第七夜:アルマとヘビースモーカー
【
「ねぇアルマ、ここにはたい焼きないのかな?」
「さぁな。つーかやっぱその心配かよ」
「うん。当たり前だよ。たい焼きは命の源、世界なんだから」
ぴょこぴょことアルマの周りを跳ねるのは猫娘ことサンデー。ルビーのような真っ赤な瞳を周囲に巡らしスキップをするのはいいが、スカートの丈が短いから見えそうで怖い。
「ほんと、サンデーはお気楽ね」「衛兵達がちらちら見てるのもお構いなし」
確かに周囲を行きかう軍人達の視線をときおり真っ白な肌を持ち誰がどう見ても可愛いに部類するであろうサンデーの見えそうで見えないスカートの奥に向いている。
「たい焼き! たい焼き~~~って、うにゃあ!」
「きゃっ!」
ぴょこぴょこと飛び跳ねるサンデー。注意する間もなく近くを通りかかっていた女性にぶつかってしまった。
「あ、すみません。ほら、サンデーも謝って」
「ご、ごめんなさいにゃ」
ぺこり、と素直に頭を下げるサンデーとその保護者(?)アルマ。すると女性はにこやかな笑みを浮かべて許してくれた。
「いえいえ。こちらこそ余所見をしていたので。えっと、お名前は?」
「おれはアルマ。で、こっちはサンデーです。ほんとに大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」
「ええ。心配なく。ちょっと擦っちゃったぐらいですので」
「擦り傷? 待っててください。なぁ、マーニ、お前のシャボン玉で治療できないか?」
「え? やろうと思えばできるけど……報酬はナニ?」
「報酬ってな……人が怪我してんだ。ふざけるのは後」
「後? それって夜ってこと? ソール、今日もまたアルマに犯されちゃうかも!」
「え?」
「わっ。違います! 誤解です! こいつが勝手に言ってるだけでそんなやましいことないです!」
ずささっと後退する女性。やっぱ誤解受けてる。なんとか誤解を解こうとさらに一歩歩み寄ると誰かに襟首を思いっきり引っ張られて投げ飛ばされた。
「いでっ!? な、なにすんだ!」
「何、だと? 貴様、自分が誰に口を利いているのか分かってのことか? 軽々しくカルディア様に言葉を交わそうなどと……反吐が出る」
「なっ。なんだと!?」
アルマがにらみつけた先に居たのは赤い男だった。紅蓮を基調とした騎士服に身を包み、赤い髪は短く、切れ長の瞳は憤怒の炎で揺らいでいる。目も赤いからマジで炎みたいだ。
「なんだ、その目は。虫けら風情が随分一端に睨むのだな。このワタシが誰か分かっているのか?」
「さぁね」
「だと思ったよ。知らなければこれほどまでに無礼を働くことは出来んからな。――もし知っていての狼藉であれば貴様を消し炭にしているところだったよ。ワタシはダニエル・フォン・カスパール。ここに居られるカルディア様の専任騎士であり、国王陛下の命にてこの【紅玉地域】の警護に当たらせてもらっている。それで貴様は名を何と言う。虫けら風情にも一応名はあるのだろう?」
口に煙草を咥えたまま器用に喋るダニエル。その言葉にアルマはおろか他の三人も敵対的な視線を向ける。
「名乗る名もないか。――いきましょう、カルディア様。これ以上虫けら風情に関わる必要はありません」
「え、でも」
「カルディア様」
「う、うん……」
カルディア姫はそのままダニエルに連行されるような感じで立ち去っていった。その姿が見えなくなるまで見送ってアルマは「べ~」と下を突き出した。
「なんだよあいつ! すっげーむかつく!」
「うん! アルマは確かに虫けらだけど」「あれは人を見た目で判断しすぎ!」
「お、お前らぜんっぜんフォローになってねぇ」
