第十一夜:アルマと怪盗
暗鬱とした森の奥に、その屋敷――エリザベート・バートリーの屋敷はひっそりと、まるで次の獲物を待ち構える蜘蛛のように建っていた。
「うへ~。なんか不気味だな」
屋敷の城壁を見上げてアルマ。壁のいたる所にシミがあってとてもじゃないが人が住んでいるとは思えない。
「他の人から聞いた話だと、この屋敷に『
「ね、ねぇアルマ」「やっぱここ、止めない?」
「ねぇねぇ、お化けが出てきそうだよ! 早く入ろうよ!」
ぐいぐいと袖を引っ張ってくるのは言わずもがな、ソールとマーニ。
そしてこちらも言わずもがな、目を輝かせて屋敷を見上げるのはサンデーだ。つい数日前にとんでもないことがあったにも関わらずこの有様、ふとした瞬間に意識してしまう自分が馬鹿に思えてくる。
「止めないしまだ入らない。これから予告状を出すんだからな」
そう言って懐から取り出すのは封筒に入れられた予告状。藍色の封筒はどこか星一つない夜空を感じさせていかにもアルマらしい。
「で、どうやって出すの?」
「今まで私達、予告状出してるとこみたことないんだけど」
「ん? なに簡単だって。見てろ」
そう言ってアルマは鈴を持ち上げると「
「なるほど、変装して館に侵入するのね」
「? でも一般人に変装しても不審すぎない?」
アルマは気にする様子もなく玄関へと向かう――と当然の如く警備員らしき者が立ち塞がる。アルマはそのまま何度か警備員と言葉を交わすと手紙を渡し――走り出してしまった。警備員は呆然とそれを見送ると手紙に視線を落とし――持ち場に戻ってしまった。
「と、こんな感じだ」
変装を解いたアルマが戻ってきた。こんな感じ、と言われてもあれじゃ訳が分からない。
「何を話してたのよ?」「それが分かんないんだけど」
「あぁ。『エリザベート嬢に恋文を出す勇気しかなかった。出来れば渡していただきたい』つって逃げた」
「……いつもそうしてるわけ?」
「ああ。でもちゃんと性別は使い分けてるんだぜ――ってどうした? 目、変だぞ」
「「なんでもない」」
じと目でこちらを見返してきた魔女達はため息を吐くとそのまま距離を置いてしまった。
なんなんだ一体。
「とりあえず、決行は夜。それまで近くで休憩」
***
エリザベートはおかしな男から届いたという手紙を開けるとそれをため息と共に初老の召使に手渡した。突き返された予告状には血が付着していた。手紙だけじゃない。全体的に血の匂いが充満しているのだ。必死に吐き気を抑えている様子の召使にエリザベートは顔を合わせもせず声をかけた。
「それより、もう一つの予告状のほうが問題なのよ」
「はい。どちらも対処できるように人員を配備しております」
「そう。ならいいわ。でも、そちらの怪盗の方を殺す事を優先してくださいね?」
「お召しのままに」
エリザベートに頭を下げ、召使はその場を離れていく。そこでようやくエリザベートの視線が動いた。視線は赤い湯船の上。赤く染まりつつある予告状。
赤く染まった予告状、読み取る事が出来た文字はほんのわずかだった。
『――今宵、貴方の罪を暴きに向かいます――』
***
そして夜。アルマは《キャンサー》で壁に手足を引っ掛けることが出来る程度の穴を穿ちながら壁を這い上がっていた。
「ねぇ、なんで今日はあの弓矢使わないの?」「そっちの方が楽じゃない?」
「弓矢? ってあのすっごい手品?」
下から聞こえてくる魔女とサンデーの疑問にアルマは声を潜めながら答える。
「おれの勘がそうしろって言ってんだ。おれの勘、当たるんだぜこれでも」
「それなら浮遊シャボンで一発じゃない」
「……」
「「「?」」」
「そこまで考えてなかった」
「~~~~~っ!」「馬鹿! 女の子のこと考えれば真っ先に浮かぶ案でしょ!?」
「ちょっ! お前ら黙れ! 気付かれるだろうが!」
「おい! そこにいるのは誰だ!?」
「くそっ! バレちまったじゃねえか! お前ら急げ」
作戦を即座に変更し《サジタリウス》で壁に穴を穿つ。そこから裏庭に忍び込むと脇目も振らずに屋敷へと走りだすのだった。
***
「どういうことかしら? 外の者をどうやって潜り抜けたのかしら?」
「それなら皆寝てしまっているよ」
肩をすくめて答える少年にエリザベートは舌打ちを打つ。使えない人間達だ、と。
「彼らを責めているのなら筋違いだね。相手が悪かったんだ」
