第九夜:アルマと〈元〉副船長


 ザザーン……ザザァアアアア……


 波が押し寄せる。この季節はまだ若干冷たい。つーか凍える。なんだよ、この冷たさ。

 そして肌に張り付くびしょ濡れの服がえらく気持ち悪い。

「う、うぅん? ここは?」

 むくり、と起き上がり周囲に視線を巡らすアルマ。後ろには無情に広大な海、前には森。

 一見すると無人島と見間違えそうだが、大丈夫。ここは【翠玉地域エメラルド・エリア】だ。どうやら波に飲まれそのまま【紅玉地域ルビー・エリア】の境を越えてしまったらしい。自然豊かな【翠玉地域】だから一瞬マジで無人島かと思った。

「あ、そうだ。おーい、お前ら、大丈夫――かっ!?」

 グルンッ!と傍らに感じるちまっこい体――恐らくソールかマーニの方に視線を向けたアルマはその視線を倍の勢いで逸らした。

「う、うにゅ~~~」「お、おぼれる~~~~~」

 どうやら二人は固まってるらしかった。傍らからそんな言葉が聞こえてくる。とにかく、今見たものは気のせいだ。おれは何も見てない! 波に揺られ完全にめくれ上がったスカートの中の瑞々しい肌色とか食い込んでる感じの純白の布とか見てないからな!

「おい、起きろ。生きてるか?」

 顔を向けないように声をかけること数秒、砂を握り締める音が聞こえ、二人が起き上がるのを感じながらアルマはもう一人の存在に気付く。

「そういや、サンデーは?」

「ここだよ」

 ピチャッと水が跳ねる音が一つ。アルマはそちらへ視線を移して――硬直した。

「なっ!」「ちょっ!」

 背後からマーニ達の驚愕に満ちた声が聞こえた。うん、おれも同じ心境だ。

「? どうしたの、みんな?」

 こくん、と首を傾げて問うサンデー。髪から水滴がぽつぽつと零れ落ちる。露になったうなじは女の子らしさを感じる。が、問題はそれより下の方だ。

 サンデーが着ている服はゴスロリワンピース。魔女達のマジシャン風のワンピースとは違い、女の子らしさ全開の服が海水で張り付いている。別に張り付く分はアルマ達と同じだから問題はない。問題はその下。

(つ・け・て・な・い!?)

 そう。つけてないのだ。上の方も下のほうも、本来隠されていなければいけないところに何もないのだ。魔女達も上の方は着けてないだろうが、まな板レベルの魔女と平均のサンデーを比べちゃいけない。女の子らしいふくらみには二つのとっ――

