋の隅でくしゅんくしゅん言ってるサンデーに目配せして胸元からポケットティッシュを取り出す。

「ほらサンデー、使って」

「うぅ、ありがとー」

 うるうると目を潤ませながらティッシュを受け取るサンデー。その目は元から赤いから分かりづらいが……鼻まで真っ赤になっている。ハウスダストっぽいのだ。

「アルマがごろごろするから埃が舞ってるんだけど」

 マーニはストローから加湿目的でシャボン玉を作っているがあまり効果はなさそうだ。

 というかシャボン玉をそうやって使う奴初めて見た。

「つっても、暇だからなー」

「いいじゃない暇で」「最近敵が多かったんだし、休むのも大事じゃない?」

「でも、こないだ休んだ――はっ!?」

 言いかけて口篭る。そういやこの前はサンデーとの間でとんでもないことがあったばかりだ。ようやく魔女達が話題にしなくなったのに……

「「……」」

 ちらり、と魔女達の方に視線を向けると彼女達はつまらなそうにシャボン玉を吹く。吹きすぎてシャボン玉が部屋に充満してしまった。

「あ、あの、マーニ? ソール?」

「「なーに?」」

 シャボン玉越しに二人の声が届いてくる。うっ、すっげー棒読み。これはヤバい。

「「もしかして、逃げようとしてる?」」

「っ!」

 そろそろと窓に手をかけていたアルマの手が止まる。ば、バレてる……。

「逃げようなんてし、失礼な。おれがなんでお前らから逃げなきゃいけないんだよ?」

「「だってー」」

 愛らしく声をハモらせながら魔女達が笑う。くすくすという彼女達には似つかわしくない笑い声が余計不気味だ。

「「あからさますぎるからよっ! 死ね変態性欲者っ!」」

「や、やっぱりかーっ!?」

 すかさず窓を開けて飛び降りるアルマ。部屋は二階だが問題はない。アルマには身体強化の《レオ》があるのだから。

「あー、逃げるなぁ!」「ソール、早く追うわよ!」

 部屋の中からどたばたと騒ぐ声を聞きながらアルマは安全な場所を求めて走るのだった。


***


 そいつはボロ宿の中にいた。いくらあのデカ物が低脳であっても宿の役目ぐらい知っていると踏んだからだ。

「なに? そんな奴泊まってないだと?」

「はい。お客様の仰るような方は、誰も」

「(もしかして、くたばったのは奴の方か?)」

「はい?」

「いや、こっちの話だ。なぁ、じゃあ最近変な奴はこなかったか?」

「変な奴? いやー、そんなお客様は――いや、ちょっと待ってくださいよ?」

「あぁ?」

 そいつは宿主を真っ直ぐに見つめる。それだけで宿主は「ひっ」と声を上げるが気にするべきはその態度じゃない。

「心当たりがあるのか? それなら言え」

「は、はぁ。つい先日、怪我をした少年と三人の女の子が一緒に」

「ガキが四人?」

 まさか。あいつがガキなんかに倒されるはずがない。そもそもあいつは『ホープダイヤモンド』を奪いに向かったはずだ。……まさか……

「それにしても、怪我してたってのに元気なことで。若いっていいですなぁ」

「おい。そいつらがどこに行ったか分かるか?」

「えぇ。エリザベート嬢のお屋敷へ。でも最近エリザベート様は捕まったみたいですよ?」

「なぁ、そのエリザベートって奴のとこに金目の物はあったか?」

「そう言われましても。エリザベート様は貴族。金目のモノなんて掃いて捨てるほどじゃないですかね?」

「そうか。じゃあいい。じゃあな」

「は、はぁ……」

 訝しげに返事を返す宿主に背を向けながらそいつは宿を後にしようとする。

 その途中、入り口にある新聞紙に目を向けると何がおかしいのか、ニンマリと白い布に覆われた口元を歪ませたのだった。


***


 日は沈みかけていた。水平線上に沈んでいく太陽をアルマはいくつもの鉄骨が折り重なって出来た鉄塔群の一つから見つめていた。

