第六夜:アルマと獣人
クラレッタのせいで気まずくなったアルマとマーニを見て何を思ったのか、ソールは突然ぶちぎれた。
「あーもうっ! いちゃつきゃいいじゃん! どこでも好きなとこで結婚しろぉ!」
「な、なんだいきなり!」
突然シャボン玉ストローを取り出したソールにアルマはすかさず鈴を掲げた。
「マーニも! きせーじじつはあるんでしょ?」
「う、う~ん? まぁ、あるかも?」
「あるかもじゃねえ! なにもしてねぇ!」
「なにもってなによ!? アルマ、私から色々奪っといてやり逃げ! さいってー!」
あげくにはマーニまでキレ始めた。周りの人から誤解されそうだから先に言っておく。
おれは何もやっていない。いや、してないつったら嘘になるかもしれないが……あれはクラレッタの
「「問答無用!」」
ストローに息を吹きかけようとする魔女達からアルマは全力で逃走を始めた。別に今ここで白黒つけるために戦ってもいいのだが、さすがに人が多すぎる。他人が巻き込まれるのはアルマのプライドが許さない。
「はっ! こっちまで来いよ!」
だから、アルマはとにかく人のいない場所へ彼女達を誘導するため駆け出した。
「うがぁー! そうやって」「いっつも逃げんなぁー!」
うっし。作戦成功。魔女達はアルマの策略に気付く様子もなく追ってきた。
***
ほくほく笑顔で一人の少女が往来を闊歩していた。
髪も肌も白く、幸せそうに細められた目はルビーのように赤い。見るものが見れば彼女がアルビノ種であることを理解するだろう。ゴスロリ衣装に身を包んだ少女はりん、りんと首にぶら下がってる大きな鈴を軽快に鳴らしながら鼻歌交じりに歩いていた。
ひょこひょことスキップする度に少女の危うい場所まで露呈しかねない短いワンピースがひらひらと舞う。すれ違う男達がその見えそうで見えない彼女の太ももよりちょい上に視線を釘付けになっているのにすら少女は気付いていなかった。
さらには頭にはゴスロリ系の大きな猫帽子を被っていた。
「~~♪ ~~~、~~♪ ~~、~~、~~~♪」
右手でカスタード入りのたい焼きを美味しそうに頬張り、左手で大量のたい焼きが入った袋を抱きかかえている。ほくほく笑顔の理由はこれだろう。
「ほーら、こっちまで来い!」
故に、たい焼きのことしか頭になかった少女とストローを手に迫ってくる双子を誘導していた少年が正面衝突したのは当然の結果だった。
「ほーら、鬼さんこちら! 手のなるほう――どわぁ!」
「~~♪ ~~♪――にゃっ!」
互いに弾き飛ばされるように倒れたアルマと少女を見て双子の魔女は「あちゃ~」と顔をしかめた。
「てて……ごめん、大丈夫か?」
「あ、あ、あ……」
少女は目をカッと見開き目の前の惨劇に驚愕していた。その様子にさすがのアルマも心配そうに手を差し伸べた。
「どっか怪我したのか? ほら、手、つかまれよ」
「――の―い――、が」
「ん?」
アルマは何事かを呟いた少女に首を傾げながら身を屈めた。すると少女は赤い目を潤ませて睨んできた。そして――
「ボクの、たい焼き、が……落ちちゃったよっ!」
「がほぉぉおう!?」
――情け容赦ない蹴りがアルマの大事なとこを蹴っ飛ばした。それを見て今度こそ魔女達も心から同情の言葉を送った。
「ボクの、ボクのお宝が~~~~~」
うわぁ~~んっ! と泣きじゃくる少女を薄れゆく意識に見ながらアルマは思う。
そんな、たい焼きぐらいでおれを殺そうとするなよ――と。
***
次に目を覚ました時には宿のベッドの上だった。あの双子達がシャボン玉でも使って運んでくれたのか。アルマはもぞもぞと身を起こし――目を見張った。
「へぇ、たい焼きってお宝なの?」
「うん。ボクの生命の源だよ。たい焼きのない世界なんて世界じゃない」
「おぉ、たい焼きイコール世界だって、ソール」
ソールとマーニは二人そろって一人の少女と対談していた。あのたい焼き少女だ。
「お前ら、なにやってるわけ?」
「あっ」「やっと起きた」
アルマに気付いた二人はのんびりした感じだったがもう一人は違った。
「ボクのお宝返せ~~~っ!」
「ぐぇっ! し、じぬ……」
いきなり首を絞められガクガクと揺すられた。ギブギブと少女を押しのけようとするが少女はくるりと軽い身のこなしでアルマの後ろに回り込み首を絞めなおしてきた。
「か~~え~~せ~~っ!」
「ぐぉっ! ま、まっだ! マジじぬって!」
「サンデー、離してあげなよ」「じゃないとあんたのお宝返す前にアルマが死ぬって」