「なに、マジマジ見とんじゃーっ!」「悪殲滅、健全なる狼少年に制裁をっ!」

「「ザ・ハレンチクラッシャーっ!」」

「おわっ!?」

 フッとおれの眼前――つまり色々エロすぎる状態のサンデーを守るように回り込んできた魔女達が何の躊躇もなくストローの吹き口を突き出してきた。

 目玉を抉るようなストローの一撃をアルマはギリギリで回避して逆にストローを奪い取った。

「っぶねぇなっ! お前らおれを殺す気か!?」

「「もちろんっ! 乙女の純潔を貶すなっ!」」

 声をハモらせ雷を落とすソール&マーニにその当のサンデーはさらに首を傾げるばかり。

 肌にぴったりと引っ付いた服をそのままにふるふると首を振って水滴を払う。

「ねぇ、なんでソール達怒ってるの?」

「サンデー、自分の危機分かってる?」

「アルマも男なの。狼なの。発情期なの。姫フェチ、歌姫フェチ、なんでもござれなの」

 くるり、と振り返ってサンデーに熱く語り聞かせる魔女達。と、ソールはどこからか絆創膏を取り出すとサンデーに手渡した。

「とにかく、その絆創膏で大事なとこ守っときなさい」

「大事なとこ?」

「?」マークを浮かべるサンデーに魔女達は「「はぁ」」とため息を吐きながら自分達の平べったい胸をとんとん叩く。そして絆創膏を貼り付けるジェスチャー。

 それでサンデーもなんとなく合点がいったのだろう。――いきなり服を脱ぎ始めた。

「「「っ!?」」」

 突然の行動にアルマはおろか魔女達も硬直した。真っ白な臍が、露になり、そして徐々にそれは隠すもののない胸へ――

「だ・か・らっ! マジマジ見るなっ!」「発情狼やろう~~~っ!」

「うぎゃあああああああああああああああ!?」

 ズドーンッ。情け容赦ない爆弾シャボンに巻き込まれアルマの体が宙へ飛ぶ。

 あぁ、もう眼下の青が空なのか海なのか分からな――アルマの意識はそこで闇に飲まれるのだった。


***


「……透けてるから逆にエロい」「なんって羨ま――じゃなくて可哀想なサンデー」

「? エロい? それって面白いの?」

「「全然」」

 即答する魔女に「ふぅーん」と頷きながらサンデーは自分のスカートをもじもじと抑える。ちなみにアルマは背を向けていた。こうしていればハレンチクラッシャーに巻き込まれなくて済む。

「擦れて、なんか変だよぉ」

「っ!? げふっ! ごふっ!」

「「アルマ~~~?」」

「いやいやっ! 今の反則だろっ! そんな声でそんな台詞――ってやめろストロー仕舞えこれ以上爆弾なんざ喰らったらいくらおれでもってぎゃあああああ!?」

 本日二度目の爆破。その爆音にサンデーは両耳を押さえてやりすごす。――その際スカートがめくれて絆創膏がちらっと見えたのは運良く見えていなかった。

「さて。とりあえず発情狼アルマは静かになったから」

「現状の把握ね」

「ね」

 こくり、と頷く女の子一同。まず口を開いたのはマーニだった。

「ここってまずどこかしら?」

「どこって見た感じ無人島じゃない?」

「『むじんとう』? なんだか面白そうな響きだね」

「いや、面白くなんてないわよ」

 目をきらきらと輝かせるサンデーにソールが「ほんと、マイペースね」と呟きながら答えた。

「人がだ~れもいないの。――って、ちょっと待って。誰もいないってことはよ、マーニ」

「うん。私も思った。そうよね、無人なのよね? ここにいるのって私達だけなのよね?」

 うんうんと頷きあって魔女達はぐったりと倒れるアルマへと視線を向ける。その頬が徐々に赤くなっていくのをサンデーは「?」と首を傾げて見つめていた。

「うっわ~っ! ねぇ、男の子ってアルマだけだよ!?」

「ってことは!? ってことは!? 私達、ここでアルマに食べられちゃう!?」

「そして無人島は私達の子供だらけ!?」

「せめて初めては二人っきり、ベッドがよかったのに!」

「いやいや、マーニ、あんたはもう初めてじゃないでしょ」

「何言ってるのよ。私まだ。歌姫のせいで発情したアルマからは一応私、乙女の純潔守りぬいたもん」

「乙女の純潔ってなに?」

 我が勝手に盛り上がる魔女達にサンデーはついて行けずただ頭上に「?」マークを浮かべていく。

「……お前ら、言っとくけどここは【翠玉地域】だぞ」

「「ふにゃぁああ!?」」

 「うわ、そんな急に!?」だとか「あ、、アルマのなんて入らないよ~」とか変な世迷い言をうねうね身をくねらせながらぼやく魔女達が正直怖いが、夢は醒ました方が彼女達のためだろう。