言葉を荒げながら憤ってくれている魔女だがほんと、胸に突き刺さって傷を広げるだけだ。サンデーに至ってはずっとダニエル達が立ち去って行った方を見つめていた。
「さっきの人、面白くない」
「いや、人を面白い面白くないで決めるのもどうかと思うけど……まぁ、確かに面白くないな。妙なフォローありがとう、サンデー」
あの騎士、ダニエルと言ったか、あいつが今宵の仕事場に居ない事を祈るしかないな。
***
「ふっ。見た目で判断しすぎ、か。そうでもないのだがな」
「? どうしたの、ダニー」
「いいえ、別に大したことではないですよカルディア様。お気に召されず」
「うん。ダニーがそう言うならそうするけど……」
紫煙をくゆらせながらダニエルは切れ長の瞳に言い知れぬ炎を宿す。
(今日は久々に骨のある奴が暴れてくれそうだな)
***
器用貧乏な貧乏貴族へ
今宵、貴殿が大事に抱えておりまする『夜汰烏の羽毛』頂きに参ります。
おれの活躍する世界では日が昇ることはありませんが、なんせお宝ですから。
貴族よりもおれの手にある方が嬉しいでしょう。
怪盗アルマゲスト
今宵のお宝は東方の国に伝わる太陽神に仕えていたという烏の羽だ。資産家が遠征から戻ってくる際に持ち出したといわれる団扇で、コレに使われているのが夜汰烏の羽なのだ。
「じゃ、まずおれが正面から入るから、サンデーはその隙に盗め。で、ソールとマーニはおれが行って五分経ったらいつもみたく爆弾シャボンでドカン。おっけー?」
「「オッケー♪」」
「うん。分かったよ」
「よし。それじゃ行くか」
アルマ達は勢いよく立ち上がると今宵のお宝を頂く為にシャボン玉に乗っかった。
そして、アルマが目的地の屋上に降り立った、その瞬間だった。はるか前方から話しかけられた。
「夜の散歩とは中々ロマンチストなのだな。さすがは怪盗といったところか」
「お前は……」
「もう忘れたか虫けら。ワタシはダニエル・フォン・カスパール。貴様のような虫けら風情を牢屋にぶち込むために参上仕った」
紅蓮の騎士服を身に纏い、紫煙をくゆらせるのは間違いなく昼間に会ったダニエルだった。やはり、騎士の登場はかわすことが出来ないか。そう軽い諦めのため息を吐いたアルマだったのだが、ダニエルは舐められたと思ったのか、一層険の深い表情を浮かべて声を荒げた。
「ほぅ、ワタシでは生温い、か。さすがニコラウスからまんまと『ウォモ・ウニヴェレサーレの絵画』を奪っただけのことはある。だがな、ワタシはあいつほど甘くはないぞ」
ドォオン!と爆音が轟く。音源はすぐ上。何故かシャボン玉が爆発に巻き込まれ破裂していた。
「――手品っ!?」
「ご名答。ワタシの手品さ。名は《Der Freischütz》」
「爆発って、何を媒介にしたらそんなことが出来るんだよ」
「さぁな。それは貴様自身が探すことだな。好きなのだろう? 他者を観察することが。反吐が出る」
紫煙をくゆらせながら嘲笑うダニエル。笑顔のまま指をぱちりと弾く。
「あつっ!?」
今度は眼前が爆発。突然の熱風に背後へとぶっ飛ばされるアルマ。だがギリギリの所で屋根から落ちる事は免れる。が――
「そこから空へと飛びたつか? ならばイカロスのように叩き落してやろう」
パチンッ。アルマの背を焼き払おうとするかのように空気が爆発を起こす。今度はその勢いのままダニエルの元へ。
「おっと、その穢れた手でワタシに触れるなよ、虫けら」
「ぐっ!?」
しなやかな動きだったが尋常じゃない腕力に殴り飛ばされる。この一方的な攻撃にさらされながらもアルマはダニエルの手品道具の推測を怠らない。
(指――手袋、は違う。煙草? でもなんで爆発?)