「……にゃう~~~」
ぶぅーとふてくされてサンデー、という名前らしい少女はアルマから離れた。
「なんだよ、こいつ」
「こいつじゃないよ。ボクはサンデー」
むっと頬を膨らませながらサンデーはそう答えた。まったく、この双子は何を考えているんだ。
「違うわよ」「ついてきたの」
そんなアルマの怨嗟を感じたのだろう。双子は口をそろえてそう言った。そしてサンデーはない胸を張って(いや、双子達よりもはある。女の子として最低限ってところ?)威張った。
「君がボクのお宝を返してくれるまで離れないからね」
「うわー。すげー迷惑」
「迷惑なのはボクの方だよ。せっかくのたい焼きを奪われてさ」
「はぁ? 落ちたんだろ。おれは別に奪ってない」
「同じだよ! ボクが食べれないんだから奪ったも一緒」
うぅ~~と鋭い眼光を向けながらサンデーはそう断言した。まぁ、確かにそうかもしれない。しかし、その責任は果たしておれだけか?
「とにかく! たい焼き返して!」
「返してって……買えってことか?」
こくん、とサンデーは首を縦に振った。いや、すげー困ったな。
「でも、この前の金はもう無いし……」
グレゴリオでは酷い目にあったし、今手元にあるのは最低限の旅費だけだ。
「うーん……なぁ、明日まで待ってくんねぇ? そしたら返せるからさ」
「やだっ! どうせ明日とか言って逃げる気なんでしょ?」
「あっ。なるほど、そんな手もあったか」
それは考え付かなかった。そう口にすればサンデーは今にも飛びかかろうと前傾姿勢をとり始めた。いやいや、こんなとこで暴れるなよ?
「とにかく夜まで待て。夜になったら稼ぎに行くから」
「? なんで夜からなの?」
きょとん、と首を傾げるサンデー。それにソールが微笑交じりに答えた。
「それはね、アルマは夜のお仕事をやってるから」
「お前なぁ……」
まぁ、確かに夜のお仕事に入るんだろうけど……誤解を受けかねないことを言うなよ。
どんな誤解をされたかと恐る恐るサンデーの方に視線を向けたアルマだったが、サンデーは心から不思議そうに彼の目を見つめてきた。
「ねぇ、夜のお仕事って面白い?」
「あぁ? 面白いってわけじゃないけど、やりがいはあるかな」
「それって楽しいってこと?」
「う、うーん? 楽しい、とはちょっと違うけど……まぁ、似たようなもんかな」
怪盗稼業を楽しい、面白いで考えたこととか、全っ然ないからなー。
しかしサンデーは何故か目をきらきらと輝かせ始めてるように見えるのは気のせいだろうか? 気のせい、だよな?
「あ、あー。じゃあおれ下準備に行ってくる。マーニ、ソール、その娘の面倒よろしくな」
「「オッケー♪」」
ニヤリ、と子悪魔な笑みを浮かべてマーニ達は頷いた。うん、とにかく彼女達に任せておけばただの女の子を留めることはできるだろう。色々不安は残るけど。
「あっ、待って! ボクも連れてって! 下準備、なんか楽しそうだよ! 響きが!」
響きかよ。一体なんなんだこの少女は。アルマは二人に文字通り絡まれているサンデーを無視して外へ歩き出した。正直、サンデーがこの後どうなるのか考えたくない。
「お宝を盗むまでは戻らない方がいいよな」
じゃないとマジで大人しくさせるのが難しそうだ。
***
クレセント・ムーン。いや、ただ響きを変えただけで意味は結局三日月だ。
アルマは難無く今宵のターゲットである『メドゥーサの瞳』が隠されているらしい別館に辿り着いた。
よっぽどそのトラップに自信があるのか、別館付近に巡回役はいなかった。つーか、別館に繋がる渡り廊下にも誰もいねーし。
「さてっと」
「――ねぇ、何が面白いの?」
「どおぅとぅわ!? さ、サンデー?」
「にゃはは! どうしたの? なんか面白かったよ。さっきの『どおぅとぅわ!?』って」
目元を拭いながらこちらを見上げてくるサンデー。いやいや、おかしいだろう。
「あのさ、なんでお前がここにいるわけ? 二人は?」
「意地悪するから出てきたの」
「はぁ、意地悪ねぇ。ちなみに、どんな?」
デリカシーなさすぎかもしれないが、あれの保護者(?)として謝らなければならないだろう。恐らく。
「えっとね、ボクが君についてく! って言うのに行かせてくれなかったんだ。だからね、ちょっと強引にだけど出てきたの」
「いや、おいおい」
あいつらって手品師だぞ、あれでも。ただの女の子に手品師が二人そろって出し抜かれるだろうか? いや、でもここにいる時点で普通ではないのか?