「ここは多分、クレスディアナ海岸。知ってるだろ、クレスディアナ海岸」

「知らないわよ」「なに、その海岸」

「海岸? じゃあ魚がいるの? ボク、サンマが食べたい」

「知らないのかよ。お前らそれでよく怪盗やってるな」

 いや、怪盗やってるのアルマじゃん。ってつっこみはあえて無視してアルマは説明した。

 どうせやることないし、こうやって時間を潰すしかないのだ。

「前にヘラヘラした騎士が居ただろ。真珠姫の」

「? いたっけ?」「騎士ってあの赤いのしか出てこないわよ」

「花火みたいで面白かったよね」

 ……そういや、あの時あいつらって囮にしたんだっけ。サンデーはまだ会ってなかったし、じゃあ仕方ないか。

「『ウォモ・ウニヴェレサーレの絵画』って盗んだだろ? あれ、王様の名前なんだよ。で、その王様が愛する妃と大好きな海の光景を絵に残した。その海岸がここ、クレスディアナ海岸」

「「ほー」」とか「へー」とか感心した様子で海を見つめる三人。だがその感想はいまいちだった。

「その海から流されたんじゃあ……」「ロマンなんてないわね」

「魚……サンマ……」

「あー」

 こいつらに話すだけ無駄だった。そう諦めてアルマは一人うっすらと明るくなりつつある海へと視線を向け――水面の輝きに気付き鈴を響かせた。

「――射手座の軌跡サジタリウス=エトワールっ!」

 《サジタリウス》を生み出すや否や、アルマは弓矢を放った。その矢は凄まじい速度でこちらへと飛んできた〈物〉を打ち滅ぼす。

「うわっ!?」「風がっ! サンデー、スカート押さえてっ!」「あははっ! 風船みたいで面白いよっ!」

 強風にスカートを煽られたり中に入り込んだ風で膨らむスカートを楽しんだり、そんな余波を緊張感なく受け流す三人にアルマは鋭い声を投げた。

「お前ら、気を付けろ! なんか来るぞ!」


「――イヒヒヒヒ。ざーんねーん。オレはァ、もう来てるぜェ」


「「「「っ!?」」」」

 その声は背後から。そして轟くのは爆音。

「っ! 蟹座の軌跡っ!」

 切れ味を自在に変化させる銀色の騎士剣、《キャンサー》。その一太刀で飛来する鉄塊を断ち切る。

「イヒヒ。やァぁあるじャないかァ。そうでねェと、殺しがいがァア、ねェエ」

「誰だ、お前」

「アルマっ! こいつ」「船であった奴!」

「はぁ!? じゃあ、あの船長の仲間か!?」

「イヒヒヒヒ。ちがァアう。オレはァア、〈元〉プライベーティア副船長ォオオ。ジャック・ザ・リッパー。イヒヒヒヒ」

 ジャックと名乗った男は僧服に身を包んだ体をケタケタと震わせながらこちらへ掌を突き出してきた。ジャラッと首に吊り下げた黒塗りの十字架が不気味に音を立てた。

「よくもオレのダイヤモンドおぉおお、壊しやがったなァアアアア」

 煌く閃光。直後、一筋の光がアルマの顔を掠めた。水面に着弾したそれは凄まじい爆発を引き起こした。ぽたぽたと零れ落ちる海水がその威力を物語る。

「今の、手品、だよな?」

「イヒヒヒヒ。まァ、そォーなるなァ。どォーダァ? びびッたかァアア?」

 ローブで顔が隠れて見えないが、むかつく表情を浮かべているに違いない。

(とにかく、距離を取るのは駄目か)

 鉄塊ならまだしも、あんなレーザーみたいな手品、射抜く前にこっちが射抜かれる。

「となりゃ、これしかないか――獅子座の軌跡レオ=エトワールっ!」

 銀色の靄が身を包む。その靄が晴れないうちにアルマはジャックへと特攻を仕掛ける。

「おりゃああああああ!」

 ローブに隠された顔面におもいっきり回し蹴りを見舞う。が、びくともしない。それどころか。

「~~~~~~~っ!」

 鈍痛の走る足を押さえつける。こ、こいつ……固いぞ!?

「イヒヒヒヒ。だせェなァ。今、なんかしたのかァアアア?」

「っ!」

 こちらを見下ろす視線と目が合った。その視線にアルマはゾッとした。

(こいつ……機械みたいな目しやがってっ!)

