第八夜:アルマと船長


 七つの海を渡る船長へ

 今宵、豪華客船黒真珠号にて展示される宝石『ホープダイヤモンド』を頂きに参上いたします。今宵、無事出航できることを願って。

怪盗アルマゲスト


 黒真珠号船長、ジョン・ラカムは煙草を吹かしたまま、怪盗からの予告状を眺めていた。

「キャプテン・ジョン。如何します?」

「王室に救援を求めますか?」

「いいや。メアリ、アン、俺達の誇りはなんだ?」

 ジョン船長は二人の航海士アン・ボニーとメアリ・リードに視線を向ける。その問いに二人の航海士は声を揃えて答えた。

「「海に生まれ、海に朽ちる」」

「そうだ。故に陸の連中に助けを請うような真似はしない」

 鞘からカットラスを引き抜き刃こぼれがないかをチェックするジョン船長。

 今宵、怪盗が盗む『ホープダイヤモンド』というのは数多くの悲劇を生み出した宝石のことだ。彼の豪華客船タイタニックもこの呪われた宝石によって沈没したと噂されているほどだ。しかし、ジョン船長の航海上、事故など起こっていない。迷信は所詮迷信なのだ。

「さて。それでは行こうか。泥棒猫を捕らえにな」

「「イエッサーっ!」」

 航海を魔道具による自動操縦にしてジョン船長は客船内に足を運んだ。その後を従者のようにアンとメアリが続いた。


***


 そんな無人の航海室の天井裏。ぎゅうぎゅう詰めの状態で彼らは下の様子を窺っていた。

「(せ、狭いわよアルマ)」

「(つーか重い)」

「(仕方ねぇだろ。もうちょい様子を見てだな……)」

「(ふにゃ~~。アルマぁ、そ、そこぉ、触っちゃだめぇ)」

「(アルマ! サンデーのどこ触ってんの!?)」

「(猫フェチアルマ! あとで覚えてなさいよ!)」

「(違う! 誤解だ! 尻尾! 尻尾だって!)」

 狭い空間におれは[太陽と月の魔女]、サンデーと密着するように潜んでいた。なんかいい匂いがするけど今はちょっと死にそう。おれはマーニの体を押しのけ首にぶら下がった鈴を鳴らす。

「(射手座の軌跡サジタリウス=エトワール)」

 銀色の霧が狭い空間に立ち込め、《サジタリウス》が出現した事でよけい狭くなる。おれはすぐさま矢を生み出すとそれを天井に突き立てた。

「「わひゃあ!?」」

「――っと」

「にゃん♪」

 ドダンッ!と体を床に打ち付ける魔女達に反しておれは軽やかに、サンデーは獣人の身体力で羽のような身軽さで着地した。ふわっと舞い上がったスカートの中なんか見てないからな。ほんとだからな!?

「さ~てっと。じゃあ早いとこ頂きますか」

 自動操縦になってるのを確認しておれは航海室を後にした。


***


 恐らく黒真珠号の船長だろう男が女二人を引き連れて『ホープダイヤモンド』の警備を行っていた。その厳重な警備を見てアルマは三人に耳打ちした。

 その作戦を理解して三人はうん、と頷く。健闘を祈って拳を打ち合う。

「(じゃあ、行くぞ!)」

 三人に呼びかけながらアルマは飛び出した。

「怪盗アルマゲスト、参上!」

「そして私は月の魔女マーニ!」「んで私は太陽の魔女ソール!」

「「二人合わせて[太陽と月の魔女]参上!」」

 こっ恥ずかしい決めポーズを決める魔女達にアルマは呆れたように肩をすくめた。その頭頂部と腰からは猫のような尻尾が生えていることから、すでに《レオ》を発動させているらしい。が、そんな三人に返ってきたのは冷たい声と銃弾だった。

「馬鹿馬鹿しい。今なら見逃してやるぞ」

「アン。落ち着いて」

「アン、メアリ。相手は三人だが、俺の力はいるか?」

「「キャプテンの手は煩わせません」」

 両手に銃を構えたアンがくるくると銃を回し、入れ替わりにアルマ達へと特攻を仕掛けたメアリがカットラスを振り抜いた。それを危ういところでかわすアルマにメアリが微笑を浮かべる。

