第五夜:魔女と歌姫


 【真珠地域(パール・エリア)】に内包される音楽都市、グレゴリオ。

 アルマ達は広場に作られているらしい、小さなステージに屹立する歌姫クラレッタ・フォルネルを見ていた。アルマが歌声につられてやってきたのだ。

「皆さん、元気ですか~?」

 

可憐な声に人形のような精悍な顔つきの少女は観衆に向かってそんなことを尋ねた。

 それに反応するような観衆から『元気!』と返事が返ってくる。それを聞いてクラレッタは嬉しそうに微笑んだ。「うっ……綺麗」と傍らでマーニが呟いた。

「それじゃ~、今日は天気もいいですし、気分の盛り上がる歌を歌いましょうか?」

 クラレッタがマイクを観衆に突きつけると『おー!』と観衆が返す。それを受けてクラレッタは軽い手首の返しでくるりとマイクを自分に向けなおした。

「それじゃ、今日は『桃花』を歌っちゃうよ~」

 可憐な声が宣言し、マイクを構えなおすと演奏集団が柔らかで凛とした曲奏を奏で始めた。


「薄紅色の花。

 名も知れぬ花。

 新緑と桃の奏でる喜遊曲。

 花々は謳い 蝶はその歌声に酔いしれる。

 美しい桃は名の知れぬ花。

 名の知れぬ美しさ。

 桃の如き君に祝福あれ」


 結局魔女達が聞き取れたのはそこだけだった。まぁ、いい曲だとは思うけど……

「つまんない」「そうね。死ぬほど暇」

「……」

 しかし、アルマは真剣な眼差しをクラレッタに向けていた。それを見て魔女達は小首を傾げる。

「一目惚れ?」「違うわマーニ。一耳惚れよ」

 「おーい」とソールが両手をひらひらと振る。と、その時特設ステージからクラレッタが面白そうに笑ってこちらへ手を振ってきた。

「そこのかっこいいお兄様~」

「おれ?」

 おい、今こいつ、即座に反応した? 私達には反応しなかったくせに?

 魔女達の刺々しい視線を意にも介さずアルマはへらへらと笑った。

「マーニ、もしかしてアルマ、歌姫フェチかも」

「ちょっと待って。姫フェチじゃないの?」

 ぼそぼそと言葉をかわしているうちにもクラレッタはこちらへと歩み寄ってきた。

「んー、見ない顔ですね~。もしかして~、初めて見た――じゃなくて聞きました?」

「あ、おう」

 アルマは何が起きているのか把握できず困惑したように頷いた。

「嬉しい! だってここに来る時[グレゴリアの聖歌隊]の人達がいたんだもん。今日はやばいかも~って思いました~」

 すると周囲にいる男達から「そりゃねえぜ」「野郎の歌よりクラレッタちゃんの歌の方が最高だぜ!」といった賛辞が飛び交ってきた。それにクラレッタが笑って答えると男達は恍惚とした表情を浮かべて口を噤んだ。……やっぱり男はみんなアレか、姫フェチ――じゃなくて歌姫フェチなのか。双子の少女がそんなことを舌打ち混じりに呟いたのにも誰も気付かない。

「すっごく嬉しいから~、もう一曲歌っちゃま~す」

 クラレッタは満面の笑みを浮かべてステージへと戻っていった。それをじっと見つめるアルマの足をマーニはおもいっきり踏んづけた。

「って!? なにすんだよ!」

「別にー。鼻の下伸びてたわよ」

「伸びてねえよ!」

「伸びてた」

「なにを根拠に……」

 ぎゅあぎゃあ言い争うアルマとマーニを物憂げに見つめてソールは舞台に視線を向けた。

 そこでは例の歌姫が興味深そうに二人を見つめていた。


***


 ほとぼりは冷め、特設ステージからはすでに人はいなくなった。ただそこにアルマはずっと残ってクラレッタを見ていた。

「わたしに何かご用ですか? えっと……」

「アルマ。こっちの双子はソールとマーニ」

「なるほど~。アルマさんにソールさん、マーニさんですね~」

 自ら進んで自己紹介を始めたアルマ。睨みつけてやるがまったく反応がない。

「にしても、すごい人気だな。さすが歌姫」

「いえいえ~。それほどでも~」

 えへへ、と嬉しそうにクラレッタは微笑んだ。またアルマ、女の人口説いてる。

「でも、ちょっと見過ごせないな」

「なんのことです?」

「あんた、手品師だろ? きっと手品道具はそのマイク」

「なにをおっしゃるんですか? 私はただの歌姫」

「ほんとに? にしては男の客ばっかだったな。しかも年代問わず。熱狂的なファンってのは見てて分かったけど、その割には素直すぎる。みんなあんたが終わりを告げれば帰っていった。一人ぐらいはあんたと話そうとしてもおかしくないんじゃないか?」

