一章~蒼の章参話

「青天は、人を喰う……人喰い鬼、なの?」

 私が問うと、青天は無表情のまま、私めがけ、手を伸ばしてきた──


 喰われる、そう思った私は覚悟を決めて目を瞑った。どうせ死ぬのだと思っていた。最期に、優しくしてくれただけでも嬉しかったな、そう思っていた。そんな私を待っていたのは、優しく頭を撫でられている感触。驚いて目を開けると、そこには無表情のままの青天がいる。

「……青、天……?」

「……鬼族にも、様々な者がいる。人を喰う鬼なぞ、とっくの昔に居なくなった。俺は、人喰い鬼ではない。しかし、俺が人喰い鬼かもしれないと、朱音を不安にさせてしまったようだな……すまない」

「ちがっ……それは違うの青天! 私が勝手に勘違いしてて……それで、青天に嫌な思いさせちゃった……ごめん、なさい……」

 青天は無表情のまま、私の頭を撫で続けた。何も言わず、ただただ撫で続けていて。

「……青天? あの、いつまで撫でてるの……?」

 流石に恥ずかしくなってきたので聞いてみるとあぁ、と小さく声が聞こえた。

「すまない……朱音の髪は触り心地がとても良くて、つい」

「さわっ……!?」

 なんだかもっと恥ずかしくなってきた。しかし、青天は何か変な事を言ったか? と首をかしげていた。もしかしたら、鬼は人より羞恥心というか……とにかくそういうのがあまり無いのかもしれない。ううん、きっと私が男性に免疫ないだけなんだろうな。

 そう考えていたら、青天が縁側に座り隣に来いと手招きをした。言う通りに隣に座ると青天が静かに話し始めた。

「確かに、俺は朱音とは違い鬼族と呼ばれる種族だ。だが、人間と違うのはこの赤い目と、額にある角くらい。喰うものは人間と変わらない、生活も人間と変わらない」

「……うん。朝餉は私が普段から食べてるものと同じだったね。話したり、こうしていても人間と何も変わらない」

「そう言って貰えると、助かる。だが、あの村の人々は。 いや、人間は俺達鬼族を……人喰い鬼だと呼んでいるのだろう?」

 それは──と言葉に悩んでいると、青天が空を仰ぎながら口を開いてくれた。

「人間と鬼族は、相容れないものなのだと幼い頃から教えを受けている。特にあの村の人間達は、俺を受け入れない。この角と、目の色がある限り。それは構わない。俺も、分かりあいたいは思っていない。だが──」

「だが……?」

「人間は……いや。朱音は、俺が……怖いと思うか? 俺を……鬼族を、受け入れられないか? 共に、いられないと思うか?」

 真っ直ぐ、問いかけられた。青天は無表情だけど、その目には不安が見えた。だから、私は。

「怖くないよ」

 その一言を、青天と目を合わせて言った。青天はやはり表情は変わらなかったけれど、不安そうな雰囲気は無くなった。

「正直に言うと私ね、最初に青天を見た時は確かに怖かったの。角はあるし、目の色も赤いし……村で聞いてた人喰い鬼なんだって思ったの。でもこうして話をして、一緒にご飯を食べて……何も変わらないんだなって。同じなんだってわかったの。だから、私は青天が……鬼族が怖いとは思わない。怖かったら、もう逃げてるよ」

「……そうか……あいつの言うとおり人間とは──か。よく考えれば昨日の今日出会ってすぐに聞くことでもなかったな。すまない」

「ううん、大丈夫だよ。青天とはこの先も一緒なんだし……こういうのは、はっきりさせとかないといけないもんね」

 私が言った事に驚いたのか、青天は少し目を大きくした。

「……この先、も……とは?」

「え? 私の事、青天の家ここに置いてくれるんじゃ……? あれ? えっと……」

 もしかして私、勝手に勘違いしてた……? しかし、そんな私をよそに青天は無表情のまま、家の中へ向かってしまった。も、もしかして怒った……?

「え、あの、ごめんなさい! 厚かましいよね、勝手にこのまま一緒にとか言って! そうだよね、一晩だけだよね!」

「……いや、朱音さえ良ければこのまま居てくれて構わない。朱音がいると、俺は嬉しい。だから居てくれる方が良い」

「そう、なの……?」

 あぁ、と小さく答えてくれた。

「朱音が寝ていたあの部屋、狭いだろう。襖を外せばもう少し広くなる。少し待っていろ」

「え、いいよ別に! あのままでも結構広いよ、六畳位あったし平気だってば!」

「家主の言うことは聞け」


 こうして……人間青天の、奇妙な同居生活が始まった。

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