「ついここまで逃げてきたけど、誰かに見つかったらヤバいよなぁ」

 鉄塔はこの町の電力源らしく、はるか上方では時折バチバチという音が響いている。

 さて、そろそろ魔女達も落ち着いただろう、と思ったその時だった。

「アールーマー?」「やっと見つけたわよ?」

「げっ。お前らまだ冷めてなかったのか?」

「ふふふ。乙女の恋と復讐心は冷めにくいのよ?」「あと火照った体とかね」

 浮遊シャボンで近寄っていたのか、気付けば両サイドから挟み込むように魔女達が仁王立ちしていた。吹き付ける風がマジシャン風のマントをぱたぱたとはためかせる。

 風のおかげで爆弾シャボンの脅威はないだろうが、おれも《レオ》で逃げるのは無理だ。

「それじゃ、大人しく──」「──お仕置きされようか?」

「ま、待てお前ら。話せば分かるから――ッ!」

「ふっふーん。アルマ? 男なら大人しくお仕置きされなさ――きゃっ!?」

 ストローをふりふりさせていたマーニを押し倒す。ふにっと男よりは若干柔らかい感触にどぎまぎしながらも体を密着させる。

「わっ!? ちょっ、待って! 私、まだ準備が――っ!?」

 わたわたと慌てふためくマーニだが残念なことにおれはお前とどうこうするつもりはない。今は仕方なくそうしてるだけだ。

「つ、ついに野外プレイ!? ――ってそうじゃなかった! こらアルマ! マーニを離──きゃうっ!?」

 直後、すさまじい突風が下方から巻き起こった。おれ達より離れてるソールですらまくれるスカートを押さえながらも必死に落ちないようにしているのだ。その突風の直撃を受けているおれ達にはそれ以上の風が襲い掛かってくる。呼吸が苦しくなること数秒、風は収まり、その代わりにと言わんばかりにアルマ達の前方に奇妙な男が立っていた。

「よぉ。ちょっといいかい、そこのお三方」

 僧服に黒塗りの十字架。そしてそんな見覚えのある服装の下から覗くのは真っ白な包帯。

さながらそれは――

「俺は〝ミイラ男〟。お前らさ、ジャックって俺と同じ格好の奴見なかった?」

「「「っ!」」」

 すかさずマーニを抱き起こし距離を空けるアルマ。その行動で理解したのだろう、〝ミイラ男〟と名乗った男はニンマリと包帯に覆われた口元を歪めた。

「どうやら、知ってるみたいだな」

「もしかして、敵討ちか?」

 鈴を握り締めるアルマ、ストローを口に咥えて臨戦態勢を取る魔女達を見て〝ミイラ男〟は「冗談じゃない」と笑い飛ばした。

「誰があんなデカ物の敵討ちを取るか。召集掛かってるのに来る気配がねぇから様子見に行った。そしたら何故か鍾乳洞が崩壊してる。憶測で向かった町じゃあお前らが怪しかった。ついでに新聞に目を通せばデカ物が奪いに行ったはずの『ホープダイヤモンド』は怪盗アルマゲストに盗まれたっていうじゃねーか」

 ニシシ。と笑う〝ミイラ男〟。体格は明らかにジャックに劣るというのに……異質なオーラがアルマ達の生存本能に警鐘を打ち鳴らして止まない。

「お前、怪盗アルマゲストだろ?」

 口元を歪めたまま問う〝ミイラ男〟にアルマは頬を伝い落ちる汗を拭こうともせず尋ねる。

「もし、そうだったら?」

「簡単さ。俺はお前を――」

 スッとその背に背負っていた物を握り締める。布でぐるぐる巻きにされた棒状の物。

 直後、アルマは〝ミイラ男〟の殺気が膨れ上がるのに圧されるように鈴を鳴らした。


「っ! 蟹座の軌跡キャンサー=エトワールッ!」

「――殺す」


 ドンッ!と爆発にも似た突風が渦巻き、銀色の騎士剣を掲げたアルマの腕に鈍痛が走る。

 運良く《キャンサー》はアルマの首筋目掛けて放たれた一撃を防いでいた。

 しかしそれだけでは終わらない。そのまま流れるような動作で、鳩尾、下腹部、再度首、こめかみ、鳩尾と連撃を繰り返す。それを直感的に受け流すアルマ。その全身に鳥肌が立っていた。

(こい、つっ!)