 どうだ?と問い詰めるアルマにクラレッタはふぅーと短く息を吐いて肩をすくめた。

「バレちゃいましたか~。それで~どうします? 皆さんにバラしちゃいますか?」

「いいや。別にバラすつもりなんかねえよ。ただ、これ以上手品を使うのはやめるんだ」

 しかし、クラレッタはふるふると首を振っただけでそれを受け入れようしなかった。

「ごめんなさい。それは出来ません」

「それなら、仕方ないか」

 アルマが首にぶらさげた鈴に手を伸ばす。その動作にクラレッタもなにかしらの決意をしたのか、マイクを構えた。

「――恋するあなたに聞いてほしい。わたしの胸に渦まくこの愛を――」

「っ! お前ら、耳塞げ!」

「あ、うん!」

 ソールは言われた通りに耳を塞いだがマーニの方は状況についていけずアルマの方に視線を向けた。アルマが別に歌姫フェチじゃないってことが判明してホッとしていたのだ。するとアルマが呆れたように手を伸ばしてきた。

「ああ、もう!」

 アルマはマーニの両耳をそっと包み込むように触ってきた。彼女は突然のことに思考が止まりかける。そんな何も聞こえない世界の中、アルマの背の向こうでクラレッタが複雑な表情を浮かべて逃げていくのが目に入った。

 そして。そして――アルマは突然倒れてしまった。

「アルマ? アルマ!」

「どうしたの、マーニ?」

 マーニの動揺でアルマの異変に気付いたのだろう。ソールはクラレッタの逃げてった方に視線を向けながらこちらへ歩み寄ってきた。

「アルマが、アルマがぁ……」

 マーニは自分が今にも泣きそうになっているのを耳で感じていた。そして叫ぶ。

「アルマが起きないの!」

 ソールは「え?」と首を傾げてマーニが必死に体を揺すってる少年へと視線を落とした。

 彼は、双眸を閉じて眠っていた。


***


 アルマが隠れ場所として泊まっていた宿に忍び込むとベッドの上にアルマを寝かせた。

 時刻は、もう日付が変わろうとしていたところだった。

「どうしちゃったんだろうね、アルマ」

 一向に目覚める気配のないアルマをじっと覗き込むマーニにソールも壁に背を預けながら呟いた。一応、アルマの呼吸は安定しており、命に別状はなさそうだが……

「ねぇマーニ。あの歌姫、なんって言ったか分かる?」

「ぜんぜん。アルマが耳を塞いじゃったから」

「私達に異変がないってことは、多分音なんでしょうね」

「だから、アルマは『耳を塞げ』って言ったのね」

 それに、手品道具はマイクと言っていた。音に関する手品なのだろうか?

「アルマ、起きないかな」

 あれほどの喧騒は嘘のように掻き消えていた。静としていて不気味すぎる。

「ねぇ、ソール」

「なに? マーニ」

「王子様のキス、通用すると思う?」

「さぁね。でもマーニは王子様じゃなくてお姫様」

「でも、やってみる価値は――」

「――あるんじゃない?」

 ニヤリ、とソールは笑った。よし。せっかくの機会だ。アルマのふぁ、ふぁ、ファーストキス、もらっちゃうわよ? とマーニが内心でほくそ笑む。

「じゃあ、試してみる」

「うん。マーニでだめなら私がやってみる」

 オッケー。と答えてマーニは顔を近づけた。眠っているアルマはなんだか少年というよりも活発な少女って雰囲気がある。クリスマスに出会ったあのハレンチサンタのような感じだろうか? 脳裏を過ぎったハレンチサンタにむっとして私はアルマの唇を奪おうとして――


 ――パチッ。とアルマは唐突に目覚めた。


「……」

「……えっと」

 気まずい空気が流れる。アルマはじっとマーニの目を覗き込んでいる。しばし見つめ合うこと数秒。マーニは身を引こうとして――アルマに頭を押さえつけられた。

「っ!?」

 そしてアルマに唇を奪われた! ひゃーっ! きゃーっ!とソールが頬を押さえて叫んだ。しかしマーニはそれどころじゃない。

「――、――っ!」

 なんか入ってる! ってかアルマなんか意外すぎる! 私のイメージじゃ多分ツンデレな感じでロマンチックに運んでいくと思ったのに。と訳の分からないことを脳内で叫ぶ魔女にさすがのソールも目をぱちくりとさせて呟いた。

「わぁーお。なんか意外とディープね」

 アルマのものが私のものを捉えて絡み付いてくる。こ、これ、だめ!