「やるね。君。ちょっと楽しい」

「メアリ、死にたくなけりゃ伏せなさい」

「うん」

 メアリが屈む。すると今度は二発の銃弾が狙い違わずソールとマーニのシルクハットを打ち抜く。背後に撃ち飛ばされたシルクハットを見、魔女達はアルマに問いかける。

「つ、強いんですけど」「どうする?」

「逃げる!」

 言うや否や全力で逃げ出す三人。それを見つめながらアンはその背に銃口を定め、メアリは駆けた。

 そのまま船内の中へ消えていくアルマ達とアン、メアリを見送った後、ジョン船長はゆっくりとした動作で背後の『ホープダイヤモンド』に視線をやった。


***


「そこまでだ、怪盗」

「もう。逃げられないわ」

「「ど、どうするアルマ!?」」

「ちょっと待て、お前ら。とにかく落ち着けって。ここで戦ったりなんかしたらヤバいぞ」

 今五人がいるのは船のボイラー室。ここで剣を振ったり銃を撃ったり爆弾シャボンなんか使ったりしたら間違いなく沈没まっしぐらだ。そんなアルマ達の説得に笑ったのはメアリだった。

「大丈夫。確実に斬る」

 ダンッと疾走するメアリにアルマの対応がわずかに遅れた。驚愕に満ちたその顔をカットラスが貫いた。


***


「そろそろかくれんぼは止めたらどうだ?」

「……バレてたのか」

 柱の中から姿を現したのは魔女と共に逃げたはずのアルマだった。その姿を認め、ジョン船長は長いため息を吐いた。

「まさか小僧だったとはな」

「小僧って、おれは一応怪盗だぜ?」

「それを言うなら、俺達はかつてプライベーティアと呼ばれた一味のメンバーだったがな。小僧のような詐欺師にはなれているのさ」

 ジョン船長は両腕に嵌めた枷をジャラジャラと打ち鳴らしながらカットラスの狙いをアルマに定めた。カットラスと枷は頑丈な鎖で繋がれており、投げたりして使うことができそうだ。そして、その予想は次の瞬間には当たった。

