第三夜:アルマとサンタ娘
クリスマスイヴ。ここ、アルカディアもクリスマス一色である。そんな中、人々の視線はある三人組に注がれている。
「ねー、どう思う?」「可愛い?」
「どーでもいい」
[太陽と月の魔女]ソールとマーニ。彼女たちの服装はいつものものではなく、スタンダードなサンタ服になっていた。いつもの服は背中に背負った白い袋の中だ。どうやってそのサンタ服を手に入れたのかはアルマとしては知りたくない。
「それよりも、邪魔すんなよ?」
「しないわよ。邪魔はね」「うん。邪魔はしないわよ」
「邪魔は?『は』ってなんだよ、『は』って」
「「お手伝い」」
「断る」
きっぱりと答えるアルマ。その服装はいつもと変わらず一般的な服にマントを羽織っただけ。時々マントに付着した雪を払っている。
「お前らが手伝ったら絶対に失敗するしな」
「大丈夫!」「今回は気をつけるから」
「それを前も聞いた気がするのは気のせいか?」
「「うっ……」」
「とにかく、今回は邪魔すんな」
こればかりは魔女達に邪魔されるわけにはいかない。なんてった今回のお宝は――
***
「ねぇ、素直に言ったら? 『雪花』をどこにやった?」
時を同じくして、一人の少女が立っていた。その周囲を飄々と雪が舞う中、踏みつけているのは一人の行商人。
「い、言えねえなぁ」
「そぅ。じゃあ仕方ないわね」
少女は男を踏みつけたまま長いため息を吐いた。それは白い息吹となって溶け込む。
「そうさ、仕方ねえ。諦めなお嬢ちゃん」
「そうね。あんたから聞くのは諦める。で、一つ提案なんだけどね」
ドスッと男の顔の横に突きつけられたのは、透明な剣。
「凍死と刺殺、どっちがいい?」
「っ!」
「でもね、私って優しいから。素直に教えてくれたら許してあげる」
「わ、分かった!言う!アルカディアの貴族に売った!だから命だけは!」
男は焦ったように告白した。凍死か刺殺か。さすがに死にたくはないだろう。
満足のいく答えを手に入れた少女は満面の笑みを浮かべて剣を消した。
「ありがと。約束通り殺さないわ。でもね、生きて帰れるかはあんたしだいかもね」
瞬間、はらはらと舞っていた雪は轟々と唸り、たちまちにして視界を埋め尽くした。
「じゃあね~」
そして、そんな吹雪の中、男の元を少女の影が遠ざかっていった。男は、消して寒さだけで青くなったわけじゃない顔で叫んだ。
「この、雪女め!」
***
氷のように冷たい心を持つご婦人へ
今宵、『雪花』を頂きにサンタのように参ります。いい子にして寝ていないと痛い目に会うのでゆっくり寝ていてくださいね。
怪盗アルマゲスト
手紙を握り潰しながら令嬢、サーシャが悩んでいた。
「ああ、『雪花』は先日やっと手に入れた綺麗なお宝だわ。でも、アルマゲストに盗まれるのなら、本望……」
「何を言ってるのですか、お嬢様。分かっておられますか? 相手は盗みに来るといっているのですよ」
「ええ、分かってますわ。貴方よりも分かっていますわよ、シープ」
サーシャは側に仕える執事長、シープに返答を返す。妙齢の執事はこう見えてもかなりの腕利きで、かつては王室に仕える騎士だった。これなら、アルマゲストも苦戦するだろう。
だが、問題はサーシャの性格である。
「この予告上、私のお宝にしておこうかしら。だとしたら、額縁を買わないといけないわね……」
「……お嬢様、無駄なことにお金を使うのはやめてください」
そう、彼女は超が付くほどの怪盗ファン。
「ああ、『雪花』を差し上げますから私の心も盗んで~~」
サーシャがうねうねしながらつぶやいた、その時だった。
「――お宝は欲しいけど、さすがにお嬢さんを連れ去って逃避行する勇気はないかな」
執事長の輪郭がブレ、怪盗がその姿を現す。
「あ、か、あ!」
突然の登場にサーシャは言葉を失っていた。アルマはそんなお嬢様の手を取ると、その手の甲にそっと口付けを施した。
「―――っ」
たったそれだけのことでサーシャは気を失ってしまった。いったい、どれほどのファンだったんだろうか、とアルマは頬を引っかく。
「さて。残ったのは『雪花』だけか」
振り返れば、そこには咲き誇る花をモチーフにしたクリスタル結晶、『雪花』が飾られていた。アルマの怪盗としての目は本物で間違いないと判断した。
なんとも無防備なことやら。もしかしたらお宝を盗まれるのも本望、というのはあながち嘘ではなかったのかもしれない。
「じゃあ、お望み通りお宝はもらっていきます――よ?」
