二章~壱話
普段は無表情だというのに、この時ばかりは訝しげな表情に見える青天の横で朱音は何が起きたのかを理解できていなかった。分かるのは、青天が【あいつ】と呼ぶなにかが来ているという、それだけ。
「……近くに来ていると思ったのだが……杞憂だったか?」
「青天……? あの、なにが……って、え?」
気が付くと、朱音は誰かに抱き締められていた。背後から力強く、絶対に離すまいという気持ちが伝わるような、強い強い力で。
「人間だ……おお、人間だ! 久しいな、この芳しい香り……やはり良い……鬼族では満足出来なかった。ずっと待っていたぞ……人間の娘を」
頭上から聞こえてくる、何やら気色の悪い事を話す男性の声。朱音が恐る恐る見上げると、そこには赤い目を持つ
「ん? おお! なんとも可愛らしい顔立ちではないか……うむ、ますます気に入ったぞ。お前、名はなんという?」
「え? え……っと、朱音。朱音……です」
「朱音……そうか、良い名だ。本当に……愛らしい」
反射的に名前を答えた朱音を、白髪の男性は満足そうな笑顔でまた力強く抱き寄せた。青天は白髪の男性を睨み付けるように凝視している。
「……お前、何をしに来た」
それまで黙っていた青天が、白髪の男性に向かい強く言い放った。そんな青天の様子に驚いたような反応を見せた白髪の男性は、薄ら笑いを浮かべながら朱音をまた力強く抱き締めた。
「何をしに……とは。何を言っている。俺の愛しい愛しい人間がいるのだから、姿を現すのは当然だろう? それにどうせ──いや、それはまぁ、良いか……なぁ、青天。お前は朱音が大切か?」
「何を言い出すかと思えば……急になんだ」
「……答えぬか……まぁ良い。朱音が大切だと思うのであれば、奪い返してみろ。なぁに、久しぶりの俺の戯れだと思え。この山の中の何処かに俺達はいるから、そうだな……夕刻までに見つけてみろよ」
「え、あ……あの! 貴方は、一体──」
誰なのか、という朱音の言葉は白髪の男性により封じられた。
「少し黙っていてくれよ、朱音。神通力にやられるからな」
耳元で囁かれた言葉に、朱音は驚きを隠せずにいた。神通力は、人間には使えない。鬼族にも使えない。使えるのは──
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