空気爆発。自然発火? いや、待て。その前に何か、何か大事な事を見落としている気がする――
「ちょこまかと逃げてばかりか、虫けら。少しは骨がある奴だとは思っていたが……とんだ見当違いだったようだな。――早いうちに失せろ」
パチン。アルマの体が大きく跳ね上げられる。足元が爆発したのだと気付くには衝撃が強すぎた。体を包む炎に酸素を奪われ呼吸困難に陥りかける。
「がっは!」
さらにそのまま身体中をしたたかに打ち付けて止め。完全に呼吸が一拍止まった。
それを見てダニエルは心底つまらなさそうに煙草を吐き出した。そして懐から新しく取り出した煙草にライターで火を点ける。そんな何気ない挙動にアルマは違和感を感じ取った。疑念が酸素不足に陥った脳を埋め尽くす。
(なんで、ライターなんか使うんだ? 炎を操れる奴なら、炎の制御ぐらい、出来るはずなのに……待てよ? もしかして、使わないんじゃなくて、使えない?)
ならば、何故使えないのか? 手袋は手品道具じゃない。多分フェイントか単に潔癖症だから、か。煙草の線が一番怪しかったんだけど、煙草じゃないだろう。煙草が手品道具なら口に咥えた時点で使っているはずだ。ならば――そう、ならば!
「ダニエル!」
鈴を持ち上げる。そんな行動にダニエルはちっとも驚く様子を見せず、ただ泰然と煙草に火を吐けた。
「お前の手品道具は――」
鈴を鳴らす。りりん、という鈴の音と共に呟くのは《レオ》とやっと暴き出したダニエルの手品道具。
「――煙だ!」
「ふっ。……ご名答。よく気付いた、と褒めてやらんことでもないがな。だから、どうしたという?」
パチン。という音と共に四方八方から爆発が発生する。その最小の隙間を潜り抜けながらアルマは煙の軌道から逃れる。
「種が分かれば楽勝だぜ!」
「甘い。それで勝ったつもりか?」
それでもダニエルからは余裕の笑みが消えない。身構えることもなく屹然と刃物のように鋭い眼光を投げかけながら爆発を巻き起こし続ける。
「ったり前だ! お前みたいな潔癖症、一発ぶん殴ればケーオーなんだよ!」
爆風の中からの強行。身体能力強化の《レオ》で強化された足で力強く踏み込み、その顔面へと拳を叩き込む。――が、手触りがなかった。
「は、へ?」
代わりに軽い熱さがアルマを襲う。そして、一撃は背後から。
「あだっ!?」
「甘い、と言っただろう、怪盗。まさか、貴様如きがこのワタシに触れられると思っていたのか? 反吐が出る。なんという愚か者なのだろうな」
煙草をくゆらせながら嘲笑するダニエル。その目に今度は明らかな戦意が燃えているのをアルマは感じ取った。慌てて距離を取る。
「ほぉ、危険を察する程度の本能は持ち合わせていたか」
「な、なんだ、それ?」
燃えている。何が、って……先程まで自分がいた場所一帯が。火の海。それしか表現の仕様が無い。そんな火の海の中にあってダニエルはなおも嘲笑を止めない。
「もう隠す意味もないかと思ってね。敬意を払って剣を抜いてやった。なぁ、おい。まさか先程の爆発がワタシの
加速度的に火の海が広がる。それから逃れるように飛び退くアルマにダニエルは静かに燃える敵意を向けてくる。
「さぁ、それでは本番と行こうか、怪盗。このワタシに勝てる、というのなら勝ってみるがいい」
火の海が凝縮する。大質量の炎はダニエルの右手へ。その手をゆっくりと、こちらへと翳し、一喝。
「《Der Freischütz》」
「う、うわぁあああああ!?」
