一章~緋の章弐話
人間の少女を自宅へと連れ帰ったのは良いが、玄関で狼狽えてしまった。少女は泥まみれであり、雨にも濡れている。このままでは家の中に入れられない。
「……致し方ない。すまない、着物は脱がせるぞ」
気を失っている為、少女から返事はない。出来る限り肌に触れないようにしながら少女の着物を脱がした。肌襦袢姿となった少女をあまり見ないようにしながら、彼女が意識を取り戻したら謝ろう、そう思いながら少女をまた抱き抱えた。
「……黄月の部屋に運ぶ、か」
自室に運んで寝かせておこうかと考えたが、見知らぬ異性の部屋に眠っていたとなれば少女は動揺してしまうはずだ。種族は違えど、男と女。俺はまだしも少女の事を思うと自室へは運べなかった。
自室から少し離れた、硝子細工や鏡台が置かれている部屋──妹の黄月の使っていた部屋に少女を運んだ。布団を出し、寝かせる。気を失っているが、眠っているようにも見える。
「……どう見ても、人間だな。だからこそわからん。なぜ陽光花の髪飾りを……」
少女が意識を取り戻し次第、聞いてみる事にしよう。夜も更けてきた、麓の騒がしさも無くなった。少女は目を覚ましそうにない。
そういえば、少女の着ていた着物を洗っておかねばならない。そう思い洗い場で着物を洗ったが、よほど古いものだったのだろうか、ほつれもひどく、駄目になってしまった。
謝らねばならない、しかし少女はまだ眠っており、時間も遅い。
「今日は眠ろう……」
次の日はいつもより早めに目が覚めた。身支度を整え、少女の眠る部屋の襖をそっと開けたがまだ眠っているようだった。
起きたら腹も減っているだろうと考え、簡単に朝餉を用意することにしたが──
「……俺と人間は同じ味覚だとは思うが、口に合わなかったら申し訳ないな……」
いつも自分の分のみ作り、特に味など気にもしなかったが今日はあの少女の分もある。少しの緊張感を覚えながら、調理を進めた。
朝餉が完成した頃、少女の眠る部屋から声が聞こえた。ようやく目を覚ましたのだろう。起こした方が良いかと思っていたので丁度良い。部屋の前に立ち、襖を開けようとした時少女の独り言が聞こえた。
「ここって、人喰い鬼の、家って事……?」
やはり、人間は俺を【人喰い鬼】と思うのだな。少しばかり悲しい気持ちにもなったが、やはり人間と鬼族は相容れないのだろう。小さく深呼吸をした。
「……騒がしいな、起きたか」
その一言を言ったが、襖の向こうからは返事が無かった。急に声をかけられ驚いているのか、それとも──いや、考えるのはよそう。小さく「開けるぞ」と口にし襖を開けると、布団の中からこちらを驚いた顔で見ている少女。小さく「ひぇっ」と言っていたのが聞こえた。
「……やっと起きたか」
「はっ、はい!」
返事をするやいなや、少女はぎゅっと目を瞑ってしまった。目線はずっと俺の角と目にあった事からやはり少女も俺を見て恐ろしいと思っているのだろう。
「……朝餉が出来た」
俺がそう小さく話すと、少女は呆気にとられたような顔をしていた。
「……あさ、げ……?」
「身支度は後で良いのなら、ついてこい。冷めてしまう」
「あ、え……は、はい」
居間へと歩く俺の後ろを少女はたどたどしい足取りでついてくる。そういえば、朝餉の事ばかり気にしていたが少女は今、肌襦袢姿であった事を思い出した。しかし、こちらからそれを言うのも失礼なのではないのだろうか。人間は羞恥心が強い者が多いとも聞いた事がある、それならば話すべきではないかもしれない。あとで謝罪は必ずすると決め、少女を居間へと案内するように足を運んだ。
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