一章~蒼の章奇譚

 あれから私と青天の、奇妙な同居生活は続いている。どれ程かと言うと、青天が言うには半月は続いてるらしく本当に、長い。

 そんな青天に、ずっと疑問に思っていた事を聞くとすんなり答えてくれた。村で聞いていた通り豆は苦手だと話した。蕁麻疹の様になり苦しくなるのだと言っていたし、鬼族は全員例外なく豆類が苦手なのだと教えてくれた。なら日の光は? と聞くと、駄目ならば今こうして共に日光を浴びていないだろう、と無表情のまま答えられた。確かにそうだ。という事は、日の光が苦手なのは間違っている情報という事なんだろう。でもなんで、そんな間違った情報が出回っているんだろう。

「人間の村では、鬼族はどう思われている?」

「人間とは違う存在。恐ろしい存在で、人を見ると人を喰う。交わえず、分かりあえない存在だって……私はそう聞いてた」

「……そうか」

 私が正直に話すと、青天は少し悲しそうにしていた。表情が変わらないので、気がすると言った方が正しいのかもしれなかったけれど。


 毎日青天と過ごしていると、青天の事が少しはわかるようになった。と勝手に思う。青天はあまり自分からは話さないけれど、私から話しかけるときちんと返してくれる。

「ねぇ青天、青天には家族がいるの?」

「……いた、というのが正しい。家族は皆死別していて、今は一人だ」

「そうなの……一人、なの。ごめんね、知らないからって……そんな辛い事聞いて。寂しい、よね」

「構わない、今は朱音がいるからそういった気持ちはない」

 青天は、私が少し恥ずかしいと思うような事もはっきり言う。青天は表情が全く変わらないし、私ばかりが恥ずかしがって変な感じになる。

「ええと……あの、私が着てるこの着物とか……あの部屋とか、元々ご家族のだったの?」

「あぁ……元々は、妹のものだった」

「妹? 青天には、妹さんがいるの?」

 私が聞くと、青天は目を閉じて小さな深呼吸をした後少しだけ話してくれた。

 青天には、黄月さんという妹がいたのだという。年が離れており、可愛がっていたその妹は、数年前に人間の手により命を奪われた。両親を早く亡くしていた青天にとって、唯一の家族だった黄月さんの死は相当の衝撃だった。黄月さんを一人静かに埋葬した後、青天は山で静かに暮らそうと決めた。

 人間とは関わらず、人間に恐れられながら、人間が入らないこの山で、一人で──


「……なぜ、朱音が泣く」

「え……?」

 青天から、黄月さんの話を聞いた私は気が付くと涙を流していた。ぽろぽろ、ぽろぽろと止まらない。

「ごめ……なんか……止まんない……」

 懸命に拭うけど、涙が止まる気配がない。早く泣き止まないと。青天は無表情のままだけど、どうすればいいか迷ってるみたいだから早く涙を止めなきゃ。そう、思っていたら。

「……泣くな」

「へ……?」

 青天が私を抱き締めた。驚きからか、涙はひっこんでしまった。

「泣かれると、どうすればいいかわからない。朱音には、笑っていてほしいと思う、たから……泣くな」

「え……あ……えっと……」

 そう話す青天の腕の力は強くなった。ぎゅっと力強く、しかし大切なものを扱うかの様に優しく抱き締められた。

「せ、青天……もう、平気だから……ごめんね、泣いちゃって……青天困っちゃったよね」

「いや、朱音が落ち着いたのなら良い。しかし、俺は……困っていた、のか」

 相変わらずの無表情と、抑揚の無い声だけど不思議そうに首を傾げる姿はなんだかとても可愛らしくて、つい笑ってしまった。

「……俺は今なにか、おかしな事を言ったか」

「ううん、そうじゃないの。ただ、なんだか青天の事少しずつわかってきた気がするの。青天が困ってる雰囲気だとか、今すっごく私の行動とかを不思議に思ってる事とか……それが、わかってきたのかなって。そうしたらね、なんだか暖かくて、嬉しくてつい笑っちゃった」

「暖かい……? ふむ……よく、わからないが……朱音が楽しいのならば、それで良い」

 私の言葉に、青天は目を伏せてしまった。私なにか、変なこと言っちゃったのかなと不安になっていたら青天はなにか小さく呟いた。

「いや、それは無用な願いだな」

「何か言った? 青天」

「……いや……なんでも、ない……」

 なんだろ、まぁいっか。

「朱音の目は、美しいな」

「……え?」

 青天がいきなりそんな事を言い出すから、私は何が起きたのか訳がわからなかった。

「朱音と出会った時、思った。まるでこの青空を映したように美しい青い目だと」

「あ……あり、がと……でも……あの……その、青天は、青天は私の目の色、変だって思わないの?」

「何故、そのような事を聞く?」

「村で、気味が悪いって言われてた。私の目の色は変だって。だから……私……自分の目が、この青い目が、嫌いで……」

 若竹たちの言葉が甦る。変だ、不気味だというあの心ない言葉は私の枷となっていて、身動きがとれなくなる。

 私は私が嫌い。こんな、人と違う目なんて嫌い。でも、青天はそんな私の目をじっと見つめながら。

「変などと思うはずがない。朱音はその目の色を誇るべきだ。本当に、美しいのだから」

 そう、話してくれた。まさか、誉められるなんて思ってなかった。嬉しさと、色んな気持ちで自然と涙が出てくる。

「青天……ありがとう。本当に、ありがとう」

「俺ではなく、その容姿をくれた両親に感謝しろ」

「……それは……出来ない、かな」

 何故かと青天に聞かれたから、私は孤児だという事を伝えた。まだ赤子の時にこの山の麓に捨てられていたのだと。

「すまない。言いづらい事を言わせた」

「いいの。青天の妹さん事とか聞いたんだし、これでおあいこだよ」

「……そうか」

 青天はそれだけ話すと、庭の一角にある畑へと向かっていってしまった。土いじりをするのが好きだと話していて、よく畑に行く。基本的に無表情の青天だけれど、土いじりをしている時は少し笑ってるようにも見えて、また私の頬は緩んだ。

 半月共に過ごしてわかった。青天はとても優しいのだと。そう思うと、緩んでいた頬はまた一段と緩くなり。

「……機嫌が良さそうだな」

「え? あ……うん」

 もっと早く知り合っていれば良かったな。そうすれば、こんなにも穏やかな日々があったとすぐ気付けたのに。それにしても、なんで青天は村の人達に【人喰い鬼】と呼ばれているのかな。ううん、なんで鬼族ってだけで【人喰い鬼】になるのかな。

 山に入っていった人間達が帰ってこないから、山で人喰い鬼に喰われたのだと言われていたのだけど。

「……どうした?」

 目の前にいる青天の事を、村で聞いていた【人喰い鬼】だとは思えなかった。ただ人間と違うのは、赤い目と額の角だけ。そう、その時は思っていた──

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