そこでアルマの足が止まる。そして不思議そうに首を傾げ、一言。
「どーいうことだ? これは」
「それはこっちの台詞ね。あんた、誰?」
アルマは『雪花』から視線をそらし、気を失っているはずのお嬢様の方を振り返る。そこに居たのはお嬢様のサーシャ――ではない。
「誰って、おれはアルマ。怪盗アルマゲスト。君は? サンタクロース?」
「違うね。あたしはサンタじゃない。リッカっていうちゃんとした名前があるんだ」
リッカ、と名乗る少女をアルマがサンタと呼んだのは至ってシンプルなことで、少女の格好がサンタ服だからだ。ただし、ソールとマーニが着ていたスタンダードなものじゃない。
見ているこっちが恥ずかしくなる、露出度の高いサンタ服だ。おまけに袋まで引っさげているじゃないか。
「お嬢様はどうした?」
アルマは短く問う。リッカが居るのはお嬢様が座っていた玉座である。だがそこにお嬢様の姿はない。
「あまりにもお宝が分かりやすいところにあるから、お嬢様に変装して真相を執事から聞こうとしたのに、まさか執事まで変装してたなんてね」
「なるほど。変装系の手品か」
「残念。あたしの手品は変装系じゃないんだ。あたしの手品は――」
そう言ってリッカは引っさげた袋の口を開け、中に手を突っ込み一言。
「――《メリー・クリスマス》!」
直後、袋の中からすさまじい勢いで吹雪が巻き起こった。おかげで何を出したのかは分からない。室内は一瞬で吹雪荒れ狂う雪景色と化し、アルマの視界を埋め尽くす。
アルマは本能的に首から吊り下げた鈴へと手を伸ばして自らの手品を紡ぐ。
「
身体能力を上げる
が、視界の端で雪とは異なる何かが光るのに気付いてアルマは身を捻って飛来してきたものをかわす。
「ありゃー。外れちゃったか~。にしても、面白い手品師だね。それも変装? ってかコスプレじゃん」
どうやら相手には自分の居場所がバレバレらしい。この異常といい、この状況への慣れといい、やはり相手の手品はこの現象らしい。
「だとしたら、手品道具は袋か。でも、マズイな」
相手がどこにいるのか分からない。しかし、相手は自分の居場所が見えている。不利もいいところだ。それに――
「怪盗、って言ってたよね。じゃあ、そのお宝は本物かー。じゃあ、貰っていくわよ」
「っ!?待ちやがれ!」
着地と同時、『雪花』のあったケースへと向かうアルマ。視界が悪いと言っても部屋の間取りは完璧に頭の中だ。見えなくてもなんとかなる。
「はい、バーン!」
「っ!」
突如横から突き出された剣をかわすアルマ。
「お宝は盗ませないよ」
リッカが微笑を浮かべて氷の剣を構えなおす。
「悪いけど、おれもお宝を奪われるわけにはいかないんだ」
「ふぅ~ん。じゃあ、仕方ないね」
パリン!とリッカの体が砕け散り、氷の欠片へと戻っていく。
「なっ! 分身!?」
「正解♪ これでジ・エンドだよ」
驚愕で目を見開くアルマに答えたのは氷の短剣を彼の喉元に突きつけたリッカだった。
***
邸宅から遠く離れた廃墟の中に、サンタ服に身を包んだ少女、リッカがあぐらを掻いて腰掛けていた。そうすると、超が付くほどのサンタミニスカートの下が見えてしまうわけだが、別に誰もいないからいいや、とリッカはたかをくくる。
「さて、早速本題にとりかかるかな」
そう呟くとリッカは袋の中から『雪花』を取り出す。
「これで、全てが終わる」
リッカにとって『雪花』という名のお宝はお宝なんてものじゃなく、禍々しい凶器でしかない。そう、凶器なのだ。そう自分に言い聞かせて、リッカは過去に想いを巡らす。
あるところにサンタクロースに憧れ、そして打ちのめされた少女が居た。
『幸せを運ぶ者』サンタクロース。だが、少女の元にやってきたのはサンタなんかではなく、この『雪花』を狙って押しかけてきた悪党だった。悪党達は自分の家族を殺してお宝を持ち出していった。少女は、運良く見つからずに済んだ。そう、サンタが来るのが待ち切れず、ドアが開く音を聞いてサンタが来たと余計眠気が吹き飛んでしまった自分に突きつけられた災い。不幸。凶器。
「これが、これさえなければあたしは……」
ぎゅっと唇を噛み締めながらリッカは手中の『雪花』を見下ろす。こんな物に自分の家族は、殺されたのか。
「サンタクロースなんて都合のいい奴なんか居ない。だから、私は自分の手で元凶を――『雪花』を壊す」
かつて、自分に言い聞かせ続けた目標。それが今、実現する――っ!