「では退場願おうか、小僧」

「うわっと!」

 投げ飛ばされたカットラスをかわす。しかしジョン船長はさらに軽い手首の返しでカットラスの軌道を変え、アルマへと振り下ろす。

「つっ!」

 カットラスが頬を掠める。つー、と頬を伝う血を感じながら鈴を響かせる。

獅子座の軌跡レオ=エトワールっ!」

 銀の霧が身を包み、生み出すのは猫耳猫尻尾。先程のニセアルマと同じものを生み出したアルマはカットラスを手繰り寄せたばかりのジョン船長へと殴りかかる。

「おっと、危ないじゃないか小僧」

 その特攻をジョン船長はわずかに重心を逸らすことで急所への打撃を免れる。そのまま仕返しとばかりにアルマの腹に膝蹴りを叩き込んできた。

「うっ!?」

 鈍痛に表情を歪ませながらもアルマは振り下ろされたカットラスを後ろへ飛んでかわした。それを見てジョン船長が「ほぉ」と感嘆の息を漏らす。

「その耳は飾りかと思っていたが、どうやらそれが小僧の力みたいだな。あぁ、それで思い出した。先程の偽者はなんだ? 分身か?」

「あいにく、おれには分身系の手品はないさ。その代わりに――」

アルマはニッと笑って小さな機械を持ち上げた。


***


「なんだと!? 中から女が!?」

「三つ子?」

 驚愕するアンとメアリに弾けたアルマの下から姿を現した魔女マーニが笑って答える。

「残念でした~♪ 三つ子じゃありませんよ~~だ。はい、サンデー」

「にゃうっ!? もう終わり?」

「なっ!?」

 自分の隣に立つマーニ姿の頬を抓ればそれは弾け中からサンデーが姿を現す。

「名付けて!」「メタモルフォーゼシャボンっ!」

「お~~~~~~」

 パチパチとサンデーが心からの拍手を送る。それに魔女達は「「ありがと、サンデー」」と答えながらストローを口に咥える。

「さっきのメタモルシャボンは相手の目を錯覚させる膜を張るってシャボン玉」

「まっ、声まではまだ真似できないけどね」

 くすくすと笑いながら答える魔女達にアンとメアリが熱く、そして静かに燃える。

「ちなみに声は通信機を利用しました~」

「今回のシャボン玉アイディア提供者のアルマに拍手っ! わぁ~~~~~~」

「わぁ~~~~~~」

 サンデーも楽しそうに拍手に加わる。多分、状況的に楽しそうだからだろう。

 しかしそれを撃ち破ったのはアンの怒号と銃声だった。

「黙れ、小娘が!」

「「わぉ!」」

「にゃっ!」

「メアリ。落ち着いて」

 いきりたつ仲間をなだめるメアリにアンは怒鳴り返した。

「落ち着いていられるか! メアリ、剣を貸せ!」

「だから。落ち着きなさい」

 その再度の呼びかけにアンが口答えしようとして――不意に、別の声がそれを遮った。


「――メアリの言うとおりだぜ、アン。あまり怒ると余計皺が増えるぜぇ? イヒヒヒヒ。久しぶりだなァ、アァアアン、メアリィイ」


***


「よっ、はっ、とっ!」

 投げ飛ばされたカットラスをかわし、続けざまの鎖、次の一撃をしゃがんでかわし、握り締めた銀色の矢を放つ。

「その矢もお前の力みたいだな、小僧」

 あらゆる物を消滅させる《サジタリウス》の矢を椅子で相殺しながらジョン船長はさらに踏み込んでくる。間合いを詰められたら終わりだ。アルマは応酬に椅子を投げ飛ばすが一閃。カットラスが椅子を断ち、鎖がその破片を絡めとる。そのまま鞭のようにしなる鎖が破片を信じられない速度まで加速させて撃ち放つ。

「っぶね!」

 ギリギリ破片を《サジタリウス》で消し飛ばすアルマのこめかみに一筋の汗が伝い落ちる。その胸中に宿る感慨は一つ。

(こいつ……強い)

 ジョン船長は手品師じゃない。それでいてその実力はアルマ以上。手品を駆使しても一向に勝機が見えない。さすがはプライベーティア。今になってようやく思い出したが、プライベーティアとは悪名高い海賊団だった。

 だった、と言うのも王室の派遣した騎士によって壊滅させられたからだと言う。

「どうした小僧。それだけか?」

「うるせえ。お前だって決定打を与えられてねえじゃねえか」

「まぁな。だが、いいのか? ――余所見をしてっ!」

「おっと!」

 不意に投げ飛ばされたカットラスを交わす。カットラスはそのまま背後の柱に容易く突き刺さりビクともしない。

「残念だったな。もう年なんじゃねえ?」

「そうだな。もう年かもしれん」

 ぐいぐいと鎖を引き寄せながらぼやくジョン船長だがその声色は平静。聞いていて逆に不穏な響きがある。

「――この程度しか出来んとはな」

「へっ?」

 ギギギィイイ……背後で何かが軋む音が。えっと、心なしか影の濃度増しました?

「――ってうぉおお! た、倒れるぅうう!?」

 カットラスが突き刺さったままの柱が倒れてきていた。いやいや、どんだけバカ力なんだよプライベーティアっ!

 声にならない悲鳴を上げながらアルマは死を覚悟した。走馬灯、ではないが頭の回転がいつもよりなんか速く感じる。

(絶対死ぬっ! 何か身を守るもの……穴? 斧? バカかおれ。あんな柱ぶった切れるわけねぇだろ。あの船長みたくバカ力があるわけじゃねえし――)

 その時カットラスが目に焼きついた。何故強く心が揺さぶられるのか分からない。

 だが、アルマは不思議な感覚が纏わりついていくのを感じていた。体の細部に至るまで、冷徹な刃を研ぎ澄ますかのように神経が研ぎ澄まされていく。

(今なら、いけるか?)

 今なら、どんな物でも断ち切れる、切り開いていける気がする。アルマは自身に纏わりつく感覚を維持したまま鈴に手を伸ばした。

 思考は必要ない。必要なのは至高と信ずる己の信念。


 ――そして己の信念を貫き、道を切り開く刃が紡がれる。


「――蟹座の軌跡キャンサー=エトワール!」

 銀色の輝きが噴出する。見据えるは眼前の柱。そして――

 ――そして、柱は戦いによって砕けた椅子やテーブルを巻き込みながら倒れた。

「これで終わりか。――むぅ!?」

 粉塵から飛び込んできた刃をかろうじて防ぐ。そのまま力任せに押し返せば軽やかな着地音。平静を保っていたジョン船長の目に驚愕が迸る。しかし、その輝きも刹那、自分でも久しく感じる闘争心が膨れ上がる。

「次は剣か。随分と小細工が好きなようだな、小僧」

「つっても、ギリギリだったんだけどな」

 一刀の元に断ち切られた柱を背にアルマは苦笑する。いやはや、マジで危なかった。

 アルマの右手に握り締められるのは銀色に輝く騎士剣。その騎士剣の力を感じながらアルマは剣を構えなおした。剣なんて使ったことはないが、以前戦ったニコラウスの構えを真似てみる。

「その構え、忌々しいな」

「は?」

 その一言に虚を突かれる。じゃあ、こいつらを壊滅させたのって、あのへらへらした騎士だったのかよ!?