「ねぇ、なんで立ち止まってるわけ? 前に進むんだよね? 早く行こーよ」
「あ、ちょっと待っ――」
ビィー、ビィー、ビィー……
「? ねぇ、これってなんの音?」
「さぁ? とにかく、逃げるぞ!」
くるり、と身を翻すが渡り廊下は何故か分厚い鉄の壁に遮られていた。
「……すっげー、やな予感」
《侵入者反応あり。トラップ作動、トラップ作動》
「ねぇ、侵入者ってなに?」
「おれ達のことだろ」
とにかく、今はどうでもいい。首からぶら下げた鈴を持ち上げ打ち鳴らす。とにかく、何がきても確実に対抗できる手品と言えば――
「
――銀色の粒子がアルマの右手に収束し弾ける。使い慣れた《サジタリウス》。その一部始終を見ていたサンデーが目を丸く見開いた。
「あぁ、手品師に会うの初めてか? これはおれの
「お、面白い! ねぇ、これどうやったの? もっかい見せて!」
見せて見せて~。目をきらきらと子供のように輝かせながらせがんでくるサンデー。
その反応が意外すぎてアルマももう一回、と思ったところに別館のトラップが二人を狙って襲い掛かってきた。それに気付いたのはサンデーだった。
「わーっ! ねぇねぇ、あれ見て! すっごい大きな車輪だよっ! ねぇ、あれってなにかな?」
「なっ!」
サンデーが目を輝かせながら見つめる先、そこには側面部をアームで挟まれ回転する車輪が確かにあった。人体を抉る為に生まれたそれは――拷問車輪じゃないか。
「おいおい! ぜってー殺す気だろ!」
さらに言うなら殺されてたまるか。アルマは《サジタリウス》の矢を放って車輪を消滅させる。その一部始終をやはりサンデーは拍手して笑っていた。
「あー、さすがにやりすぎだろ、これ」
あまりのスケールの違いにアルマは飽きれながらも前に進んだ。退路は絶たれたし、てきとーな場所に穴空けて逃げればいいだろ。
「あ、待ってよー」
とてとてとサンデーがついてきた。そのままアルマの前へ回り込み顔を覗き込んでくる。いや、その前にちょっと待て。今なんか作動音聞こえなかったか?