「……《メリー・クリスマス》」
リッカはぼそりと呟いて氷の短剣を作り出す。その切っ先はアルマに向けられた刃よりもずっと鋭い。
「ええい!」
ナイフを振り下ろす。そして、『雪花』は砕け――なかった。
「……え?」
きょとん、とした様子でリッカが自分の手を見つめる。そこに握られていたはずの短剣が、ない?
「なに考えてんだよ、お前」
「うわ、アルマすご~」「今の、よく当てたね~」
廃墟の入り口、白い雪と黒い闇がコントラストを描くなかに佇む三つの影。アルマと魔女達だ。
「なんでバレたのかな~」
先程までその顔に浮かんでいた憂いの色をリッカは打ち消し、すっくと立ち上がると手元の『袋』を担ぎなおした。
「さぁ、なんでかな?」
と惚けるアルマにリッカはニンマリとほくそ笑む。そして、二人が動いたのは同時だった。
「――《メリー・クリスマス》!」「――獅子座の軌跡! お前ら、頼むぞ!」
荒れ狂う吹雪、掻き消える鈴の音。そして、[太陽と月の魔女]がシャボン玉を吹き付け、再戦が始まった。
***
「ほんと、ちょこまかと!」
リッカが氷剣を振るう。さらに、それをアルマがかわすと同時に左手で氷のクナイを投擲する。それらを器用にかわしながらアルマは腕を突きつけ、足を振るう。それをリッカも氷の盾や胸当てで急所へのダメージを軽減する。
「そっちはガードが硬いな……」
「女の子だからね、あたしも」
そう言っても、そんな胸やら太ももやらの露出度が高いサンタ服で戦われても説得力がない。と、背後から迫る気配に気付き上へ飛ぶ。おそらく、次に来るのは――
「やっぱり! でも、同じ手なんか……効くかよ!」
真下から飛んできた氷クナイをかわす。が、二の腕に痺れが襲う。
「なっ?」
そこにはかわしたはずの氷クナイが。それもたちまち結晶と化して掻き消える。その代わり、腕からは赤い鮮血が腕を伝え落ちる。
「どういうことだ? もしや――っ!」
くるん、と着地するとそこには当然、リッカが氷剣を手に待ち構えていた。
「あれ、避けきれなかったんだ」
「分身か?」
「さぁね。想像におまかせするよ」
言うや否や、氷剣を投げ飛ばす。それを横飛びにかわす。だがそこで止まったりはせずにさらにバックステップ。案の定待ち構えていた分身の攻撃をかわす。
「飛んでかわすのは逆に不利になるだけかな。それなら――
猫耳、猫尻尾が失せ、代わりに銀色の矢が生まれ出づる。
(これなら、本物かどーか気にしなくても大丈夫だ)
人体を傷つけることの無い《サジタリウス》。これで分身を消しながら本物を見つけよう。
だが、それにはもう一つ足りないものがある。
(まだ、か?)