「――甘い」

「うわっ!?」

 投げつけられたカットラスを《キャンサー》で弾く。この《キャンサー》の力はなんとなくなのだが、切れ味を調整できるみたいだ。

 先程は全力で剣を振るったからもう一度同じことをしろと言われたら無理だろう。

(まだ使い慣れねぇからな。慎重にやらないと)

 この騎士剣、《サジタリウス》と違う性質があるみたいだ。あの弓矢は〈物〉は消滅できても〈者〉は傷付けられないのだ。

(これ、調整ミスったら人体も両断しかねないぞ)

 ということで、この場で扱いこなすのは困難だが、使うしかないのだ。

「どうした。威勢がいいのは口だけか?」

「う、うるせえ! お前だって体力尽きかけてんじゃねえか!?」

 さっきからあまり動かないところを見るとそんな感じがする。が、違う、と気付いたのは次の瞬間。二本のカットラスが飛んできてからだ。

「うおっと!?」

 一本目を弾く。そのまま時間差で飛んできた二本目をいなし、攻撃へ――

「――って、おぉっ!?」

 横殴りからのカットラスをギリギリで弾き返す。かと思えば今度は頭上から。

「き、きりがねえ!」

 一本目を弾けば二本目、それを弾けば鞭のようにしなる一本目が再来。飛んでくるのが二本に変わっただけでこうも違うのか!?

「よしっ! これは楽勝!」

 と、今度は二本まとめて頭上から。それを振り払おうとした直後。

 カシャン、と鎖同士がぶつかりあい、わずかに弾かれる。その隙間を縫うようにアルマが振るった《キャンサー》は通り過ぎ、入れ替わりに左右から二つの刃が――

「くっ!?」

 強引に身を捻る。鎖に騎士剣を絡ませ、そのまま一回転、もう一本のカットラスを力任せに弾き飛ばす。

 それはなんの偶然か、まっすぐにジョン船長の胸へと突き刺さった。

「なっ――」

「何を驚いている、小僧?」

 驚愕するアルマに対しジョン船長の反応は飄々としたものだった。ゆっくりとした動作で胸に突き刺さったカットラスを引き抜く。鮮血が噴水のように噴出し、床を赤く染める。

 しかしそれも一瞬のこと。血は止まり、傷跡はみるみるうちに再生していく。その光景に言葉を失うアルマにジョン船長は嘲笑した。

「怪盗といえど人の心は併せ持つか。あぁ、不思議か、小僧? 気付いているかもしれんが、俺達プライベーティアは屑の集まりだったさ。そんな奴らのリーダーである俺は底なしの屑だ。だから罰せられた」

「罰せられた?」

 誰に? というかそんなこと、可能なのか? そんなアルマの心を読みすかしたかのようにジョン船長はフッと笑った。

「理解できんか。じゃあ『ホープダイヤモンド』はやれんな」

「な、なんでここでお宝が出てくんだよ!?」

 突然今宵のターゲットである『ホープダイヤモンド』が出てきて驚くアルマにジョン船長は「大いに関係するからだ」と答え言葉を続けた。

「屑には屑の矜持プライドがあるのさ。だから悲劇を生み出すダイヤは渡せない」

 悲劇。かつてお宝のせいで家族を殺された少女がいたことをアルマは思い出した。

 お宝なんかがあるから、自分はいらないものを手に入れた、と。目の前にいる彼も同じ、なのだろうか?

「俺はな、小僧。悲劇なんざ俺のような屑が背負えばいいと考えている。それが俺に与えられた罰であり、罪滅ぼしなのだよ」

「さっきから罰だの罪滅ぼしだの……わけ分かんねーよ」

 おもわず本音が零れ落ちる。さっきからこいつは何勝手に黄昏ながら罰だの罪滅ぼしだの言ってるんだ?