解放。凝縮された大質量の炎からアルマは屋根から飛び降りることで回避した。背後で夜気が突如の灼熱に唸るのを感じながら、そのまま地面へ――
「お待たせ!」「敗者救済双子魔女ご登場!」「ボクもいるよ~」
「た、助かった……」
待機していたマーニ達のシャボン玉に叩きつけられる。破裂しないか不安だったが大丈夫だったようだ。
「あー、やっぱすげえな、ありゃ」
仰向けになって見上げる空はやはり唸っていた。それほどまでにあの炎は強烈なのだ。
「どうしたもんかなー」
「室内に逃げればいいんじゃない?」「とにかく入ればこっちのもんよ」「ボクは無視~?」
室内、か。やはりそうなるわけだが……なんだか意味がないように思えてきた。
「なんかあの騎士、中にも迷い無く入ってきて灰にしてきそうだなー」
まぁ、お宝を盗めばこっちの勝ちなのだからいいのだが……
「つーか、『怪盗風情に盗まれ恥辱に塗れるぐらいなら』とか言って燃やしたりして」
「……」「……」「?」
沈黙。口にして考えてみると……なんかやりかねないな。
「――随分と過小評価なのだな、怪盗。答えは否、だ。ワタシはそのような矮小な真似はしない」
「「「「っ!」」」」
声に空を仰げばダニエルが飛び降りたところだった。腕をこちらへと突き出すようにして、狙いは勿論シャボン玉。
「飛べ!」
「言われなくても!」「飛ぶわよ!」「飛ぶの?」
「「トラウマなのに~!」」と叫ぶ魔女と首を捻る猫一名。そうこうするうちにダニエルは急速に接近し、腕に力を込める。
「し、死ぬ!」
「トラウマ復活~~~~っ!」「いや~~~~~っ!」
「あはは! 楽しいよ、これ! 鳥になったみたいだよ! あはは!」
きゃーきゃー騒ぐ魔女とおもいっきり楽しんでる猫一名。しかしそんな彼女らに構うことも出来ず、腹部に激痛が走る。見ればダニエルの腕だった。
「あの小娘達は簡単に捉えられそうだからな。今はお前の相手をしてやろう、怪盗。光栄に思えよ。その罪穢れ、このワタシの炎で浄化してくれる」
ドウンッと自身の足を幾度と無く爆発させ宙を駆けるダニエル。その力に抗うことが出来ずアルマは遠くへと連れて行かれた。その痕跡を紅蓮の炎が尾を引くのが視界に映った。
***
「げふっ!」
バキバキバキバキ……木々を薙ぎ払い、時に砕きながらアルマが連れてこられたのは森だった。
「お、前っ! こんなとこで手品とか使うなよ?」
「貴様に指図される謂れはないな」
紫煙をくゆらせ跳ね除けるダニエル。その発言にはさすがのアルマも声を荒げた。
「お前、火事になったらどうすんだ!?」
「そんな事にはならんよ。何故なら、この炎の支配者は――ワタシなのだからな」
轟!とダニエルの背後にあった大木が炎に包まれた。大木は瞬く間に灰に代わり、後には大規模な焔。それらは雑草を焼き払い、傍に聳える木々にも燃え移る。
「さぁ、ここなら互いに全力で戦えるであろう」
先程のように炎がその手に凝縮される。先程よりも大規模で、高温の破壊。
その審判者の如き力を振るう手がアルマに向けられる。狙いは心臓。ぴたりと定められた胸へとダニエルは超高温、一撃必殺の火槍を放った。先程よりも細くなっている分、その炎の密度は計り知れない。掠ったとしても命はないだろう。
「っぶねぇ!」
跳躍。幸い《レオ》の能力は解けていないから良かったが、もし《レオ》がなかったら……そう思うとゾッとする。
「上に跳んだか。だが、逃れられると思うなよ。いや、もう捕まえた、と言っていいか」
「っ!?」
眼下の火槍が膨張、爆破。飛び火が木々に燃え移り一瞬にして燃え上がる。そしてそこから発生した煙を利用してさらなる爆発が巻き起こる。
