第45話 それぞれの考え

 夏休み最終日、俺は近所のファミレスに亮介りょうすけを呼び出していた。

野郎二人で集まるなんてなんとも寂しいものだが、今日はちゃんと理由があって亮介だけを呼んでいる。


「なぁ亮介。俺って実はイケメンなのか?」


 俺の問いを聞いた亮介は俺の顔をまじまじと見つめて数秒考えた後に、


「……そうだな。イケメンに見えなくもないな」


「やっぱりそうか!自分でも実はそうじゃないかと思ってい…」


「オランウータンの中ではギリイケメンなんじゃないか?」


 想像の斜め上の答えが返ってきた。

何と比べてんだよ!

ギリじゃねぇよ、オランウータンの中じゃダントツでイケメンだ。

…いや、論点はそこじゃない。


「人間界での話をしたつもりなんだけど…」


「えっ……!?ヒロ、なんか悩みでもあるのか?俺で良かったら相談に乗るぞ?」


「お前に相談した俺が馬鹿だったよ…」


 そう言って哀れみな視線を送ってくる亮介。

先日、鈴香に告白されいろいろと考えたが答えは出なかった。

だから客観的な意見が欲しいと思って聞いたんだが相手を間違えたみたいだな…


「冗談だよ。その様子じゃあ、あの後鈴香はちゃんとヒロに告白したんだな」


「…知ってたのか?」


「祭りの日にちょっと協力してくれって言われてたからな。そうじゃなくても今までの鈴香を見てればヒロに惚れてるくらい嫌でも分かるけどな。気付いてないのヒロだけだろ」


 亮介は鈴香の気持ちに気付いていたみたいだ。

そして誰でも分かるというのなら杏も気付いている可能性が高い。

そうなると杏と鈴香の仲が悪いのは恋敵だからなのか…


「今でも信じられねぇよ。鈴香が俺のことなんて」


「俺からしたら何で今まで気づかなかったのか不思議だよ。それに俺も多少はヒントを言ってたつもりなんだけどな。前に言っただろ?自分に自信を持って視野を広げて見ろって」


 確かに勉強会の時にそんな事を亮介に言われた。

あの時は分かったつもりでいたが、鈴香の気持ちを気付いてなかった時点で実践できていなかったんだろうな。


「で、なんて返事をしたんだ?」


「返事はまだいいって言われた。実際に俺もどう返事したらいいか分からんかったからな」


 自分自身の気持ちもはっきりしてないのに返事できるはずもない。


「まぁ概ね予想通りだな。ってことはヒロと倉科さんは本当に付き合ってる訳じゃないんだな」


 ……なぜバレた?

亮介の口調はどこか確信している様だったが素直に認めるわけにはいかない。

俺は図星を突かれた動揺をなんとか抑えつけ言葉を続ける。


「な、なんでそう言い切れるんだよ……?」


「普段のヒロ達…いや、主にヒロはなんかぎこちなかったからな。それに今回のことも、もし倉科さんと本当に付き合ってるんだったらヒロの性格からしてその場で鈴香の告白は断るだろ。けどそうじゃないってことは本当は付き合ってなくてなんか事情があって倉科さんと恋人みたいに振る舞ってるって考えれるわけだ。まぁ見てる限り倉科さんはヒロに本当に惚れてる感じだったけど」


 …俺の迂闊な行動と発言のせいだった。

それにしてもこいつ、名探偵か!?

もともと亮介は察しの良い方だとは思っていたけど、ここまでくると怖くなってくる。

もしかしてこいつがしてる腕時計は時計型麻酔銃なんじゃないか…?


「…お前の言う通りだ。詳しくは言えないけど俺と杏は特殊な関係なんだよ。その上で杏からも告白された」


 ここまで見破られては言い逃れする気も起きなかった。

ってか亮介に知られてしまったんなら俺、契約違反じゃないか…?

これ、もしかしてデットボール案件なんじゃない?


