一章~緋の章壱話

 山の中で一人、静かに暮らしている。麓の村の人間達に、俺が【人喰い鬼】だと言われ、恐れられているのは知っている。俺を恐れ、人間が山の麓一帯に豆を撒くのも知っている。俺の存在を確かにしようと自棄になった人間が徒に山に入り、そして──となる事も聞いた。

 俺が鬼族だと言うだけで、人間は勝手に不安という感情に弄ばれる。そんな面倒な人間が近い場所なのは嫌悪感しかない。幼少の頃より人間が狡猾で汚らわしい存在だというのは嫌になるほど鬼族の村で聞いてもいた。だがしかし、この山でなら。──に──されているこの山ならば平穏に暮らせるはずだ。そう思い、ずっと一人で暮らしている。

 人間は、嫌いだ。母と妹は人間の手により命を奪われた。そして奴等は俺の角と緋色の目を見ると腰を抜かし無様に命乞いをしてくる。

【人喰い鬼】なぞ、人間達の創った想像の産物に過ぎない。そんなものは、いないというのに。

 俺は人間と同じものを食べる。人間と同じように生活をする。人間と同じように感情も持っている。なのに、勝手に【俺】を。いや、鬼族を化物扱いする人間に嫌悪感しかない。

 ずっと、そう思っていた──


 ある日。雨が降りしきる中、麓の方面が騒がしい。何事かと様子を見に外へ出ると、中腹の辺りに人間の少女が膝を抱えて泣いていた。

「もう……私の居場所なんて無いから……人喰い鬼さん、私を……早く……見つけてよ」

 そう呟く声が聞こえ、何かと思い少女に一歩近付くと彼女は俺の存在に気が付きこちらに顔を向けた。だが、すぐに気を失い倒れてしまった。

「……俺を見て、というよりも……疲労によるもの、か?」

 涙を流しながら気を失ってしまった少女をよく見ると、何度も繕っているであろう着物は泥だらけになっていた。年頃の少女だと言うのにとても地味な色の着物を着ている。

 そして、一番目を惹いたのは髪飾り。橙色の花……これは【陽光花ようこうか】を象っている。この花は鬼族の村にのみ咲いている、毒にも薬にもなる珍しいもの。そんな花を象ったものを、なぜ人間の少女がこの花の髪飾りをしている? 多くの疑問が生まれる。

「……仕方ない、か」

 このまま少女を見捨てることも出来たが、何故かそれは心が痛んだ。それに、このままここに置いておくと【あいつ】が気付く。それは面倒な事になる。少女を抱き抱え、自宅へと連れ帰った。

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