 無機質な瞳は監視カメラを彷彿とさせる。そんな目を見つめていたら不意にジャックの僧服にシャボン玉が触れ、爆ぜた。

「アルマっ!」「早く逃げてっ!」

「さ、サンキュー」

 わずかによろめくジャックから慌てて距離を取るアルマ。が、

「イヒヒヒヒ。逃がさねェよォ、アルマぁあああああ」

 ドンッという射出音と共に飛び出してきたのは腕、だった。がっしりした腕に頭を鷲摑みにされたアルマはそのまま砂浜に叩きつけられる。

「ぐ、ああああ!?」

「イヒヒヒヒヒ。そのままァ、頭潰すのもォォオ、おもしれェエけどヨォオ。もッとあがけよォオ?」

 腕が腕へと引き戻されていく。アルマは必死に腕から逃れようとするがジャックの指はビクともしない。

「なんだよ、この馬鹿力っ!」

 じたばたもがくが成果なし。それを嘲笑いながらジャックの左手がこちらを向く。その掌に威圧的な光が集い始める。

「イーヒッヒッヒッ。逃げろよォオ、怪盗。じャないとォオオ、死ぬぜェエエ」

「やば――っ!」

「アルマを――はにゃせっ!」

「ヒ?」

 くるくると回転を加えながらサンデーがその左腕に踵落としをお見舞いする。その遠心力を利用した一撃にジャックの腕がそれ、レーザーは的外れな場所へ飛んで消えた。

「さ、サンキュー、サンデー」

 ジャックの腕が緩まったのを機に脱出するアルマ。着地のポーズのまま固まったサンデーに歩み寄る。

「い」

「い?」

「いた~~~~いっ! なにあれ、すっごい硬いよ! ボク、足が痺れてきたぁ~~~」

「まぁ……だよな。あいつなんであんな硬いんだよって感じだよな」

「イッヒッヒッヒッヒ。小娘ぇえええ。邪魔するなよォオオ。あァ、決めたァアア。お前から、殺す」

「に、逃げるぞサンデーっ!」

「足、痺れた~~~」

「~~~~っ。仕方ない。しっかり首に腕回しとけ」

「ふぇ?」

「よっと! それじゃ――逃げるぞ!」

「にゃ、にゃにゃ!? あ、アルマ、これ!」

「……仕方ないだろ」

 慌てふためくサンデーにアルマは素っ気無く答えるが顔が若干赤い。なにせ今アルマはサンデーをお姫様だっこしてるのだから。

 ってか、サンデーお姫様だっこは知ってるんだ。そんなことを考えていると不意に背筋に悪寒が走った。

「逃がさねェよ。死ねェ」

 今度はレーザーではなく鉄塊だった。すぐ後ろに着弾した鉄塊が爆発する。

「そ、そーいやあいつ、どこにあんなの隠し持ってるんだ?」

 ふと浮かんだ疑問を口にすればケタケタと笑いながらジャックが答える。

「それがァアア、オレの手品だからさァアア。イッヒッヒッヒッヒ」

「やっぱ手品なのか。ってことは鉄を生み出す手品? でも――」

 そっとサンデーを降ろしてやれば何故かサンデーは惚けた表情でおれを見つめてきたが今はちょい無視。ジャックの言葉と事実に矛盾があるような気がするのだ。

「――いつ、物を媒介にしてんだ?」

 手品師に共通する、物がなければ意味がない。さっきからジャックはロケットパンチやらを繰り返してきたが、手品染みているのはあのレーザーや鉄塊だけだ。

 って、待て。ロッケトパンチ? あぁ、これでその可能性に気付かないなんてどうかしてるな、おれ。まさか、こいつ……

「体が、機械?」

「せェーいかァーい。よォーく出来まァーした。イヒヒヒヒ」

 ゆさゆさと巨躯を揺らしながら嘲笑するジャック。僧服から覗く腕はしかし、どう見ても人の物にしか見えない。

「オレの手品道具はァ、〈金属〉ゥウ。そしてェエエ」