「はっ。アルマ、ちょっと、だめ!」

 一瞬の隙を突いて唇を離すがアルマは諦めたわけじゃなかった。マーニを抱きしめてきたかと思うとベッドに押し倒す。その手がいろいろ危険なとこを弄ってくる。

「だめ! そんなとこ……触っちゃだめ! うひゃあ! な、舐めないで! 噛まないで! 吸うのもダメ!」

「う、うーん。アルマって肉食系なんだ。にしても、なに? 人に見せびらかすのが好きなわけ?」

 ソールが呆れたようにため息を吐いた。その割にはうずうずと体をくねらせている。

「そ、ソールぅンっ! み、見てないで、はぁ、助けて、よぉ!」

 全身触られ舐められ噛まれ吸われ、もうされるがままのマーニはせめてもとソールに助けを求めるがソールは「つっても……」と視線を逸らした。

「終わりまで見ちゃだめ? なんか面白そうだし、いろんなとこからブラヴォーってきそうなんだけど?」

「だめ! 早く、助け……てっ! ひゃわ! アルマ、なんか当たってる! そこ、駄目だからっ! 一番弱いとこだからぁぁぁああああああああぁぁぁぁああああああああっ!」


***


「はぁー、はぁー、はぁー」

「おつかれ」

「つ、疲れたぁ」

 たった今シャワーを浴びてきたのだが、それも一苦労だった。アルマが一緒に入ろうとするのだ。お姫様抱っこされてシャワー室に連れて行かれてまた一悶着あった。なにが『中もしっかり綺麗にしないと』よ。リンスがぬるぬるして気持ち悪かった……なんとか貞操は守ったわよ。アルマになら別にいいけど、さすがに今はなんかやだ。とマーニは語る。

「なぁマーニ。次、どうする?」

「どうもしない」

 そして何故かアルマに背中から抱きしめられた状態でマーニはソールと話し合いをしていた。やっぱり、こうなった原因は一つしか見当たらない。

「クラレッタの手品かしらね」

 ソールが必死に笑いを堪えながらそんなマーニ達を見つめた。ぜんっぜん面白くないんですけど。あんたも一旦犯されなさいよ。ベッドの上とかお風呂の中で。

「でも、意味分かんないわね。何かを聞いてアルマが発情。でも見境なく犯すわけじゃなくてマーニだけ。なんで?」

 見た目というのならソールは彼女の双子、違うとこなんて見当たらない。服装だって色違いってことを除けば同じデザインだ。

 一体、クラレッタの手品はなんなんだろう?