「む、無茶苦茶すぎだろ!」
燃え上がる木を踏み台にして跳躍。他の木へと飛び移る。そのまま近くの木へと飛び移っていく。このまま背後からダニエルをぶん殴る算段だ。それをダニエルも察して目で追うのも困難な速度に騎士としての経験と勘を最大限に発揮して爆発を生み出す。
「おっと! あぶねー」
しかもアルマの向かう先を爆破しペースを狂わせることも忘れていない。
「ニコラウスよりもつえーじゃん」
「当たり前であろうが、怪盗。ワタシは奴ほど甘くない。さぁ、来い。爆破してくれる」
「言われ、なくても!」
ダンッ! 木の枝がへし折れるのを足で感じながらダニエルに接近する。それを拒むように爆発。炎の向こうからダニエルの嘲るような声が聞こえてくる。
「どうせこれも読みどおりなのだろう、怪盗。そして貴様はこれに恐れをなして無様に逃げる。あぁ、よく出来た作戦だよ。上手くいかなければ逃げる。逃げるが勝ち。あぁ、ワタシは心底理解できんよ。反吐が出る」
「――反吐でもゲロでも好きに吐いてろ、ばーか」
「っ!?」
ダニエルが瞠目する。灼熱の炎を超えて飛び込んできたのは言うまでもない、アルマだ。
アルマは両腕をクロスさせるような形で顔を守っており、炎を超えるや否やその拳を振りかぶる。そしてその拳はダニエルの顔面を今度こそ捕らえ――なかった。
軽い熱を伴って拳が空ぶる。しかしアルマは目の前の光景に目を見開いた。火を恐れる獣のように飛び退く。
「まるで獣だな。いや、今の貴様はケダモノか。驚いたか? これがワタシの――《Der Freischütz》の使用用途さ」
「お前、その体……」
嘲笑するダニエル。その体は炎に包まれ――否、炎と化していた。揺らめく人型の業火が周囲に炎を従え嘲笑う。
「くくく。初めてダニエルと
「いや……」
揺れる炎。これでは物理的に傷つけることが出来ないじゃないか。そして、ダニエルを殴り倒せないとなると重大な問題点が生じる。
(酸素が、足りなくなってきてるな)
多少息苦しくなってきた。周囲を炎が蹂躙しているのが最大の原因だろう。
アルマは踵を返すと一目散に逃げ出した。それを見届けながらダニエルがほくそ笑む。
「敵前逃亡、か。あぁ、賢い判断だよ。実に賢い。でもな、言っただろう。ワタシはニコラウスのように甘くはないと」
実体を取り戻す。そして煌く靴底。逃げる怪盗を見据えながら呟く。
「《Der Freischütz》」
爆音と閃光が木々を焼き払う。後に残るのは直線状の焼け跡だけ。
***
「なるほど、湖か。ただがむしゃらに逃げ回っていたのではなかったのだな」
「当たり前だろ。ちゃんと考えてるって」
ダニエルに吹き飛ばされてる時、偶然湖を発見したのが功を成した。アルマは湖を背にダニエルをにらみ返す。
「おれの手品には水を操るもんがあるんだけど、知ってる?」
「なるほど。それでここか。だが、ワタシの炎をこんなもので消せると思うなよ」
「思ってないさ」
そう言い返してやるとダニエルは「まぁいい」と腕を組む。
「それに、これしきの水、焼き払ってくれる。――《Der Freischütz》!」
轟音と共に爆発が巻き起こる。湖を覆いつくす灼熱によって湖を一瞬にして干上がる。ぴちぴちと跳ね回る魚を見つめながらアルマはサンデーが喜びそうな光景だな、と呟く。
「さぁ、それでは大人しく投降してもらおうか、虫けら」
「だな。これでおれの勝利は確定だし」
「何をほざくかと思えば。往生際が悪すぎるな。反吐が出るよ」
