二章~弐話

 気が付くと、朱音は白髪の男性に抱かれながら鳥居の上に立っていた。今にも崩れそうな程鳥居は古ぼけており、近くには廃屋ともみえる社のような建物が建っている。

「え、な……なに? ここ……どこ……」

「あぁ、やはり知らないか。当然だな、青天は朱音にここを案内していないからなぁ」

 白髪の男性はため息まじりにそう話すと、朱音を抱きかかえながら鳥居から飛び降りた。

「え……? きゃっ、きゃあっ!」

「すまんな。鳥居を壊したとなれば、青天に長く説教をされてしまう。説教をする位ならば鳥居を直してくれれば良いものを。青天は手先が器用だというのに──」

 朱音は白髪の男性の、朱音を抱き締める力が弱まったのを見計らいその腕から逃げ出し少しの距離を取った。

「あの、貴方は……一体誰なんですか……? 神通力とか、話してましたが……まさか……」

 朱音が問うと白髪の男性は「なかなかに、おてんばだな」と呟き、改めて朱音の前に笑顔で立った。

「話が早いな。朱音は知っているか? 山には神がいるという事を」

「……山神やまがみ、様……」

 朱音がそう言うと、白髪の男性は満足そうに頷きそして「流石──なだけある」と小さく呟く。

「そうだ。俺こそが、【人喰い鬼】が住むという劣悪な山の主。この山の山神である──白露しらつゆだ」

「白露……様……」

 朱音が白露の名前を口にすると、白露は恍惚とし「本当に愛らしい」と呟きながら今一度朱音を抱き寄せた。

「えっ? あの、しっ……白露様……?」

「朱音よ、何故お前ここにいる? 何故半月もこの山で暮らしているのだ?」

「え……えっと……」

 少しずつ自身を抱き締める力が強くなり困惑する朱音に対し、白露は質問を続ける。

「村で聞いていなかったのか? この山には、足を踏み入れるなと聞いていただろう」

「それは……山神様がいないのだと、言われていたから……守ってくれる存在のいない山は危険だと聞いていたから……です。それに、鬼……」

「……鬼?」

「山には【人喰い鬼】がいると聞いていたから、この山を恐れてました……でも、今は……違います」

「違う?」

「山神様はちゃんと、いらっしゃいました。白露様がきちんと山を守ってくださっている。それに、【人喰い鬼】なんてものもいない。だから、もう怖くない……です」

「……ふっ……ふふっ……」

 朱音の言葉に、白露が笑いだした。

「白露、様……?」

「あぁいや、すまないな。お前は本当によく出来た娘だ……うん、ますます気に入った」

 そう笑いながら、白露は朱音を今一度抱き締めた。

「こんなにも良い娘だからなぁ──神隠しをしたくなる」

「え……?」

【神隠し】の一言を聞いた朱音は顔を青ざめ、白露から離れようとするが白露はその腕の力強を一段と強くした。

「や……やだ……はっ……離して、くださいっ!」

「何故だ? 良いだろう。このまま俺に神隠しをされた方が朱音の為になるぞ? お前を虐げる人間も、お前を喰う鬼もいないのた。神の世界へと共に参れば良い」

 白露の言葉に、朱音は驚愕した。

「……私を、喰う……鬼……?」

「ん? あぁ。あんなにも長く共にいたのは何故だ? もしや朱音は喰われたかったのか?」

「白露様……誰の事を……言っているん……ですか……?」

 目を見張る朱音に、白露は薄ら笑いを浮かべながら朱音の耳許で囁くようにその名を口にした。


「──青天の事に、決まっているだろう?」

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