 こちらへ右手を翳すジャック。その腕に光が収束していく。そして、レーザーと共に放つ言葉は。

「     」

 直後レーザーがアルマ達の眼前に突き刺さり砂を巻き上げる。当然の目潰しにアルマは虚を突かれた。急いで鈴に手を伸ばそうとして――

「させねェよォオ」

「ぐぅっ!?」

 ミシリッ。砂塵を突き抜け飛び込んできた腕がアルマの右手を鷲摑みにする。

 そして、アルマの手を拘束する手に圧力が加わる。

「がああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 腕が圧迫される。血の流れが止まり、指先が尋常じゃないぐらいに白くなっていく。

 骨が軋み、このまま砕け散ってしまいそうな――

「くっ……射手座のサジタリウス=……軌跡エトワールッ」

 《サジタリウス》を生み出すと同時、口で矢を番え己の腕を握り潰さんとするジャックの腕へ放つ。

「おっ?」

 ズザー、と砂埃の中、誰かが倒れる音が響く。きっとジャックだろう。機械で出来た腕を〈物〉と判断した《サジタリウス》に感謝だ。

「あ、アルマ、大丈夫!?」

「あ、あぁ。とりあえず、逃げるぞ。あいつらは?」

「「こっちこっち!」」

 声に振り向けばマーニ達は鍾乳洞の入り口にいた。サンデーに腕を貸してもらいながらアルマも鍾乳洞へと向かった。

「わっ、アルマ大丈夫!?」「腕、痛そ~」

「確かに痛いけどな。とりあえず、あいつから逃げねえと」

 後ろを振り返る。ジャックはすでに立ち上がっており、こちらへとゆっくり歩み寄ってきていた。

「オッケー! 早く逃げよっ!」

 マーニ達からも腕を引かれながらアルマは鍾乳洞へと入っていった。

「とにかく、なんか方法は……」

 前方の暗闇に目を細めながらアルマは口を噤んだ。しばし眼前の暗闇を見つめる。

「ごめんね、アルマ」

「いや、サンデーが謝る事じゃないさ。それよりも――一つ頼みごとがあるけどいいかな、お前ら」

 うな垂れるサンダーの頭をわしゃわしゃと撫でながらアルマは魔女達にある頼みごとを口にするのだった。


***


「オレにはァアア、闇なんざァア、無意味だぜェエエエ」

 目に施された暗視ゴーグルで鍾乳洞を巡るジャック。獲物アルマの姿はクッキリと映っている。時折体勢を崩しているのを見る限り、相当弱っている。

「まァ、頭ァア圧迫してェエ、腕も握り潰せばァアア、そうなるよなァアア」

 ジャラララララ……ジャックの懐から数枚の鉄片が溢れ出る。ジャックがそれらに右手を翳すと鉄片は周囲の鉱物を纏わせながら寄り集まる。

 ジャックの手品キリングマシンは金属を媒介にしているが、人体と金属を融合させられるように、金属に触れる物を融合させることも出来る。ジョン・ラカムの船を破壊した時に調達した鉄片はまだまだ残っている。

 ジャックは自らの手品で作り上げた岩塊を軽々と持ち上げるとそれを寸分狂わず先を逃げ惑うアルマ達の頭上へと投げ飛ばした。

 岩塊は見事鍾乳石に命中する。脆すぎるそれはたちまちひび割れ、無数の凶器となってアルマ達に降り注ぐ。

「イーヒッヒッヒッヒ。ズタズタァアアだなァアアア」

 よろよろと立ち上がるアルマ。少女達を庇ったのか、羽織っていたマントはその背になく、代わりにマントを被った双子の幼女が何事かを叫ぶ。さらに続いて自分に踵落としを決めた少女が立ち上がった。かすり傷一つないところを見るに、アルマが覆い被さることで守ったのだろう。