「おのれ、ナイトメアめ……っ!」
「もう慣れてるからいいんだけど……そんな目、怖くもないね」
「あっ?」
「それじゃ、予告通り――貴方の罪を暴きにきましたよ」
***
屋敷内の異変に初めに気付いたのはアルマだった。
「どういうことだ?」
「みんな寝てるわね」
「よっぽど軽く見られてるんじゃない、アルマ?」
「ボクなんてまだ起きていられるのに」
一人場違いな感想を洩らしてる猫娘さんは放っておいて、確かに全員眠っている。
「まぁ、だからって困る事はないんだけど……なんか嫌な予感がするな」
その時だった。部屋を守るように配置されていたと思われる二人の巨漢が床に倒れているのとその部屋から二人分の声が聞こえてきたの。
「あっ?」
初めに聞き取ったのは何かに驚愕するような、そんな声だった。
「それじゃ、予告通り――貴方の罪を暴きにきましたよ」
次に聞こえたのは凛とした声だった。まるで何かを戒めるような、そんな声。
「ちょっと待った! ――っ!?」
その声に割ってはいる形で部屋に飛び込んだアルマ。そして目にしたのは。
床に倒れる一人の女性と、その傍らに立つ、自分に背を向けている形の少年。
「ん? 誰かな――っ!?」
ゆっくりとこちらを振り向く少年。その少年はこちらの姿を認めた途端、目を見開き硬直した。
瑠璃色の髪を肩まで伸ばし、同色の瞳は黒縁眼鏡の奥で煌いている。
その顔に、ある子供の面影が重なった。口を開いたのは少年の方だった。
「久しぶりだね、アルマ」
「お前、は……」
信じられない。なぜ? どうして? なんで、こんなことを?
聞きたいことが多すぎて一言も言えないアルマに少年はふぅーと短くも長くもないため息を吐くと口を開いた。
「同じ孤児院で育った友人の名前も忘れたかな? ボクはメア。怪盗ナイトメア」
「っ! メア! お前、なんでこんなことやってんだよ!? 見損なったぞ!」
メア。孤児院の友人。互いに誰も傷つけない絵本の中のような怪盗になろうと語り合った友人。それが、今、女性に何かをした?
しかしその言葉を受けて心外だ、とばかりにメアは眼鏡を整いなおした。
「見損なった? それはぼくの台詞さ、アルマ」
「なんだと?」
「まさか、君がそれほどまで堕ちるところまで堕ちた男だとは思ってなかった、ってことさ」
本当に失望しているように呟くメア。言ってることが分からない。
「なんのことだよ。お前の方が堕ちたんじゃないかよ。人を傷付けるなんて」
「君はこれのことを言っているのか?」
そう言って傍らに転がる女性を見下ろす。そして。
「こんな
「っ! メアぁぁあああああ!」
鈴を鳴らす。口は反射的に《キャンサー》を求めていた。腕の中に生まれる銀色の騎士剣。切れ味をナマクラにする理性が残っていたのは運がよかった。
「君がぼくに憤る理由はないね。本当のことを言っただけだし、君だって同じなんだよ?」
「なっ?」
メアは何もない空間から一振りの剣を生み出していた。反りの美しい片刃の剣。
その剣が《キャンサー》を打ち付けた瞬間、鈴を打ち鳴らすようなシャンッという音と共に花びらのような火花が散った。
そんな普通の剣じゃありえない現象にアルマが虚を突かれた隙を突いてメアの容赦ない蹴りが腹部に繰り出された。
「がっ!」
「「アルマっ!」」
「隙だらけだよ。君は昔からそうだった。そういうところは代わってないのに、なんで君はそんな堕ちるとこまで堕ちるほどに変わり果ててしまったんだ」
「だから、なんの話をしてんだよ」
「分かってないのか? それほどまでに君は変わってしまったのか?」
メアが剣を握る手を振った瞬間、あの剣は無数の桜吹雪と化して散った。舞い散る花びらが余韻となってもその目は美しさからかけ離れた光を讃えていた。
「ふざけんなよ。おれのどこが変わったんだよ」
「じゃあ教えてやるよ、アルマ。君がまさか、まさか!」
そしてズバッと人差し指をアルマに――ではなく、アルマへと駆けつけてきた魔女二人に向けられる。
「まさか君がそんな小さな女の子を侍らせてるなんて、見損なったよ!」
「違うわっ! お前おれをどんな目で見てんだよ!」
「問答無用!」
メアが飛び掛ってくる。その手はおかしな具合に握られていた。
まるで、剣を握り締めるような――ってもしかしてアレか!?