「――お前の敗因は三つ」
ピンッと指を三本立てるアルマ。何処から湧き上がってくるのか分からない自信にダニエルは嫌悪と興味をない交ぜにした表情で見据えるだけ。
「一つ。水を操る手品なんて――う・そっ! あはは! どう、騙されただろ?」
「下らんな。実に下らんよ。今すぐにでも消し炭にしてやりたいところだ」
本気なのだろう。その手に炎が渦を巻く。それをアルマは慌てた様子で取り成しながら先を続ける。
「ふ、二つ。お前が煙を媒介にしてること」
「それが敗因? 本当に訳が分からんな」
「すぐに分かるって。最後の三つ。おれは――雨を降らせる」
沈黙。ただ右手の炎が静かに、そして荒々しく唸る。
「ふふ。ふふふふふ。雨を、降らせるだと? 笑わせる。今までそんなことをほざいたホラ吹きは見たことがない。あぁ、面白い。面白すぎるぞ――本当に反吐が出る」
轟!と炎がより一層激しく嘶き、アルマを消し炭にしようと牙を剥きかけた、そのとき。
ポツ。ポツポツ……ザザァアアアアーーー…………
大量の雨が降ってきた。豪雨に煙がかき消され、右手の炎が掻き消える。
「なっ!?」
「言っただろ? 雨を降らせるって」
「どういうことだ!? 貴様、何をした!?」
声を荒げるダニエルにアルマは軽く肩をすくめて答える。
「何って、お前が自分の首を絞めたんじゃねえか」
「なん、だと?」
「湖、蒸発したじゃん。こんな寒いときに、湖が蒸発してさ。それじゃ空気中に滅茶苦茶水分があるじゃねえか。そして、暖められた空気が冷えて……」
「雨が、降った? なるほど、そういうことか。ワタシは見事騙された訳だな」
「まぁな。それじゃおれは逃がしてもらうぜ。じゃあな」
「待っ」
《レオ》で身体能力が上昇したアルマに生身で追いつくのは不可能だ。それを悟ってダニエルは立ち尽くした。雨に髪を濡らしながら懐から連絡用の魔道具を取り出す。
「警護班、怪盗は逃げた。もしかしたらそちらの方に怪盗が来るかもしれん。ワタシも急ぐ。それまで時間を稼げ」
「だ、ダニエル様……」
「どうした?」
「た、宝が! 『夜汰烏の羽毛』が盗まれました! 犯人は怪盗アルマゲストの仲間と思われる双子と女です!」
「くっ……」
バキッ。手中の通信器具が砕ける。いつの間にか雨も止んでいた。人為的な物だったからだろうか?
ダニエルはゆっくりと新たな煙草を咥え、湿ったそれに火を点ける。ふーっと息を吐き――爆発。
「ふざけおって!」
干上がった湖がダニエルの憤怒に狂う炎に嬲られ魚達が灰燼と化す。それでも怒りは収まることはなく、すでに敵がいなくなったであろう館へと駆けた。
***
「お疲れ」
「「おつかれ~」」「ほんと、疲れたよボク……」
へなへなと寝そべるサンデー。まぁ、それは予想してたけど……すごい疲れようだ。マーニ達はよっぽど役に立たなかったと見える。
アルマはそんな今日一番の努力家に褒美とばかりに一つの真実を打ち明けた。
「サンデー。こっから東の方に元湖があんだけど、すげー魚がいるぞ。食べきれない量の魚が」
「さかにゃ!?」
がばりと起き上がったサンデーの目がキラキラと輝く。め、目が魚だ。しかも『さかにゃ』って滅茶苦茶だな。
「う、嘘じゃないよね?」
「嘘じゃねえよ」
「嘘だったらたい焼き百個だよ?」
はいはい。と答えながらアルマは行き先を急遽元湖へと定めた。――これから先待ち受ける悲劇を知る由もなく。
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