第4話 ――試験を開始してから七・八秒後。

 すべり出しは快調そのものである。


 エンジンに感情があったなら、その理由こう語ったことだろ。

 当たりまえです。煩わしい、なんの価値も見出せなかった配管が外されたんですから、と。


 事実、ヤスミンカが手を加えた配管は、偏心も滞留も生じないよう計算された曲線と直線で成り立っており、燃料の輸送は滞りなく流れていた。

 存分に燃料を燃焼できる絶妙な角度に噴射弁が調整されていたし、他にも、多種多様な改造がほどこされ、その全てが、燃焼試験を完璧に成し遂げるという一点に集約している。

 これまでの設計者とは異なる、明らかに自分の構造を理解し、意思をもって改造を施してくれており、迷いのない作業だった


 ヤスミンカの改造を、エンジンは肯定する。


 自分が良い方に変わるためであれば、やわらかい表面をハンマーで叩きつけられてべこべこにされたり、妙なところに不可逆な穴を開けられることなど、些細な問題にすぎない、と。


 だが、理屈の上では正しくとも、それを現実の事として置き換えるのは不可能である。

 いまだ知り得ぬ現象が隠れているかもしれない。例えば、慣れない作業者のもたついた作業のために、配管の密閉が完璧になされておらず、水素の一部が隙間から逃げ出していたりする。化学反応もいい加減で、実は炎の中でも反応しきらない水素分子が、燃焼室の中で徐々に増えていったりもする。

 致命的だったのは、構成する材料の疲労であった。

 

 ヴェルナーらは、自分たちの試験ですでに、十分以上に使い込んでいる。しかも、エンジンを構成する部品らは、想定耐用年数を上回ったものばかり。目視では確認できない金属内部に、疲労が蓄積し亀裂の成長が恐ろしく進んでいたのである。

 

 残念なことに、エンジンには、疲労破断の危険を警告する機能は備わっていない。作業者であるヤスミンカにも、疲労破断を予期するだけの経験値が、圧倒的に不足していた。


 結果。


 供給弁も点火プラグも、好調で、順調に燃焼が開始される。勢いよく飛び込んでくる燃料たちを、次から次に燃焼させ、後方へと吐き出していく。推力計は、これまで計測したことのない驚愕の数値をたたきだす。


 わずかに気まぐれな化学反応は、火炎がまみれる中あっても水素を燃やしきれない。徐々に水素が燃焼室に残り、燃焼室内の水素密度が徐々に増していく。エンジンは元々がガソリンの燃焼に合わせて作られたものであり、当然ながら燃焼室の異常を検知することはできない。


 試験開始から五・八秒が経過したとき。


 燃焼室が軋んだ。小さな酸素分子が行き来するには十分すぎる亀裂が生じる。待ってましたとばかりに、水素が酸素と結合する。瞬間的に数千倍に膨れ上がったガスを抑え込めるほど、燃焼室は頑丈にはできていない。


 燃焼室の異常を感知したエンジンは、思い出す。

 

 有事の際にのみ、彼は燃料の供給弁を閉じる権限が与えられていることを。己に課せられた義務に従い、彼は弁を閉じた。それが、致命的な引き金になった。


 全身に、がんっという衝撃が走る。エンジン内部の圧力が急上昇する。タンクと配管の弁はすべて解放されている。圧力の急上昇を吸収する空気は、氷になるため不要だということで、ヤスミンカ自身が意思をもって抜き切っていた。

 

 圧力の上昇が、エンジン全体をおそう。


 配管の接合面や溶接部といった身体の弱い部分に、わずかな亀裂が生じた。ほぼ同時に、供給弁が付け根から吹き飛ばされた。


 彼は全身からガスが漏れるの止められず、また、勢いよく送り込まれる燃料を制御する術も失ってしまった。液化されていた水素が、容赦なく気化していく。


 鋼の檻が破れ、脱走した高温ガスは、エンジンを構成する全物質に襲いかかる。


 試験を開始してから七・八秒後。


 エンジンは爆散した。

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