 急所目掛けて放たれる神速の連撃をいなす。しかしそれは徐々に追いつかず、頬や肩を掠めていく。

(目にも止まらない速さで急所ばっかり狙ってやがるっ!)

 一見すると乱れ打ちのように見えてその実寸分狂わず急所を狙う一撃。

(早いっ!)

 〝ミイラ男〟が剣を後ろ手に引くのが見えた。今度は突き。先程の速度で胸を突かれれば死は免れない!

(やっべ!)

「――アルマから離れろぉ!」

「おっと!」

 どこからともなく飛び出してきたサンデーを〝ミイラ男〟は辛うじてかわす。

「そーいや、四人だったな」

 思い出したように呟く〝ミイラ男〟。

「アルマ、だいじょーぶ?」

「あ、あぁ。助かったよ」

「えへへー」

 にこにこと目を細めるサンデー。彼女には悪いが今は和めない。

「お前ら、気を付けろ。こいつ――強いぞ」

「当たり前だろ? これでも俺は司教。幹部だぜ?」

「司教?」

「そうさ。[教団]の幹部のことを俺達は司教と呼んでいる。ちなみにデカ物も司教だ」

「幹部、か」

 どうりで手強いわけだ。[教団]がどんな組織か知らないが、あのジャックと目の前の男を見ていればその恐ろしさは分かる。

 ジャックがとんでもない破壊力と防御力の持ち主ならば、目の前にいる〝ミイラ男〟という人物はずば抜けた速度と殺人術の持ち主だ。

「さて、数は揃ったみたいだし、そろそろ再開といこーか」

 ニシシ。と笑いながら〝ミイラ男〟は得物を構え――その姿が消える。

「っ! サンデー、離れろ!」

 サンデーの前に飛び込みながら《キャンサー》を構える。その直後、鈍い痛みと共に横殴りの一撃がアルマを襲う。

「ぐ、あっ!」

 その勢いのまま吹き飛ばされたアルマは鉄骨に背を打ち付けてしまう。しかし自分に向けられる殺意に反応し《キャンサー》を前に構える。

「ほぉ。もしかして見えてるのか?」

「どうだかな」

「はは。こりゃーいい。おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁああ!」

「っ!」

 ガンッガンッガンッガンッガガガガガガガ……

 暴風のような連撃がアルマを襲う。その重圧に耐えられなくなったのか、元々錆び付いていた鉄骨がへし折れた。そのままアルマの体は宙へ。

「お、わぁあ!?」

「ははっ! まだまだ行くぜぇ!」

 ドンッと落下していく鉄骨の残骸を踏み台に〝ミイラ男〟がロケットのように飛び込んでくる。そのまま得物をアルマの胸目掛けて突き出してくる。

「くっ!」

 それを危ういところで受け流したアルマだが連撃は止まらない。まるで羽ばたくかのように得物を乱れ撃つ。

「ほら――よっ!」

 両手で得物を振り下ろしてくる。その一撃に耐え切れずアルマの体は他の鉄塔に衝突する。〝ミイラ男〟は華麗に別の鉄塔に着地すると息つく暇も無くそれを蹴り飛ばし襲い掛かってくる。一体どれほどの力を使ったのか、その衝撃で鉄塔が崩壊していった。それらは他の鉄塔をも巻き込んでいく。