「お前ら離れてろ!」
《キャンサー》を突き出す。するとやはり硬質の手応え。そして舞い散る火花。
「接触した時だけ見える剣? とにかくまともなもんじゃないな」
「これは紅桜。魔剣の一種だよ。でもただ花びらみたいな火花が散るだけであとは決して折れない」
「? 消えるんじゃないのか?」
「それはまた違うけど……君には関係ないね。君の罪を暴かせてもらうよ、アルマ」
「んだと!?」
メアの目が一瞬、異様な光を放ったかと思ったアルマはその気迫に押され間合いを開けてしまった。その異変に意識を巡らそうとした瞬間――眼前が爆ぜた。
「うわっ!?」
おもわず後ろへ飛び退いたアルマだが――そこで喪失感。反射的に後ろを振り向くとそこには虚空。右足だけが宙に浮いていた。
(お、落ち――っ!?)
「――そこから空へと飛びたつか? ならばイカロスのように叩き落してやろう――」
パチンッというどこかで聞いたことがある声と指の打ち鳴らす音が聞こえた直後、炸裂する炎がアルマを突き上げた。
「うがあああああ!?」
そのまま受身も取れずに地面に倒れる。そしてそんなアルマを見下していたのは――赤い騎士。
「ダニエルっ!?」
しかしダニエルは表情一つ変えずに指を鳴らした。そして視界はまた炎に覆い尽くされた。
「うわああああああっ!――って、あれ?」
おもわず瞼を閉ざしたアルマ。しかし炎はいつになっても訪れない。
代わりに訪れたのは嘲笑。そしてあまりにも重過ぎる、鉄塊のような拳。
「――《キリングマシン》――」
「ぐはっ!」
飛び込んできた拳が胸を打ち抜き弾き飛ばされる。身体中に砂粒が纏わりつく。
「どういう、ことだ? 今度はジャック? ――がぁ!?」
「イッヒッヒッヒッヒ。そのままァァア、死ねェエエエエ!」
頭を鷲摑みにされる。その頭に激痛が走り、意識が途切れる。
***
「いてっ!? あ、あれ?」
目を開くと魔女の顔が飛び込んできた。その視界の隅にはこちらを見つめるメアの姿。
「お、おれ、どうしたんだ?」
「どうしたんだって、寝てたんじゃない」
「そうそう。カチーンって硬直して、ばたん、きゅ~」
「ね、寝てた? なんで? いつの間に?」
「あのね、あのね、あの人の目がね、なんか光ってた!」
アルマの疑問に答えにならない答えが帰ってきた。サンデーの証言に首を傾げるアルマ。
しかし次に投げかけられた言葉で緊張が迸った。
「騎士に[教団]……意外と強いみたいだね、アルマ」
「お前が知ってるってことは……手品か?」
「そうだよ。ぼくの手品は《
ぺらぺらと惜しげもなく自分の手品について解説するメア。ただし手品道具については言及していないところを見るに、自分で考えろってことか。
「幻を見せる? そういや、目がどうのこうのつってたな。じゃあ簡単じゃねえか。眼鏡だろ?」
「さぁね。まぁ、分かったところでどうなるものでもないけどね。――《幻世界》」
その目が怪しく歪む。しかしそれを遮ったのは自分の瞼ではなかった。――メアへと飛び掛ったマーニだった。
「させるかぁ……うにゅ~~」
すぴー、と寝入ってしまうマーニ。なにやらもぞもぞしているが何を見ているのか?
そしてどういった訳か、メアは電流が流れたかのように硬直すると――いきなり崩れ落ちた。
「は?」
一体、何を見たんだ?