「とにかく、私はあの歌姫とっちめてみる。今から探しに行くけどマーニ達は――」

 じーっとマーニ達の方を見てソールはニヤリと

「――ここで待ってて。出来ればベッドの上で」

「え、ちょっ! それは嫌! このアルマと一緒は私の貞操の危機よ!」

「もう諦めて処女捧げなよ、マーニ。私なんてそんな相手すらいないし」

「そんな、ちょっと、それでも双子の姉妹!? アルマを一緒に連れてくとか――」

「ソールの許可も出たし、楽しいことしよ? な、マーニ」

「――だぁ! 抱きしめるなぁ! そしてちゃっかり服の下に手を入れ――ふにゃん!」

 いちゃいちゃが始まったアルマ達を放ってソールはまだ静かな街へと飛び出した。

 後ろでなんか息を荒げてる片割れに同情と羨望が混じったため息を吐いてソールは夜の街を見下ろした。


***


 クラレッタは案外早く見つかった。彼女は一人で夜の街を歩いていた。昼の衣装のままからして、あの後ずっとどこかに身を潜めていたのかも知れない。

「やっほー歌姫さん」

「あら~貴女は~えっと……」

「ソール。覚えなくていいわ」

「はい~。それじゃ覚えません~」

 調子が狂うな、この歌姫。ソールは今すぐ尋問したいのを我慢してシャボン玉の上から言葉を交わした。

「ねぇ、あんたの手品ってさ、なんなの? アルマがすっごい発情してんですけど」

「あ~。わたしの手品ですか~。それは――秘密です♪」

「へぇー。――死にたいの?」

「それは困ります~」

「それじゃ大人しく白状しなさい」

「はい~。わたしの手品キューピットは~、わたしの歌を聴いた人を~気絶させます~」

「は? 気絶?」

 それを聞いてソールはアルマが突然倒れたことを思い出した。アルマの変化が大きすぎてそのことがすっかり頭から抜け落ちていた。

「はい~。そして~一番最初に見た異性を~溺愛するんです~」

「はぁ。溺愛、ねぇ」

 あれじゃ発情じゃないか。とソールは心の中で呟く。そして同時に助かったとも思った。それだけしか効果がないのなら簡単に倒せそうだ。

「ねぇ、早くアルマにやった手品を終わらせない? じゃないと、あんた痛い目に遭うわよ?」

「それは困ります~」

 シャボン玉から飛び降りてソールはストローを構えた。あとはこれに息を吹きかければ爆弾シャボンでも作って勝てる。

「もしかして~あなたも手品師なのですか~」

「まあね。でも、私の手品はあんたみたいなしょーもない手品じゃないわよ」

「それは困りました~。では~」

 ストローに息を吹きかけようとした直後、背後から誰かに手首を掴まれてしまった。

「しまった!」

 自分の手を締め付ける人物を見てソールは唇を噛み締めた。そこには大勢の男達がいた。

 誰もが昼間にクラレッタの歌を聞いていた人物だ。

「皆さん、ありがと~ございます~」

 ぺこり、と頭を下げるクラレッタに男達は満面の笑みを浮かべて答えただけだった。


***


「はぁー、はぁー」

 アルマは満足したらしく、くー、くーと安らかな寝息を立てて眠っている。ちなみにまた汗やらアルマの唾液やらでベトベトする体をシャワーで綺麗にした。ちなみに、いつもの服はアルマに襲われたせいで汚れてしまった。仕方なくバスローブを羽織った。

 もしアルマが目覚めたら誘ってると思われるだろうか。

「……」

 そう考えると顔が熱くなる。ぶんぶんと首を振って熱を払ってマーニはすやすや寝ているアルマの顔を覗き込んだ。

「幸せそうな顔しちゃって」

 そんなに私はよかっただろうか? いや、違う。とマーニはまた首を振った。彼はただ、クラレッタの手品のせいでこうなっただけだ。

「待っててね、アルマ」

 私がアルマを助けてあげるから。そう囁いてマーニはアルマの唇に自分のそれを重ねた。

「んぅー」

 ごそっとアルマが寝返りをうった時には焦ったが起きてはいないようだった。マーニはバスローブを羽織ったまま夜の街へと飛び出した。

 ――彼がいつもその背にしていた月は闇に飲まれていた。


***


「ソール!」

 クラレッタの姿を確認するのと同時に男達に羽交い絞めにされているソールを見つけた。

 マーニはすぐさま手元のストローを吹いてソールを助けた。――爆弾シャボン、小規模バージョン。パンッと小さな音を立てて無数のシャボン玉は男達に軽い火傷を負わせた。

「あら~大丈夫ですか~」

「えぇ。クラレッタさんが怪我しなくてよかったです」

 クラレッタの方にもシャボンを吹いていたが、数人の男が盾になって彼女を守っていた。

 そんな男達に彼女は優しく微笑んで彼女のシャボンに避難したソールを見つめる。

「あら~。逃げちゃいましたか~。でも~、逃がしません~」

 ひゅっと真下から石が飛んできた。それはマーニ達が腰掛けるシャボンを割った。

「「ひゃあ!」」

 地面に腰をしたたかに打ちつけた魔女達に逃げる暇を与えず所々に火傷のあとが残った男達が襲い掛かってきた。

「ありがとうございます~」

 一瞬にして羽交い絞めにされた二人の魔女。その目の前でクラレッタはマイクを構えた。やばい。もし手品を受けてしまったら自分達はこの男達と――そ、それはいやぁ!

「助けて、アルマぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 彼は今ぐっすり眠っている。だから来ない。分かりきっていてもマーニは脳裏をよぎったあの命の恩人である少年の名を叫んだ。