「あいつらは無事か?」

「随分優しいじゃねーかアルマゲスト?」

「ちっ!」

 下方から飛び込んできた〝ミイラ男〟に舌打ちしながらアルマは後方へとバク転しながら逃れる。得物を振り下ろされた鉄骨にひびが入る。

「ったく、どんだけ馬鹿力なんだよっ!」

「おいおい、まさか本気で馬鹿力だと思ってるんじゃねーよな?」

 得物を肩に担ぎながら尋ねる〝ミイラ男〟。勿論おれだってそんなこと考えていない。

「手品、か」

「あぁ。見りゃ分かるだろーが、道具は包帯だ。そして手品名は《有利な見地バンテージ・ポイント》」

「身体能力強化の手品か」

「あぁ、半分正解。半分不正解だなアルマゲスト」

「はぁ?」

 あの神速の連撃は身体強化じゃないのか? 訝しむアルマに〝ミイラ男〟は笑いながら説明しだす。

「この力は時間の縮小。たった一秒で五分程度の行動を行える。どういう意味か分かるだろう?」

「……おれ達よりも時間が早い?」

「あぁ、そういうことだ」

 ケラケラと愉快げに笑う〝ミイラ男〟だったが、不意にその笑い声が止まる。

「それじゃ、そろそろ死ね」

 ドンッと姿が掻き消える。咄嗟に剣を構えるアルマだが殺気は左から。

「残念。横ががら空きだぜ」

「しまっ――」

 ドンッと音が炸裂する。しかしそれはアルマの頭を砕く音ではなかった。

「ふーっ。ギリギリセーフ」

「マーニ!」

「おっ待たせー。プリティーキュートな月の魔女、マーニ様登場!」

「同じくセクシーキュートな太陽の魔女、ソール様登場!」

「えっと、えっと……天然まったりな猫耳娘、サンデー様とうじょーっ!」

 ビシッとポーズまで決めて姿を現す三人。ぜってーサンデーの台詞を考えたのは双子だ。

 そしてそれをやるサンデーはやはりそうなのか。

「お前ら、早く逃げろ!」

「安心しな、まずはお前を殺すからな」

 周囲に漂っている爆弾シャボンを得物の一振りで生み出した烈風で吹き飛ばしながら〝ミイラ男〟が飛び出してくる。

「くそっ! なんとかならねーのかよ!?」

「ならないね。俺からは逃げれねーし、勝てないぜ。こんな風に――な!」

 そう言うと〝ミイラ男〟は魔女達が投げ飛ばした鉄骨の欠片を弾き飛ばした。

「気付かれれば最後、例え銃弾だろーがその速度を上回るからな」

「ちっ!」

 その隙を突いて反撃を試みるが呆気なく弾き返される。その威力にアルマの腕が持っていかれそうになる。

「なにか、ないか?」

 連撃を受け流しながらアルマは周囲に視線を配る。眼下は崩壊した鉄塔の山、足場だって細い鉄骨で下手をすると他の鉄塔のように崩壊す――

「っ! マーニ、シャボンで鉄塔を壊せ!」

「えぇ!?」

 突然の命令に唖然とするマーニ。それとは対照的にソールは言われた通りに爆弾シャボンを吹き出していく。たちまちにして無数のシャボンが漂い、鉄塔の一部を爆砕する。

「獅子座の軌跡(レオ=エトワール)!」

 銀色の靄と化した《キャンサー》から《レオ》へと切り替わる、そのわずかな隙を利用してアルマは魔女達の浮遊シャボンへと飛び乗った。

 その背後で〝ミイラ男〟を巻き込みながら鉄塔が崩壊していった。


***


「やった、の?」

「いや、まだだ」

 瓦礫の山と化した一角、そこだけ歪に浮かんでいた。〝ミイラ男〟が《有利な見地》で鉄骨を弾いているのだ。

「ど、どうするの!?」

「お前らはここにいろ」

「はぁ? アルマはどうするの?」

 半眼で問いかけるソールにアルマは「この高さならギリギリか?」と〝ミイラ男〟の位置と高さを目測しながら一人頷く。