「ねぇアルマ。アルマのお仕事ってなに? すっごく面白いよ。このおしご」
「あぶねぇ!」
サンデーの背後に現れたそれに気付きアルマはサンデーを突き飛ばそうとするが当の本人はするり、と彼の腕をかわしやがった。勢いあまってアルマはサンデーの背後に現れた女性をモチーフにした鉄製の棺に突っ込もうとし――
「――てたまるかぁあ!」
死に物狂いで弓を番え射ち放つ。目の前に構えていた棺の名は鋼鉄の処女。大戦時代に使用されていたこともあったという無数の刃を内側に内包する棺だ。
「あ、あぶなかったぁー」
「大丈夫?」
「じゃねえよ! 危うく死ぬとこだったろーが!」
そんなアルマのつっこみも意に介した様子がなく、サンデーは遊園地にやってきた子供のようにふらふらと先へ向かっていった。
「おい! 勝手に行くなぁ!」
またトラップに引っ掛かったらたまったもんじゃない。アルマは《サジタリウス》を構えたままサンデーの後を追って走った。
***
やっとのことで『メドゥーサの瞳』が飾られてる部屋までたどり着いたわけだが。
「ぜー、ぜー、ぜー」
「どうしたのアルマ? すごく疲れてそうだよ」
「だろうな……あー、横腹いてえ」
「ボクは面白すぎてお腹が痛いよ」
サンデーは自分のお腹を撫でてふざけてるが、こっちはマジで死ぬ思いだった。
予想通りというか、サンデーは次々とトラップに引っかかったのだ。吊り天井に猫の爪、ピアノ線の網。壁や天井、床から無数の杭が出て来たときはさすがにだめかと思った。
こうして回避して思うに、あれは多分串刺し公と名高きヴラド・ツェペシュの惨殺方法をモチーフにしていたに違いない。もし生きてるうちにこの別館を建築した何でも屋に会ったら殴り飛ばさないと気がすまない。
「ねぇ、次はなにかな?」
「なにかな?じゃねえ! もうこれ以上引っかかるな!」
「にゃう~。分かったよ」
「? お、おう」
サンデーの言葉に違和感を感じるアルマを置いてサンデーはまたとてとてと部屋の中へと足を踏み入れた。
「おい、ちょっと待――て……」
しかし、先程とはまったく違う身のこなしでサンデーは体を翻した。まるでダンスを踊っているかのようなしなやかな動きだった。だがその指先の動きは確実に何かを避けているように見えないこともない。
もしかして、サンデーは本当に――
「お、おいちょっと待て。お前、まさか」
「お前じゃないよ。ボクはサンデー」
不機嫌そうに頬を膨らませて訂正するサンデーにアルマは言い直して問いただす。
「サンデー、トラップが分かんのか?」
「ううん」
サンデーはふるふると首を振って否定した。ちりりん、と首の鈴が無音の部屋に響き渡る。それでも繊細な動きは止まらない。
「なんとなくだよ」
「なんとなくって……」
なんとなくでトラップをかわせるとは思えない。サンデーの奇怪な身のこなしが単なる偶然だとしても、こんなに偶然は重なるのか?
「センサーかなんかがトラップを作動させるのは分かってんだ。そのセンサーの出所を掴まないと……」
部屋を見渡してみるがそれらしいものは見当たらない。まぁ、今までのセンサーもどこが出所か分からなかったし、簡単に見つからなくて当然なんだが……
「ここまでの道で捕まえる自信があったか、こうやって踏み出せないでいるのを予期してトラップがない。とかだったら納得だよな」
「ほら~早く~」
サンデーは徐々にだが『メドゥーサの瞳』に近付いている。宝を盗んだ瞬間作動って可能性もあるのか。
「……お前を信じるぞ」
どこか無鉄砲なサンデーを信じるのも危険すぎるがここで立ち往生してるよりもマシだろう。アルマはサンデーの動きを真似ながら部屋に足を踏み出す。
「あっ」
するとサンデーはこちらに視線を向けて口を半開きにした。アルマがそれを理解するよりも早く――ガシャンッ! と。また退路を絶たれる音が耳を打った。
「そこ、違うよ」
サンデーがぽつん、と呟いた。もう回避する必要がないのを感じたのか、サンデーはすっと不可思議な体勢を崩してこちらへ歩み寄ってきた。
「おれが言うのもなんだけど、気を付けろよ。どんなトラップか分からないからな」
《サジタリウス》を構えたまま注意を促すアルマにサンデーはのんびりと
「ねぇ、今までのより楽しいかな?」
「お前の感性がおかしいから断言できねえけど、面白くないだろうな」
「お前じゃないよ。って何回言えば分かるのかな?」
ぷぅーっとサンデーが頬を膨らませて抗議する。だがすまん。ちょっとそれどころじゃなくなった。これは……ヤバいぞ。
「よけろ!」
一瞬サンデーを突き飛ばそうかどうか悩んだがさっきみたいになるのはあほらしいから自分だけ回避。案の定、サンデーも直感的に危険を感じたか、軽い身のこなしで頭上から落下してきたそれを回避した。落下してきたのはある意味この別館の王道たる代物だった。
「処刑具ときたらやっぱそれだよな」
――ボワ・ド・ジャスティス。またの名をギロチン。天井を覆いつくすのはギロチンの刃だ。落下してきた鋼鉄の刃には棘のような鎖が取り付けられていた。
「うわーっ! ねぇねぇ、これなに? すっごい棘!」
「楽しんでんじゃねぇ!」
ある意味すごい奴だ。ギロチンを目の当たりにして目を輝かせるなんて。ギロチンの使用方法、知ってるよな?