「イヒヒヒヒ。かァアアこいィイイぜェエ。勇ましいじャァア、ねえかァアア」

 ヒーヒッヒッヒッヒ。と笑声を零しながらジャックは一歩を踏み出す。

 アルマ達の歩みは止まらない。ただじゃ殺されないってことかァアアア。

「イーヒッヒッヒ。楽しいなァアア」


***


「あァ? なんだァア。もう終わりかァア」

 アルマを追い続けているうちに一周してしまったらしく、はるか前方で倒れたアルマは鍾乳洞から出ていた。

「あぁ。もう終わりさ」

 反響する声が聞こえたのだろう。アルマは弱々しくもそう答えた。それを鼻で笑い飛ばすジャックにアルマは指を三つ突き立てる。

「お前の敗因は三つ」

「あァ?」

 その物言いにジャックはローブの下からレンズの距離を調整してアルマに狙いを定める。

「一つはお前がおれにご執心だったこと。あんまりおれの仲間を舐めるなよ?」

「イーヒッヒッヒ。その仲間はァアア。どこに行ったよォオ? どこにもいねェじャねえかァアア」

 上半身だけを起こすアルマの傍に三人の少女は居ない。あっさり見捨てられてしまったらしい。それか、逃がしたか。

「二つ。確かにお前は金属の体のおかげで強い。正直、勝てる気がしなかった」

「しなかっただァアア?」

 それじゃまるで、今なら自分に勝っていると言うのか?

「ほざくなよォオオオ。お前はァアアア、オレにィイイ、勝てないィイイイイイ!」

 轟!とロケットパンチを放つ。それは狙い違わずアルマの頭に定められている。

 しかし、レンズに映るアルマの笑みは変わらない。どころか一層深くなる。

「三つ。もうお前の負けは確定だ。言ったろ? おれの仲間を舐めるなよって」

「あァ?」

 その時ジャックは気付いた。己の放った鋼鉄の腕が


 パンッ。


 この場には不釣合いなシャボン玉を砕いたことに。

 直後、弾けたシャボン玉はまるで爆弾を爆破させたかのように爆ぜると鎖に繋がれたジャックの腕を弾いた。それだけに留まらず、その爆発は周囲に漂う無数のシャボン玉を巻き込み爆発する。

「イヒヒヒヒヒ! バァーーカがァア。爆発程度じャァアアア、オレは死なないィイイイ」

「だろうな。でも、これはどうかな?」

「あァアアん?」

 次の瞬間、何かが崩れ落ちる音が響いたかと思うと己とアルマの間を隔てた。

「しまっ――」

アルマの狙いに気付いた時にはもう襲い。ジャックは崩れ落ちる砂塵に飲み込まれていった。


***


「すご~~~~いっ!」

「でもなんでこうなるわけ?」

「あぁ、鍾乳洞って脆いんだよ。ほら、あいつが投げた岩塊でつららみたいなのも砕けただろ?」

「あぁ。爆発だとなおさら、ね」

「そーいうこと。つつ……」

「アルマ、大丈夫!?」

 バッとサンデーがこちらを振り返る。そんな彼女にアルマは微笑を浮かべるとズタボロの体を引き摺るように立ち上がった。

「まっ、大丈夫じゃねーな。どっかの宿で休みたいな。早く行こうぜ」

「分かったっ! ソール、マーニ、早くっ!」

「そんな急かさなくても」「分かってるわよ。ってか、サンデー魚はいいの?」

「さかにゃはあと! アルマが優先なのっ!」

「「はいはい」」

 ふへー。とため息を吐きながら魔女達は浮遊シャボンを作り出す。さて、おれも――って、え?

「えっと、サンデーさん? これはなに?」

「お姫様――王子様だっこだよ♪」

「いやいや! 恥ずかしいから! 降ろしてくれ! 降ろせ!」

「遠慮しないで♪」

「遠慮してね~~~~~~~~~っ!」

 かくしてアルマの心からの叫びは無人と化した砂浜に響き渡るのだった。




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