「その事情を含めて俺はどうしたらいいと思う?」


「逆に聞くけどヒロはどうしたいんだ?鈴香達に気がないんだったらスパッと断るのがお互いの為なんだろうけど、そうゆう訳でも無いんだろ?」


「それが自分で分かんねぇから聞いてるんだろ」


「そこだけは分かんないからって人に聞いたらいけないところだと思うぞ。ヒロが恋愛について疎いのは知ってるけど、そこを自分で考えて決めてこそだろ」


「…そうだな。お前の言う通りだ」


 人にアドバイスを求めるならまだしも、どうするかを決めてもらうのは俺の信念に反する。

人に決めてもらって付き合っても上手くいかない。

大事なことこそ自分の意思で決めるべきだ。


「そう言えば、お前と真帆さんってどっちが告白したんだ?」


「真帆からだな。俺は今まで告白されることはあっても自分からしたことはないぞ」


「お前…、今の発言、間違ってもクラスの男子どもにはするなよ…」


 そんなこと言ったらベルト固めされるのが目に見えている。

かく言う俺も以前なら即行で亮介をベルト固めしていたことだろうけど今はそんな気も起きない。

だって俺も告白された側だもん。

というか、このことを男子どもに知られたら今回ばかりはマジで殺されるかも知れないなぁ…


「じゃあどうゆう理由で亮介は真帆さんと付き合うって決めたんだ?参考までに教えてくれ」


「…なんだか恥ずかしいな。どうしても言わないとダメか?」


 亮介は気恥ずかしそうに返答を渋っている。

確かに男同士でそんな話をするのは照れ臭いかも知れないな。

話を聞けないのは残念たが、本人が言いたくない事なら無理に聞こうとも思わない。


「別に言いたくないんならいいけど…」


「ダメか。なら仕方ないな」


「いや、だから嫌ならいいんだけど…」


「まず可愛いだろ?」


「聞けよ!!」


 こいつ惚気のろけたいだけじゃねぇのか!?

俺のツッコミを無視して亮介は言葉を続ける。

やれ付き合ってみたら気も合うし趣味も似ていたり、やれ二人っきりの時には甘えてくるのが可愛いかったり、やれデートしてる時の嬉しそうな顔が可愛いかったり。

これでもかと言うくらい惚気のろけ話を長々と話していた。


「分かった分かった!!とにかく真帆さんが可愛いことは分かったからもういい!聞いてる俺が恥ずかしくなるわ!」


「そうか?あと小一時間程語ろうと思ってたんだけど?」


「やめてくれ…。糖分過多でこっちが恥ずか死ぬわ」


 こいつ…、普段はスカしているくせにこんなに真帆さんにゾッコンだったのか。

これほど惚気話を語れるのなら、亮介と真帆さんは本当に上手くいってるのだろう。

予想外の熱い惚気話に胸焼けしつつも、ある疑問が湧いてきた。


「んっ?と言うことはなんだ?最初は亮介と真帆さんって好き同士で付き合った訳じゃないのか?」


「まぁそうだな。告られる前は俺、真帆のことほとんど知らなかったし。こんな事を言ったら失礼かも知れないけど、俺の場合はとりあえずタイプだったから付き合ってみたって感じだな」


「なるほど、そうなのか…。俺の考えとは違うんだな。なんかこう…、しっかりした理由があるのかと思ってた」


 それもひとつの考え方なんだろう。

だからその亮介の考えを否定するつもりはないけど、俺の中には無い考え方だからいまいち理解できないのも事実だ。


「普通はそうゆうものなのか?俺はその人と付き合うって答えを出す上で、自分の中で明確な理由が欲しい。鈴香の本気の想いを聞いたからこそ、俺の答えは曖昧なものじゃいけない気がするんだよ」


 相手が本気の好意を向けてくれているなら、俺もそれ相応の想いで答えないといけないと思う。

それが曖昧なものなら相手も納得しないし相手に対して失礼だろう。

だから仮に付き合うにしても断るしにても明確な理由を出すべきだと思うのだけど…


「う〜ん…、ヒロは小難しく考えすぎだと思うけどな。それがヒロのいいところでもあるんだけど…。さっきも言っただろ?視野を広げてみろって」


 亮介は少し呆れたようにやれやれといった様子でそう言う。

その仕草に若干イラっとしてしまうがその気持ちを抑えつつ反論する。


「人の好意に対していろいろ考えて誠実に向き合うのは当たり前だろ」


「もちろんそれが悪いことだとは言わないぞ。誠実に向き合った結果、お互いに好き合って結ばれるのに越したことはないしそれが理想だとは思う。だけど俺の意見を言わせてもらうと、それに拘り過ぎなくてもいいとも思う」


 すると亮介は少し考える様な仕草をした後、「これは誰にも言ったことないことだけどな…」と前置きして言葉を続けた。


「正直、俺は高校生の恋愛なんて無駄なもんだと思ってた。大人から見たら高校生の恋愛なんて所詮遊びみたいなもんだ。現実的な話をしたら、高校生の時から付き合っていたカップルがそのまま結婚までいくなんて話は世間的にも稀だろ。だったら恋愛は大学や社会に出てからで、今はこの先ずっと繋がっていくような交友関係を見つけていった方がいいと思ってた」


 俺は思ってたより現実的な考えに少し驚いた。

亮介がこれまでずっと告白されても断ってきたのはそうゆう理由だったのか。


「だけど2年生になった時にヒロが彼女を作るって意気込んでいただろ?それに感化されて自分の考えを変えて試しに真帆と付き合ってみたら思ってた以上に気も合うし、一緒にいて楽しいかった。それで今は真帆と結婚までいけたらいいと思ってるし、そうなら今までの俺の考えは間違ってたんだなと思ったんだ」


