一章~緋の章肆話
「青天は、人を喰う……人喰い鬼、なの?」
朱音にそう問われた俺は、朱音めがけ手を伸ばした。
喰う訳ではない。もし俺が本当に【人喰い鬼】ならば、山の中で見つけた瞬間に朱音を喰っていた。朱音は先程から目を瞑って小さく震えている。俺が【人喰い鬼】かもしれないと、朱音が不安になっているのならばその不安を拭ってやらねばならない。そう考えた俺は、伸ばした手で朱音の頭を撫でた。
「……え」
呆気に取られたのだろう、朱音は驚いた顔をしながら俺を見上げた。
「鬼にも、様々な者がいる。人を喰う鬼なんてとっくの昔に居なくなった。俺は、人喰い鬼ではない。しかし、俺が人喰い鬼かもしれないと、朱音を不安にさせてしまったようだ。すまない」
「それは違うの青天! 私が勝手に勘違いしてて……それで、青天に嫌な思いさせちゃって……ごめん、なさい」
気にせずとも良い事を。考えながら、朱音の頭を撫で続けた。あぁ……こうしていると、妹がいた頃を思い出す。
「……青天? あの、いつまで撫でてるの……?」
撫で続けていると、朱音がそう聞いてきた。
「あぁ……すまない、朱音の髪は触り心地がとても良くて、つい」
「さわっ……!?」
思った事を素直に述べると、朱音が顔を真っ赤にし狼狽え始めた。
「俺は、今何か変な事を言ったか?」
わからん。何処かおかしかったのだろうか。しかし朱音は何も答えない。この辺は、人間と鬼族の違いかもしれない。妹に──黄月に同じ事を言った時はこんな風に狼狽えた事はなかったから。
朱音が頭を抱えてしまい動かない為、俺は縁側へと向かった。隣に来い、と促すと朱音は考えるのをやめたようで隣に座ってきた。
「確かに、俺は朱音とは違い鬼と呼ばれる存在だ。だが、人と違うのはこの赤い目と、額にある角だけだ。喰うものは人と変わらない、生活も人と変わらない」
「……確かに、朝餉は私が普段から食べてるものと同じだったね。話したり、こうしていても人と何も変わらないね」
「そう言って貰えると、助かる。だが、あの村の人々は、俺を人喰い鬼と呼んでいるのだろう?」
俺がそう問うと、朱音は困った顔をしてしまい「それは」と口ごもってしまった。
「人と鬼は、相容れないものだと幼い頃から聞いている。あの村の人々は、俺を受け入れない、この角と、目の色がある限り。それは構わない。俺も、分かりあえるとは思っていない。だが──」
「だが……?」
「……朱音は、俺が怖いと思うか? 俺を、受け入れられないか?」
ここで怖いと言われたら。受け入れられないと言われたら……その時は、前々から山に入り込んできた人間達のように──すれば良い。迷うことなどなにもない。やはり人間は相容れない存在なのだろうと再確認するだけだ。
しかし、昨日出会ったばかりだと言うのに何処か朱音に拒絶されたくないという不思議な気持ちもある。俺の問いかけに対し、朱音は──
「怖くないよ」
一言だが、真っ直ぐと目を合わせ言ってくれた。その一言で、俺は何処か救われたような気分になった。朱音が言葉を続ける。
「私ね、確かに最初に青天を見た時、怖かった。角はあるし、目の色も赤いし……でも、こうして話をして、一緒にご飯を食べて……そしたら、何も変わらないんだって。同じなんだってわかったの。だから、私は青天が怖くないよ」
「……そうか。いや、よく考えると昨日の今日出会ってすぐ聞くことでもなかったな、すまない」
「ううん、大丈夫。この先も一緒なんだし、こういうのは、はっきりさせとかないとね」
朱音の発言は、常に俺の想定外だ。この先も、とは。
「……この先、も?」
「え? 私の事、
そうか、居てくれるのか。朱音は、鬼族の俺でも……恐ろしいと思っていた鬼族の俺と。住んでいた村で【人喰い鬼】と呼ばれていた俺と……居てくれるのか。
それがわかったとなれば、家の中をどうにかせねば。数年は一人でいた。不便させないようにせねば。まずはどこから手をつけようかと家の中へと向かう俺に、朱音が後ろから焦るような声をかけた。
「え、あの、ごめんなさい! 厚かましいよね、勝手にこのまま一緒にとか思ってて! そうだよね、一晩だけだよね!」
「……いや、朱音が良いのなら、このまま居てくれて構わない。朱音がいるだけで、俺は嬉しい。だから、居てくれる方が、良い」
「そう、なの……?」
あぁ、と小さく答えながら朱音には黄月が使っていた部屋を使って貰おうと考えた。あの部屋は黄月がいなくなってからも置いてあるものはそのままだから、朱音としても過ごしやすいだろう。
「朱音が寝ていたあの部屋、狭いだろう。襖を外せばもう少し広くなる。少し待っていろ」
「え、いいよ別に! あのままでも結構広いよ? 六畳位あったし平気だってば!」
しかし客人にはきちんとせねばならん。あの部屋は黄月が集めていた硝子細工などが多く、狭いからな。朱音は遠慮せずとも良いというのに。
「家主の言うことは聞け」
そうして、
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