 そして。そして――彼は、正義のヒーローのように姿を現した。


「助けにきたぞ、マーニ。――お前ら、早くマーニを離せ。大怪我してもしらないぞ」

「あらあら~。アルマさんですね~。ご機嫌はいかがですか~?」

「悪いね。すっげーいらいらする。そこの男共に早くマーニを離せって言えよ」

「それは~だめです~」

「それじゃ、仕方ないか」

 ふらり、とアルマは屋根の上から飛び降りた。そして中空で響くは鈴の音。

獅子座の軌跡レオ=エトワール!」

 アルマの体が銀色の靄に包まれる。すたんっ!と着地したアルマの頭には猫の耳、腰からは猫の尻尾が生えていた。

「お前ら、覚悟しろよ」

 神速。今まで以上の速度でアルマは体を動かし、次々と男達を叩きのめして言った。

 肉球の生えた手では威力が弱まるのを考え、全員蹴り飛ばした。そうしてマーニはあっという間に救い出された。

「あら~。可愛い~。ネコさんですね~」

「あんま見るな。これはマーニにしかみせたくないんだからな」

 しゅるっと尻尾をマーニの腰に巻きつけてアルマは断言した。

「うーん、困りましたね~」

「知るか。お前も許さないからな。覚悟しろよ」

 アルマが冷たく言い放つ。その手は開いたり閉じたりしている。事態の深刻さを理解し、クラレッタははぁ~~とため息を吐いた。

「暴力は嫌なので~手品、解除しますね~」

 にこっと人のいい笑みを浮かべクラレッタはマイクを構えた。その動作にソールは咄嗟に耳を塞ぎ、アルマは昼間の再現のようにマーニの手をそっと慈しむように包み込んだ。

 クラレッタが何を歌ったのかマーニは知らない。ただ、自分の耳を包む手からするり、と力が抜けた。そしてやはり昼間のように彼は意識を失った。

「あ、アルマ!」

「安心してください~。すぐに起きます~」

 クラレッタの言うとおり、アルマはすぐに意識を取り戻し、目を覚ました。ただし、自分の顔を覗き込むマーニに気付きバッと視線を逸らした。

「ちなみに~。わたしの手品で起こったことは~忘れないので~ご注意ください~」

 う、嘘だ。でもアルマの反応を見る限り、マーニとの間に起こった色々なことを覚えているのだろう。特にソールが出て行ってからはいちゃつき度が尋常じゃなかった。ほんと、貞操が守れたのが奇跡のようだ。

「最悪! せめて記憶は消しなさいよ!」

「それは~無理ですね~」

「う、うぅ。アルマ、全力で忘れて。舐めたことも噛んだことも吸ったことも、ぜんぶ、ぜ~~んぶ忘れて!」

「あ、あぁ! もちろん! 忘れる! 全力で忘れる!」

 こくこくと頷くアルマ。しかしクラレッタは不思議そうに首を傾げた。

「それは~おかしいですね~。わたしの手品は~好きでもない異性を好きになるだけで~えっちな気分には~ならないですよ~?」

「う、うそ!?」

 信じられないと問い返すマーニにクラレッタは「嘘じゃありません~」と言い返してきた。そしてアルマに叩きのめされた男達に視線を向ける。

「もし~そんなことになったら~わたしは今頃大変です~」

 なるほど、確かにそうだ。もし全員がえっちな気分になったらクラレッタはどんだけ偉い目にあうことか。じゃあ、アルマはなんでそんなことに?

「うらやましいですね~。わたしは相手がいないので~~」

 なにやら意味深げに微笑むクラレッタにマーニは「?」マークを浮かべる。

 アルマはありえない。と視線を逸らしていた。

「それでは~。わたしはこれで~」

「ま、待った!」

 立ち去ろうとするクラレッタにアルマは慌てて立ち上がった。

「お前、もう手品を使うのやめろよ。じゃないと――」

「はい~。わたしも分かりました。多分アルマさんは~こうなることを危惧して~わたしに手品を使うな~って言ったんですよね?」

「あぁ。このまま使い続けたらきっとこんなことが起きる」

「はい~。それは嫌なので~今度からは~使うをやめます~」

 それでは~と言い残し立ち去っていくクラレッタを見送るやアルマも踵を返した。

「そ、それじゃおれ達も行くか。次はどこでお宝盗むかな~」

 なるべくマーニの方を見ないようにしている。よっぽど恥ずかしいのだろう。まぁ、私もすごく恥ずかしいけど。

「お宝ねー。なるべく遠い場所にあるものがいいんじゃないの? それとも、これから私を置いて宿でマーニの処女という名のお宝奪って子宝っていう名のお宝ゲットしちゃう?」

「しねえよ!」「させないわよ!」

 くすくすと笑うソールにアルマ達はそろって抗議した。

「そうねー。私もそれは嫌だし。じゃあ、あっちに行きますかー」

 適当な方角を指差してソールは提案し、勝手に歩き出した。

「おい、勝手に行くなよ」

 その後を追ってアルマも走る。

「ちょっと! 私を置いてくなーっ!」

 その後を追ってマーニも走ってアルマの右隣に並んだ。ちなみにソールは彼女の逆側だ。

そうして歩き出す彼らの頭上ではふたご座が綺麗に輝いていた。




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