 自分の考えを変えてみた、か…

それは亮介自身も視野を広げてみたと言うことなのだろう。

その結果、気付くこともあったのだろうし真帆さんとも上手くもいっている。

付き合うきっかけがどうあれ、今現在そうゆう気持ちなら亮介の選択は正しかったのだろう。


「要するに俺みたいに大した理由もなく、とりあえず付き合ってみたって感じでも上手くいく事もあるってことだ。だから何度も言うが、視野を広げて考えてみろよ。深い理由が無くても顔がタイプだからとか一緒にいて楽しいからとか曖昧な理由でもいいと思う。付き合ったからこそ分かる相手の一面もあるんだからな」


 亮介の言葉の通り、視野を広げて自分の考えをもう一度考え直してみる。

亮介の考えも一理あると思う。

高校生がどいつもこいつも恋愛に対して深く考えてはいないのだろう。

それが、さっき亮介の言った高校生の恋愛は無駄と言う考えにも繋がる。

俺みたいに異性と付き合うことに対する明確な理由を小難しく考えてる方が少数派なのかもしれない。

そして明確な理由なしに異性と付き合って上手くいくこともある。

現にその様な考えの亮介が真帆さんと上手くいっているというか実例もあるのだからこの話の信憑性も増す。


 そう考えたら俺は自分の考えに拘りすぎていたのかもしれない。

俺は杏や鈴香からの好意に対して俺自身の想いはどうなのかをずっと考えてきた。

それが好意を伝えてくれた人の想いに誠実に向き合うことだと思ったからだ。

だけど相手のどこに惹かれて付き合ったとか明確な理由が無くても、一緒にいて楽しいからとか曖昧なものでもいい。

世間一般から見てもそういった理由で付き合い始めることもは少なくないとは思うし、亮介の様に試しに付き合ってみて上手くいった例なんて山ほどあるんだろう。

だったら亮介の言う通り視野を広げて、柔軟に考えるべきのように思えてくる。


「亮介の意見は分かった。それでお前達が上手くいってるのであれば納得するし、その考えも理解できる」


 相手の想いに誠実に向き合うのは何も悪いことじゃない。

ただ、それに拘りすぎて答えを見つけられずにダラダラと先延ばしになってしまうのもいけないし、そもそも見つかる保証なんてどこにもない。

この先も答えを見つけられずに杏や鈴香を待たせて辛い思いをさせてしまうかもしれない。

俺の今までの考えは間違っていたのかもしれない。

考えを変えた方が上手くいくのかもしれない。

それでも俺は…


「それでも俺はやっぱり自分の考えを貫きたい」


 感情なんて目には見えない曖昧なものだ。

ただでさえ曖昧なものを曖昧な理由で片付けては俺自身が納得できないし信じれない。

自分の中に確固たる理由が無かったら、仮に付き合ったとしても想いが揺らいでしまうと思うから。


 価値観や考え方などは人それぞれ。

俺の考えと亮介の考え、どちらが正解なんて分からない。

結局のところ今の時点では何が正しくて何が間違っているかなんて誰にも分からないし、正解があるかどうかすら断言出来ない。

そうならば俺は俺の考えと信念に基づいて自分の意思を貫き通したいと思う。


「…まぁそう言うと思ってたけどな。俺が何言ったところでヒロが自分の考えを曲げるなんてことはしないか。まったく…頑固なやつだ。鈴香もめんどくさい男に惚れたもんだな」


 俺の言葉を聞いた亮介は俺の答えを予期していたかのようにフッと呆れたような笑みを浮かべた。


「それが俺だ。けど亮介の意見に納得できるところもあったのも確かだ。自分の考えを貫いた上で視野を広げてみることにするよ」


 視野を広げて様々な観点から相手への想いを考える。

亮介と真帆さんがそうだったように、それによって見えてくるものもあるんだろう。


「ヒロがそう言うのであれば俺から言うことは何もないな。ただいろいろ考えるのもいいけど、あまり返事を長引かせてると愛想を尽かされるぞ。待ってる方もいろいろ考えることもあるだろうし」


「ああ、それは身にしみて分かってるよ」

 

 俺には杏の気持ちに向き合わずに不安にさせた前科がある。

一応和解は出来たが、だからと言っていつまでもこの状態を続けていくわけにもいかない。

どこかで俺は明確な答えを出さなければいけない。

自分の信念に基づき、尚且つ自分の確固たる想いを込めた答えを…


「まぁできる限りフォローはしてやるよ。ヒロの人生最後のモテ期だ。ほどほどに考えて自分の納得いく結論を出せよ」


「ああ、頼む。…って最後のモテ期とは限らないだろ!それにオランウータンの中ではいつでもモテモテだわ!」


「自分で言ってて悲しくならないのか…?」


 さっきまで俺たちらしくない真面目な話をしてたから最後はいつもみたいに馬鹿みたいな軽口を言い合う。

結論だけ見ればさほど変わってはいないけど、話を聞いて気付いたことが多くあった。

間違いなく俺が答えを出す上で糧になるだろう。

そして俺の中の方針が改めて定まった気がした。

俺は今日、亮介に相談して良かったと心から思ったのだった。


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