***
とりあえずメアの体を縛ったあと、マーニを目覚めさせる。
「おーい、起きろー」
「うにゅ。ダメだよぉ、アルマ。そーいうのは、結婚してからで……むにゃ」
「……」
なんとなく、こいつが見た夢が分かった気がする。
「なるほど。だからメアは倒れたのか」
「そうだよ。やはり君はとんだ変態だったんだねアルマ。そんな女の子を襲うなんて、君という男は」
「違う! 多分お前が見たのはおれが手品の影響でおかしくなってた時で」
「っ!」
「うわっ!? お前、人の話聞け……よ?」
いきなり体当たりしてきたメアに怒鳴り返そうとして気分が静まった。なぜなら――
――なぜなら、彼の肩から大量の血が溢れ出していたから。
「お前、どうしたんだ?」
「その方には死んで頂きますの。貴方はアルマゲスト様かしら? 三人も女の子を連れていらっしゃるのね?」
カツンッとヒールを打ち鳴らすのはいつの間にか目覚めていた女性だった。右手には拳銃、左手には何故かマーニを抱き寄せていた。
「あんた、何やってんだよ!?」
「気を、付けろ、アルマ。そいつは――エリザベート・バートリー、は」
肩から血を流しながらもメアはその瞳をエリザベートに突きつけていた。
「――若い娘を殺し、搾り取った血を浴槽に浸して身を
「なっ!?」
「ちょっ! マーニを離しなさいよ!」
とんでもないことを突きつけられ叫ぶソール。それを聞きつけマーニがようやく目を覚ました。
「う、うにゅ?」
「場合によりますわね。ねぇ、お嬢さん。貴方、処女?」
丁度良い、とばかりにマーニに囁くエリザベート。するとマーニは顔を真っ赤に染めながらぶんぶんと首を振った。熱っぽい視線をアルマに向けながらぽつりと答える。
「ま、まだ貞操は守ってるもん。そりゃ、いつかはあげたいけど……」
「それじゃ答えは決まりました。この娘はもらいます。処女の血はわたくしを美しくしますもの」
「ふ、ふざけんじゃないわよおばさん!」
「失礼な娘ね。貴方も処女なのかしら?」
「あ、当たり前でしょ!? そりゃ、いつかはあげたけどさ!」
「お前ら馬鹿か!?」
正直に答えるとこが馬鹿すぎる。そんなおれ達を見てエリザベートがくすりと笑った。
「ある日ね、ミシェルという殿方がいらしたの。とても美しい方でしたわ。わたくし、殿方への想いを告げたのですけれどダメでしたわ。でもその時ね、その殿方はおっしゃってくれたんです。処女の血を浴びれば美しくなると。わたくしが美しくなれば考え直そうと」
「それで今まで多くの女性を殺したっていうのか?」
「そうだよ。だからぼくが罪を暴きにきた。完璧な黒だったよ。奴隷商を招き処女を買占め、殺害。その血に浸かったんだ。召使の女も殺している。他には貧しい家庭におもむき金と引き換えに少女を買った。その晩少女を殺して顔を洗った。冷やした血を香水にもしていたよ」
「えぇ。懐かしいわ。貴方のおかげでいい夢が見れましたわ。まさかまたミシェル様にお逢いできるなんて。でも、まだですわ。まだ足りませんわ」
「アルマ、一つ頼めるか?」
「なんだよ?」
「これからぼくが言う場所に走れ。そこから飛び道具があればエリザベートに投げ飛ばせ」
「? あ、あぁ」
「とりあえず、ナイトメアには死んでもらうわ――っ!?」
作戦を聞くや否やアルマは銃の軌道上へと走りだした。これじゃ撃ち殺せと言っているようなものだ。それにエリザベートも気付いてか、にんまりと口元を歪める。
「死にたいのなら貴方から殺して差し上げますわ」
「――いまだ、アルマ!」
「おうっ! ――
《サジタリウス》を生み出すや否やそれをエリザベートへと放つ。決して〈者〉を傷付けない弓矢を反射的に回避するエリザベート。と、その直後メアが左手をおもいっきり振りかぶった。その軌道上から突如として桜吹雪と一振りの剣が姿を現し、エリザベートが握り締める拳銃を弾いた。
「くっ!」
拳銃が弾かれたエリザベートは自分へと飛び掛ってきたアルマに抱き寄せていたマーニを突き飛ばして間合いを取った。そのまま脇目も振らずに弾かれた拳銃を拾おうと駆け出す。――が、それまでを予測し、駆け出していたメアの方が一足早かった。左手で銃を拾い上げ、それを突きつける。