彼女達の準備が整うまで、自分が持たなければ意味がない。とにかく、今は本物のリッカを探し出さないと。
***
リッカはアルマ達の反撃を危惧して視界の悪いこの状況での『雪花』破壊を諦めていた。
今は目の前の敵を倒すことを優先しないと。そのためには、自分の戦闘態勢である手品をフル発揮しなければ。
リッカの
そして、この分身作成こそが、視界を奪うこの吹雪と最高の相性を持つのだ。
「ま、相手がこっちを殺す気がないってのもあたしが有利である理由なのかな」
いくら分身で錯乱させているといっても、相手が殺す気でかかっていればことごとく破壊されているだろう。
「まぁ、だからってあたしは手加減しないけどね」
そう言って氷剣を側に突き立てる。そして、ひんやりとした刀身に触れて集中力を高める。そうやって構成するのは、自分の姿を似せた分身。その背には彼女の手品道具を模した袋も作られた。
「よ~し。じゃあ、あんたにはコレね」
そう言って氷の分身に手渡したのは氷斧。繊細さに反して凶悪な重量を誇るそれを手に氷分身はニヤリと笑う。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、言ってらっしゃい」
そんな自分の分身に手を振って見送ったレッカは「ふぅ」とため息を吐いた。
「微妙な気分……」
自分と同じ姿の分身……見分けが付かないほどの分身を、死闘に送り込む。でもこれもすぐに終わる。終わらせてみせる。
「これさえ壊せば、もうあたしは、手品を使わなくても済むんだ」
そう呟いてリッカは担いだ袋の中身へと思いを巡らした――その時だった。吹雪吹き荒れる廃墟内に、吹雪の音とは不釣合いな爆音が轟いた。
***
廃墟の一角で炸裂した爆発にアルマの口の端が上がった。
「どうやら、間に合ったみたいだな」
それに答えるようにさらに爆発。そしてさらに。それはあちらから、こちらから、様々な方向から炸裂した。天井に、壁に、床に。爆発によって開いた穴から吹雪が拡散していく。
「さぁ、出て来い、リッカ――っ!」
「……仕方ないね、出て来てあげるよ。お望み通り」
ゆらり、と澄み切っていく吹雪の中からリッカが姿を現す。その手に持ったのは氷剣だ。さらに片方には氷クナイ。
「お前は、分身か? それとも、本物なのか?」
「さぁね。なんであんたに言わなきゃいけないのさ。知りたいなら私のスベスベお肌を触ってみれば?」
そう言って無防備に両手を広げるリッカ。だが油断はならない。不用意に近づけば何がくるか分かったもんじゃない。それに、
「触る必要なんかない」
そう答えてアルマは《サジタリウス》を構える。もし分身なら破壊できるし、本物だったとしてもこの矢は人体を傷つけない。
「へぇ、飛び道具か。でもさぁ、油断大敵、だよ」
「っ!?」
真横から何かが飛び掛ってきた。いちいち確認するまでもない。リッカだ。飛び出してきたもう一人のリッカに押し倒されてアルマは身動きを封じられる。下腹部に触れる彼女の太ももはひんやりと冷たい。分身みたいだ。
氷分身はその手に握りしめた氷短剣をアルマの右腕に突き立てた。
「ぐ、ああああああああああ!?」
右腕に加わった傷。分身リッカはその傷を広げようとさらに氷短剣を動かそうとしたところで[太陽と月の魔女]の体当たりを食らって倒れる。
「アルマ!」「だいじょうーぶ?」
「いや、大丈夫じゃないな、こりゃ」
そう言って先ほどよりも大量に血が流れる右腕を見てアルマは舌打ちする。それを見ていたリッカは剣を握り締めたままほくそ笑む。
「それじゃ弓矢は使えないね。どうする? また猫にでもなって戦う?」
ニャーン、と甘ったるい声を漏らすリッカを見てソールとマーニはなにやら衝撃を受けた様子で
「お、女の子の私もドキッ!」「の、悩殺……うぅ、やっぱりスタイル?」
とかぼそぼそ言ってる。それどころじゃないだろうに。
「はぁ。分かってねえな、リッカ」
「分かってない? それはあんたの方じゃない? 弓矢、使えないでしょ。でもあたしは、いくらでも飛び道具を作れる」
「じゃあ教えてやるよ。お前の敗因は三つ」
そう言ってアルマは血の滴る右腕を掲げ、指を三本立てる。
「まず一つ。おれはお宝を盗み損ねたことはない」
「うん、ないない!」「私の心も奪ってるし」
……なんか外野がうるさいな。そう思いつつ指を一つ折りたたむ。
「二つ。厄介な吹雪は今の爆発で吹き飛んだこと」
