二章~参話

「──青天の事に決まっているだろう。あいつは、人間が恐れる【人喰い鬼】なのだから」


 白露が話す【人喰い鬼】が、半月もの間共に暮らす青天の事だという事に信じられない朱音は、ただただ耳を塞ぐばかりだった。そんな朱音に、白露は物憂げな顔で口を開く。

「……朱音、よく聞け。確かに俺は今、青天を【人喰い鬼】なのだと話した。だが、青天本人は自分が【人喰い鬼】だとは思っていない」

「え……?」

 白露が何を言っているのか朱音は理解できなかった。先程、青天を【人喰い鬼】だと話ながら青天は自身を【人喰い鬼】だと思っていない。どういう事なのかと混乱するばかり。

「ふむ……その知識もないか……まぁ無理もない。あの村の人間は、鬼もあやかしも忌み嫌っている故に偏った知識しかない。それに、普通ならば人間は知らぬ事だからな……」

 目を伏せながら、白露は話し始めた。

「朱音。まず、お前はこの世界にどんな種族がいるかを知っているか」

「……人間と、鬼族。それと、妖に……神様」

「その通り。人間は一番多い種族で、普通に暮らす存在。次に多いのは、鬼族だが──」

 白露は目を伏せながら、言葉を続ける。

「鬼族は、人間から忌み嫌われている。人間はいつとはなしに鬼族を【人喰い鬼】と揶揄し、迫害し……最悪、命をも奪った。それを鬼族は恨んでおり、鬼族もまた……人間を忌み嫌っている。だから、鬼族は人間から隠れるようにして日々を過ごしている」

「人間も、鬼族も……お互いを忌み嫌っている……んですね」

「そうだ。鬼族は幼い頃から人間が残忍で狡猾な存在だと教え込まれているから特に、な」

「……人間も、鬼は人を喰う恐ろしい存在だと教えられています。だからきっと、わかり合う事もなくお互い……」

 苦しげな表情の朱音と、目を伏せるばかりの白露。二人の間に、暫しの静寂が訪れる。その静寂を破ったのは──

「……おかしいです。私は、こうして半月の間、青天と共に暮らしました。そしてわかりました。鬼族は、見た目は確かに違うけれど……人間となにも変わりません。なのに、なんで」

「それは、人間が鬼族を勝手に【人喰い鬼】だと呼んでいるからだ。なぁ朱音、お前は青天と出会う前【人喰い鬼】をなんだと思っていた?」

「え? えっと……その……人間とは違う存在。恐ろしい存在で、人を見ると人を喰う。交わえず、分かりあえない存在……だと、教えられてましたが……」

 朱音の言葉に、白露は自身が傷付いたように顔を歪めた。

「それは、間違いだ……朱音が先ほど言ったように、鬼族は人間とほとんど変わらん存在だ」

「人間と……変わらない?」

「あぁ。鬼族は、確かにその額に角を持つ。人間よりも力が強い。だが、それだけだ。人間と鬼族の違いなぞ、些細なもの」

 白露は長いため息の後、言葉を続ける。

「それを、人間はあの角と力に怯え勝手に【人喰い鬼】という幻想を作り出して迫害をしたのだ。それこそが【人喰い鬼】の正体といっても過言ではない」

「……幻想……」

「あぁ。だから鬼族は【人喰い鬼】なんかじゃない。青天も、人間からしたら【人喰い鬼】なのかもしれん……だが、あいつからしたら自分は【人喰い鬼】なぞではない」

 その言葉に、朱音は胸を撫で下ろした。そうか、やはり【人喰い鬼】というのは勝手に私たち人間が思い込んでいた存在なんだと、朱音は思った。しかし、次に発せられた白露の言葉に朱音はまた顔を歪めた。


「しかし、人間を喰いはしないのだが……鬼族は自身の欲求を満たすかのように人間の生き血を口にするのだがな──」

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