「プライベーティアは宝の為なら人殺しも躊躇わん。俺もそうだった。そして、俺が手に入れた罰はどんなものだったと思う?」

「知るかよ」

 謎の再生能力から始まったジョン船長の話にアルマは困惑しながらも剣を構える事を忘れない。

「ある日欲に目が眩んだ俺は幼い子供ごと女を殺して宝を奪った。そして皮肉な事にな、その宝には逸話があるのだよ。『女には神の加護が降り、男には悪魔が宿る』とな。故に俺は死ねんのだよ。死ぬ事を許されていない」

「っ! じゃあ、さっきの再生能力は――っ!」

 そこまで聞けば答えはわかる。死ねないから体が再生する。きっとどんな方法でも死ねないのだろう。

「分かったか。それが俺に与えられた罰だ。だから俺は罰を償う。償い続ける。百人の人間が死んで終わる悲劇なら俺が百回死んで終わらせてやる。俺は死ねないからな。言ったろう? 屑には屑の矜持プライドがあると」

 ジョン船長は長い息を吐き、何かを願うように言った。

「頼む。『ホープダイヤモンド』は諦めてくれ」

 それに対してアルマの答えは――

「――断る」

「なっ!?」

 まさか断られるとは思っていなかったのだろうか、ジョン船長はその眼光に鋭い光を宿しながら詰問する。

「話が理解できなかったのか? これは俺の罪滅ぼし──」

「理解してる。だから断る。おれにもプライドがあるんだ」

「人を不幸にするのが貴様のプライドかっ!」

「落ち着けよ。別に人を不幸にするなんて言ってないだろ」

 力任せに投げ飛ばされたカットラスを今度は鎖を断ち切って叩き落とすアルマ。

 そのまま《キャンサー》を構えながら左手で指を三つ立てる。

「一つ。おれは決して人を傷つけない」

 何度口にしたのか分からないプライドを口にしながらアルマは指を折りたたんでいく。

「二つ。お宝の存在が誰かを悲しませるならおれがぶっ壊す」

「その場凌ぎの嘘が通用すると思っているのか、小僧」

「その場凌ぎの嘘じゃねーよ。実際、前も壊したからな、お宝」

 そ~いや、あのサンタ娘――リッカだっけ? 元気にしてるのかな? とか場違いなことを考えながらアルマは最後の一本を突きつける。

「最後の三つ。おれは誰も殺さないし見殺しにしない。死なないから代わりに死ぬ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。一応それ、死んだに数えられるんだろ?」

「事実だ。死ぬ事を許されていないからこそ、何度でも死んでやるさ。それが──」

「あんたの矜持プライド? 言ったろ、誰も見殺しにしない。あんたも殺させやしない」

 言うが早いか、アルマは《キャンサー》を放り投げた。その刃が向かう先は――そう、『ホープダイヤモンド』。切れ味を極限に高めた《キャンサー》はガラスケースを容易く引き裂き、中に収納された『ホープダイヤモンド』に突き刺さる。

 ピシリ、という音が響いたかと思うとダイヤモンドに一閃のひび割れが生じ、それはみるみるうちにダイヤ全体へと広がり、砕け散る。

「な、なにをして――?」

「言ったろ。誰も見殺しにしない。あーあ。せっかくのお宝も廃品になっちまったし、帰るかな」

「……待て」

「んだよ?」

 とりあえずあの三人を助けに行かないとなー。そんなことを考えながら歩いていたらジョン船長が声をかけてきた。

「奴らはきっとボイラー室だろう。そこの船員用通路を使え」

「? あ、あぁ。じゃあな」

 とにかく頭を下げて通路を越える。急に親切になったな、あいつ。


***


「で、お前が何故ここにいる、ジャック」

「イヒヒヒヒヒ。バレたかァアア? ま、イイや。目当てのモンは砕けちまったしィイ。なァ、ラカムよォ。お前、まだ海賊の心失ってねェよなァ?」

「あぁ」

 海に生まれ、海に朽ちる。それはキャプテン=ジョン・ラカムの信念だ。

 そして、それを聞いた僧服の大男はピタリと笑うのを止めたかと思うと一言。

「じゃあ、この船と共に海に朽ちなァ、ラカムゥウウ」

「っ!」

 どこから取り出したのか、ジョン船長の胸が貫かれる。そしてあざ笑う大男。周囲からバキバキと、何かが押し潰されるような異音が響き――暗闇に満ちた。


***


 アルマが魔女達と共に船から逃れるのと船が原型を留めず鉄塊になったのは同時だった。

「な、なんだよ、これ」

 ダイヤの呪いはないはずだ。だが、この異常はなんだ? アルマは胸に渦巻く興味心と――恐怖心に駆られ叫んだ。

「マーニ、ソール、逃げろ! 全力で!」

 そして。鉄塊が海面を打ち、アルマ達は為す術もなく波に飲まれた。

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