「おれはケリを着けてくる」

「って、マジ?」

「マジ」

 〝ミイラ男〟が弾き飛ばした鉄骨のうち、天を突き刺すようにして聳える物に目を付けアルマは飛び降りた。


***


「数で挑んだのはいいが……」

 周囲に積みあがった鉄骨を見回しながら〝ミイラ男〟は天を仰いだ。

「これで終わりじゃねーんだろ? アルマゲスト」

「あぁ」

 天を突き刺す鉄骨に見事着地したアルマは〝ミイラ男〟を睨みながら指を三本突き立てた。――それは彼の勝利宣言だ。

「一つ。お前が鉄塔を破壊できるほどの実力者だったこと」

「褒め言葉と思っておこーか」

「あぁ。二つ。お前が自分の手品を過信していたこと」

「あー、それは否定できねーな」

 ぽりぽりと包帯で覆われた頬を掻く〝ミイラ男〟目掛けてアルマは飛び込む。その手には《サジタリウス》の弓矢。

「三つ目は――この場じゃバンテージ・ポイント有利な見地は不利な見地だってことだ!」

「あぁ、なるほど」

 そこで〝ミイラ男〟も己の敗因に気付いたらしい。周囲に視線を配り肩をすくめる。

「壁、か」

「あぁ、その通り。どんなに早くてもどこから来るのか分かっていればおれもやりようはある」

 周囲は鉄塔の残骸により作られた壁。上からはあらゆる〈物〉を消滅させる《サジタリウス》を構えたアルマ。攻撃しようが回避しようが、〝ミイラ男〟は上に向かうしかない。

 にもかかわらず。

「残念だなぁー、アルマゲスト」

 〝ミイラ男〟は笑っていた。

「なっ!?」

 《サジタリウス》は真っ直ぐに〝ミイラ男〟の包帯を――通り抜けた。

「な、なんでだ!?」

 そのまま〝ミイラ男〟へと飛び込むアルマだったが、その瞬間〝ミイラ男〟の体は歪み、掻き消えた。

「ど、どういうことだ?」

「こっちだぜ、アルマゲスト」

 声は頭上から。壁の淵には二人の人影。

 一人は風に包帯をなびかせる〝ミイラ男〟。

 もう一人は――サイズが合っていないのか、ぶかぶかの僧服に覆われていた。

「こっちは司教ルージュ。口数が少ないが、すげー奴だ」

「……よろしく」

 僧服から聞こえてきた声は少女っぽい。わずかに揺れたが、もしかして頭を下げたのか?

「んで、なんのようだルージュ? お前さんがわざわざ出てくるってことはあの方からの伝言なんだろ?」

「……うん」

 またもや揺れる僧服から答えがくる。すでにこちらを忘れているように〝ミイラ男〟は問い質す。

「で、なんだ?」

「……司教ジャックが先程戻ってきた」

「なにっ!?」

 その言葉に驚愕したのはアルマだった。まさか、あいつが生きていたなんて……

「残念だったな、アルマゲスト」

 ケラケラと笑う〝ミイラ男〟にわずかに荒っぽい声が続けた。

「……なので今すぐに戻ってください」

「あー、待て。今からこいつを殺」

「戻ってください」

「あー、はいはい。じゃあそういうことだ、アルマゲスト」

「っ!? ま、待て!」

「無理だね。今すぐ戻らねーといけないんだ。まぁ、安心しろ」

 ぐいっとルージュとかいう仲間を軽々と抱え、〝ミイラ男〟が吐き捨てる。

「今度会う時は死ぬ。だから今のうちに悔いのないように生きるんだな、アルマゲスト」

 直後、その姿は掻き消え何事もなかったように静まり返るのだった。

 ただ、アルマの胸中に言い知れぬ不安だけを残して。

「[教団]、か……なんか嫌な予感がする」

 それが的中することを、今の彼は知る由もなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る