一章~緋の章参話
居間に着き、少女に「ここに座れ」と指示すると少女は大人しく指定した場所に座った。不安そうな顔をしていたが、気にせず茶碗に米を盛る。味噌汁や他のものも少女の目の前に置き、自分の前にも同じように置いた。小さく「いただきます」と呟き、食べ始めたが少女は一向に動こうとしない。
「……食わないのか」
素直に思った事を話すと、少女ははっとしながら箸を持ち「あ、えっと、食べます! いただきます!」と食べ始めてくれた。
「……美味しい……このお味噌汁、とっても美味しいです!」
味噌汁を口にした瞬間、少女は目を輝かせながら初めて笑顔を見せてくれた。そうか、美味いのか、安心した。
「……美味いか? そうか。良かった。人に食って貰うのは初めてだったから、心配だった。口に合ったのなら、良い」
「え、これ、貴方が作ったの? 凄い……私はこんな美味しいお味噌汁作れないもの」
「……そうか」
なんとなくだが気恥ずかしくなり、そのまま言葉を紡ぐことも無く朝餉を食べ進めた。
俺はあまり自分の感情を話すのが得意ではない。表情も変わる事が無いので、素っ気なく見えたのだろう、少女も少し気落ちしながら黙って朝餉を食べていた。
「……美味かったか」
少女が食べ終わると同時にそう口にすると、少女はびくっと体を震わせながら頭を下げてきた。
「は、はい! とっても美味しかったです、御馳走様でした!」
「ならいい」
食べ終わったのならば片付けをしなければならない。小さく「片付けをする」と呟くと少女は「ありがとうございます」と口にしてくれた。少し温かい気持ちになりながら食器を持ち台所へと向かう。
「……そういえば、忘れていた……着物の話をしなければならないな」
食器を洗うのを後回しにし、少女のいる居間へと戻ると少女はその場から動かずにいた。うまい事が言えないので、俺は思っている事を言葉にした。
「お前の着物だが、山の中で雨に濡れ汚れていたから洗っておいたが……かなり古い物 のようだったから、ほつれがひどく、駄目になってしまった、すまない。お前が寝ていた部屋の箪笥に、女物の着物がある、好きなものを選んで着てくれ」
そう言うと、少女は自分の姿を確認すると。
「──っ!!」
少女が声にならない叫びを上げた。なにかと思ったが、それもそうだろう。彼女は肌襦袢姿なのだ。そうだ、謝らねば。
「すまない、女相手に失礼とはわかっていたが、あのままでは風邪を引くと思ってな。それに泥汚れがひどく、家に入れられなかった。着物を脱がした事は謝る。しかし、誓って肌襦袢には手をかけていない」
そう言いながら、頭を下げると「だ、大丈夫です」と返ってきた。
「あ……えっと、ごめんなさい、私こそ疑って……ありがとう、ございます。着物、借りますね」
少女は小さく頭を下げ、先程まで眠っていた部屋へと歩いていった。さすがに……はっきり言いすぎたか。しかしうまく言葉を紡げない。仕方ないな。
食器を片付け、落ち着いたところで少女の様子を見に行こうかと思い廊下に足を向けた。
食事の片付けも終えた。少女はどうしているだろうかと思い、部屋の前まで歩く。
「着替えたか?」
襖越しに声をかけるが、返事がない。どうしたのだろうか。小さく「入るぞ」と言い部屋へと入ると、未だに少女は肌襦袢姿のままで箪笥の前に立っていた。
「……着替えてなかったか。どうした」
「えっと……全部素敵な着物で、迷っちゃって……私、いつも地味な色のしか着てなかったから、どれがいいかなって……」
確かに、箪笥の中には多種多様な色の着物があるが……気に入ったものを着れば良いというのに。腕を組み、考える。
「お前、名はなんという」
「え、名前? あ……朱音、です……」
「朱音……か。お前の名の通りの茜色の着物がある。これにすればいい、お前に似合う」
自分の思ったことをそのまま口にすると、少女──朱音は驚いた顔をしていた。名前と同じだと言うのは流石に安直だっただろうか。
「裏庭にいる。何かあれば声をかけろ」
言うだけ言って、背を向ける。これ以上言葉を紡ぐ事が俺には出来ない。縁側へと向かい、そのまま裏庭へと足を運んだ。
少しの時を裏庭で過ごしていると、着替えた朱音がそろそろと歩いてきた。
「……着替えたか」
俺の勧めた茜色の着物と、海老茶色の袴を身につけた朱音が少し恥じらいを持った様子で近付いてきた。
「はい、どう……ですか?」
「似合うぞ。朱音に、その着物」
やはり名前と同じ茜色の着物は、朱音にとても似合っていた。よくよく見ると、朱音の目は人間には珍しい色をしている。まるで空を写したかのように青い。あぁ、着物の色と相対する綺麗な青い目がとても映え、美しい。
「あ、ありがとうございます……ええっと」
「……どうした」
「えっと……名前! 貴方の名前、まだ聞いてなかった……なぁって思いまして」
「……
「へ?」
「青天。青い
そうか、そう言えば名前を言っていなかったな。
「青天、さん」
「呼び捨てで構わない。敬語も不要だ、普通に話してくれ。堅苦しいのは好きではない」
「……じゃあ、青天。えっと……改めて、ありがとう」
ありがとう? なぜ、感謝の言葉なのだろうか。わからないので首を傾げた。
「助けてくれた事と、朝餉をご馳走してくれた事、あと着物を貸してくれた事とか、全部あわせて、ありがとう……なんだけど」
「朝餉は俺が勝手に用意しただけだ。着物も、駄目にしてしまったから他のものをと思っただけだ。助けたのは、目の前で倒れられたから……ただ、それだけだ」
「それだけだ、じゃないよ。本当に……ありがとう。私、昨日村の人達に追い出されて……帰る場所もなくなって、山の中で、人喰い鬼に喰われるしかないって思って」
「……人喰い鬼? それは、俺の事か?」
また、その呼び方か。
「えっと、あの……」
朱音は口ごもってしまった。それもそうだろう。やはり、人間は俺を【人喰い鬼】だと思うのだな。愚かだ。そう思っていると、朱音が意を決した顔をしたあと口を開いた。
「青天は、人を喰うの? 人喰い鬼、なの?」
その言葉を聞いた俺は、少し泣きそうな顔をした朱音めがけ、手を伸ばした──
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