「つーか、危ねえって! よけろ!」
「え?」
サンデー目掛けてギロチンが落ちていった。しかもこんな時に限ってサンデーはギロチンに気付いていない。アルマは全力で駆けて押し倒した。間一髪、ギロチンはアルマ達の後ろで鈍い音を立てて引き戻されていった。
「もうっ! びっくりだよ――あっ」
押し倒された状況でサンデーはまたアルマの股を蹴っ飛ばそうと足を上げかけ自分の帽子が視界の隅に落ちているのに気付いて硬直した。
「に、にゃう~~~~~~」
恥ずかしそうに顔を俯かせながらサンデーは自分の頭――正確にはそこから生えた耳を覆った。その耳にアルマは見覚えがある。いや、実感しているというべきだろうか?
「お前、それ」
両手で耳を覆ったままサンデーは目をぎゅっと瞑る。お前呼ばわりされても訂正しようと思えないほどの衝撃らしい。
「ねこ、耳だよな?」
「にゃ、にゃう~~~~~」
そう。猫耳、なのだ。しかも驚くべき事にカチューシャとか、アクセサリ系統じゃない。まるでアルマがレオの手品を使った時のような、体の一部。
「どういうことだ?」
「これは……危ない!」
「おぐっ!」
ま、また大事なとこを~~っ! アルマのものを蹴り上げて立ち上がったサンデーはさらにアルマの体を蹴っ飛ばして落下してきたギロチンをかわした。右手に帽子を大切そうに抱きしめ、左手で自身の耳を必死に隠しながら。
「ねぇ、あれがいるんだよね?」
部屋の中央に納められた『メドゥーサの瞳』を羽のような身軽さで掴み取りアルマの方へと放り投げた。
「早く帰ろ~よ~」
「お、おう」
下腹部の痛みに耐えながらアルマは《サジタリウス》で壁に穴を空けた。そこからサンデーが真っ先に飛び降りる。それに続くようにしてアルマも別館を脱出した。話は、宿で聞こう。
***
「――ってことだよ」
サンデーは帽子を取り、スカートの下から尻尾を出して説明を終えた。
「えっと、つまり、サンデーは獣人ってことか?」
「うん」
手品を受け付けない唯一の種族、獣人。なるほど。だから魔女達はあっさり負けたわけか。アルマはふんふんと頷きながら魔女達に視線を向けた。初めサンデーは自分の正体を話そうとしなかったが、たい焼きを返すとあっさり教えてくれた。
「で、自分が住んでた場所にやってきた旅人が面白かったから旅を始めた、か」
「そうだよ」
面白いものに目が無い。それは先程の館でさんざん思い知らされている。
「まぁ、たい焼きはちゃんと返したし、聞きたいことも聞いたし、おれらもう行くな。あんま留まってると捕まりかねない」
「待って」
部屋を出て行こうとするアルマをサンデーは呼び止めた。なんだよ? たい焼き足りなかったか? と振り向いた彼にサンデーはとんでもないことを言い出した。
「ボクも連れてって」
「「「はぁ?」」」
この提案にはさすがのアルマ達はあきれ返った。
そんな三人に構わず、サンデーは帽子を被りなおして真摯に訴えてきた。
「なんだかね、アルマ達と一緒にいる方が面白いんだ。アルマってあんな面白いお仕事してるんだよね? じゃあボクもお仕事手伝うよ」
「って言ってるけど」「どうする?」
「どうするって言われても……」
サンデーは引きそうにない。たとえ置いていったところでついて来るだろう。
それはソールとマーニも分かっているらしく、口元に笑みを浮かべている。まぁ、おれも似たようなもんかもしれんけど。
「お前らは、どうすんだ?」
「さぁ?」「私達だって勝手にアルマについてきただけだし?」
それなら答えは一つしかないだろう。アルマは諦めにも似たため息を吐いて口元にたい焼きのクリームをつけたままの少女に手を差し伸べた。
「――何もかも面白いなんて期待すんなよ?」
その言葉にたい焼きを咥えた猫少女が口元に満面の笑みを浮かべたのは三人と夜空で凛然と輝く蒼穹の月しか知らない。
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