「ひっ! う、撃たないで!」
「撃たないさ。でも、貴方には[王室]が下す罰とは違う、ぼくからの罰を受けてもらいます」
メアの瞳が怪しく歪む。恐らく手品だろう。
「――貴女に罰を下します。《幻世界》」
「あ、あ? アアアアあああああああああああああああああああああ!?」
一瞬、惚けた表情が一変、苦痛で歪んだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃい!」
体を抱きかかえ打ち震えるエリザベート。数秒後、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。すかさずメアがその体を拘束する。
「な、なにをしたんだ?」
ぐるぐる巻きにされたエリザベートを見下ろしながら尋ねるアルマにメアは肩の止血を終えた後に解説した。
「さっき言ったけど、ぼくの《幻世界》はあらゆる幻覚症状を引き起こす夢を見せる。だから外傷一つなく命を落とすことが出来るんだけど、症状はぼくが決められる。さっきは視覚と嗅覚、あと味覚」
「触覚がないんだな。ってことは心理的な苦痛を訴えていたのか?」
先程のエリザベートを思い出しながら答えるとメアは黙って首肯した。
「ちなみに、ぼくの手品で見せる世界はぼくが決められる。君とえっと……あの女の子には過去の出来事を見せて、エリザベートにはかつて自分が犯した罪を被害者の目線で見せた」
「? どうやるんだ?」
「簡単さ。例えば、男が下腹部を蹴られるのを見ると痛いと思ってしまうだろ? 自分のことでもないのに。人間は少なからず相手の状況を考えるのさ。ぼくはエリザベートが想像していた被害者の主観イメージを与えただけ」
「へぇ。なんか難しいな」
「言うと思ったよ。さて、じゃあ今度は変態に成り果ててしまった君に罰を与えようか」
「いやいや、だからそれは誤解だって」
「あぁ。君が歌姫の手品でおかしくなったのも見た。でもね、女の子視点から見た記憶だ。ぼくは吐き気が止まらなかった。彼女の視界を共有するぼくの目の前にはデレデレの変態が変態行為を為そうとしていたのだからね」
「そ、それは……」
想像すると吐き気がっ! おもわず口を押さえたアルマだったが不意に扉の軋む音がしたのに気付いてそちらに視線を向けた。
「ナイトメア様、どうやら無事に解決してくれたみたいですね」
「えぇ。エリザベートの身柄は拘束してます」
「ありがとうございます」
「は、え? あの、あんた誰?」
アルマのごもっともな意見に初老の男性は微笑を浮かべると深々と頭を下げながら名乗った。
「わたしはエリザベート様にお仕えしております執事です」
「執事? いいのか、これで?」
「えぇ。お嬢様はすっかり変われてしまった。それもこれも殿方のおかげで。もうこれ以上お嬢様が罪を犯すのがわたし達には耐えられません。あぁ、そうだ。貴方様もご協力ななされたみたいですのでほんのお礼を。貴方の予告状にあった『魔女への鉄槌』をどうか持っていってください。これも殿方がお嬢様にプレゼントなされた不埒な物ですので」
「は、はぁ」
「それでは、ぼくはこれで。じゃあな、アルマ」
「あ、おい」
そう言うとメアはアルマを完全に無視して立ち去ってしまった。出て行く間際、マーニから視線を逸らしたのは気のせいじゃないだろう。
「……まぁ、いいか? お前ら、帰るぞ」
「え? ええ」「オッケー」「にゃ?」
用は済んだし、結果は微妙ながらも良しとしよう。
アルマは魔女達を引き連れると正々堂々正面玄関から出て行くのだった。
***
それからしばらくして、サンデーが思い出したように口を開いた。
「そういえばね、アルマ。あのメアって人がアルマに伝言って言ってたよ?」
「伝言?」
「うんっ。えっとね、『怪盗を名乗る者として、君には負けないから』だったにゃ」
「へぇ。そうか。ふ~ん」
「……嬉しそうね、アルマ?」
「いんや~? べっつに~~」
嬉しさで緩む口元を押さえていた時、一陣の風と共に今の季節に似つかわしくない桜の花びらが舞い散るのだった。
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