「はんっ。そんなの、また手品を使えばいいだけじゃない」
リッカは鼻で笑ってほれほれ、と袋を持ち上げる。その腕は、手品発動の為に動きつつある。ああ、おれの思った通りだ。
「三つ。弓矢は――こうやって撃つことも出来るってのをお前が知らなかったこと!」
そう言ってアルマは生み出した矢を口で挟み、それを一息に放つ。
「しま――っ!」
それは狙い違わずリッカの持ち上げた袋を打ち抜き、消滅させる。
「チェックメイトだ、リッカ。さぁ、お宝を渡してくれないか」
「い、やだ。――嫌だ!」
リッカは足元に転がった『雪花』を抱き上げ退く。
「これは、存在しちゃいけないんだ」
「どーいうことだ?」
「あんたはお宝と思ってるみたいだけど、そうじゃない。これは凶器だ。これのせいで、あたしはこんな……こんな忌々しい手品(チカラ)を!」
そう言ってリッカは『雪花』を床に叩きつける。
「っぶね!」
それを《レオ》の能力でアルマが間一髪で拾い上げる。
「なにすんだよ! 壊れたらどーすんだ!」
「壊れた方がいいんだ、そんなもの!」
先程の力強さはどこへ行ったのか、リッカは泣きじゃくりながら叫ぶ。
それを見てアルマは、『雪花』を――廃墟の隅へと投げつけた。『雪花』はそのまま壁にぶち当たり、粉々に砕ける。
「ちょっ! アルマ!?」「なにやってるの!?」
ソールとマーニが驚いた様子で問う。
「なぁ、おれのモットーはなんだっけ?」
「はぁ? 何って」「『どんなにお宝が欲しくても人を殺したり、見殺しにしたりするようなことはしない』でしょ?」
「……そういや、言ってなかった気がするな」
はぁ~~とため息を吐きながらアルマは言った。穴の開いた天井から降り注ぐ自然の雪を払おうともせず。
「手品師ってのは人を笑顔にするために居るのであって、人を悲しませるために存在するんじゃない。じゃあおれのやることは簡単だ。誰かを悲しませるお宝なんていらねー」
そう言ってアルマはリッカの方に向き直る。彼女の方は理解が追い付いていないようだ。
「そーいうわけだから、文句はねーだろ?」
「な」
「ん?」
首を傾げるアルマにリッカは不思議そうな様子で尋ねた。
「なんで? あんた、お宝が欲しかったんでしょ?」
「だーかーらー! おれは誰かを笑顔にしたくて怪盗やってんだって!」
「っ!」
『誰かを笑顔にしたくて』。アルマの言葉にリッカはなにやら衝撃を受けたような表情を浮かべると、くすり、と笑って立ち上がった。
「ふぅん。まぁいいわ。あたしの目標は達成できたわけだし。じゃあね、怪盗さん」
「メリー・クリスマス」。そう言ってリッカは近くに開いた穴から外へと抜き出してしまった。なんか、声が弾んでたな~。やっぱお宝、壊してよかったかな。とかアルマが思っていると、背後から。
「「またアルマが~~っ!」」
「な、なんだ?」
「「今度はサンタ女を口説いて! 今日こそ、そのハーレム根性、叩き直してやる~っ!」
「わーっ!? なんじゃそりゃ、ひでぇ言いがかりじゃねえか!」
「「問答無用~~!」」
クリスマスの夜、一人の怪盗がケーキを買うのを引き換えに命を失わずにすんだのは言うまでも無い。
***
手品道具である袋を失ったリッカはしかし心から楽しそうに夜の街を歩いていた。
「『誰かを笑顔にしたい』。サンタって意外と本当にいるのかもね」
自分はとてもいい子にしてたとは思えないが、自分にもサンタは来たのだとリッカは思った。
「怪盗アルマゲスト。あいつの方こそサンタなんじゃない?」
まさか、『幸せを運ぶ者』が怪盗だとは思ってなかったけど。
「うん。あいつとの出逢いはサンタからのプレゼントかも」
そう言ってリッカは自分の手品ではない本物の雪を火照った体に浴びるのだった。
ああ、火照ってる。動きすぎたかな?とリッカは首を傾げるが、いや、これは違う火照りだな、とすぐに気付いた。
「そういえば、こうも言ってたかな。『盗み損ねたものはない』って。確かに、そうなのかもね」
そう言ってリッカは自分の胸に手を押し当てた。そこに宿るぬくもりは、ほんっとうに、久しい気がする。
リッカはふぅ、と長い吐息を零すと雪の降る空を見上げて呟いた。
「――メリー・クリスマス」
と。その顔には、年相応の少女の笑顔があった。
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